東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第六十九話:新たな脅威 ⑤

やがて、山の麓が視界に入ると霊夢は思わず息を飲んだ。

 

「……なに、これ」

 

目の前に広がっていたのは。

彼女が知っている妖怪の山とは、あまりにも違う光景だった。

普段なら、山の麓には青々とした森林が広がっている。

木々の間を清流が走り、鳥や小動物達の声が聞こえてくる。

少し高度を上げれば、天狗達が空を飛び回る姿も見える。

山肌には豊かな緑が広がり、その奥には河童達が暮らす川や、守矢神社へ続く道がある。

それが、いつもの妖怪の山だった。

 

 

しかし今、目の前にある山は――燃えていた。

 

 

 

霊夢の目が見開かれる。

山の中腹から、幾筋もの黒煙が立ち上がっている。

炎は木々の間を這うように広がり、赤々とした火の手が斜面を覆っていた。

一部の森林では、すでに木々が焼け落ち、真っ黒な地面が露出している。

さらに。

 

――ドゴォォォン!!

 

山の斜面で、大きな爆発。

火柱が立ち上がり、周囲の木々が一斉になぎ倒された。

 

「…………!」

 

霊夢は反射的に身体を強張らせた。

 

「何なのよこれは……!!」

 

その上空には。

巨大な鉄の船。

先ほど遠くから見えていたものが、今ははっきりと確認できる。

分厚い装甲で覆われた船体。

腹部から突き出す砲塔。

重苦しい機械音を響かせながら飛行する巨大な影。

 

――スレッシャー。

 

カバルが運用する、対地攻撃能力を持つ戦闘艇である。

さらに、その後方には。

左右へ大きく張り出した構造物を持つ、巨大な輸送船が浮かんでいた。

 

――ハーベスター。

 

内部にはカバル兵を収容し、必要な場所へ次々と送り込むことができる輸送機。

その船体下部では、赤い光が点滅していた。

そして。

 

――ガコンッ!

 

下部のハッチが開く。

 

「…………?」

 

霊夢が目を凝らした。

次の瞬間。

巨大な金属製の物体が、船体から地上へ向かって投下された。

 

――ヒュウウウウッ!!

 

それは凄まじい速度で落下し、

 

――ドゴォォン!!

 

山の斜面へ激突した。

土煙が上がる。

そして。

その中から、巨大な人影が現れた。

一人。

二人。

三人。

さらに、その周囲へ別の兵士達が次々と姿を現す。

 

「…………!」

 

霊夢は目を見開いた。

 

「……あれが」

 

小さく呟く。

 

「……カバルの連中……」

 

「……はい」

 

文が頷いた。

 

「私達を襲ってきた奴らです」

 

霊夢は、地上へ視線を向けた。

そこには人間を遥かに上回る体格の兵士達が、無数に展開していた。

黒紫を基調とした重厚な鎧。

全身を覆う分厚い装甲。

巨大な肩。

太い腕。

そして、その身体に見合うほど巨大な銃器。

一人一人が、まるで動く鉄の塊のようだった。

しかし、恐ろしいのはその見た目だけではなかった。

 

――ドドドドドドドッ!!

 

地上から、凄まじい銃声が響いた。

カバル兵達が、一斉に発砲している。

巨大な銃口から、絶え間なく実弾が吐き出される。

さらに別の兵士達が、青白い光を放つエネルギー兵器を構えた。

 

――バシュンッ!

――バシュンッ!

 

赤や青の光弾が、山の斜面へ次々と撃ち込まれていく。

その攻撃は、地上だけに向けられたものではなかった。

 

「……っ!」

 

霊夢は顔を上げた。

空では、無数の天狗達が飛び回っていた。

白狼天狗。

鴉天狗。

その他にも、山を守るために駆けつけた妖怪達。

彼女達は空中を縦横無尽に移動しながら、眼下のカバル兵へ弾幕を放っていた。

 

――ヒュンヒュンヒュン!!

