東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
紫が去った後、一行の間にはしばし静寂が流れた。
やがて、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、霊夢と魔理沙はその場へへなへなと座り込む。
「はぁぁぁ……」
魔理沙は額の汗を拭いながら、大きく息を吐いた。
「いやあ、寿命縮んだぜ全く……」
霊夢も苦笑いを浮かべる。
「あの紫相手を丸めこむなんてびっくりよ……」
クロウは小さく肩をすくめた。
「……にしても驚いた。ケイドがこんなに交渉上手だなんて」
「私もですよ」
と、ゴーストも便乗する。
「俺だってハンター・バンガード……今はどうなってるかは知らないが中々だろ?まあ正直デタラメ並べただけだけどな」
と、ケイドは得意気に言う。
「お前、もし交渉失敗したらどうするつもりだったんだ?」
「その時はお前らを盾にして逃げたさ!」
それを聞いてクロウはすかさずホークムーンのグリップに手を掛ける。それを見たケイドは慌てて、
「冗談だよ冗談!」
「…………………」
「しかしまあ彼女なら話が通じると思ってさ。エリスのヤローと話すよりよっぽどいい――それに俺達の世界には話の通じねえ、一癖二癖ある奴らばかりだから遥かにマシだったな」
クロウは「確かに」と苦笑いする。
「まあ、我々の世界にはサバスンやリベンって奴らがいたからな――」
霊夢は首を傾げる。
「サバスン?リベン?また訳の分からない名前ね」
「ま、その話はいずれな」
霊夢は立ち上がると、改めて四人へ向き直る。
「そういえば、あんた達の名前をまだ聞いてなかったわね。今度はあたしから自己紹介しておくわ」
胸に手を当て、小さく一礼する。
「私はこの博麗神社の……まあ、見ての通り神社はほとんど跡形もないけど……代々この幻想郷の秩序を守る博麗の巫女、博麗霊夢よ」
続いて魔理沙も笑顔で言う。
「あたしは霧雨魔理沙。魔法の森に住む魔法使いだ。よろしくな!」
ゴーストはふわりと前へ出た。
「では、こちらも改めて自己紹介しましょう」
「私はゴースト。そしてこちらが私のパートナー、ガーディアンです」
ガーディアンは無言で二人へ軽く会釈する。
「あなた、喋る時と喋らない時の差はなんなのよ」
「………………」
「少しは喋りなさいよ!」
すると魔理沙は首を傾げた。
「ガーディアンって……それが名前なのか?」
ガーディアンは顔を横に振る。ゴーストは淡々とこう言う。
「いいえ」
「彼は、自分の本当の名前を知りません」
「え……?」
霊夢が思わず声を漏らす。ゴーストは少しだけ視線を落とした。
「ガーディアンに選ばれた者は、蘇る代償として生前の記憶を一切失います」
「名前も、過去も、自分がどんな人間だったのかも……何一つ覚えていません」
「彼に、それを知る手掛かりは何一つ残されていませんでした。なので便宜上、周りからガーディアンと呼ばれます」
霊夢と魔理沙は言葉を失う。
「……………………」
重苦しい沈黙が流れる。
しかし、その空気をまるで気にする様子もなく――。
ガーディアンは突然、一歩前へ出ると。
「え……?」
陽気なリズムに合わせるように腰を振り、腕を大きく回しながら軽快なサンバダンスを踊り始めた。
♪ ♪ ♪
「…………」
「…………」
二人はぽかんと口を開ける。
「……は?」
ケイドは腹を抱えて笑い出した。
「だっははははっ!まあた出たよ!」
クロウは呆れたように額へ手を当てる。
「……また始まったか」
ゴーストは慣れた様子で説明する。
「彼は昔の名前を失いました」
「ですが、それを悲観して生きているわけではありません」
「過去は思い出せなくても、今の自分を誇りに思っています」
ガーディアンは踊り終えると、満足げに親指を立てた。
「『俺は寧ろこれでよかった、だから心配しなくていいよ』と言ってます」
ゴーストがすかさず翻訳して霊夢は深いため息をつく。
「……心配して損したわ」
魔理沙も苦笑しながら肩をすくめる。
「なんだこいつ……」
