東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
第六十五話:新たな脅威 ①
――翌日。
幻想郷の東の空から昇った朝日が、山々の稜線を柔らかく照らし始めていた。
博麗神社の境内には、今日も穏やかな時間が流れている。
風に揺れる木々の葉。 遠くから聞こえる鳥のさえずり。 石畳の隙間に落ちた木漏れ日。
数日前に建て直されたばかりの社殿は、朝日を浴びて真新しい木材の色を浮かび上がらせていた。
一見すれば、いつもと変わらない幻想郷の朝だった。
……もっとも。
その境内で繰り広げられている光景まで、いつもどおりとは言い難かったが。
「オフィウクス。もう一度、通信周波数を変更して」
「了解しました」
社殿の一角。
イコラは、持ち込んだ観測装置と情報端末を前に、朝から作業を続けていた。
空中には青白いホログラムが幾重にも浮かび、複雑な波形や数値が絶えず変化している。
その中心には、現在までに収集した情報を基に作成された幻想郷の地形図が表示されていた。
「……反応は?」
「ありません。こちらからの信号は送信できていますが、応答を確認できません」
オフィウクスの報告に、イコラは小さく眉を寄せた。
「……そう」
彼女が調べているのは、大きく分けて三つ。
未だ行方の分からないザヴァラの捜索。
幻想郷各地に潜伏している可能性のある敵対勢力の探知。
そして、自分達の世界に残された仲間との通信の確立である。
しかし、どの作業も芳しい成果を上げていなかった。
「グリント。そちらは?」
「駄目です。少なくとも、私達が知っている通信網には繋がりません」
少し離れた端末の前で作業していたグリントが答えた。
「タワーの通信施設はもちろん、バンガードの中継網にも応答がありません。そもそも信号が向こう側まで届いているのかも不明です」
「……やはり、世界そのものが隔絶されていると考えた方がよさそうね」
「もしくは時空が歪みすぎているのも原因なのかもしれませんね」
イコラは腕を組んだ。
あのベイルによって開かれた、不可解な扉。
その向こう側へ飛び込んだ結果、彼女達はこの幻想郷へ辿り着いた。
だが、ザヴァラだけが未だに見つからない。
さらに、この世界では時間の流れにさえ不自然な食い違いが生じている可能性がある。
(……ザヴァラ)
イコラは一瞬だけ目を伏せた。
同じバンガードを率いる盟友。
幾度となく戦場を共にし、時には意見を衝突させながらも、人類を守るために戦い続けてきた男。
彼がそう簡単に命を落とすとは思っていない。
だが。
(……せめて、無事でいることだけでも確認できれば)
そんな思いを胸に、イコラは再びディスプレイへ視線を戻した。
「ゴースト。昨夜の観測データをもう一度確認してくれる?」
「分かりました」
ガーディアンのゴーストが応じる。
「やはり、この世界は未知のエネルギー反応が多すぎます。妖精や妖怪、幽霊、神々の存在まで考慮すると、私達の装置だけでは判断が難しいですね」
「ええ。だからこそ、些細な変化も見落とさないようにしなければならないわ」
三体のゴーストが、それぞれの作業へ戻っていく。
青白い光が、静かな境内で規則正しく瞬いていた。
◇
一方、その少し離れた場所では。
――カァンッ!
乾いた音が響いた。
社殿の裏手。
積み上げられた丸太の前で、クロウが斧を振り下ろしていた。
鋭い刃が木材へ食い込み、丸太が真っ二つに割れる。
「……よし」
クロウは割れた薪を拾い上げ、傍らへ積み重ねた。
竈や風呂を沸かすために必要な薪である。
神社の生活では火を起こす機会が多い。
そして、居候が増えたことで、必要な薪の量も以前より増していた。
「……これでしばらくは困らないだろうな」
クロウは整然と積まれた薪を眺め、小さく頷いた。
普段は銃を手に戦場を駆けるハンター。
その彼が、今は黙々と薪を割っている。
しかし、本人にとっては何ら不思議なことではなかった。
(……こういう時間も、悪くないな)
クロウはそう思った。
敵を探し回る必要もない。
銃声も爆発音も聞こえない。
目の前にある仕事を一つずつ片づけていけばいい。
誰かの生活のために、自分の力を使う。
それは、戦場で人々を守ることとはまた違った充実感があった。
彼は額の汗を軽く拭い、最後の丸太へ手を伸ばした。
――カァンッ!
再び、気持ちのよい音が響く。
……その一方。
同じ神社の縁側では、まったく別の戦いが繰り広げられていた。
「…………」
ケイドが無言で手札を見つめている。
その正面には魔理沙。
右側にはあうん。
左側には針妙丸。
四人の間には、数枚のトランプが並べられていた。
ポーカーである。
「……よし」
ケイドが小さく呟いた。
「今度こそいける」
彼は慎重にカードを一枚交換した。
そして、ゆっくりと手札を広げる。
「……これはいいぞ」
得意げな笑みを浮かべる。
「どうだ、お前ら。今回はなかなかの手だぜ?」
魔理沙がにやりと笑った。
「へえ?」
「おっと、魔理沙ちゃん。そんな顔しても無駄だぜ。俺は泣く子も黙る伝説のケイド6様だからな」
「で?」
魔理沙がカードを机へ置いた。
「フルハウスだぜ」
「…………」
ケイドの笑顔が止まった。
「……は?」
「だから、フルハウス」
ケイドはゆっくり自分の手札を見た。
そして、魔理沙のカードを見る。
もう一度、自分のカードを見る。
「…………」
「どうした?」
魔理沙が笑う。
「お前の手は?」
ケイドは無言でカードを伏せた。
「……ツーペア」
「また私の勝ちだな!」
「ちっくしょおおおお!!」
ケイドが頭を抱えた。
「なんなんだよもお!!」
その横で、あうんが遠慮がちにカードを広げる。
「あ、あの……私もフルハウスなんですけど……」
「……は?」
さらに針妙丸が小さな手でカードを持ち上げた。
「私はストレートだよ!」
ケイドはしばらく三人を見回した。
そして。
「……なあ」
「何だ?」
魔理沙が首を傾げる。
「お前ら、本当に今日初めてポーカーをやったんだよな?」
「そうだぜ?」
「はい!」
「うん!」
三人が揃って頷いた。
「…………」
ケイドは両手で顔を覆った。
「……嘘だろ」
先ほどから、負け続きだった。
最初は余裕たっぷりにルールを説明していた。
役の強さやカードの交換方法を教え、軽口を叩きながら勝負を始めた。
ところが。
一戦目、敗北。
二戦目、敗北。
三戦目、敗北。
そして、それ以降もほとんど勝てていない。
「おお、神よ!俺はなんかあんたに悪いことをしたのか?」
ケイドは天を仰いだ。
「俺は宇宙中の無法者を相手にしてきた男だぞ? 何でこんな小さな神社で、女の子三人に負け続けてるんだ?」
魔理沙が肩を震わせた。
「ははは! 運が悪いんじゃないか?」
「いや、運が悪いなんてレベルじゃねえぞ!」
「ケイドさん、もう一回やります?」
あうんが笑顔で尋ねる。
ケイドはしばらく黙った。そして。
「……当然だ」
妙に真剣な声で答えた。
「次こそ勝つ」
「それ、さっきも言ってたぜ?」
「うるせえ!」
縁側に笑い声が響いた。
◇
そして、境内の中央では。
――ギュイィィィィィン!!
