息抜きとして書いた小説です。
多少の矛盾は許してください。
夕涼みの風が、駒王学園の旧校舎を静かに吹き抜けていく。
放課後を告げるチャイムが遠くで鳴り響き、グラウンドから運動部の賑やかな声が引いていくと、木造の校舎には独特の静けさが満ち始めていた。
「……よし、ジャージの乱れなし。笛良し、身だしなみも問題なし」
廊下に飾られた古びた姿見の前で、俺——兵藤一誠は指定のジャージの襟元を整え、首にかけた笛の位置を厳重にチェックしていた。
今年から母校であるこの駒王学園に「体育教師」として赴任して、早数ヶ月。
グラウンドで笛を吹き、生徒たちに声を張り上げる姿も、少しずつ様になってきた……はずだ。
生徒たちからは「兵藤先生」「熱血でノリがいい若い体育教師」なんて呼ばれていて、教師としての評価もそれなりに上々。
我ながら、悪魔としての力や赤龍帝の存在をうまいこと隠しつつ、完璧な「教員生活」を営めていると自負していた。
そう、表向きは。
「……はぁ。しかし、体育教官室の用具点検って名目が毎回使えるわけじゃないからなぁ」
俺は手に持った出席簿とパイプ椅子を少し強めに抱え直し、誰かに見られていないか左右を確認しながら、旧校舎の奥深くへと足を進めた。
突き当たりにある重厚な木製のドア。
そこには達筆な文字で『オカルト研究部』と書かれたプレートが掲げられている。
ここが、俺の主であるリアス・グレモリーたちの根城であり——そして、俺の「もう一つの顔」が曝け出される禁断の場所でもあった。
「よし、誰もいないな」
ゴクリとツバを飲み込み、ドアノブに手をかける。
カチャリと静かな音を立ててドアを開けると、そこには放課後の夕闇と、高級な茶葉の香り、そしてどこか鼻腔をくすぐる甘く艶やかな空気が漂っていた。
「——遅かったわね、一誠?」
部屋の奥、豪華なソファーに優雅に腰掛けたリアスが、紅茶のカップを傾けながら悪戯っぽく微笑んでいた。
放課後の夕日がその美しい赤髪を鮮やかに照らし出し、普段の「部長」としての凛とした雰囲気とは違う、しっとりと濡れたような瞳が俺を射抜く。
「ちょっと待て、リアス……学園内ではその呼び方はやめろって言ってるだろ。俺は一応、『教師』なんだから」
「ふふ、いいじゃない。この部屋には私と朱乃しかいないのだから」
「あらあら、一誠ったら。そんなに固くなっちゃって……❤️」
背後からスッと忍び寄る気配。振り返る間もなく、パタンと音を立てて部室の重厚なドアが閉じられ、ガチャリと鍵の閉まる音が響いた。
甘い香りの主——姫島朱乃が、俺の背中に吸い付くように寄り添ってくる。
「朱乃……っ、鍵まで閉めるなよ! 万が一、他の生徒や先生が来たらどうするんだ!」
「大丈夫ですよ、先生。……この部屋にはすでに、私の魔力で『完璧な結界』を張ってありますから」
朱乃の柔らかい腕が俺の首に回され、耳元でそっと熱い息が吹きかけられる。
ゾクゾクとした悪寒にも似た快感が背筋を駆け抜け、俺の教師としての理性がガラガラと音を立てて軋み始めた。
「学園内では『兵藤先生』と『教え子』。……でも、この部屋の鍵を閉めて結界を張ってしまえば、私たちはただの男と女……でしょう?」
リアスがソファーから立ち上がり、ゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
制服のボタンを少し外した胸元、そこから覗く白い肌と、どこか挑発的な眼差し。
「リアス、朱乃……。頼むから、学園にいる間くらいは自重してくれ。俺だって必死に『体育教師』をやろうとしてるんだから」
「ふふ、だからこそ愛おしいのよ、一誠。今日の5時間目の体育の授業中……私と目が合うたびに、ホイッスルを口に咥えたまま視線を泳がせていたでしょう?」
「それは……っ、お前たちが体操着の胸元を無駄にアピールしながらストレッチをしてたからだろ!」
「あらあら、先生ったら。授業中に教え子の汗ばんだ胸元ばかり見ているなんて、破廉恥な体育教師ですこと……❤️」
朱乃がクスクスと喉を鳴らし、指先で俺のジャージのジッパーをゆっくりと下げ始める。
「さあ、一誠。先生として頑張るあなたも素敵だけど……今夜も、私たちの『恋人』として、たっぷりと甘えて頂戴?」
「っ……!」
リアスの滑らかな唇が目の前に迫り、朱乃の甘い香りが俺の思考を麻痺させていく。
絶対の禁忌と、背徳の密蜜。
放課後の部室で、俺たちの「誰にも言えない時間」が始まったのだった。
◇
「……はぁ……はぁ……っ」
どのくらいの時間が経っただろうか。
夕闇がすっかり落ち、窓の外が群青色の夜空に染まった頃、部室には荒い息遣いと熱気が満ち満ちていた。
