東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
………博麗神社を出発してから、しばらくのことだった。
幻想郷の空は、相変わらずよく晴れていた。
頭上には澄み渡った青空が広がり、白い雲がゆっくりと流れている。
眼下には広大な森林。
木々の間を縫うように小川が流れ、遠くには人間の里の家々が小さく見えた。
吹き抜ける風は心地よく、普段なら空中散策には絶好の陽気だっただろう。
だが、今その空を飛んでいる二人に、景色を楽しんでいる余裕などなかった。
「……魔理沙、もう少し高度を上げるわよ!」
「ああ!」
二人は妖怪の山を目指し、北の方角へ向かっていた。
霊夢はいつものように空中を自在に飛翔し、その隣では魔理沙が箒に跨っている。
――ヒュオオオオッ!!
二人は一気に高度を上げた。
眼下に広がる木々が次第に小さくなり、遠くの山々がはっきりと見えるようになっていく。
「大丈夫かしら……」
霊夢は北の方角へ視線を向けた。
妖怪の山。
幻想郷でも特に大きく、数多くの妖怪達が暮らす山。
天狗や河童。
そして、山頂付近には守矢神社も存在している。
普段なら、遠くからでもその雄大な姿を眺めることができるはずだった。しかし。
「…………?」
霊夢は、不意に眉を寄せた。
「……あれ?」
その視線の先。
妖怪の山が見える方角に、何やら奇妙な影が浮かんでいた。
最初は雲かと思った。
だが、違う。
その影は、明らかに不自然な形をしていた。
しかも、一つや二つではない。
幾つもの巨大な影が、山の周囲をゆっくりと移動している。
「……魔理沙」
「ん?」
「あれ……何?」
霊夢が指差し、魔理沙も視線を向ける。
「……あ?」
彼女は目を細めた。そして。
「………………!?」
その表情が、みるみるうちに変わっていった。
「……おい」
魔理沙が小さく呟く。
「……冗談だろ」
二人は思わず速度を落とした。
そして、改めて山の方角を見つめる。
そこには――巨大な鉄の船が、無数に浮かんでいた。
「…………!」
霊夢の目が見開かれた。
「な、なにあれ!?」
思わず叫んでしまう。
赤と黒を基調とした巨大な船体。
分厚い装甲。
左右へ大きく張り出した、翼とも呼べない奇妙な構造物。
さらに、船体の下部には大砲のようなものが突き出している。
その後部からは、赤や青の眩い推進光が噴き出していた。
鳥のように翼を羽ばたかせるわけでもない。
妖怪のように空を飛んでいるわけでもない。
ただ、巨大な金属の塊が空中を移動していた。
しかも、その数は尋常ではなかった。
山の中腹付近を飛ぶもの。
山頂の周囲を旋回するもの。
そして、その遥か上空をゆっくりと横切っていく巨大な影。
まるで、妖怪の山そのものが鉄の船によって包囲されているかのようだった。
「…………」
霊夢は、しばらくその光景を見つめていた。そして。
「……ウソ…………」
小さく呟いた。
幻想郷には強力な妖怪や神々が数多く存在する。
空を飛ぶことなど、それほど珍しい能力でもない。
河童達が作り出す機械の中には、外の世界の技術を応用したものもある。
しかし。
これほど巨大な鉄の船が、これほど大量に空を飛んでいる光景など、今まで見たことがなかった。
「……あれが」
隣で、魔理沙が箒の柄を強く握った。
「……カバルか…………っ」
以前、ケイド達から聞かされた説明が脳裏をよぎる。
星々の間を渡り歩く巨大な軍事勢力。
人間を遥かに上回る体格の兵士達。
そして、惑星規模の戦争すら可能にする圧倒的な軍事力。
その説明を聞いた時には、どこか現実味がなかった。
『山を喰らい、海を飲み干す』。
そんな言葉も、ただの大袈裟な表現だと思っていた。
だが、目の前に広がる光景を見ていると、冗談だとは思えなくなってくる。
「……何だよ、あの数」
魔理沙が呟いた。
「……本当に戦争でも始めるつもりなのか?」
霊夢は何も答えなかった。
ただ、遠くの山を見つめ続けていた。
その時だった。
――カッッッ----!