突然、耳をつんざくような音が響き渡った。
「いえええええい!!」
「もっともっとー!」
「すごいすごい!」
三月精の歓声が上がる。
その中心にいたのは、当然ながらガーディアンだった。
相変わらず目に悪い蛍光色の鎧。
緑、紫、水色、黄色が入り混じった奇抜な装い。
そんな男が、どこからともなく出現させた光り輝く半透明のエレキギターを抱えていた。
足元には、同じく光で構成されたアンプ。
そこから流れるのは、幻想郷ではまず聞くことのない激しいロック音楽だった。
――ジャカジャカジャカジャカ!!
――ギュイィィィィン!!
ガーディアンは両脚を大きく開き、上半身を前へ倒した。
そして。
――ブンッ!
頭を勢いよく振る。
――ブンッ! ブンッ!
ヘッドバンギングである。
「きゃははは!」
サニーが大喜びで真似をする。
「こう!?」
「いいね!」
スターも身体を揺らしていた。
ルナは少し離れた場所で耳を押さえていたが、それでも楽しそうに笑っている。
「ちょっと音が大きすぎるわよ!」
しかし、そんな忠告など届かない。
ガーディアンはさらに身体を反らし、勢いよく弦をかき鳴らした。
――ギュワアアアアアン!!
最後に片膝をつき、片手を空へ突き上げる。
(`・ω・´)bモリアガッテルカー?
「「「いえええええい!!!」」」
三月精が一斉に拍手した。
「…………」
少し離れたところで作業していたイコラが、ぴくりと眉を動かした。
「……ガーディアン」
返事はない。
――ジャカジャカジャカ!!
「……音を下げなさい」
――ギュイィィィィン!!
「…………」
イコラはゆっくり目を閉じた。
「……後で覚えていなさい」
そんな声が、静かに漏れた。
しかしこの騒がしい光景を、ただ一人、ほとんど気にしていない者がいた。
霊夢である。
「…………」
霊夢は縁側の端に腰を下ろし、湯呑みを両手で包み込んでいた。
中に入っているのは、少し冷めた緑茶。
しかし、彼女はそれに口をつけようともしなかった。
視線は境内へ向けられている。
クロウが薪を割る音。
ケイド達の笑い声。
ガーディアンの騒々しい演奏。
イコラ達の機械が発する電子音。
いつの間にか、すっかり博麗神社の日常として定着しつつある光景だった。
けれど。
(…………やっぱり何かおかしいわ)
霊夢は小さく眉を寄せた。
昨日から、どうにも気持ちが落ち着かない。
人間の里へ向かう途中に見つけた、見覚えのない古い道。
八百屋の店主は、昔から存在していると言った。
慧音に至っては、何百年も前からあると断言した。
そして。
財布の中に、いつの間にか増えていたお金。
賽銭箱へ入っていた、覚えのない多額の賽銭。
さらに、数日前の香霖堂で感じた違和感。
――魔理沙が霖之助を呼ぶ時の呼び方。
それを思い出した霊夢は、今日、遊びに来た魔理沙へ直接尋ねてみた。
『ねえ、魔理沙』
『ん? 何だ?』
『あんた、霖之助さんのこと、昔からそう呼んでたっけ?』
『……は?』
魔理沙は怪訝そうな顔をした。
『何言ってんだ?』
『いや、だから。昔は別の呼び方してなかった?』
『別の呼び方?』
『……香霖、とか』
その瞬間、魔理沙は、心底不思議そうに首を傾げた。
『は? あたしは昔から霖之助って呼んでるぞ』
『…………』
『香霖なんて、生まれてから一度も言ったことないぜ』
『……え?』
『そもそも何だよ、香霖って』
魔理沙は呆れたように笑った。
『お前、寝ぼけてんじゃないのか?』
――そんな会話だった。
(……寝ぼけてる、ね)
確かに、自分が勘違いしている可能性はある。
長年の記憶が曖昧になっているだけかもしれない。
だが。
(……そんなわけないでしょう)
霊夢は、はっきり覚えていた。
魔理沙が霖之助を『香霖』と呼んでいたこと。
それは、一度や二度の話ではない。
昔から、何度も聞いてきた呼び方だった。
魔理沙が香霖堂へ向かう時。
霖之助に何かを頼む時。
あるいは、本人をからかう時。
その度に、魔理沙は親しげに『香霖』と呼んでいた。
それなのに、本人はそんな呼び方を一度もしたことがないと言う。
(……本当に、あたしが間違ってるの?)
