東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
「それで--」
クロウが口を開いた。
「どうする?」
彼はイコラを見た。
「誰か神社に残すのか?」
「…………」
イコラは腕を組んだ。
確かに、それが最も単純な方法だった。
しかし、問題もある。
相手は影の軍団。
しかも、現在確認されているだけでも相当数の敵が集まっている。
この状況で戦力を一人減らすのは、決して得策とは言えなかった。
「……なら」
ケイドは腕を組みながら口を開く。
「俺が残るか?」
「…………」
「俺はもう今までみたいに光を使えない。フォールンやハイヴならまだしも重装甲のカバル相手にハンドキャノンとナイフ、必要最低限の能力だけじゃ厳しいしな」
全員が黙り込む。しかしイコラは首を横に振る。
「ケイド」
「ん?」
「あなたは、むしろ私達と一緒にいるべきよ」
「……なぜだ?」
「あなたにゴーストがいないことを目撃者達は知っている可能性は極めて高い」
「…………」
「単独で行動すれば、真っ先に狙われるかもしれないわ」
ケイドは少しだけ黙った。そして。
「……なるほどな」
小さく頷いた。
いつもなら、ここで軽口の一つでも叩いていただろう。
だが、今は違った。イコラの懸念が、決して大袈裟ではないことを理解していたからだ。
「ケイド、私が守ってやろうか?」
クロウが少し意地悪にそう言うと彼は「へっ」と鼻で笑った。
「俺が坊やにそう言われるとはずいぶんヤキが回ったもんだ」
「少しは信用しろ。私だって伊達に今作戦に選ばれたわけじゃない」
「じゃあしっかり守ってくれよ。もしやられたら幽霊に化けてお前の枕元に立つからな?『クロウ……クロウ……どうしてこんな宇宙一イカす男を死なせたんだい……クロウ』ってな」
「……………………」
するとイコラはコホンと咳をする。
「……あと」
イコラは続けた。
「これは、私の考えなのだけれど」
霊夢が顔を上げる。
「……何?」
「目撃者は、必ずしも無差別に破壊や殺戮を行うとは限らないわ」
霊夢が眉を寄せた。
「……どういうこと?」
イコラは静かに説明を始めた。
「以前、目撃者の目的について話したわね」
「……救済、でしょ?」
「ええ」
イコラは頷いた。
「目撃者は、自分の行おうとしていることこそが世界を救う唯一の方法だと考えている」
彼女は少し言葉を選んだ。
「その目的のためなら、力による支配だけでなく、相手の意思や認識を利用することも厭わない」
「……認識?」
霊夢が小さく呟く。イコラは続けた。
「相手に自分の考えが正しいと信じ込ませたいのなら、徹底的に破壊するよりも、適度に恐怖を与えた方が効率的な場合もあるでしょう」
「…………」
「恐怖を与え、逃げ道を塞ぎ、それでもなお希望があると思わせる」
彼女の声が低くなる。
「目撃者は、そうした心理さえ利用する可能性がある」
クロウが顎へ手を添えた。
「……つまり」
「ええ」
イコラは頷いた。
「神社に対して、あえて攻撃を控える可能性もあるわ」
霊夢は腕を組んだ。
「……じゃあ、今回は神社を襲わないかもしれないってこと?」
「断言はできないわ」
イコラは即答した。
「逆に、私達を誘い出して壊滅させようとしている可能性もある」
「…………」
「あるいは、この襲撃そのものが何か別の目的を持っているのかもしれない」
クロウが小さく息を吐いた。
「……結局、何を考えているのか分からないわけか」
「そういうこと。ガーディアンの指摘のおかげでそういう可能性も出てきた」
イコラは静かに答えた。
「目撃者は目的のためなら、恐怖も希望も利用する。こちらの常識で判断するべきではないわ」
一同は黙り込んだ。
山へ向かうべきなのは間違いない。
しかし、神社を無防備にするわけにもいかない。
かといって、今の戦力を分散させるのも危険だった。
「……どうするべきか」
クロウが呟く。
その時だった。
「……あの!」
小さな声が響いた。
「…………?」
全員が振り返る。
そこに立っていたのは、あうんだった。
彼女は少し緊張した様子で、それでもまっすぐ霊夢達を見つめていた。