 

色鮮やかな魔法弾が雨のように降り注ぐ。さらに。

 

「押し返せえええ!!」

 

一人の天狗が叫んだ。

その手には、大きな芭蕉扇。

 

――ブォォォォォッ!!

 

凄まじい突風が発生した。

地上の炎が吹き飛ばされ、黒煙が一気に押し流される。

別の天狗達も芭蕉扇を振るった。

暴風が、地上のカバル兵達へ襲いかかる。

 

「……おお!」

 

霊夢が小さく声を上げる。

しかしその直後だった。

 

――ドドドドドドドッ!!

 

カバル兵達が、一斉に空へ向けて発砲した。

 

「…………!」

 

天狗達が慌てて散開。実弾が空気を切り裂き、エネルギー弾が次々と空を横切る。

 

 

――ゴォォォォッ!!

 

一人の巨大なカバル兵が、背中から炎を噴き出した。

 

「……え?」

 

霊夢が目を見開く。兵士の身体が、突然地面から浮かび上がった。

 

――ヒュンッ!

 

空中へ飛び出す。

 

「飛んだ!」

 

そのカバル兵は、空中で姿勢を整えると、天狗達へ銃口を向け。

 

――ドドドドッ!!

 

「うわああっ!!」

 

天狗達が一斉に回避する。

 

「見境なしに撃ってきた!」

 

さらに別の兵士達も、同じように背中の推進装置を使って跳躍した。

地上。

空中。

そして、さらに上空の戦闘艇。

あらゆる方向から攻撃が飛び交っている。

 

「…………」

 

霊夢は、唇を引き結んだ。

 

(……何なのよ、これ)

 

先日、紅魔館で戦ったハイヴとは、まるで違う。

 

ハイヴも確かに危険な敵だった。

異様な魔術。

強力な近接武器。

そして異形の銃。

そして、数で押し寄せる戦闘方法。

だが、少なくともその戦い方の一部は、幻想郷の妖怪達にも理解できるものだった。

魔法を放つ者がいる。

接近して攻撃する者がいる。

大きな力を持つ個体がいる。

しかし、目の前の連中は違った。

巨大な兵士達が隊列を組み、互いの位置を把握しながら攻撃している。

地上部隊が敵を足止めし、その間に航空機が上空から砲撃する。

さらに、別の兵士達が空中へ跳び上がり、逃げる相手を狙い撃つ。

まるで、それぞれの動きが最初から決められているかのようだった。

そして何より。

 

――ドドドドドドドドッ!!

 

攻撃が、途切れない。

一人の兵士が撃つのをやめれば、別の兵士が発砲する。

空中の敵が回避すれば、別の方向から銃弾が飛んでくる。

弾幕と呼ぶには、あまりにも無機質で。

そして、あまりにも容赦がなかった。

 

「…………」

 

霊夢は小さく息を呑んだ。

 

(……これが、軍隊……)

 

ケイドが忠告していた言葉が、脳裏をよぎる。

 

『カバルは軍隊だ』

『強力な兵器を持ち込むし、統率が取れている』

『狙撃だってしてくる』

 

 

霊夢は、ようやくその意味を理解し始めていた。

彼らの戦い方には、弾幕ごっこのような暗黙の了解がない。

相手の技を見せ合うこともなければ、美しい弾幕を競うこともない。

ただ、効率的に相手を倒すために攻撃を繰り返している。そこに、幻想郷の決闘の作法など存在しなかった。

 

「……霊夢さん」

 

文が声を掛けた。

 

「……何?」

 

「これでも、まだ一部なんです」

 

「…………え?」

 

霊夢が顔を向ける。

文は山の奥を指差した。

 

「もっと上の方でも、戦闘が続いています」

 

霊夢は視線を向けた。

黒煙の向こう。

さらに上の斜面でも、時折爆発の閃光が見える。

遠くには、別の巨大な輸送船がゆっくりと移動していた。霊夢は、思わず拳を握り締めた。

 

(……本気で山を消し飛ばすつもりなの?)