霊夢はゆっくり目を閉じた。
まるで、知らないうちに自分の記憶だけが取り残されているような感覚。
周囲の風景は変わらない。
人々も、いつもどおりに暮らしている。
昨日も今日も、幻想郷は平和そのものだった。
しかし、その平和な日常の中に、見覚えのないものが混じっている。
あるいは、知っているはずのことが、最初から違っていたかのように扱われている。
(……何なのよ、これ)
霊夢は小さく息を吐いた。
異変なら、これまで幾度となく解決してきた。
空が赤く染まる。
季節が狂う。
月が奪われる。
そんな分かりやすい異変なら、原因を探して退治すればいい。
だが、今回は違う。
何が起きているのかさえ分からない。
しかも。
(……あたし以外、誰も気にしてない)
それが、何より気味悪かった。
「霊夢」
不意に、声が掛かった。
「……え?」
顔を上げる。そこには、薪割りを終えたクロウが立っていた。
「薪割り、終わったぞ」
「あら」
霊夢は少しだけ表情を和らげた。
「ありがとう、クロウ」
「竈用と風呂用に分けて積んでおいた。しばらくは足りると思う」
「ほんと、助かるわ」
霊夢は小さく笑った。
「それにしても、あなた本当に働き者ね」
「そうか?」
「ええ」
霊夢は境内を指差した。
そこでは、相変わらずガーディアンが三月精を相手にギターをかき鳴らしている。
さらに縁側では、ケイドがまたしてもポーカーで負けたらしく、机へ突っ伏していた。
「……あのバカ二人に、あなたの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだわ」
クロウは二人を見た。
「…………」
少し考えた後。
「……はは」
困ったように笑った。
「まあ、あの二人だからな」
「それで済ませるのが凄いわね……」
霊夢は呆れたように息を吐いた。
クロウは隣へ腰を下ろした。
「まあ、このくらい平和な方がいいさ」
「……そうね」
「少なくとも、こうして安心して過ごせる時間があるのはありがたい」
その声音は、穏やかだった。
霊夢は横目で彼を見た。
昨日、寺子屋で子供達に故郷の物語を聞かせていた時と同じ、落ち着いた表情。
何となく、少しだけ安心する。
しかし。
「……ところで」
クロウが彼女の顔を覗き込んだ。
「さっきから浮かない顔をしているが、どうした?
「…………」
霊夢は返事をしなかった。
クロウは少し考える。
「……もしかして」
「……何?」
「昨日のあの道のことか?」
霊夢の表情が僅かに変わった。しばらく黙った後。
「……ええ」
小さく頷いた。
「それもあるわ」
「それも?」
「……何というか」
霊夢は言葉を探すように、ゆっくり口を開いた。
「最近、どうもあたしの記憶と、周りの記憶が噛み合わないのよね」
クロウが眉を寄せた。
「……記憶?」
「そう」
霊夢は湯呑みを置いた。
「昨日の道もそうだけど、それ以外にも色々あるのよ」
そして、簡単に事情を説明した。
財布のお金。
賽銭箱の賽銭。
魔理沙が霖之助を呼ぶ時の呼び方。
どれも、周囲の人間は何もおかしいと思っていないこと。
「……だからさ」
霊夢は困ったように笑った。
「あたしが知らないうちに、何か変わってるような気がするのよ」
クロウは黙って話を聞いていた。
「……単に、あたしが忘れてるだけなのかもしれないけど」
霊夢は肩を竦めた。
「でも、何となく納得できなくてね」
クロウの表情が、少しずつ変わっていった。
最初は、単に記憶違いの話だと思っていた。
しかし。
道そのものが、最初から存在していたことになっている。
周囲の人間が、過去の出来事を別の形で認識している。
そして、霊夢だけがその食い違いに気づいている。
(……まさか)
クロウの脳裏に、ある存在が浮かんだ。
人々の意思を奪い、自らの理想とする形へ世界を作り替えようとする存在。
光と闇を利用し、現実そのものを固定しようとする者。
――目撃者。
「……まさか」
思わず、そんな言葉が漏れた。
霊夢が顔を上げる。
「……クロウ?」
「…………」
「何か分かるの?」
クロウは少しだけ考えた。そして、慎重に口を開いた。
「……目撃者の仕業か?」
「…………え?」
霊夢は目を瞬かせた。
「……目撃者?」
「ああ」
クロウは真剣な表情になった。
「奴が何をしようとしているのか、私達も全てを理解しているわけじゃない。だが、もし現実そのものに何かが起きているのなら――」
その時だった。
――ピピピピッ!!
境内に、鋭い電子音が響いた。
「…………!」
クロウの言葉が止まる。
霊夢も反射的に振り返った。
音の発生源は、イコラ達が使用している観測装置だった。
先ほどまで穏やかに点滅していたディスプレイに、突然、赤い警告表示が浮かび上がっていた。
「……何?」
霊夢が立ち上がる。ほぼ同時に、ゴーストの声が響いた。
「敵性反応を検知しました!」
その声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
「幻想郷北側に多数の反応を確認!現在も増加しています!」
「…………!」
イコラが即座に顔を上げた。
「敵の勢力は?」
「確認中です!」
空中ディスプレイに、複数の赤い点が表示される。
一つ。
二つ。
十。
二十。
さらに、その周辺へ次々と光点が現れていく。
ゴーストは解析を続けた。
「……これは」
僅かな沈黙。そして。
「……カバルです」
その一言で、イコラの表情が変わった。
「部隊は分かる?」
「部隊識別信号を照合中……」
赤い光点が増えていく。
「……確認できました」
ゴーストの声が低くなった。
「影の軍団です」
イコラが目を細めた。
「……カルスの部隊ね」
「はい」
「しかし、彼はネオムナでガーディアンによって倒されているはず……」
イコラは腕を組んだ。
「それでも活動しているということは」
「従う相手を目撃者に変えた……というより、元々の主に戻ったと言うべきでしょうね」
ゴーストが答えた。
「…………」
イコラは数秒間、ディスプレイを見つめた。そして。
「……全員!」
鋭い声が境内へ響いた。
「直ちに集合して!」
その声に、境内の空気が一変した。
「……お?」
縁側でカードを配っていたケイドが顔を上げる。
「何だ?」
魔理沙も振り返った。一方、ガーディアンはギターをかき鳴らしていた手を止めた。