ケイドは笑いながらガーディアンの肩を叩いた。
「そういうところがこいつのいいところなんだよ。超マイペースだけど頼れる奴さ」
ガーディアンは何事もなかったかのように頷くのだった。
今度はクロウが霊夢と魔理沙へ軽く会釈した。
「私はクロウ。アウォークンのガーディアンだ」
続いてケイドが一歩前へ出る。
「俺はケイド6。ケイドと呼んでくれ」
彼は不敵な笑みを浮かべる。
「キュートな名前だろ?」
霊夢は呆れたようにため息をついた。
「キュートって……」
「それより、名前に数字ってどういうことよ?」
ふと、霊夢はケイドの顔をじっと見つめる。
「……ん?」
魔理沙も目を細めた。
「霊夢、ちょっと待て……」
「よく見てみろ!」
霊夢は改めてケイドの顔を観察する。
肌のように見えていた部分。
頬。
首筋。
そして指先。
どこか違和感がある。
いや――違う。
「…………え」
霊夢の表情が固まる。
魔理沙は思わず指を差した。
「よく見たらこいつ……!」
「人間じゃない!」
「機械だ!!」
ケイドは待ってましたと言わんばかりにフードを勢いよく脱ぐ。
金属でできた青い顔が陽の光を反射した。
両手を上げて大袈裟に叫ぶ。
「ガオーー!!」
霊夢と魔理沙は思わず一歩飛び退く。
「うわっ!?」
「……ってな」
ケイドはケラケラと笑う。
「俺はエクソだ」
霊夢は困惑したまま首を傾げる。
「エクソ……?」
魔理沙も腕を組む。
「なんだそれ……?目くそ鼻くそみたいなものか?」
「魔理沙、言葉が汚ないからやめなさい」
ゴーストが二人の前へ静かに浮かび上がった。
「エクソとは、人類が黄金時代に生み出した機械の身体を持つ種族です」
「元は人間でしたが、その精神を機械の身体へ移す技術によって誕生しました」
霊夢は目を丸くする。
「つまり……元は人間なの?」
ケイドは肩をすくめた。
「らしい。だがその頃のことはさっぱり覚えちゃいない」
ゴーストは続ける。
「そして、名前の後ろに付いている『6』は、彼が六回目の再起動(リブート)を受けた個体であることを示しています」
「リブート?」
魔理沙が聞き返す。
「エクソは、記憶や人格に異常が発生した際、それを防ぐため定期的に初期化を行っていました。つまり記憶を消して――」
「やり直した回数を数字で表しています」
魔理沙はぽかんと口を開けた。
「つまり5回も……記憶を消したのか?」
ケイドはフードを被り直す。
「安心しろ」
「6回目の予定はない。俺もガーディアンだからな、その必要はなくなった」
霊夢は深く息を吐く。
「人間が機械になるって……」
「外の世界って、本当にわけが分からないわね……」
ケイドは親指を立てて笑った。
「まだまだ序の口だぜ?」
ゴーストはクロウの方へ向く。
「ならついでに説明しましょう。クロウはアウォークンです」
霊夢は首を傾げた。
「アウォークン?」
魔理沙も聞き慣れない単語に腕を組む。
「また知らない種族が出てきたな」
ゴーストは静かに説明を始める。
「アウォークンとは大崩壊時に偶然、誕生した人類の突然変異種です」
「見た目は人間とほとんど変わりませんが、ある特殊な現象によって人間とは異なる存在へと生まれ変わりました」
霊夢はクロウをまじまじと見つめる。
青みがかった肌。
淡く輝く瞳。
言われてみれば、どこか人間とは違う雰囲気をまとっている。
「……確かに、私達と少しだけ違うわね」
クロウは苦笑した。
「初対面ではよく言われる」
ゴーストは今度はガーディアンへ視線を向ける。
「そして彼は人間です」
魔理沙は思わず目を丸くした。
「えっ?」
「この人が?何かずっと兜被ってて顔が全く分からないけど」
ゴーストは頷く。
「はい」
「彼はあなた方と同じ人間です。素顔は私もあまり見たことありませんがどこにでもいる男性です」
ガーディアンは軽く頷いた。
霊夢はどこか安心したように息を吐く。
「なんだ……ちゃんと人間だったのね」
ケイドは肩をすくめながら笑う。
「残念ながら、俺だけ仲間外れってわけさ」
魔理沙は指を折りながら確認する。
「つまり人間」