妖怪の山の中腹で、突然眩い閃光が走った。
「……え?」
霊夢が目を瞬かせた次の瞬間。
――ドゴォォォォン!!!
巨大な爆炎が、山肌から噴き上がった。
「…………!!」
二人が息を呑む。
黒煙が空高く立ち上り、周囲の森林が炎の赤に染まる。さらに。
――ドンッ!!
――ドゴォォォォン!!
別の場所でも、次々と爆発が起こり始めた。
遠くから見えるのは、山肌を照らす閃光。
一瞬遅れて噴き上がる爆炎。そして。
――ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
空気を震わせる重苦しい爆発音が、さらに遅れて二人の耳へ届いた。
「…………」
魔理沙の顔が引きつった。
「……おいおい」
彼女は山の方角を睨みつけた。
「……もう始まってるじゃねえか!」
◇
一方、その少し下。
地上では、三台のスパローが猛烈な速度で疾走していた。
――ギュイイイイッッ!!
青白い推進光を後方へ伸ばし、地表すれすれを滑るように進んでいく。
先頭を走るのはクロウ。
その後部座席には、ケイド6が乗っていた。
出発直前、妙な嫌な予感がしたという理由で、ガーディアンから乗り換えてきたのである。
「……なあ、クロウ」
ケイドが声を掛ける。
「何だ?」
「お前、案外運転上手いじゃねえか」
クロウは前方へ視線を向けたまま答えた。
「……当然だろう」
「いやあ、相棒の後ろに乗るのも悪くねえんだけどよ」
ケイドは少しだけ身体を後ろへ傾けた。
「今日みたいな日は、お前みたいな慎重な奴の方が安心できるってもんだ」
「……それ、褒めてるのか?」
クロウは苦笑した。
「ただ、あまり身体を動かすなよ」
「分かってるって!」
「お前の『分かってる』は信用できない」
「おいおい、そこまで言うか?」
「ガーディアンのスパローから魔理沙の箒に飛び移るような奴だからな」
「……あー」
ケイドは少し考えた。
「そういや、そんなこともあったな」
「もう忘れてたのか……さっき言ったばかりだろ」
「へへっ、細かいことは気にすんなって!」
「……まったく」
クロウは深いため息を吐いた。
その後方ではイコラがスパローを操縦し、さらに少し離れてガーディアンが追走していた。
いつもならケイドが乗っているはずの後部座席は、今日は空席である。
ガーディアンは前方を見つめながら、ちらりとクロウのスパローへ目を向けた。
そこには、楽しそうに話しているケイドの姿。
(´・ω・`)イイナー
何となく寂しそうだった。
しかし、その時。
――ドォォォォン!!
遠くから、地鳴りのような音が響いた。
「…………!」
クロウが顔を上げる。
「……今のは?」
ケイドも山の方角を見た。
「……おいおい」
その視線の先。妖怪の山から、幾筋もの黒煙が立ち上っていた。
しかも、その周囲では巨大な飛行物体が幾つも移動している。
「……ったく」
ケイドが舌打ちした。
「もう始めやがったか」
その瞬間。
「全員!」
ガーディアンのゴーストが、鋭い声を上げた。
「妖怪の山周辺で、高エネルギー反応を多数検知しました!」
「何?」
イコラが応じる。
「急激な熱量の上昇を確認!複数の爆発が発生しています!」
さらに、短い電子音が鳴った。ゴーストのシェルが慌ただしく回転する。
「……これは!」
一瞬の解析。そして。
「すでに攻撃が始まっています!」
「…………!」
イコラの表情が険しくなった。
「……まずいわね」
彼女はスパローの出力を引き上げる。
「全員、急いで!」
「了解!」
クロウも即座に加速した。
――ゴォォォォォッ!!