――ギュンッ。
光り輝くギターとアンプが、音もなく消滅する。
「……?」
サニーが首を傾げた。
「もう終わり?」
しかし、ガーディアンは答えなかった。
ただ、イコラの方へ顔を向ける。
その様子を見たルナが、不思議そうに呟いた。
「……何かあったのかしら」
「……行こう」
クロウが立ち上がった。
霊夢も頷く。
「ええ」
ケイドは素早くカードをまとめると、立ち上がった。
「悪いな、お嬢ちゃん達。ゲームは一旦お預けだ」
「えー!」
針妙丸が不満そうな声を上げる。
「まだ途中なのに!」
「続きは後でな」
ケイドは軽く手を振った。
そして、小さく付け加える。
「……次こそ勝つからな」
「まだ言ってるぜ」
魔理沙が笑った。
しかし。
イコラの険しい表情を見た瞬間、その笑みは消えた。
「……何かあったのか?」
数分も経たないうちに、一同が観測装置の前へ集まった。
霊夢。
魔理沙。
イコラ。
クロウ。
ケイド。
そして、ガーディアン。
その周囲には、三体のゴーストが浮かんでいる。
少し離れた場所では、あうんや針妙丸、三月精達も不安そうに様子を窺っていた。
「……どうしたの?」
霊夢が尋ねる。イコラは真剣な表情で答えた。
「敵が現れたわ」
「……敵?」
「ええ」
イコラはディスプレイを指差した。
「相手はカバル。部隊は影の軍団よ」
「…………」
魔理沙が眉を寄せた。
「……カバル」
少し考える。
「例の軍隊か」
「ああ」
クロウが頷いた。
「紅魔館で、君達に説明した連中だ」
「影の軍団って知らないけどどんな奴らなんだ?」
「詳しく話すと長くなるから割愛するけど、目撃者に忠誠を誓った部隊よ」
「……なるほどね」
霊夢は腕を組んだ。
「ついに、本格的に攻めてきたって感じかしら」
イコラは小さく頷く。
「まだ目的は分からない。でも、この規模の反応なら偵察だけとは考えにくいわ」
そして。
「ゴースト、座標を表示して」
「了解しました。全員の端末へ座標データを送ります」
ゴーストがシェルを回転させる。
次の瞬間。
――シュンッ。
空中に、幻想郷の立体地形図が現れた。
青白い光によって構成された山々。
川。
森林。
そして、人間の里や博麗神社の位置。
それらが複雑な地形情報として表示されている。
「……へえ」
魔理沙が思わず身を乗り出した。
「これが幻想郷の地図か」
「まだ完全ではないけれどね」
イコラは説明した。
「オフィウクス達が収集した情報を基に、できる限り再現したものよ」
彼女が指先を動かす。
地図の一角が拡大された。
そこには、大きな山が表示されていた。
その周辺に、幾つもの赤い点が集まっている。
「……北側の山のようね」
イコラは表示された数値を確認した。
「全高は……四千メートルくらいかしら」
「…………!」
霊夢が目を見開いた。
「……山?」
彼女はディスプレイへ近づいた。
山の位置。
周辺の地形。
そこへ続く川。
そして、隣接する森林。
「……ちょっと待って」
霊夢は表示された場所を見つめる。
そして。
「……ここ」
小さく息を呑んだ。
「……妖怪の山じゃない!」
クロウが振り返る。
「妖怪の山?」
「ええ」
霊夢は頷いた。
「幻想郷でも、特に強力な妖怪達が集まって暮らしている場所よ」
「……妖怪達が?」
「そう」
霊夢は地図を指差した。
「天狗や河童、それに色々な妖怪が独自の掟やルールを作って暮らしているの。あと、守矢神社も」
「守矢神社って?」
「ほら、博麗神社を建て直してる最中におにぎりの差し入れを持ってきた早苗がいたでしょ?あの子の神社よ」
「ああ、あの娘か」
霊夢は腕を組んだ。
「山には文達天狗や、にとり達河童がいるし守矢神社には八坂神奈子と洩矢諏訪子って神もいる」
「……神?まじで?」
ケイドのすっとんきょうな発言に魔理沙は頷く。
「ああ。正真正銘の神だから強いってレベルじゃない」
ケイドが顎へ手を当てた。
「そこにカバルが現れたってわけか」
「しかし神がいるのにケンカを売るとは如何にもカバルらしいっちゃらしい」
ゴーストが答える。
「少なくとも、複数の部隊が展開していることは確かです」
「……ったく」
ケイドは小さく舌打ちした。
「よりによって、そんな場所へ現れやがったか」
そして、普段とは違う真剣な声音で続けた。
「カバルか。どのみち放っておけないな」
霊夢が顔を向ける。
「……どうして?」
ケイドは肩を竦めた。
「奴らには昔からこんな決まり文句がある」
一拍置いて。
「『山を喰らい、海を飲み干す』」
「…………」
霊夢と魔理沙が黙った。
「奴らは本気になれば、山一つどころか星なんか余裕で消し飛ばすぐらいの兵器を持ってるって言ったな。奴らが通った道には何も残らない」
ケイドは地図へ視線を戻した。
「目撃者に従う影の軍団ならなおさらだ」
「…………」
「直ちに向かうぞ」
そう言って、一歩踏み出そうとした時だった。
「……待って」
霊夢が声を上げた。
「ん?」
ケイドが振り返る。
「何だ?」
「……妖怪の山は、そんな単純な場所じゃないのよ」
霊夢の表情は真剣だった。
「どういうことだ?」
「基本的に、あそこは妖怪の縄張りなの」
彼女は山の位置を指差した。
「人間が勝手に足を踏み入れること自体、ご法度なのよ」
魔理沙も頷く。
「ああ。妖怪は元々、人間とは相容れない存在だからな」
クロウが眉を寄せる。霊夢は続けた。
「ましてや、見ず知らずの連中が武器を持って大勢で入り込もうものなら、間違いなく侵入者扱いされるわ」
「……つまり」
ケイドが腕を組んだ。
「下手に山へ入ろうとしたら、俺達まで妖怪に攻撃されるってことか?」
「その可能性は高いわね」
霊夢は頷いた。
「天狗達は特に縄張り意識が強いし、山の秩序を乱す奴には容赦しないもの」
「……面倒だな」
ケイドが呟いた。しかし、その時。
「……だからといって」
クロウが口を開いた。その声は、先ほどまでの穏やかなものとは違っていた。
「カバルを野放しにする気か?」
霊夢が顔を向ける。クロウは真剣な表情で続けた。
「さっきも話したが、カバルは星そのものを破壊できる規模の軍事力を持っている」
「……ええ」
「だから奴らにとって、山一つを吹き飛ばすことなど決して難しいことじゃない」
クロウは地図を見つめた。