ソファーの背もたれに深く身体を預け、俺は天井を見上げながら大きく息を吐き出す。
ジャージの上着は脱ぎ捨てられ、Tシャツの胸元も大きく乱れている。
身体を動かした後の火照りと、手元に伝わる肌の余熱。
「……本当に、学園でこんなことして、万が一にも見つかったらどうするんだよ」
口元を袖で拭いながら呟く俺の膝の上に、リアスが心底満足そうに頭を乗せて甘えてきた。
乱れた赤髪が俺の膝の上で散らばり、その頬は未だに艶やかな朱に染まっている。
「心配性ね、一誠。結界は完璧だって言ったでしょう? 外には音も匂いも漏れていないわ。……それにしても、今日の『お仕置き』は少し激しかったんじゃないかしら、先生?」
「あらあら、リアス。一誠が理性をなくしてあんなに夢中になってくれたんですもの。日頃の教師としてのストレスを発散させてあげられたと思えば、良いことではありませんか?」
ソファーの隣で、はだけた制服を優雅に整えている朱乃が、くすくすとお上品に笑う。
しかし、その呼吸はまだ少し乱れており、豊満な胸が大きく上下していた。
俺は困ったように頭をかきつつも、膝の上のリアスの頭を、そして隣に座る朱乃の背中を愛おしそうに撫でた。
「……たく、反省してないな。明日からの体育の授業、まともな顔でお前たちの前に立てるか怪しいよ」
「ふふ、いいのよ。授業中は『兵藤先生』として厳しく指導されても、こうして放課後になれば……ね?」
リアスが俺の指に自身の指を絡め、愛おしそうに絡め合ってくる。
教卓やグラウンドを挟めば「先生と生徒」。だが、この扉を閉めれば「二人だけの恋人」。
スリル満点で、けれどこれ以上なく甘い関係。……俺たちは完璧にこの二重生活をコントロールできている。
そう、俺は完璧に隠し通せていると、この時までは本気で信じ切っていたのだ。
「よし……そろそろ服を整えて、別々に帰るぞ。一応、時間差で出た方が怪しまれないからな」
俺はジャージを着直してジッパーを上げ、首から笛をかけ直して髪型を手鏡で整えた。
「爽やかで熱血な体育教師・兵藤一誠」の完成である。
「それじゃ、俺が先に出る。二人も気をつけて帰れよ」
「ええ、また明日ね、兵藤先生❤️」
「お気をつけて、先生❤️」
二人の甘い見送りを受け、俺は意気揚々と部室のドアを開け、廊下へと一歩を踏み出した。
◇
「……よし、廊下に人影なし。完璧だ」
廊下の左右を念入りに確認し、胸を張りながら歩き出す。
教師としての威厳を保ち、今日も無事に一日を終えられた達成感に浸っていた、その時だった。
「……センセイ、チャック開いてます」
「ぬわぁぁぁぁっ!??」
闇の中からヌッと現れた小さな影に、俺は喉が潰れるような悲鳴をあげて股間を押さえた。
そこに立っていたのは、オカルト研究部の部員であり、俺の教え子でもある塔城小猫だった。
いつも通りの無表情、しかしそのジト目には明らかな「呆れ」の色が宿っている。
「こ、小猫!? な、なんでこんな時間にここに……!? いや、これはだな! さっきまで体育教官室で用具の点検をしていて、ちょっと汗をかいたから着替えてきたところでだな——」
「言い訳は苦しいかと。あと、先生の首元……キスマーク残ってます」
「っ!??!?」
慌てて胸元の鏡を取り出す。ジャージの襟の隙間、首筋の根元に、鮮やかすぎるほどの赤い痕がバッチリと残っていた。
「……あ、朱乃ぉぉぉ! 痕は残すなって言っただろぉぉ!」
心の中で叫びつつ、俺は滝のような汗を流しながら小猫に向かって手を合わせた。
「た、頼む小猫! 誰にも言わないでくれ! 俺は教師クビになるし、リアスたちの立場もなくなっちゃうんだ! 頼む、この通りだ!」
土下座勢いで頭を下げる俺に、小猫は深々と、今日一番の大きな溜息をついた。
「……言いませんよ。もう部員全員知ってますし」
「……は?」
固まる俺。
その音を聞きつけて、部室の中からリアスと朱乃も顔を出した。
「小猫、今の言葉……どういうことかしら?」
「言葉通りの意味です、リアス先輩。私だけじゃなく、アーシアも、ゼノヴィアも、イリナも、祐子先輩も……全員知ってます。放課後、この廊下を通る時は『あ、今日も先生たち……』って避けてますから」
「「「………………え?」」」
一誠だけでなく、ついさっきまで「結界は完璧」と余裕の表情を浮かべていたリアスと朱乃までもが、完全に凍りついた。
「な、なんで……!? 結界は張っていたわ! 音も魔力も漏れていないはず——」
「魔力の波長が『あの時の独特のピンク色の波長』になってるから、外から見ても一発で分かります。結界の意味、ゼロです」