三台のスパローが、一斉に速度を上げる。
その直後だった。
妖怪の山の上空。
巨大な鉄の船の下部から、幾つもの小さな光が放たれた。
それらは白い尾を引きながら、山の斜面へ向かって落下していく。
――シュウウウウウッ!!
そして。
――ドゴォォォォン!!
一発目が着弾。
巨大な火柱が立ち上がる。
続いて二発目。
三発目。
さらに、その後からも次々と着弾していく。
――ズガァァァン!!
――ドォォォォン!!
――ゴゴゴゴゴッ!!
爆発が連鎖した。森林が吹き飛ばされ、山肌が炎に包まれる。
さらに、別の船からも新たなミサイルが放たれた。
それは、まさしく空爆だった。
しかも、山のあちこちを同時に攻撃するほどの規模である。
「くそ…………っ」
クロウは遠くの黒煙を睨みつけた。
「……スレッシャーか」
ケイドも頷く。
「……ああ」
彼の声音は低かった。
「ハーベスターもいるな」
二人は、これらの兵器をよく知っていた。
カバルが運用する航空戦力、ウォーシップ。
対地攻撃を行うスレッシャー。
兵員や物資を輸送するハーベスター。
その両方が大量に展開しているということは。
「……本気だな」
ケイドが呟いた。
「……あいつら、本気で山を制圧するつもりらしい」
クロウは小さく頷いた。
「……急ごう」
「ああ」
その言葉とともに、スパローはさらに加速した。
◇
「……まじか、あいつら」
上空では魔理沙は妖怪の山を見つめながら呟いた。
「あんな表立って攻撃してくるのかよ……」
その表情には、明らかな動揺が浮かんでいた。
今まで幻想郷で起きた異変は、確かに危険なものばかりだった。
しかし、こんな形で始まる異変は珍しい。
何の前触れもなく現れた巨大な軍勢。
警告もなく始まった砲撃。
そして、広範囲を焼き払う激しい攻撃。
「……何なのよ、あいつら」
霊夢も、眉間に深い皺を寄せていた。
妖怪の山には、天狗や河童を始め、数多くの妖怪達が暮らしている。
中腹付近には守矢神社もあり、早苗や神奈子、諏訪子もいる。
彼女達が、そう簡単に侵入者を許すとは思えないし、寧ろ神である神奈子達ならカバル達を簡単にひねり潰せそうではあるが現状、神通力を使っている様子は見られない。
だが、目の前の巨大な軍勢を相手に、どこまで抵抗できるのだろうか。
(……何なのよ、これ)
霊夢は唇を引き結んだ。
その時だった。
「……待って」
不意に、霊夢が声を上げた。
「ん?」
魔理沙が振り返る。
「どうした?」
霊夢は、山の方角をじっと見つめていた。
「……何か、こっちに来る」
「……何?」
魔理沙も目を凝らした。
遠くの空。
黒煙を背景に、一つの小さな影が飛んでいた。
その影は、恐ろしい速度でこちらへ近づいてくる。
しかも、左右へ細かく軌道を変えながら、ほとんど一直線に二人を目指していた。
「……あれは」
霊夢が目を細める。
「霊夢さーーーーん!!!」
聞き慣れた声が、風に乗って響いた。
「魔理沙さーーーーん!!!」
「…………!」
霊夢の目が見開かれた。
「あれ……文!?」
魔理沙も叫ぶ。
「おい、文じゃねえか!」
次の瞬間。
――ヒュオオオオオッ!!