「ましてや影の軍団は目撃者の配下だ。ここが妖怪の縄張りだろうと、人間の領地だろうと関係ない」
「…………」
「このまま放置すれば、何が起こるか分からないぞ」
その言葉に、霊夢は唇を引き結んだ。
確かに、クロウの言うことも分かる。
妖怪の山には、強力な妖怪達が数多く暮らしている。
天狗。
河童。
そして、山の神々。
その実力は幻想郷でも指折りだ。
しかし。
(……ハイヴだって、あれだけのことをしたのよね)
数日前の紅魔館での戦闘が、脳裏をよぎった。
見たこともない化け物達。
異様な武器。
無数の敵。
そして、アラークハル。
あれほどの戦いを経験した今、敵が妖怪の山を襲撃したとしても大丈夫だと、簡単に言い切ることはできなかった。
「…………」
そんな中。
「……行きましょう」
静かな声が響いた。全員が振り返る。
イコラだった。
「……イコラ?」
霊夢が尋ねる。
イコラはまっすぐに地図を見つめていた。
「その妖怪の山へ向かいましょう」
「…………」
クロウが頷く。一方、霊夢は少し驚いたようだった。
「……いいの?」
「ええ」
イコラは静かに答えた。
「確かに、そこに暮らす者達の掟やテリトリーは尊重するべきよ」
そして、ゆっくり一同を見回した。
「でも、今は非常事態だわ」
彼女の声音が少し強くなる。
「クロウの言うとおり、影の軍団を放置すれば、妖怪の山だけでは済まないかもしれない」
「…………」
「最悪の場合、この幻想郷そのものが危険に晒される」
イコラは言い切った。その言葉に、誰も反論しなかった。
「だから、私達は向かうべきよ」
そして、霊夢へ視線を向ける。
「もし山の住人達が立ち塞がるようなら、私が交渉するわ」
「……イコラ」
「無用な戦闘は避けたい。事情を説明して、できる限り協力を求めるつもりよ」
少しだけ表情を和らげる。
「責任は私が持つわ」
霊夢はしばらくイコラを見つめていた。
そして。
「……なら」
小さく頷いた。
「あたしも手伝うわ」
イコラが顔を向ける。
「霊夢?」
「妖怪の山には、文や早苗みたいに知り合いも結構いるのよ」
霊夢は腕を組んだ。
「話せば分かってくれるはずだわ」
「ありがとう、助かるわ」
イコラが小さく微笑んだ。
その横で、魔理沙が帽子を持ち直した。
「よし!」
にやりと笑う。
「なら、行くか!」
しかし。
「おっと」
ケイドが片手を上げた。
「その前に--」
魔理沙が振り返る。
「何だ?」
ケイドは霊夢と魔理沙を交互に見た。
「お前ら二人に、確認しておきたいことがある」
「……確認?」
霊夢が首を傾げる。
「ああ」
ケイドは真剣な表情になった。
「咲夜ちゃんとの決闘の時に、俺が言ったことを覚えているか?」
霊夢は少し考えた。そして。
「……声掛けをして、チームワークを大事にしろ、でしょ?」
「ああ」
ケイドが頷く。魔理沙も口を開いた。
「それと、前に出過ぎないことだろ?」
「……そうだ」
ケイドは小さく頷いた。
「ちゃんと覚えてるな」
「当たり前でしょうが」
霊夢が肩を竦める。
「何度も言われたんだから」
「ならいい」
ケイドは軽く笑う。
だが、その笑みはすぐに消えた。
「……だがな」
「…………?」
霊夢と魔理沙が顔を上げる。
ケイドは、二人をまっすぐ見つめた。
「ここから先は、話が別だ」
その声には、普段の軽薄さが一切なかった。
「……奴らがどれだけドンパチやるつもりなのか、まだ分からねえ」
一拍置く。
「だが、相手はカバルだ」
ケイドは静かに続けた。
「ここから先は、ハイヴの時とはまた違った戦いになる」
霊夢と魔理沙は黙った。
「お前らは本来、俺達の世界の戦争とは無関係な人間だ」
ケイドは腕を組んだ。
「だから、少しでも死にたくないと思うなら……ついてくるな」
「…………」
境内に、僅かな沈黙が訪れた。
先ほどまで聞こえていた三月精の笑い声も、いつの間にか止んでいる。ケイドは続けた。
「カバルは軍隊だ」
「…………」
「統率が取れている。強力な兵器を持ち込む。遠距離からの砲撃もしてくるし、狙撃兵だっている」
彼は霊夢達を見つめた。
「今までお前らが戦ってきた妖怪とは、戦い方そのものが違う」
その横で、クロウも頷いた。
「それに」
クロウが口を開く。
「奴らは、私達が同盟を結んでいるカバルとは違う」
霊夢が眉を寄せた。
「……同盟?」
「ああ」
クロウは頷いた。
「カバルには、私達と協力して戦っている勢力もいる。だが、今回の相手は違う」
声が低くなる。
「影の軍団は、目撃者へ忠誠を誓った者達だ」
「…………」
「奴らは、この世界の住人がどうなろうと気にしない」
クロウははっきりと言った。
「必要と判断すれば、ためらうことなく滅ぼしにかかる」
そして。
「……それでも、来るか?」
霊夢と魔理沙は黙っていた。
二人は、しばらく互いの顔を見つめた。
魔理沙が小さく笑う。
霊夢も、僅かに口元を緩めた。
そして。
「……何言ってんのよ」
霊夢が口を開いた。
「…………」
ケイドが顔を上げる。
霊夢は胸を張った。
「ここは幻想郷よ」
その声音には、迷いがなかった。
「幻想郷に危機が迫ってるのに、秩序を守る博麗の巫女が黙っていられるわけないでしょうが」
ケイド達は黙る。
霊夢は続けた。
「あたし達だって、今まで何度も危ない目に遭ってきたのよ」
その脳裏には、幾度となく経験した異変が浮かんでいた。
幻想郷を覆う紅い霧。
終わらない冬。
永遠に明けない夜。
そして、数日前の紅魔館。
そのどれも、決して楽な戦いではなかった。
「それに」
霊夢は少し笑った。
「あたしが行かなかったら、誰が山の連中と話をつけるのよ」
魔理沙も帽子のつばを持ち上げた。
「そういうことだぜ」
彼女はにやりと笑う。
「カバルって奴らがどんな連中なのか、正直まだよく分からないけどな」
「どのみち、幻想郷が危ないんだったら、黙って見てられるかよ」
魔理沙は箒を肩に担ぎ直した。
「それに」
少し得意げに続ける。
「私のマスタースパークで、まとめて吹き飛ばしてやるよ!」
「……魔理沙」
霊夢が呆れたように笑った。
「相変わらずね、あんた」
「お前もな!」
二人は顔を見合わせて笑った。
イコラ。
ケイド。
クロウ。
そして、ガーディアン。
四人はしばらく、そんな二人を見つめていた。
彼女達の姿は、どこからどう見ても若い少女である。
しかし、その言葉には確かな覚悟があった。