「アウォークン」
「エクソ」
「三種類いるってことか」
「その通りです」
ゴーストは静かに答えた。
「ガーディアンは、この三種族から選ばれます」
「種族は違っても、皆トラベラーに選ばれた守護者です」
霊夢は小さく頷く。
「幻想郷にも妖怪や妖精、神様なんかがいるけど……」
「外の世界も、案外いろんな種族がいるのね」
「ま、お互い様ってやつだな」
その言葉に、一同は思わず小さく笑みをこぼした。
「よし」
「そんじゃあ今度は俺からも質問させてくれ」
ケイドの質問に霊夢と魔理沙は顔を上げる。
「ここはどこなんだ?」
「お前ら、さっき……幻想……なんだったか」
ケイドは頭を掻く
「まあいい」
「ここがどこなのか教えてくれ」
「それと――」
親指で先ほど紫が消えた場所を指差す。
「さっきのネエちゃん」
「あれは一体何者なんだ?」
霊夢と魔理沙は互いに顔を見合わせる。
魔理沙が苦笑する。
「説明するとこっちも長くなるぜ?」
ケイドは肩をすくめた。
「構わないさ」
「こっちだって散々長話しちまったからな」
霊夢は小さく笑うと、一歩前へ出た。
「分かったわ。まず、ここは幻想郷」
「人間と妖怪が共に暮らす、外の世界から隔絶された土地よ」
ケイドたちは黙って耳を傾ける。
霊夢は博麗神社の残骸へ目を向けながら続けた。
「ここには妖怪、妖精、神様、幽霊……人間以外にもいろんな存在が暮らしている」
「私はそんな幻想郷の均衡を守る博麗の巫女」
「異変が起きれば、それを解決するのが私の役目よ」
ケイドは興味深そうに腕を組む。
「なるほど、なんか絵本かおとぎ話みたいな世界か」
「じゃあ、さっきのネエちゃんは?」
霊夢は一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。
「……八雲紫」
「幻想郷を管理する妖怪の一人」
「境界を操る程度の能力を持っていて、この幻想郷でも指折りの実力者よ」
魔理沙が苦笑する。
「だからみんな、あいつには逆らわないんだ」
「逆らいたくても、逆らえないって言った方が正しいけどな」
ケイドは「なるほどねぇ」と小さく呟く。
「そりゃあ、あんな迫力なわけだ」
「なるほど」
「じゃあ、その幻想郷ってのは一体どういう場所なんだ?」
霊夢は一度深呼吸すると、ゆっくりと語り始めた。
「幻想郷は、人間と妖怪が共に暮らす世界」
「外の世界から忘れ去られたものや、居場所を失ったものたちが流れ着く場所でもあるわ」
クロウが辺りを見回す。
「忘れ去られたもの……」
霊夢は頷いた。
「妖怪もそう」
「妖精もそう」
「神様だって、人間から信仰を失えばここへやって来る」
魔理沙が話を引き継ぐ。
「幻想郷には妖怪だけじゃない」
「吸血鬼、天狗、河童、仙人、亡霊、幽霊、神様……まあ、とにかく何でもいる」
ケイドは思わず笑った。
「何でもありだな」
「俺たちの世界も大概だと思ってたが」
ゴーストが周囲を見渡しながら分析する。
「確かに、この短時間だけでも非常に多種多様な生命反応を確認しています」
「ここは地球とは思えないほど生態系が複雑です」
霊夢は苦笑した。
「まあ、慣れれば普通よ」
魔理沙がすかさず突っ込む。
「普通じゃねぇって」
一同から小さな笑いが漏れる。
するとクロウが、先ほどの紫が消えた場所へ視線を向けた。
「その八雲紫、彼女は……」
「幻想郷を管理していると言っていたな」
「どれほどの立場なんだ?」
霊夢と魔理沙は同時に表情を引き締めた。
霊夢は静かに答える。
「幻想郷そのものを作った張本人の一人」
「境界を操る程度の能力を持つ妖怪よ」
クロウは眉をひそめる。
「境界……?」
魔理沙は苦笑しながら頭を掻いた。
「説明しろって言われても難しいんだけどな」
「昼と夜」
「夢と現実」
「生と死」
「内と外」
「そんな『境界』を操る能力だ」
ケイドの笑みが少しだけ消える。
「……そいつは厄介だな」
「かなりな」
霊夢は真剣な表情で頷いた。
「だから幻想郷でも、紫に正面から逆らう者なんてほとんどいない」
ケイドは帽子を軽く持ち上げる。