猛烈な風切り音とともに、一人の少女が二人の前へ飛び込んできた。
黒い翼。
赤い頭襟。
白いシャツに黒いスカート。
そして、手にした団扇。
幻想郷最速を自称する鴉天狗。
普段なら、面白そうな出来事があれば真っ先に取材へ駆けつけ、新聞のネタを探して幻想郷中を飛び回っている少女、文だ。
しかし、今の彼女は、いつもとは明らかに様子が違っていた。
「……はあっ、はあっ……!」
文は二人の前で急停止すると、肩を上下させながら呼吸を整えた。
額には汗。
頬には黒い煤が付着し、衣服の一部にも焦げたような汚れが見える。
普段の余裕たっぷりな表情はどこにもなかった。
「……文!」
霊夢が駆け寄る。
「無事だったのね!」
「霊夢さん……!」
文は顔を上げた。
二人の姿を確認した瞬間、表情に僅かな安堵が浮かぶ。
「……よかった」
小さく呟いた。
「……本当に、よかったです……!」
霊夢が眉を寄せる。
「山で何が起きてるの?詳しく教えて!」
その問いに、文の表情が一気に険しくなった。
「……それが!」
彼女は妖怪の山を振り返った。
「いきなり、妖怪の山が謎の武装集団に襲撃されて……!」
言葉を選ぶ余裕もないらしく、早口で続ける。
「もう、とんでもないことになっているんです!」
「…………!」
魔理沙が息を呑んだ。
「山のあちこちで爆発が起きて、森は燃えるし、天狗達も必死に応戦しているんですが……!」
文は一度、言葉を詰まらせた。そして。
「……私、霊夢さん達に助けを求めに来たんです!」
「…………」
霊夢の表情が変わった。
普段の文なら、どんな異変が起きても、まずは取材を優先する。
危険な妖怪が暴れていようと、面白そうな事件があれば、嬉々として飛び込んでいくような少女だ。
そんな彼女が。
新聞のネタ集めでもなく。
取材でもなく。
助けを求めてきた。
それだけで、事態の深刻さは十分に伝わってきた。
「……分かったわ」
霊夢は頷いた。
「ちょうど、あたし達も山へ向かってたところよ」
「……え?」
文が目を瞬かせる。魔理沙も頷いた。
「ああ。神社で敵の反応を見つけてな」
「……敵の反応?」
「イコラ達が敵を察知したんだ」
文は少し考えた。そして。
「……もしかして」
その表情が険しくなる。
「あいつら……ケイドさん達が言っていた例の……」
霊夢は短く頷いた。
「……カバルだそうよ」
「…………!」
文が息を呑んだ。
「……カバル」
その名前には、聞き覚えがあった。
数日前、紅魔館で咲夜とガーディアンの決闘の最中にケイド達が話していたとんでもない規模を誇る軍事勢力。
巨大な体格。
重厚な装甲。
そして、幻想郷の常識から大きく外れた兵器。
(……やっぱり)
文は唇を引き結んだ。
「……あの時の話、本当だったんですね」
「ええ」
霊夢は頷いた。
「それで、山の状況は?」
「……はい!」
文は再び口を開こうとしたが、その前に何かを思い出した。
「あ、そうだ!」
「何?」
「ガーディアンさん達は!?」
周囲を見回す文。しかし、ここにいるのは霊夢と魔理沙だけだった。
「あの人達は、どこにいるんですか!?」
「地上から向かってるわ」
霊夢が答えた。
「……地上?」
「ええ。あのスパローって乗り物でね」
魔理沙も付け加える。
「今頃、下を走ってるはずだ」
「……そうですか!」
文の表情に、僅かな希望が浮かんだ。
少なくとも、カバルという敵については彼らの方が詳しい。
それに、紅魔館での戦いを思い出せば、彼らが味方として駆けつけてくれることは何より心強かった。
「……文」
魔理沙が声を掛けた。
「山の状況、もう少し詳しく教えてくれ」
「……はい!」
文は大きく息を吸った。
そして、早口で説明し始めた。