無謀な自信だけではない。
これまで自分達の世界を守るために、何度も戦ってきた者達の覚悟だった。
「……心配しないで」
霊夢は少しだけ表情を和らげた。
「あたし達だって、色々な異変で修羅場をくぐってきてるんだから」
そして、胸を張る。
「あんた達が思ってる以上に、ヤワじゃないわよ」
「…………」
「それに、妖怪の山の住人達だって強力な妖怪ばかりよ。そう簡単に好き勝手にはやられないわ」
魔理沙も頷いた。
「そういうことだ!」
ケイドはしばらく黙っていた。
そして。
「……よし」
小さく笑った。
「そこまで覚悟が決まってるなら、俺はもう何も言わねえよ」
彼は二人を見た。
「……お前らを信じるぜ」
霊夢が頷く。
「ええ」
クロウも静かに口を開いた。
「ただし、一つだけ忘れないでほしい」
「……何?」
「危険だと感じたら、無理をせず後方へ下がることだ」
クロウの表情は真剣だった。
「戦場では、一瞬の判断が生死を分ける。自分の力を過信しないでほしい」
霊夢は小さく笑った。
「分かってるわよ」
魔理沙も頷く。
「ああ。無茶はしないぜ」
「……ありがとう」
クロウは少しだけ安心したように息を吐いた。
イコラが全員を見回す。
「……では」
その声音に、指揮官としての鋭さが戻った。
「行きましょう」
だが、その瞬間だった。
「いや、ちょっと待て」
低い声が響いた。
「…………!」
全員が振り返った。
声の主はあのガーディアンだった。
「…………」
霊夢が目を瞬かせる。
先ほどまで三月精を相手にロック演奏を披露していた、あの蛍光色の鎧を纏った男。
普段なら、親指を立てるか、訳の分からないエモートを披露するはずの男が。
今は、まっすぐイコラを見つめていた。
「……どうしたの?」
イコラが尋ねる。
「肝心なことを見落としてないか?」
ガーディアンは落ち着いた声で答えた。
「俺達全員が、その妖怪の山へ向かったとして」
一拍置く。
「博麗神社はどうなる?」
「…………」
霊夢の表情が止まった。
ガーディアンは続けた。
「ここをがら空きにするつもりか?」
「……え?」
「留守中に、俺達が初めてここに来た時みたいにドレッド、またはハイヴが襲撃してくる可能性だって十分考えられるぞ」
「…………あ!」
その言葉に、全員がはっとした。
ガーディアンは周囲を見回した。
「目撃者のことだ、俺達がここを拠点にしていることを知らないはずがない」
その声音は、驚くほど冷静だった。
「数日前のハイヴの襲撃を考えれば、神社が敵に狙われる可能性は高い」
彼は新しく建て直された社殿へ視線を向けた。
「前回はここを空けても何も起きなかったのはたまたま運が良かっただけかもしれない。だが次も、これから先も無事という保証はない」
「…………」
「俺達が全員で山へ向かっている間に、この神社が襲撃されたらどうする?」
誰も、すぐには答えられなかった。
霊夢も、ゆっくり社殿へ目を向ける。
つい数日前、この神社は、ドレッドの襲撃によって破壊された。
ガーディアン達の協力で建て直すことはできたが、あの時の光景は今も鮮明に覚えている。
もし再び襲撃されたら。
しかも、今度は自分達が留守にしている間に。
(……確かに)
霊夢は唇を引き結んだ。
(……それは、困るわね)
イコラも静かに頷いた。
「……あなたの言う通りだわ」
その表情には、僅かな反省が浮かんでいた。
「私としたことが、迂闊だったわ」
ガーディアンは何も言わなかった。
ただ、全員の反応を確認するように周囲を見回していた。
その様子を見て、霊夢は思わず呟いた。
「……あんた」
「………?」
「こういう時だけは、本当に頼れるわね」
その言葉にガーディアンは、ぴたりと動きを止めたがすぐに。
(`・ω・´)b ドウヨ?
堂々と胸を張り、親指を突き上げた。
「…………」
霊夢の表情が止まった。
「……前言撤回」
即答だった。
「…………!」
ガーディアンの肩が落ちる。
次の瞬間、どこからともなく光輝く半透明の管楽器、トロンボーンが出現した。
「…………は?」
霊夢が目を瞬かせる。
ガーディアンはそれを両手で構えた。
――フォーン……。
――フォン、フォン……。
――フォ~~~ン……。
⊃===-(´・ω・`)フォンフォンフォンフォ~~~ン…………♪
何とも情けない、悲哀に満ちた旋律が響き渡った。
「…………」
数秒間の沈黙。
そして。
「……ブフォッ!!」
最初に吹き出したのはケイドだった。
「お、お前……っ!」
肩を震わせる。
「こんな時に……っ、ははははは!」
魔理沙も腹を抱えた。
「ぶはははは!! 何だよそれ!!」
クロウも口元を押さえていた。
「……くっ……」
笑いを堪えようとしているが、肩が小刻みに震えている。
グリントも呆れたようにシェルを回転させた。
「……こんな感情表現まであるんですね……」
「…………」
霊夢は無言だった。
その目の前で。
ガーディアンは、さらに悲しげにトロンボーンを鳴らす。
――フォォォン……。
(´・ω・`)ヌワン……
霊夢はゆっくり額へ手を当てた。
「……もうやだ、こいつ」
魔理沙は涙目になりながら笑っていた。
「お、お前……本当に芸達者だな……!」
「調子に乗るから褒めないで!!」
霊夢が即座に怒鳴る。その横で、イコラが深く息を吐いた。
「……ガーディアン」
「…………」
「今は、ふざけないで……!」
その声は静かだった。
だが、明らかな怒気が含まれている。
「…………」
ガーディアンはぴたりと動きを止めた。
そして。
(´・ω・`)ハイ……
しょんぼりと肩を落とした。
トロンボーンが光の粒子となって消える。
「…………」
イコラは額へ指を当てた。
(……どうして、こういうところは変わらないのかしら)
まったく--戦場では、誰よりも頼りになる男なのに、休みになると途端にこれである。
「……はあ」
イコラは小さくため息を吐いた。
◆簡単なdestiny用語集⑤敵対勢力編(※ネタバレ注意)
●フォールン
本来の種族名は「エリクスニー」でフォールンは人類側がつけた蔑称である。
四本の腕を持ち、昆虫のような雰囲気も漂わせるエイリアン種族。人間と声帯が異なるため、発音はかなり特殊であるが人間の言葉を話せる者もいることから練習すれば克服できるようである。