 

そして。

 

「……そういえば」

 

ふと、思い出したように文へ尋ねる。

 

「河童達と早苗達は?」

 

「……え?」

 

「にとり達よ。それに守矢神社もあるでしょう?」

 

霊夢は山の麓を見下ろした。

 

「みんな、どうしてるの?」

 

文は少しだけ表情を曇らせた。

 

「すいません、分かりません……」

 

「…………」

 

「私が出発した時には、まだ詳しい情報が入っていなくて……」

 

文は山の奥へ視線を向けた。

 

「……無事だといいんですが」

 

霊夢は小さく息を吐いた。

 

(神奈子と諏訪子は一体何してるのかしら……!)

 

そして、再び地上へ視線を向けた。

 

(……まずは、敵の配置を確認しないと)

 

イコラから言われたとおり。

深追いはしない。

敵の位置。

規模。

そして、味方の状況。

それらを確認してから、ガーディアン達と合流する--その時。

 

 

――ピッ。

 

 

「…………?」

 

霊夢の胸元に、何かが光った。

 

「……え?」

 

思わず視線を落とす。

赤白の巫女装束。

その胸元に。

小さな赤い点が浮かんでいた。

 

「…………」

 

霊夢は目を瞬かせた。

最初は、何かの光が反射しているのかと思った。

しかし。

その赤い点は、彼女が身体を動かすと、それに合わせるように微かに移動した。

 

「……何、これ?」

 

霊夢は眉を寄せた。

次の瞬間、背筋に、ぞくりと嫌な感覚が走った。

 

(……っ!?)

 

理由を考えるよりも先に、身体が動いた。

霊夢は咄嗟に上半身を後ろへ反らした。

その瞬間。

 

――キュンッ!!

 

甲高い鋭い音が、目の前を通り過ぎた。

 

「…………!」

 

僅か数センチ先。

先ほどまで霊夢の胸元があった空間を、何かが凄まじい速度で通過していった。

風圧が頬を撫でる。

赤いリボンが大きく揺れた。

そして。

その物体は、遥か上空へ向かって一直線に飛び去っていった。

 

「…………!」

 

霊夢は目を見開いた。

 

(……今の……!)

 

一瞬、本当に、一瞬だった。

もし、あの時身体を反らしていなければ。

 

「……霊夢さん!?」

 

文が叫んだ。霊夢は即座に地上へ目を向け赤い光の光源を辿った。

 

「……っ!」

 

--見つけた。

 

燃え上がる森の一角。

黒紫の鎧に身を包んだ、細身の兵士。

巨大なカバル兵達の陰から、長い銃身を持つ武器を構えている。

その銃口がまっすぐ、こちらを向いていた。

 

「……文!!」

 

霊夢が叫んだ。

 

「今すぐ離れて!!」

 

「……え!?」

 

文が振り返る。その瞬間だった。

 

――ドドドドドドドッ!!

 

地上から、凄まじい銃声が響き渡った。

 

「…………!!」

 

霊夢の目が見開かれる。

一斉に。

本当に、一斉に。

地上のカバル兵達が、二人へ銃口を向けていた。

 

――バシュンッ!!

――ドドドドッ!!

――バシュバシュバシュッ!!

 

無数の実弾とエネルギー弾が、二人へ向かって飛来する。

 

「……っ!!」

 

霊夢は咄嗟に身体を翻した。

 

――ヒュンッ!!

 

数発の弾丸が、すぐ横を通過していく。

文も翼を大きく広げ、急旋回した。

 

「霊夢さん!!」

 

「ヤバい、気づかれた!!」

 

二人は一気に加速した。

 

――ドドドドドドドッ!!

 

地上から、絶え間なく銃弾が飛んでくる。

霊夢は身体を左右へ振りながら、素早く進路を変更した。

 

上昇。

急降下。

横方向への高速移動。

そして、再び上昇。

その動きは、並の妖怪では到底捉えられないほど素早かった。しかし。

 

「……っ!」

 

霊夢は歯を食いしばった。

 

(……何なのよ、この攻撃!)