「最初は、あの巨大な鉄の船が空にいくつも現れたんです!」
彼女は山の上空を指差した。
「天狗達も、最初は外来の妖怪か何かだと思って警戒していたんですが……」
そこで、声が低くなる。
「……突然、攻撃を始めたんです」
「…………」
「何の警告もなく、いきなり山へ砲撃してきました」
文は拳を握り締めた。
「それだけじゃありません!」
「……まだあるの?」
霊夢が眉を寄せる。
「はい!」
文は頷いた。
「あの鉄の船だけじゃなく、どこからともなく巨大な図体をした連中が次々と現れたんです!」
「……巨大な図体?」
「ええ!」
文は両腕を大きく広げた。
「人間より遥かに大きくて、見たこともない鎧を着ているんです!」
「…………」
「しかも、大砲みたいな武器をたくさ持っていて……!」
文の表情が険しくなる。
「現れるなり、挨拶も警告もなしに、いきなり広範囲へ発砲し始めたんです!」
「な、なんですって……っ」
霊夢が目を見開いた。
文は続ける。
「山のあちこちへ一斉に攻撃してきて、森が火の海になりました!」
彼女の脳裏に、つい先ほどまで目の当たりにしていた光景が浮かぶ。
燃え上がる森林。
逃げ惑う妖怪達。
響き渡る砲声。
そして、空から降り注ぐ爆発物。
「天狗達も芭蕉扇を使って炎を吹き飛ばしたり、敵を押し返そうとしているんですが……!」
文は唇を噛んだ。
「次から次へと奴らが雪崩れ込んでくるんです!」
「…………」
「一体どこから現れているのかも分かりません! 倒しても倒しても、また別の場所から新しい連中が出てきて……!」
霊夢は黙って聞いていた。
「……被害は?」
その問いに、文の表情が曇った。
「…………」
一瞬、言葉が詰まる。
そして。
「……酷いです」
小さく答えた。
「逃げ遅れた妖怪達が、何人も炎に呑まれています」
「…………!」
霊夢の表情が凍りついた。
文は俯いた。
「……助けようとしていた天狗達まで攻撃されて……」
その声が、僅かに震える。
「今も、山のあちこちで戦闘が続いています」
「…………」
魔理沙は箒の柄を強く握った。
「……くそっ」
小さく吐き捨てる。
「何てことしやがる……!」
霊夢も、遠くの山を睨みつけた。
その時だった。
――カッッッッ!!
遥か彼方で、再び強烈な閃光が走った。
次の瞬間。
――ドゴォォォォォン!!!
先ほどまでとは比較にならないほど巨大な爆炎が、山の斜面から噴き上がった。
黒煙が空高く立ち上り、炎の赤い光が昼間の山肌を照らし出す。
「…………!」
三人が一斉に振り返った。
そして、少し遅れて。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
空気を震わせる爆発音が、こちらまで届いた。
「……っ!」
文が息を呑む。
「また……!」
彼女の表情に焦りが浮かぶ。
「……お願いです!」
霊夢達へ向き直る。
「早く来てください!」
「…………」
「このままじゃ、山が……!」
言葉が続かなかった。
その瞬間、遠く離れた人間の里からも、騒ぎ声が上がり始めた。
山の方角を指差す人々。
立ち止まり、空を見上げる者達。
何が起きているのか分からず、ただ不安そうに黒煙を見つめている者達。
異変は、もはや妖怪の山だけの問題ではなくなりつつあった。
「……こりゃあ」
魔理沙が呟いた。
「本当に、早く行かねえとまずいな」
霊夢は頷いた。
「……ええ」
そして、すぐに決断した。
「魔理沙」
「お?」
「あたしと文で、先に妖怪の山の状況を見てくるわ」
魔理沙が顔を向ける。
霊夢は続けた。
「あんたはガーディアン達を山まで誘導して」
「……なるほど」
魔理沙は一瞬だけ考えた。
そして。
「分かった」