エーテルと呼ばれる特殊な物質を吸入することで生命を維持しているが摂取した量によって体格が変化する性質を持つ。通常の食事も可能であり、伝承ではラーメンを美味しそうに食べる者も登場している。
非常に高い知性と技術力を持ち、機械信仰を特徴とする独自の文化を築いていた。
元々はトラベラーを「大いなる機械」と呼び、その恩恵によって高度な文明を築いていたが、「大嵐」と呼ばれる大災厄によって故郷を失い、その最中にトラベラーにも去られてしまった悲しい歴史を持つ。
その後、トラベラーを追って太陽系へ到達し、人類と敵対するようになった。
「ハウス」と呼ばれる独自の集団を形成しており、その指導者は「ケル」と呼ばれる。
現在では宇宙海賊としての側面が強いが全てのエリクスニーが人類と敵対しているわけではなく、『ハウス・オブ・ウルブズ』のようにアウォークンの国家、リーフとの戦争の末に敗北して女王マラ・ソヴに服従した者、『ハウス・オブ・ライト』のミスラックスのように心から人類との共存を望む者達も存在する。
人類と同様、トラベラーと何かと関わりがあるためか敵対勢力の中では話が一番通じる種族である。
●カバル
単一の種族名ではなく、複数の異星種族から構成される巨大な軍事帝国の総称。
カイアトルなどの、普段見慣れている屈強な巨体を持つ種族は本来「バラント」と呼ばれ、一つ目で俊敏な身体能力と強力なサイキック能力を持つ別種族は「サイオン」と呼ばれる。
トロバトルを母星とし、銀河規模で軍隊を展開できるほどの強大な文明と軍事力を誇る。
戦いを美徳とする軍国主義的な思想が根強く、数多くの惑星を武力によって制圧し、支配領域を拡大してきた。
しかし、戦神シヴ・アラス率いるハイヴの大軍勢によって母星トロバトルが陥落。甚大な被害を受け、多くの同胞と故郷を失った経緯から、ハイヴに対して強い憎悪を抱いている。
元々は他種族に対する支配的な思想が強く、サイオン達を長年隷属させてきた歴史も持つが、カイアトルが女帝として君臨してからは、その価値観も少しずつ変化しつつある。
現在ではサイオン達の解放や人類との同盟など、従来の征服主義から脱却しようとする動きも見られる。
レッド・リージョン、スカイバーナーなどの派閥があり、今作に登場するのは今は亡き前皇帝であり目撃者の門弟であったカルスが率いる、元親衛隊、カイアトルの思想についていけずに離反、または脱走した兵、更にはクローンの寄せ集めに目撃者から暗黒の力を授かった「影の軍団」である。
●ハイヴ
一応、会話することは可能だが基本的に話が通じない敵対勢力。アンデッドを思わせる不気味で禍々しい姿を持つエイリアン種族。
元々は巨大なガス惑星「ファンダメント」で暮らしていた「クリル(プロトハイヴ)」という寿命がせいぜい十年前後という短命で脆弱な種族だった。
しかし、ファンダメントの深淵に潜んでいた「虫の神」という存在から、
「ボクと契約して魔法少女になってよ!」
と言わんばかりの契約を持ちかけられて、それに応じて交わした結果、それまでとは比較にならないほどの身体能力と長大な寿命を手に入れることとなった。
だが、その代償として体内に虫の幼生を宿すことになり、殺戮や征服によって得られる力を絶えず虫に捧げなければ、身体を内側から食い尽くされるという恐ろしい宿命を背負わされてしまった。
さらに、強くなればなるほど虫の要求する力も増大するため、彼らは自らの生命を維持するためにも戦い続けなければならない。
フォールンやカバルとは異なり、呪術や儀式などのオカルト的な要素が強く、「剣の論理」と呼ばれる極端な弱肉強食の思想を信奉している。
殺戮や征服を信仰の一環と捉え、数え切れないほどの文明を滅ぼしてきた恐るべき戦闘種族。
もっとも、決して魔術だけに依存しているわけではなく、巨大な宇宙戦艦や惑星間航行技術など、高度な科学技術も有している。
ちなみに、全てのハイヴが剣の論理を絶対視しているわけではなく、ルザクのように従来の思想に疑問を抱き、自ら進んでガーディアンに協力する個体も存在する。
クリルは全体的に女性として生まれてくる確率が高く、ハイヴ三柱神の一人、オリックスは元々、女性であり、「アウラッシュ」と言う名のクリル王家の長女であったがファンダメントから追放された際に虫の神との契約で王になることを選んだため、男性に性転換し名前も「アウリックス」に変わり、更に虫の神を倒して宿りの力を手に入れてから「オリックス」と名乗るようになった経緯がある。
ちなみに次女のサバスンの本名は「サソナ」、末女シヴ・アラスは「シイ・ロ」であり、姉妹であるにも関わらず、剣の論理に従い常に殺し合いをしている。
DLC『漆黒の女王』にて、虫の神の契約には目撃者も関わっていたこと、暗黒の対抗手段の一つとして、トラベラーがハイヴにも光を授けていたことが判明し、ザヴァラ達、そしてゴーストを愕然とさせた。これが元で一時期トラベラーに対して不信感を抱く原因となった。
●ベックス
基本的に会話や交渉が成立せず、他種族との共存という概念すら持たない、極めて異質な敵対勢力。
機械的な金属フレームの身体を持つが、その本体は内部を流れる白い液体「レディオラリア液」に含まれる無数の微小な有機生命体であり、金属の身体は活動するための器にすぎない。
このレディオラリア液は、暗黒の力「クラリティ」によって変質させることで「アルカヘスト」と呼ばれる物質となり、人類が開発した機械生命体「エクソ」の製造にも使用されている。
その起源は極めて古く、宇宙誕生以前から存在していた数学的なパターンにまで遡るとされる。
「ベックスネットワーク」と呼ばれる特殊な電脳空間を構築しており、各地に設置された「ベックスゲート」を通じて異なる空間や時間へ移動する技術を持つ。
また、時間そのものに干渉する能力も有しており、特殊な領域では時間の流れや因果関係すら操作することが可能。ただし、あらゆる過去や未来を自由自在に改変できるわけではない。
エキゾチック武器「ベックス・ミソクラスト」、「猶予なき時」のような異なる時間軸から弾薬を引き出して装填したり、別時間軸から攻撃するなど、ベックスと関わりの深い武器も存在する。
その目的は、簡単に言えば「宇宙に存在するあらゆるものを自分達のパターンに従わせ、最終的にベックスだけが存在する世界を実現すること」。