「……あうん?」
霊夢が首を傾げる。
あうんは小さく息を吸った。
そして。
「霊夢さん達!」
はっきりとした声で言った。
「神社は、私が見張ります!」
「え…………っ」
霊夢の目が僅かに見開かれる。
「あうん……?」
「はい!」
あうんは力強く頷いた。
「だから、気にせず妖怪の山へ行ってください!」
クロウが少し驚いたように彼女を見る。
あうんは続けた。
「私は、ここを守るためにいるんです」
その声音には、確かな決意が込められていた。
「霊夢さんがいない間だって、神社を守るのは私の役目です!」
「……あうん」
霊夢は小さく呟いた。
すると。
「……なら!」
今度は、針妙丸が前へ出た。
「私も手伝う!」
「……針妙丸?」
「うん!」
針妙丸は小さな胸を張った。
「前みたいにドレッドとかいう変な奴らが来たら、今度は逃げないで戦うわ!」
「…………」
霊夢が眉を寄せる。
針妙丸は得意げに続けた。
「いざとなったら、うちでの小槌を使うから大丈夫だよ!」
「……待ちなさい」
霊夢が即座に遮った。
「え?」
「うちでの小槌はやめなさい」
「…………」
針妙丸の表情が止まる。
霊夢は腕を組んだ。
「ただでさえ危険な代物なのに、また使ったらどうなるか分からないでしょうが」
「……でも」
「でも、じゃないの」
霊夢は少しだけ声を強めた。
「以前、あれで何が起きたか忘れたわけじゃないでしょう?」
「…………」
針妙丸はしばらく黙った。そして。
「……はい」
しょんぼりと肩を落とした。
「……分かりました」
霊夢は小さく息を吐く。
「……まったく」
しかし、そこへ。
「ねえねえ!」
サニーが元気よく手を上げた。
「私達もいるわよ!」
霊夢が振り返る。
「……サニー?」
「うん!」
サニーは胸を張った。
「神社がなくなっちゃったら、遊び場所がなくなっちゃうもの!」
霊夢の目が細くなる。
「……あんたねえ」
「だから!」
サニーは構わず続けた。
「私達も守るわ!」
ルナが少し不安そうに頷いた。
「……まあ、危ないことはしたくないけど」
スターも笑顔を浮かべる。
「見張りくらいならできるわよ」
「目眩ましで相手を騙すことも!」
クロウが三人を見た。
「……しかし」
その声は真剣だった。
「相手は、私達の世界から現れた敵だ。しかもこの世界の能力とは別物の力を使う」
「…………」
「君達だって危険なんだぞ?」
その言葉に、ルナは少しだけ表情を曇らせた。しかし。
「あたしだって!」
あうんが声を上げた。
「神社を守る狛犬の化身です!」
彼女は拳を握り締める。
「そんじょそこらの妖怪達よりは強いんですから!」
あうんはさらに続けた。
「それに!」
彼女はイコラ達を見回した。
「その……カバルとかいうのが妖怪の山を壊すつもりなら、少しでも味方が多い方がいいと思います!」
「…………」
イコラも、すぐには返事をしなかった。目の前にいるのは、この神社で暮らす小さな住人達。
狛犬の化身。
小人族。
そして、三人の妖精。
彼女達は、ガーディアンのような戦士ではない。
影の軍団、ハイヴがどれほど危険なのかも、十分には理解していないだろう。
それでも自分達の居場所を守りたいという気持ちは、本物だった。
「…………」
霊夢は、そんな彼女達を見つめていた。
あうんが神社を守ろうとするのは、今に始まったことではない。
針妙丸も、口では色々言いながら、何だかんだで神社を大切に思っている。
三月精だって、普段は悪戯ばかりしているが、この場所を気に入っているのは確かだった。
(……まったく)
霊夢は小さく息を吐いた。
(……しょうがない奴らね)
しかし、その口元にはほんの僅かな笑みが浮かんでいた。
--その時だった。
「……これは!」
ゴーストの声が響いた。
「どうしたの!?」
全員が振り返る。ゴーストは慌ただしくシェルを回転させていた。
「敵性反応が、さらに増加しています!」
「……何?」
イコラが即座にディスプレイへ向き直った。
立体地形図の一角。
妖怪の山の周辺に表示された赤い光点が、先ほどより明らかに増えていた。
「……確認できた敵の構成は?」
「多数のカバル歩兵部隊に加えて、航空戦力も確認しました!」