 

普段の弾幕ごっことは、まるで勝手が違う。

幻想郷の弾幕は、基本的に目で見て回避することができる。

無論、強力な妖怪や神々が放つ弾幕は決して甘いものではない。

時には、視界を埋め尽くすほど大量の弾幕が押し寄せることもある。

しかし。今、地上から飛来しているものは。

 

――キュンッ!!

 

「……っ!」

 

霊夢が身体を傾ける。一発の実弾が、袖のすぐ横を通過した。

さらに別の方向から、連続した銃撃。

 

「くっ!」

 

霊夢は咄嗟に高度を上げた。

 

だが。その先にも、別の兵士達が銃口を向けていた。

 

――バシュッ!バシュッ!バシュッ!

 

周りと比べて派手な装飾のカバル兵が構える重兵器から鋭い光弾が、進行方向を塞ぐ。

 

「……ちょっと!」

 

霊夢が叫んだ。

 

「どんだけ撃ってくるのよ!!」

 

彼女は急停止し、身体を横へ滑らせた。

光弾が、目の前を通過する。

しかし、その直後。

 

――ドドドドドッ!!

 

今度は、地上の別の部隊から実弾が放たれた。

 

「……っ!」

 

霊夢は再び回避する。

 

(……何これ)

 

一つ一つの攻撃なら、避けられないことはない。

だが。

回避した先に、別の攻撃が待っている。

高度を変えれば、それに合わせて銃口が向けられる。

しかも、相手は一人ではない。

地上の兵士達が、互いに連携しながら攻撃を繰り返している。

 

「……霊夢さん!!」

 

文の声が響いた。振り返ると、彼女もまた大量の銃撃に追われていた。

 

「……くっ!」

 

文は翼を大きく広げた。

 

――ヒュオオオッ!!

 

凄まじい突風が発生する。

銃弾の一部が風に煽られ、軌道を変えた。

さらに。

 

――ヒュンッ!!

 

文が一瞬で横方向へ移動する。

その直後、先ほどまで彼女がいた空間を大量のエネルギー弾が通過した。

 

「……何なんですか、もう!!」

 

文が叫ぶ。

 

「こっちは、まだ何もしてないのに!!」

 

しかし、当然ながら返事などない。

地上のカバル兵達は、ただ機械的に攻撃を続けていた。

 

「……文!」

 

霊夢が声を掛ける。

 

「一度、上へ――」

 

そこまで言いかけた瞬間だった。

 

――ガコンッ!

 

不意に、頭上から重苦しい機械音が響いた。

 

「…………?」

 

霊夢が顔を上げる。

そこには巨大なスレッシャーがいた。

先ほどまで山の斜面へ砲撃していた戦闘艇。

その船体下部に取り付けられた砲塔がゆっくりと、確実に霊夢の方へ向きを変えていた。

 

「…………!」

 

霊夢の背筋が凍った。

 

「……ウソ」

 

次の瞬間、砲塔から幾つもの光が飛び出した。

白い煙を引きながら、空中へ放たれる小型の飛翔体。

 

一発。

二発。

三発。

 

さらに、その後ろからも続々と放たれていく。

 

――多弾頭誘導ミサイルだ。

 

「…………!!」

 

霊夢は目を見開いた。

 

「……ちょっと待って!!」

 

反射的に身体を翻し、霊夢は一気に横方向へ飛び出した。しかし。

 

「……え?」

 

背後を確認した瞬間、表情が変わった。

 

--ミサイルが曲がった。

 

先ほどまで真っ直ぐ飛んでいたはずの飛翔体が、霊夢の動きに合わせるように軌道を変えたのである。

 

「……はあ!?」

 

霊夢が思わず叫んだ。

 

「何でついてくんのよ!?」

 

さらに加速する、しかし。

 

――シュウウウッ!!

 

ミサイルもまた、進路を修正した。

 

「……っ!」

 

霊夢は歯を食いしばった。

 

(……追尾してる!?)