「なるほど」
「最初に会う相手としては、ずいぶん濃い奴だったわけだ」
「ええ」
霊夢は苦笑した。
「歓迎としては、最悪に近いわ」
ケイドは肩をすくめる。すると魔理沙は。
「あたし達だっていきなり変な格好した男三人組とこのゴーストっていう小さくて賢い生き物、さっきの謎の敵と出くわしたんだ」
「お互い様ってことで勘弁してくれよ」
霊夢は思わず吹き出した。
「ふふっ、それもそうね」
先ほどまで漂っていた緊張は、少しずつ解け始めていた。
互いに自分たちの世界を知り始めたことで、ほんの少しだけ距離が縮まった。
「なるほど」
「幻想郷……か」
その場には一瞬だけ穏やかな空気が流れた。
しかし――。
クロウだけは腕を組んだまま、浮かない表情で考え込んでいた。
ゴーストがゆっくりと近づく。
「クロウ、どうしました?」
クロウは空に浮かぶ巨大な三角形――ベイルの扉を見上げる。
「つまり……」
「ここはトラベラーの内部ではなく、別世界というわけか」
ゴーストは静かに頷いた。
「ええ」
「現時点で得られた情報を総合すると、その可能性が最も高いでしょう」
クロウは小さく息を吐く。
「目撃者は……」
「この世界の存在を知っていて意図的に繋げたのか」
「それとも、ベイルの扉を開いた結果、偶然この世界へ辿り着いたのか……」
誰も答えられなかった。
ゴーストも静かに首を横へ振る。
「それは分かりません」
「ですが、一つだけ確かなことがあります」
ゴーストの青い瞳が静かに輝く。
「目撃者は既に、この世界の存在を認識しています」
その言葉に、霊夢と魔理沙の表情から笑みが消えた。
霊夢は空を見上げ、小さく呟く。
「……あのさ」
ゴーストは彼女へ向き直る。
「その目撃者って奴のことも話してくれないかしら?」
「さっきから名前だけは何度も聞くけど……。」
「結局、何者なの?」
ゴーストは少しだけ間を置いて答えた。
「分かりました」
「ですが、あくまで私たちが知る限りのお話になります」
霊夢と魔理沙は静かに頷く。
ゴーストはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「目撃者」
「それは数百年もの間、人類とトラベラーに敵対してきた存在です。それはあくまで人類と接触した際の年月です。ある意味ケイドのいう通り、おそらく太古の時代から宇宙全体を侵攻している存在」
「光と暗黒、その両方を自在に操り、数多くの文明を滅ぼしてきました」
魔理沙は思わず眉をひそめる。
「文明を……滅ぼす?」
「はい」
ゴーストは続ける。
「私たちが確認しているだけでも、滅ぼされた文明は一つや二つではありません」
「その目的は、宇宙そのものを『最終形態』へ作り変えること」
霊夢は首を傾げた。
「最終、形態……?」
「どういうこと?」
ゴーストは静かに首を横へ振る。
「それは私にも分かりません」
「目撃者だけが知る目的です」
「ですが、そのためなら、星を文字通り消すことも、文明を滅ぼすことも一切ためらいません」
クロウが低い声で付け加える。
「奴にとって命とは、目的を果たすための駒に過ぎない」
「必要なら何億、何兆という命を犠牲にすることさえ躊躇しない」
ケイドも珍しく真剣な表情を浮かべていた。続けてクロウが言う。
「私達は今まで、数え切れないほどの敵勢力と戦ってきた」
「どいつも厄介だった。」
「だが目撃者は、それまで戦ってきた誰よりも危険だった」
その場は静まり返る。そしてゴーストは、
「恐らく目撃者が本気で幻想郷に攻撃を仕掛けてきたら――」
風が吹き抜け、壊れた博麗神社の柱が小さく軋む音だけが響いた。
「間違いなく本当の地獄と化すでしょう」
霊夢は静かに拳を握る。
「そんな奴が……」
「幻想郷を狙ってるっていうの?」
ゴーストは静かに頷いた。
「その可能性は極めて高いでしょう」
「だからこそ私たちは、仲間のザヴァラとイコラを探しこの世界で目撃者を止めなければなりません」
誰も言葉を発さなかった。
幻想郷に迫る脅威は、霊夢たちが想像していたよりも遥かに大きなものだった。