ゴーストが解析結果を読み上げる。
「ハーベスター、スレッシャー……それに複数の輸送ポッドの反応もあります!」
「…………!」
クロウが眉を寄せた。
「……輸送ポッドまで?」
「はい!」
ゴーストは続ける。
「さらに、インターセプターと思われる地上戦闘車両も多数確認!」
「……なに?」
クロウの表情が険しくなる。
「……本当にまずいな」
ケイドも思わず舌打ちした。
「……ったく」
彼は頭を掻いた。
「ハーベスターにスレッシャー、おまけにインターセプターだと?」
その声には、明らかな苛立ちが滲んでいた。
「本当に雰囲気ぶち壊すもんばっか持ち込みやがって!あいつらここをネッススと勘違いしてるんじゃねえのか?」
そして、吐き捨てるように続ける。
「相変わらず、空気の読めねえ奴らだ!」
霊夢は地図を見つめた。
先ほどまで、単に敵が現れたというだけだった。
しかし、今は違う。
航空機。
輸送機。
地上戦闘車両。
その言葉からでも、敵が相当な戦力を投入していることが分かる。
「……ねえ」
霊夢が口を開いた。
「それって、つまり……」
イコラが静かに頷いた。
「ええ」
彼女は赤い光点を見つめた。
「単なる偵察や小規模な襲撃ではなさそうね」
「…………」
「本格的な部隊展開よ」
その言葉に、一同の表情が引き締まった。
クロウは腰の装備へ手を添えた。
ケイドも、先ほどまでの軽薄な表情を完全に消していた。
魔理沙は箒を握り直す。
そして、ガーディアン。
彼は無言のまま、地図を見つめていた。
蛍光色の奇抜な鎧。
先ほどまで三月精とふざけていた男。
しかし今、その姿からは奇妙なほどの静けさが漂っていた。
まるで。
目の前の情報を一つ残らず頭へ叩き込み、戦闘が始まった時にどう動くべきかを考えているかのようだった。
「…………」
イコラが顔を上げた。
「……急ぎましょう」
その声音は、決然としていた。
「どうやら、本当に攻めてきたようだわ」
それを聞いて、霊夢は諦めたかのようにふんと鼻息を出す。
「たくぅ……分かったわ」
霊夢は小さく頷いた。そして、あうん達へ向き直る。
「あうん」
「はい!」
「針妙丸」
「うん!」
「サニー、ルナ、スター」
「「「はい!」」」
霊夢は五人を見回した。
「……神社の警戒、お願いするわ」
「霊夢さん……」
あうんの表情が明るくなった。
「はい!」
針妙丸も力強く頷く。
「任せて!」
しかし。
「……ただし」
霊夢は少しだけ声を低くした。
「無理だけは絶対にしないこと」
五人が静かになる。霊夢は続けた。
「いい? あんた達の役目は、ここを見張ることよ」
「……はい」
「もし危ない奴らが来たら、すぐに逃げなさい」
「…………」
「絶対に、無茶して戦おうなんて考えないこと」
霊夢はあうんを見た。
「……いいわね?」
あうんは少しだけ唇を引き結んだ。
本当は、胸を張って神社を守ると言いたかった。
しかし。
霊夢の表情を見れば、それが単なる心配ではないことくらい分かる。
「……分かりました」
あうんは静かに頷いた。
「危なくなったら、無理せず逃げます」
「……よろしい」
霊夢は少しだけ表情を和らげた。すると。
「……おっと」
ケイドが前へ出た。
「俺からも、一つ言っておくぜ」
三月精が顔を上げる。ケイドは膝を曲げ、彼女達と目線を合わせた。
「いいか、お前ら」
その声音は、先ほどポーカーで負け続けていた男とは思えないほど真剣だった。
「お前らの仕事は敵をぶっ倒すことじゃない。何があっても生き残ることだ」
サニーが目を瞬かせた。
「……生き残る?」
「ああ」
ケイドは頷く。
「目撃者の手下は俺達の世界での光と暗黒っていう力を使う」
「光と暗黒……?」
「お前ら妖怪や妖精にも通用することがハイヴとの戦いで分かった。だから危なくなったら逃げろ。隠れられる場所があるなら隠れろ」
そして、少しだけ声を強めた。
「意地張って戦おうなんて考えるなよ」
「…………」
「いいな?」
三人は顔を見合わせた。そして。
「……うん!」
小さく頷いた。
その横で、イコラも口を開いた。
「ケイドの言うとおりよ」
彼女はあうん達を見つめた。