 

その時、彼女の周囲に赤白の光が浮かび上がった。

 

――陰陽玉。

 

霊夢の霊力に呼応するように、複数の陰陽玉が空中へ展開される。

 

「……だったら!」

 

霊夢はお祓い棒を構えた。

 

「これでどう!!」

 

――バシュバシュバシュッ!!

 

陰陽玉から、無数の霊力弾が放たれた。

それらは迫り来るミサイルへ向かって一直線に飛んでいく。そして。

 

――ドゴォン!!

一発目が爆発。

 

――ドンッ!!

二発目も撃墜。

 

さらに。

 

――ボン!!

三発目が空中で炸裂した。

 

「……よし!」

 

霊夢が小さく声を上げる。しかし。

 

「…………!」

 

次の瞬間、彼女は顔を強張らせた。

爆炎の向こう。まだ、ミサイルが残っていた。

しかも。

 

――ドドドドドッ!!

 

地上からの銃撃は、依然として止まっていない。

 

「……くっ!」

 

霊夢は身体を捻った。

 

――キュンッ!!

 

銃弾が頬の近くを通過する。その直後。

 

――シュウウウッ!!

 

別のスレッシャーから放たれたミサイルが、横方向から迫ってきた。

 

「……っ!!」

 

霊夢は咄嗟に陰陽玉を移動させた。

 

――バシュンッ!!

 

霊力弾がミサイルへ直撃する。

 

――ドゴォォン!!

 

爆炎が広がり、熱風が霊夢の身体を包み込んだ。

 

「……っつ!」

 

霊夢は片腕で顔を庇った。そのまま爆煙の中を抜ける。

しかし抜けた先でも。

 

――ドドドドドッ!!

 

「……また!?」

 

別のカバル兵達が銃口を向けていた。

 

「……何なのよ、もう!!」

 

霊夢は叫んだ。

 

(……こいつら!)

 

彼女は、ここに来てようやく実感していた。

自分達が相手にしているのは、単なる強力な妖怪ではない。

 

大規模な軍事組織。

しかも、空中と地上の戦力を組み合わせ、敵を効率的に排除するための訓練を受けた兵士達。

一人が撃つ。

別の一人が、相手の逃げ道を塞ぐ。

さらに、上空の航空機が追撃する。

その一連の攻撃が、ほとんど途切れることなく続いている。

 

相手が何者なのか。

なぜここへ来たのか。

そんなことなど、彼らには関係ないらしい。

ただこちらを敵と認識した瞬間、全力で排除しようとしてくる。

 

(……これが)

 

霊夢は、歯を食いしばった。

 

(……本当の戦争ってこと……!?)

 

その時だった。

 

「霊夢さん!!」

 

文が叫んだ。彼女もまた、凄まじい速度で空を飛び回りながら、地上からの銃撃を回避していた。

 

「……どうしますか!?」

 

その声には、焦りが滲んでいる。

 

「このままじゃ……!」

 

文は山の方角を見た。

今も、天狗達が必死に応戦している。

地上では炎が広がり、黒煙が空を覆い始めていた。

さらにハーベスターからは新たな兵士達が次々と降下している。

 

「……っ!」

 

文は唇を噛んだ。

 

「このままじゃ、みんなが……!」

 

「…………」

 

霊夢は、一瞬だけ目を閉じた。

 

(……落ち着きなさい)

 

頭の中で、自分へ言い聞かせる。

敵は多い。

それも、想像していた以上に。

航空機が上空を制圧し、地上では兵士達が絶え間なく発砲している。

しかも、すでに山の広範囲で戦闘が始まっていた。

この状況で自分と文の二人だけで、何ができる?

