俺、美少女になる(声だけ) 作:タルトタタン
「あ、やべえ」
むしゃくしゃして外に出たは良いが、声の事すっかり忘れていた。店で呑むんだったら注文時に声を……。いや、最近はタブレット注文の店も多いからそう言う店を選べばいけるか。
街をぶらつけば、色々な匂いと楽しそうな声が混ざり合い。まさにお祭り騒ぎみたいだ。久々だな、地声がアニメ声の美少女になってからは外に出るのもご無沙汰だったし。今日は呑むぞ。
そう思っていつもの店に行く。この時間帯だからか結構混み合ってるみたいで、相席でも良いかと店員に聞かれ頷くとすぐ席に案内された。軽く相席の人に会釈した後、タブレットのメニューを睨む。居酒屋のメニューは、いつ見ても魅力的に見える。まるでテーマパークのアトラクションみたいに思えるのは、ここにいる大人達が皆幸せそうに見えるからだろう。そんな幸せそうな顔を見るだけで俺も少し気分が上がるような気がする。
そうだ、今度雑談配信でもしてみるかな?幸せのお裾分けって奴だな。世の中には嫌な事で溢れてるし、楽しい話ならいくらあっても損は無いだろ。まぁ、それは後の話だ。今は取り敢えず何を頼むかを集中しよう。
ただ焼き鳥と言っても、タレに塩。ネギマにぽんじり。あちらこちらから匂ってくる煙が食欲を誘発させてくる。が、まずは酒。となると、やはり最初は生は欠かせない。よし、生で喉を潤しつつ。お?串のセットがあるのか。なら、それと……。
「この鶏皮チップス癖になるなぁ」
目の前の席からそんな声が聞こえる。うわぁ、良い音するなぁ。パリパリと食欲を増進させる音が耳を支配する。そして。
「んっんっんっ。ぷはぁ〜」
さながらCMの如く気持ち良い飲みっぷりだなと思いながら注文をした。にしても仕事終わりだろうか?バリキャリなんて言葉も古いのかな。如何にも仕事が出来そうな見た目のOLさんは、用が無くなったグラスを横に避け、いつの間にか頼んでいたらしいお酒に口を付け。まだ一杯目かの如く酒を喉に流し込んでいた。
「ここの焼き鳥は無限に食べられるわーあはははっ」
コレ完全に出来上がってるな。下手に絡まれると面倒だから、そっと距離を置いて離れる。にしても、良く通る声だな。声優さんとかに向いてそうだ。なぁんて、何様だよなんて思いながら漸くやって来た生ビールをお迎えする。スルスルッと身体の中に流れ込んだ後、出来立て熱々の焼き鳥を少し冷ましながらも、串から口へ放り込み味わった後。そして、またビールを!
「"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"。コレだよコレ」
晩酌配信も良いな。配信と言う建前でお酒を合法的に摂取出来るとか最高じゃないか。仕事しながらお酒飲めるんでしょ。もう一生晩酌配信しようかな。朝は朝活。またはモーニングルーティンの動画を撮っても良いかもな。起床と共に迎え酒をして今日も朝が来た事に感謝しますみたいな始まりで。
おっと、危ない。ストレスからの解放で、脳味噌がついアルコール漬けになってしまった。知らない内にストレスは溜まってるもんなんだなぁ。それから料理を堪能しつつ、お酒も良く進み。沢山呑み食いをし、大満足した。後は会計をして、帰ろうとレジへ向かおうとすると。
「あの……すいません」
目の前の席から声を掛けられた。どうかしたのだろうか?
「どうかしましたか?」
出来るだけ、低い声を意識して目線を合わせる。すると、申し訳無さそうな顔で彼女は言った。
「実は、お財布を置いて来てしまったみたいでして……」
「え、そうなんですか?」
「はい。それでお財布を取って来たいのでもし良ければで良いのですが、見届け人になって頂けはしないでしょうか……」
先程までの楽しそうな姿とは一変して、やってしまったと言う顔をしている。うーんいつもなら待っても良いんだが、正直言って今はこのままベッドで横たわりたいぐらいだしとっても良い気分だから。
「あぁ、それなら俺がお姉さんの分も払いますよ」
「え?」
「すいません。相席で、美味しそうに食べて幸せそうに呑む姿が見るつもりは無かったのですが、見えてしまって。どうせなら幸せな気分で帰りたいじゃないですか。だから、俺が払いますよ」
「いやいや、そんなの悪いですって」
「じゃあ、ここは俺が出すと言う事で今度あったら奢って下さい」
そう言って、俺は二人分の会計を払い空気の様に軽くなった財布と共に店を後にした。
余談だが、後日。切り抜きでイラストレーター兼Vtuberをやっている配信者が同様のエピソードを語っているのを見かけた。世の中には優しい人もいるんだなと思いながら、酒を煽った。