「光と暗黒だけじゃない。ドレッドにしても、カバルにしても、ハイヴにしてもここ一帯を消し飛ばすだけの兵器と能力を持っているわ」
「…………」
「しかも、必要と判断すれば躊躇なく使うでしょう」
イコラの声音は静かだった。だが、そこには一切の冗談がなかった。
「あなた達が勇敢なのは分かった。でも、勇敢であることと無謀であることは違うわ」
「…………」
「相手を見つけても、無理に戦わないこと」
そして。
「逃げることは、決して恥ずかしいことではないのよ」
その言葉に、あうんは小さく頷いた。
「……はい」
針妙丸も、少しだけ真面目な顔になる。
「……分かった」
三月精も揃って頷いた。
「「「はーい!」」」
「……よし」
ケイドが小さく笑った。
「いい返事だ」
すると。
「ねえ、霊夢」
サニーが手を上げた。
「何?」
「もし本当に敵が神社へ来たらさ」
彼女は少し考えながら続けた。
「私達の誰かが、霊夢達に知らせに行けばいい?」
「……そうね」
霊夢は少し考えた。
「でも、妖怪の山まで知らせに来るのは危険だし……」
「その必要はないわ」
イコラが口を開いた。
「……え?」
「オフィウクス、トランスマットで予備の通信機を出して」
『了解しました』
――シュンッ!
次の瞬間、イコラの手元に小さな金属製の端末が二つ現れた。
「……何それ?」
霊夢が首を傾げる。
「簡易通信機よ。これがあれば、離れた場所からでも私達に連絡できるわ」
「そりゃあ便利な道具だな!」
魔理沙が興味深そうに覗き込む。
イコラはあうんとサニーに通信機を手渡した。
「側面のボタンを押しながら話せば、私達に声が届くわ。赤いボタンを長押しすれば、緊急信号も送れる」
「……これでお話できるんですか?」
あうんが目を輝かせる。
「ええ。試してみて」
「……もしもし?」
――ザザッ。
『もしもし?』
オフィウクスから自分の声が聞こえ、あうんが飛び上がった。
「わっ! 本当に聞こえた!」
「すごーい!」
三月精も歓声を上げる。しかし、イコラは真剣な表情で続けた。
「ただし、この世界では通信が不安定になることもあるわ。神社の観測装置を中継しているけれど、必ず繋がるとは限らない」
「……にしても、あんた達の世界の物は本当に便利ね」
霊夢が頷く。
「だから、通信できなくなっても無理に知らせに来ようとしないこと。危険を感じたら、まず逃げなさい」
「はい!」
あうんが元気よく答えた。
「それから、これを遊びや悪戯に使わないこと!」
霊夢が三月精を睨む。
「えー!?」
サニーが不満そうに声を上げた。
「……サニー?」
「わ、分かったわよ!」
その様子にケイドが笑った。
「ははっ! まあ、便利だからって遊びすぎるなよ。俺みたいにイコラに怒られるぜ?」
「……ケイド」
「おっと、悪い!」
ケイドは両手を上げた。
「……まったく」
イコラは小さくため息を吐いた。
そして、あうん達へ向き直る。
「何かあったら、すぐに連絡してちょうだい」
「はい! 任せてください!」
あうんは通信機を大事そうに抱えた。
霊夢も小さく頷く。
「……これなら少しは安心ね」
「ええ」
イコラは妖怪の山へ視線を向けた。
「それじゃあ、急ぎましょう」
そしてすぐに全員が出発の準備を整えていた。
イコラは装備を確認し、オフィウクスから最新の観測情報を受け取っている。
クロウも腰の武器を確かめ、グリントへ短く何かを伝えていた。
ケイドは自慢のハンドキャノン、切り札を軽く持ち上げ、弾薬を確認する。
そして、ガーディアン。
彼は既に武装を整え、静かに立っていた。
先ほどまでのトロンボーンも、ギターも、ソファーもない。
奇抜な蛍光色の鎧は相変わらずだったが、その立ち姿には不思議なほど隙がなかった。
「……準備できたわ」
霊夢が声を掛ける。イコラが振り返った。
「ありがとう」
「魔理沙は?」
「ここだぜ!」
上空から声が聞こえた。
見上げると、魔理沙が箒に跨って浮かんでいた。
黒い帽子のつばを押さえながら、にやりと笑う。
「いつでも行けるぜ!」
「……よし」
霊夢も軽く地面を蹴った。
その身体が、ふわりと宙へ浮かび上がる。
一方、地上では。
――シュンッ!