小猫の容赦ない一撃が、リアスのプライドを粉々に砕く。
「ま、待ってください小猫ちゃん! 私たちの会話が漏れていたわけでは……」
「声は聞こえません。でも、部室から出てくるときの兵藤先生の顔が、いかにも『スッキリしました』って顔をしてるので、一目瞭然です」
「……うあああああああ!! 恥ずかしさで消えたい!!」
俺は廊下で頭を抱えて悶絶した。
完璧に隠せていると思っていたのは自分たちだけで、教え子たち(部員)からは完全にスケスケの公然の秘密だったのだ。
◇
「……というわけで、みなさん。本日の部活動(反省会)を始めます……」
オカルト研究部の部室。
普段ならリアスが座る部長席の前に、正座で小さくなっている俺こと兵藤先生。
その隣には、同じく顔を真っ赤にして肩を小さくしているリアスと朱乃の姿があった。
ソファーに座っているのは、オカルト研究部の全メンバー。
アーシア、ゼノヴィア、そして——金髪ショートの美少女剣士、木場祐子である。
「一誠さん……その、お盛んなのはとても良いことです! でも、放課後に部室でお茶を飲みたい時は、少し困ってしまいます……」
アーシアが顔を真っ赤にしながら、もじもじと指をすり合わせる。
「む。一誠、昼休みにグラウンドの陰でリアスと朱乃の弁当を交互に食べさせてもらっていたろう。あれは『体育教師による個別運動指導』という名目だったのか? 非常に分かりづらいぞ。素直に『イチャイチャしたい』と言ってくれた方が、こちらとしても避け易い」
ゼノヴィアが大真面目な顔で腕を組み、真理を突く言葉で俺の心臓をぶすぶすと刺してくる。
「うぐっ……! ゼノヴィア、頼むからそれ以上言わないでくれ……!」
「まったく、一誠くん……じゃなくて兵藤先生。教師になったからには、もう少しドッシリ構えてるかと思ったら、相変わらずなんだから」
苦笑しながらお茶を差し出してくれるのは、騎士の祐子だった。
男子制服風のスラックスを格好良く着こなしつつも、金髪のショートヘアから覗く耳は少し赤くなっている。
彼女は昔から俺の相棒であり、一番の理解者だ。……まあ、昔から男勝りなところはあるが、顔立ちは超一級品の美少女である。
「すまん、祐子……。俺は完璧に隠せていると思ってたんだ……」
「隠せてるわけないでしょ。先生たちがした後、部室に入ると甘い匂いが充満してるんだから。……まあ、ボクとしても、一誠くんがリアス部長たちと仲良くしてるのは……その、嫌じゃないけどさ」
祐子は視線を泳がせながら、フイと顔を背けた。
実は祐子も、一誠が体育教師としてハキハキと汗を流す格好良い姿に密かに想いを寄せていたのだが……「私は一誠の騎士だから」と自分に言い聞かせ、親友ポジションを維持していたのだ。
そんな和やかな(?)追及が続くなか、突然リアスがバッと立ち上がった。
「……決めたわ」
「どうした? リアス?」
リアスは真面目な顔で、ソファーに座る部員たちを見回した。
その瞳には、羞恥心を通り越した絶望と、切実な決意が宿っている。
「みんな、隠していたことは謝るわ。でもね……これには不可抗力な理由があるのよ!」
「理由……ですか?」
アーシアが首をかしげる。リアスは一誠を指差し、叫ぶように言った。
「一誠の絶倫っぷりが、留まることを知らないのよ!!」
「「「……は?」」」
部室に静寂が訪れる。俺はあまりの言われように跳び上がった。
「ちょ、リアス!? 何を言い出すんだお前は!?」
「事実でしょう!? あなた、体育教師になってから身体を鍛え直しているせいで、夜の勢いが昔の比じゃないじゃない! 家に帰ってからしていたら、私と朱乃の二人掛かりでも体力が持たないの!」
「本当にそうですわ。今日の放課後だって、私たち二人が先に音を上げてしまったのですから……」
朱乃まで頬を染めながら乗っかってくる。
部室の空気が一気にピンク色に染まり、アーシアが「ひゃい!?」と悲鳴をあげて顔を覆った。
「だ、だからって部員の前でそんなこと暴露するなよ!」
「背に腹は代えられないわ! このままじゃ、私たち二人の身体が本当に持たない! だから……『兵藤一誠ハーレム計画』を正式に発動します!」
「「……ハーレム計画!?」」
一誠と部員たちの声が重なる。
リアスはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ターゲットを見定めるように室内を見回し——そして、一番油断していた金髪の美少女騎士にビシッと指を突きつけた。
「第一号ターゲットは、あなたよ! 木場祐子!」
「……へ?」
祐子が間抜けな声をあげた。
この小説はGemini様の協力を得て完成しております。