 

(……もちろん)

 

霊夢は、手にしたお祓い棒を見つめた。

 

(……戦うことならできる)

 

弾幕を放つことも。

結界を展開することも。

強力な妖怪達と渡り合うことも。

今まで何度も、そうして異変を解決してきた。

しかし。

 

(……だけど)

 

目の前にいるのは、組織的に行動する軍隊だ。

それも、自分達の知らない兵器を大量に持ち込んでいる。

敵の全容も、戦術も、まだ分からない。

何より文から聞いた話だけでも、すでに相当な数のカバルが山中へ展開している。

ここで闇雲に戦いを挑めば、どうなるか--。

 

霊夢は、静かに判断した。

 

(……今は、無理に戦うべきじゃない)

 

その脳裏につい先ほど、イコラから言われた言葉が浮かんだ。

 

『決して深追いしては駄目よ』

『敵の位置と規模を確認するだけにして』

『敵に発見された場合は、すぐに退避して』

 

そして、数日前、紅魔館でハイヴとの戦いやケイドやクロウから受けた忠告。

 

『声を掛け合って、チームワークを大事にしろ』

『無闇に前へ出るな』

『危険だと思ったら、後方へ下がれ』

 

霊夢は、ゆっくり息を吐いた。

 

(……そうだわ)

 

普段ならここで、そのまま敵へ突っ込んでいたかもしれない。

異変の原因が目の前にいるのなら、倒せばいい。

そう考えていたかもしれない。

しかし今回は違う。相手は妖怪でも妖精でもない、別世界やらやってきた侵略者だ。

自分一人の力で解決する必要はない。

この敵について、遥かに詳しい仲間達がいる。

そして彼らは今、こちらへ向かっている。

 

「……文!!」

 

霊夢が声を張った。

 

「はい!?」

 

文が振り返る。霊夢は、迫り来る銃弾を回避しながら叫んだ。

 

「一旦、この場から退却するわ!!」

 

文が目を見開いた。

 

「……え!?」

 

霊夢は続けた。

 

「ガーディアン達と合流する!!」

 

「……で、でも!!」

 

文が声を上げた。

 

「他のみんなはどうするんですか!?」

その視線が、山の方角へ向けられる。

今も、天狗達は必死に戦っている。

燃え上がる森林。

絶え間なく響く砲声。

そして、空を埋め尽くすほどの敵の航空機。

 

「……このままじゃ!!」

 

文の声が震えた。

 

「みんなが……!」

 

「分かってるわよ!」

 

霊夢が叫んだ。

その声に、文が息を呑む。

霊夢は、まっすぐ彼女を見た。

 

「……でも!」

 

一拍置く。

 

「逃げるんじゃない、合流してからまた向かうのよ!」

その声音には、迷いがなかった。

 

「ガーディアン達の方が、奴らの戦い方をよく知ってる!」

 

――キュンッ!!

 

銃弾が二人の間を通過した。

霊夢は身体を傾けながら続ける。

 

「今のあたし達だけじゃ、敵が何をしてくるのかも分からないでしょうが!!」

 

文は、何も言えなかった。

 

「このまま闇雲に逃げ回ってたって、状況は変わらないわ!」

 

霊夢は地上のカバル兵達へ視線を向けた。

そして。

 

「だったら、ちゃんと準備してから戦う!」

 

「霊夢さん……」

 

「敵のことを知ってる連中と合流して、どうすれば山を守れるか考えるのよ!!」

 

文は目を見開いたまま、霊夢を見つめていた。

その言葉は、決して諦めではなかった。

むしろ、一度退くことで、確実に反撃するための判断。

今まで自分一人で異変を解決してきた博麗の巫女が、他者との連携を選んだ瞬間だった。

 

「…………」

 

文は、ゆっくりと唇を引き結んだ。

そして。

 

「……分かりました!」

 

力強く頷いた。

 

「霊夢さんに従います!」

 

「……よし!」

 

霊夢も頷く。その直後。

 

――シュウウウウッ!!

 

背後から、再びミサイルが接近してきた。

 

「……っ!」

 

霊夢は即座に振り返った。

 

「……しつこいわね!」

 

――バシュバシュバシュッ!!

 

 

展開された陰陽玉から霊力弾が放たれ、迫り来るミサイルへ次々と命中した。

 

――ドゴォォン!!

 

爆炎が広がる。霊夢は、その隙を逃さなかった。

 

「……文!!」

 

「はい!!」

 

「一気に離脱するわよ!」

 

「了解です!!」

 

次の瞬間。

 

――ヒュオオオオオッ!!