グリントが光を放った。
次の瞬間、クロウのスパローが出現した。
黒と白を基調とした細長い車体。
後部には淡い推進光が揺らめいている。
クロウは慣れた動作で跨った。
続いて、イコラも自分のスパローを呼び出す。
そして。
――シュンッ!
ガーディアンの前にも、スパローが現れた。
「……さて、と」
ケイドがガーディアンのスパローに乗ろうと足を上げた時、何故か立ち止まる。
「……………」
彼は数秒考え込んだ後、足を引っ込めた。
「今日はなんか嫌な予感がするから、相棒のには乗らない」
ケイドはクロウのスパローの後ろに勝手に乗っかった。
「おい、ケイド」
「今日は坊やの番だ。お前なら事故る心配ないな」
「…………」
ガーディアンは一瞬だけケイドを見た。そして。
(`・ω・´)b
ケイドは少しだけ黙った。
「……あー」
何とも言えない声を漏らす。
「俺の嫌な勘は当たるからな」
(・ω・)?
ガーディアンは首を傾げて、スパローの操縦桿へ手を添えた。
「……まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦っと」
ケイドは肩を竦めた。
「頼んだぜ、クロウ」
「……ここに来た初日みたいなふざけたことするなよ」
「……なんかしたか俺?」
それを聞いてクロウは「はあっ」と大きいため息をついた。
「お前、スパローで移動中に魔理沙の箒に飛び移ったの忘れたのか?」
「ああ、そういやああったなあ」
惚けたように言うとクロウは嫌そうな顔をした。
「またそんなことしたら問答無用で振り落とすからな」
「お前、俺を守るんじゃなかったのかよ?」
「それとこれとは別だ!」
「てめえ!」
二人の様子をずっと見下ろしていた霊夢が、小さくため息をつく。
「あのさ、少しは緊張感を持ちなさいよ。今の状況分かってる?」
するとケイドは腕組みをしながら。
「俺達にとっちゃもはやこれすら日常茶飯事だからな」
「……そう」
霊夢は額へ手を当てた。
「もう何も言わないわ」
しかし次の瞬間、イコラが全員へ声を掛けた。
「……いい?」
その声に、一同の表情が引き締まる。
「まずは妖怪の山へ向かうわ」
イコラは静かに続けた。
「現地に到着したら、可能な限り状況を確認する。万が一、山の住人達と接触したならまず事情を説明しましょう」
霊夢が頷く。
「ええ。そこは任せて」
「ありがとう」
イコラはクロウとケイドを見る。
「敵との交戦は、状況を確認してから判断するわ。無闇に突撃しないこと」
「了解だ」
クロウが答える。ケイドも片手を上げた。
「分かってるって」
「そしてガーディアン」
ガーディアンが顔を向ける。
「あなたも、くれぐれも慎重に」
僅かな沈黙……そして。
(`・ω・´)ゞ
ガーディアンは、珍しく真面目な敬礼を返した。
「……よろしい」
イコラは小さく頷いた。
「霊夢さーん!」
境内から声が響いた。
振り返ると、あうん達が並んで立っていた。
あうん。
針妙丸。
サニー。
ルナ。
スター。
五人が、こちらを見上げている。
「……気をつけてくださいね!」
あうんが声を張った。
「無茶しないでねー!」
針妙丸も手を振る。サニーが両手を大きく振った。
「帰ってきたらまた遊ぼうねー!」
ルナも頷く。
「ちゃんと帰ってきてよ!」
スターが笑った。
「神社は任せて!」
「…………」
霊夢は、そんな彼女達を見下ろした。
そして。
「……ええ!」
少しだけ笑う。
「あんた達こそ気をつけなさいよ!」
あうん達が元気よく頷く。
「「「はーい!!」」」
霊夢は満足そうに頷いた。
その横で、魔理沙が箒を握り直す。
「……よし」
彼女は北の空を見つめた。
遠くには、幻想郷の山々が連なっている。
その中でも一際大きく聳える山。