頷いた。
「お前らの方が速いしな」
「ええ」
「けど、気をつけろよ」
魔理沙の表情は真剣だった。
「相手は、あのカバルって奴らなんだろ?」
霊夢は小さく笑った。
「分かってるわよ」
そして、文へ向き直る。
「文、行ける?」
「もちろんです!」
文は力強く頷いた。
「山のことなら、私が案内します!」
「……よし」
霊夢は頷いた。
「その前に、みんなへ伝えておきましょう」
◇
三人は一気に高度を下げた。
眼下では、三台のスパローが草原を疾走している。
先頭を走るクロウが、上空から近づいてくる影に気づいた。
「……ん?」
顔を上げる。
「イコラ!」
「何?」
「霊夢達だ!」
その声に、イコラも上空へ視線を向けた。
そこには、霊夢と魔理沙。
そして。
「……お?」
クロウの後部座席に乗っていたケイドが、目を丸くした。
「あの子は……」
黒い翼を展開した少女。
その姿を確認した瞬間。
「おおっ!」
ケイドが片手を上げた。
「文ちゃんじゃねえか!」
「ケイドさん!」
文も声を上げた。
「皆さん、来てくださって助かりました!」
ケイドは片手を振る。
「久しぶり……ってほどでもないか」
普段なら、ここで軽口の一つでも続けていただろう。
しかし。
文の衣服に付着した煤。
険しい表情。
そして、背後で立ち上る黒煙。
それらを見たケイドは、すぐに笑みを消した。
「……随分派手にやられてるみたいだな」
「……はい」
文が頷く。霊夢は地上の一同へ声を掛けた。
「文が、山から助けを求めに来たの!」
「…………!」
イコラが顔を上げる。
「……山の状況は?」
「思った以上に深刻みたいよ」
霊夢は短く説明した。
山の各地でカバルが攻撃を開始していること。
天狗達が応戦しているものの、敵の数が多すぎること。
さらに、森林が炎上し、すでに多数の妖怪が被害を受けていること。
「…………っ」
イコラの表情が険しくなった。
「……分かった」
一瞬だけ視線を落とす。そして、文へ向き直った。
「本当にありがとう、文」
「い、いえ!」
文が慌てて答える。
「私達だけでは、もうどうにもならなくて……!」
イコラは静かに頷いた。
「早く向かわないと--」
霊夢が口を開いた。
「あたしと文は、一足先に山へ向かうわ」
クロウが顔を上げる。
「先行するのか?」
「ええ」
霊夢は頷いた。
「まずは現地の状況を確認したいの」
そして、魔理沙を指差す。
「みんなは魔理沙についていって」
魔理沙が箒を軽く持ち上げた。
「任せとけ!」
クロウも頷く。
「分かった」
しかし。
「霊夢、文!」
イコラが呼び止めた。
「何?」
イコラは真剣な表情だった。
「決して深追いしては駄目よ」
「敵の位置と規模を確認するだけにして。無理に交戦する必要はないわ」
霊夢は小さく頷いた。
「……分かってる」
「それと、敵に発見された場合は、すぐに退避して」
イコラは念を押した。
「あなた達だけで、カバルの大部隊を相手にする必要はないの」
「……ええ」
霊夢は頷いた。
「気をつけるわ」
文も頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「無理をするなよ!」
クロウが声を掛けると霊夢は軽く片手を上げた。
「分かった」
そして。
「行くわよ文!」
「はい!」
二人は一気に高度を上げ、凄まじい速度で北の空へ飛び去っていく。
クロウは、その姿が小さくなるまで見つめていた。
「魔理沙、道案内を頼むぞ!」
魔理沙はにやりと笑った。
「おう!」
箒の柄を握り直し、
「しっかりついてこいよ!」
そして、地上のスパローに速度を合わせるように、木々の少し上を低空飛行し始め、イコラ達もそれについていった。