そこに善悪の概念や他種族への憎悪などは存在せず、ただ自分達の存続と拡大のために、惑星や生命、さらには環境そのものを作り替えていく。
基本的に個々の人間のような独立した意思や感情を持たず、集合的な知性によって活動しているが、目的や役割に応じた様々な集団や派閥が存在し、『ヘゼン・コレクティブ』や『アフィックス・インベイシブ』などがある。
その中でも特異な存在が、異次元の領域「ブラックガーデン」を拠点とする「ソル・ディバイシブ」である。
通常のベックスとは異なり、暗黒の力を信仰するような行動を取り、目撃者にも協力する特殊な派閥であり、今作『東方天命録』に今後、登場するベックス勢力も主にこのソル・ディバイシブである。
なお、その異質な性質から、他のベックス集団と対立することもある。
さらに、ベックスは宇宙誕生以前に「庭師(ガーデナー)」と「刈り手(ウィノワー)」が行っていたとされる、可能性と生存を巡る「フラワーゲーム」にも深く関わっている。
このゲームでは、あらゆる可能性を飲み込み、最終的に必ず勝利する特定のパターンが存在していた。
そのパターンこそがベックスの起源だとされており、宇宙誕生後も彼らはその性質を受け継ぎ、あらゆる存在を自分達の法則へと取り込もうとしている。
ただし、これらの起源は主に伝承的な記述によって語られており、すべてが完全に解明されているわけではない。
トラベラーやベイル、光と暗黒の成り立ちにも関係する、『Destiny』の世界観の根幹に深く関わる種族の一つである。
●宿られた兵
ハイヴの三柱の神の一人であるオリックスが率いていた、暗黒の力によって生み出された異形の戦闘員。
独立した種族ではなく、フォールン、カバル、ハイヴ、ベックスなどの様々な種族が捕らえられ、「宿り」と呼ばれる力によって肉体や精神を作り替えられた存在である。
その姿は元の種族の面影を残しているものの、身体は黒と白を基調とした不気味な外見へと変貌しており、瞬間移動や分身など、元々持っていなかった特殊能力を獲得する個体も存在する。
基本的には自由意思を奪われ、主人の命令に従って行動する操り人形のような存在。
ただし、全ての個体が完全に自我を失っているわけではなく、クオリアやリベンのように、宿られた状態でも一定の意思を保持している例外も存在する。
元々はオリックスが率いる軍勢として登場したが、彼の死後も消滅することはなく、様々な存在によって利用され続けている。
なお、宿りの力そのものはオリックスだけのものではなく、その根源には目撃者が深く関わっている。
DLC『孤独と影』で発生した大事件の要因の一つとなった。
●スコーン
フォールンの異端者であるファナティック(本名フィクルル)が率いる、エリクスニーから派生した異形の戦闘集団。
その正体は、暗黒の力によって汚染された「ダークエーテル」と呼ばれる特殊なエーテルによって蘇生した、いわばゾンビのようなフォールンである。
元々は死亡したエリクスニーの肉体にダークエーテルを注入することで生み出されており、通常のフォールンとは異なり、肉体が不気味に変異している。
また、ダークエーテルによって死から蘇ることが可能であり、何度倒されても復活する個体も存在する。
ただし、蘇生を繰り返すほど肉体や精神が劣化していく傾向があり、理性を失って凶暴化した個体も多い。
その一方で、フィクルルやスコーン・バロンのように高度な知性や自我を保持している者も存在する。
瀕死のフィクルルを救いたいというリーフの王子、ユルドレン・ソヴの願いをリベンが叶えた結果、フィクルルは最初のスコーンとして蘇り、同時に死者を復活させる力を手に入れた。
フィクルルは自分達こそがエリクスニーの新たな進化形であると考えており、従来のフォールン社会やその価値観を否定している。
DLC『孤独と影』で初登場し、物語に大きな影響を与えた。
なお、全てのスコーンがフィクルルに従っているわけではなく、目撃者やその配下に支配されている個体も存在する。
●ドレッド
目撃者によって、光と暗黒の力を用いて生み出された異形の戦闘集団。
厳密には単一の種族ではなく、様々な異星種族や生命体を目撃者が改造・再構築することで誕生した人工的な生命体の集合である。
その多くは、目撃者がトラベラー内部の異次元領域「ペイルハート」に侵入し、トラベラーから奪った光と自身の操る暗黒の力を組み合わせることで生み出された。
その起源は多岐にわたり、サイオンやフォールンを素体とした個体のほか、目撃者の門弟であるルラクやネザレクに酷似した姿を持つ個体も存在する。
中には目撃者自身の集合意識に含まれていた、反抗的な人格の断片を利用して生み出された個体も存在するなど、その製造方法は極めて異質である。
従来の敵対勢力とは異なり、暗黒の力を直接利用した戦闘を得意としており、ガーディアンも使用するステイシスやストランドを自在に操る個体が多数存在する。
例えば、サイオンを改造した「アテンダント」はステイシスによって敵の動きを鈍らせ、同じくサイオンを改造した「ウィーバー」はストランドによって離れた敵を強制的に引き寄せる能力を持つ。
また、翼を持つ飛行型の「グリム」は空中から攻撃を仕掛け、特殊な叫び声によってガーディアンの能力を一時的に封じることが可能。
近接戦闘に特化した「ハスク」は素早い動きと刃物による攻撃を得意とし、倒される際に「ガイスト」と呼ばれる小型の自爆型生命体を放出することもある。
さらに、目撃者の門弟ルラクに酷似した「サブジュゲーター」は、ステイシスやストランドを用いて敵を拘束する強力な指揮官であり、ネザレクに似た巨体を持つ「トーメンター」は、大鎌を振るいながら敵の能力を封じ、生命力を奪う恐るべき戦闘能力を持つ。
こうした特殊能力と高い身体能力を兼ね備えていることから、ドレッドは目撃者がガーディアンに対抗するために用意した、極めて危険な軍勢である。
基本的には創造主である目撃者の命令に従って行動しているが、宿られた兵のように単純に意思を奪われた存在とは異なり、個体によっては明確な自我や感情を持っていることが特徴。
しかし、ドレッドの全てが目撃者に絶対的な忠誠を誓っているわけではなく、作中に登場する「ケレヴ」と呼ばれるウィーバーは目撃者に対して良い感情を持っておらず、こんな姿で生み出したことに強い反感を持っている。