 

二人は急激に高度を変えた。地上から放たれた銃弾が、先ほどまで二人のいた空間を通過する。

その直後。

 

――ヒュンッ!!

 

霊夢と文は、燃え上がる山を背にして猛烈な速度で飛び始めた。

背後では、カバル兵達がなおも銃撃を続けている。

 

――ドドドドドドドッ!!

 

青白いエネルギー弾が、二人の後方を横切った。

しかし。文が翼を大きく広げる。

 

――ブォォォォッ!!

 

突風が巻き起こり、黒煙が大きく流された。

その風に乗るように、霊夢も加速する。

二人の姿は、みるみるうちに戦場から遠ざかっていった。

 

「……………………」

 

霊夢は、飛びながら一度だけ背後を振り返った。

妖怪の山。

普段なら、美しい緑に覆われた幻想郷の象徴の一つ。

それが今は、炎と黒煙に包まれている。

空には巨大な軍用船。

地上には、無数の異形の兵士達。

そして、その間を必死に飛び回る天狗達。

 

(目撃者……あんたがその気なら--)

 

霊夢は、強く拳を握った。

 

(……待ってなさいよ)

 

その目に、鋭い光が宿る。

 

(……絶対に、好き勝手にはさせないから)

 

一方の文も、遠ざかっていく故郷を見つめていた。

 

「…………」

 

胸の奥には、焦りがあった。

 

一刻も早く戻りたい。

仲間達を助けたい。

 

今も、山のどこかで誰かが戦っている。

そう考えるだけで、胸が締めつけられそうになる。

けれど。

 

(……霊夢さんの言うとおりです)

 

文は、小さく息を吐いた。

自分達だけで戦い続けても、状況を変えられるとは限らない。

それなら少しでも勝算のある方法を選ぶべきだ。

 

(……ガーディアンさん達)

 

文は、前方を見つめた。

 

(……頼みましたよ)

 

その先には。

自分達の知らない戦争を、幾度となく生き抜いてきた者達がいる。

 

――ガーディアン。

――イコラ・レイ。

――クロウ。

――ケイド6。

 

彼らなら、目の前の敵について何か分かるはずだ。

そして。

何より。

彼らは、あの紅魔館での戦いでも、自分達とともに戦ってくれた。

 

(……きっと)

 

文は唇を引き結んだ。

 

(……今度も、力を貸してくれるはずです)

 

二人は、さらに速度を上げた。

 

――ヒュオオオオオッ!!

 

遥か前方、森の上を飛び越え、草原へと向かっていく。

目指すは、後続の仲間達。

その間にも、背後では。

 

――ドォォォォン!!

 

再び、巨大な爆発音が響き渡った。

妖怪の山の上空へ、また新たな黒煙が立ち上る。

 

「…………っ!」

 

霊夢は、もう振り返らなかった。

今、何をすべきか。

それは、はっきりしている。

敵について知ること。

仲間と合流すること。

そして確実に、反撃すること。

 

(……ケイド、クロウ、イコラ)

 

霊夢は、心の中で彼らの名前を呼んだ。

最後に。

 

(……それから、あの成人男性(笑))

 

普段はゴミバケツに入れば反省していると思っていたり、神社の屋根から落ちて死ぬような男。

感情表現とかいう理解不能の現象を起こし、踊り、ふざけ、親指を立ててばかりいる、蛍光色の鎧を纏ったガーディアン。

しかし戦場では、その姿からは想像もできないほど冷静に戦う男。

あの紅魔館での決闘でも、彼の戦闘能力を嫌というほど見せつけられた。

 

(……あんた達の力、借りるわよ)

 

霊夢は、まっすぐ前を見据えた。

そして。

 

「……文!」

 

「はい!」

 

「急ぐわよ!」

 

「もちろんです!!」

 

二人の姿が、青空の彼方へと駆け抜けていく。

その背後では、今もなお。

カバルの砲声が、幻想郷の空を震わせ続けていた。

 

――妖怪の山を巡る戦いは、まだ始まったばかりだった。

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