――妖怪の山。
普段なら、天狗達が空を飛び回り、河童達が川で騒ぎ、山の神々が静かに暮らしている場所。
しかし今、そこには、異世界から現れた軍勢が迫っている。
「……文、にとり」
魔理沙は小さく呟いた。
「……無事でいろよ」
霊夢も、同じ方向へ視線を向けた。
「…………」
昨日まで、何も変わらないはずだった幻想郷。
けれど、その裏では何かが少しずつ変わり始めている。
そして今度は、はっきりとした脅威が現れた。
(……まったく)
霊夢は小さく息を吐いた。
(……次から次へと)
しかし、その表情に迷いはなかった。
何が起きているのか。
誰が何を企んでいるのか。
それは、まだ分からない。
だが。
幻想郷に危機が迫っているのなら。
博麗の巫女として、やるべきことは一つだった。
「……行くわよ!」
霊夢が声を張った。
「おう!」
魔理沙が応じる。
地上では、三台のスパローが一斉に唸りを上げた。
――ギュオォォォォン!!
青白い推進光が、境内の地面を照らす。
「全員、出発!」
イコラの号令とともに。
――ドォンッ!!
スパローが一斉に加速した。
クロウが先行する。
イコラもそれに続く。
そして、ガーディアン。
ただ、操縦桿を握り締めた。
――ゴォォォォォッ!!
さらに加速していき神社から遠退いていく。そして上空では。
「魔理沙!」
「何だ?」
「遅れを取るんじゃないわよ!」
魔理沙はにやりと笑った。
「誰に言ってるんだよ!」
そして二人も一気に加速し空高く飛翔してく
赤と白の巫女装束。
黒と白の魔法使い。
二つの影が、青空を切り裂いていく。
その下では、三台のスパローが凄まじい速度で地上を駆け抜けていた。
幻想郷の穏やかな風景が、次々と後方へ流れていく。
木々。
小川。
草原。
そして、遠くに見える山々。
目指すは、妖怪の山。
影の軍団が展開しているという、北側の山岳地帯。
その先に待ち受けているものが何なのか。
今はまだ、誰にも分からない。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
――幻想郷に、再び戦火が迫ろうとしている。
そして。
その戦いは、これまでの異変とは明らかに異なるものになるかもしれなかった。
◇
一方、博麗神社の境内では。
あうん達が、遠ざかっていく霊夢達の姿を見送っていた。
スパローの駆動音が、次第に小さくなっていく。
やがて、その姿が木々の向こうへ消えた。
「…………」
あうんは、しばらく北の空を見つめていた。
その横で、針妙丸が小さく呟く。
「……行っちゃったね」
「……うん」
サニーが頷きルナも、不安そうに空を見る。
「……大丈夫かな」
スターは少し考えた。
そして。
「……大丈夫よ」
小さく笑った。
「霊夢達だもの」
「……そうだね!」
サニーが元気よく頷く。
あうんは、そんな三人を見た。
そして、ゆっくり社殿へ振り返った。
「……私達も」
その声には、静かな決意が込められていた。
「ちゃんと、お留守番しないとね」
「うん!」
針妙丸が頷く。
三月精も、揃って顔を上げた。
新しく建て直された博麗神社。
穏やかな風が、境内を吹き抜けていく。
小鳥が鳴き、木々が揺れる。
いつもと変わらない、平和な幻想郷の風景。
しかし。
その遥か北。
妖怪の山では。
異世界から現れた軍勢が、刻一刻とその数を増やしていた。
――影の軍団。
かつてカバルの前皇帝カルスに従い、今なお目撃者の意志の下で動く、暗黒の軍勢。
彼らがこの山へ姿を現した目的は、未だ不明。
だがその行動が、幻想郷の平穏を大きく揺るがそうとしていることだけは、もはや疑いようがなかった。
そして、博麗神社を後にした六人は。
未だ、その先に待ち受ける事態を知る由もなかった。