「ポチー!!」
なにかを感じた瞬間、ポチタンがするどく声をあげた。
次にはキュアット探偵事務所のドアを勢いよく押しあけ、そのまま外へ飛び出していくではないか。
とうぜん、紐でつながれているあんなも一緒だ。
俺とみくる、ジェット先輩はあわてて事務所をとび出し、ポチタンに引きずられていくあんなを追いかけた。
「あんなー、どこ行くんだー!?」
「ポチタンどこ行くのぉおお~!?」
俺の呼びかけにも、あんなは返事をする余裕すらない。
ポチタンに叫んでみても、妖精はふり返ることもなく、どこまでもあんなを引っぱっていく。
しばらく走り続け、俺以外の全員が息を切らしはじめた頃──ようやく目的地に着いたのか、ポチタンはぴたりと動きを止めた。
みくるもジェット先輩も、同じように肩で息をしていた。
そんな中でただ一人平然としている俺は、我ながら妙に体力だけは人並み外れているらしかった。
「ここは……パティスリーチュチュ、か」
俺がぽつりとつぶやくと、あんながきょとんとした顔でたずねてきた。
「どこですか、ここ?」
「いきつけの洋菓子店だよ。ケーキも焼き菓子も美味しくてさ、一番のおすすめは──」
そこまで言いかけて、俺は口をつぐんだ。
店の様子が、いつもとちがう。
店先のオープンテラスで、一人の女性客がなにかを探すように、おろおろと辺りを見回していた。
俺は、おなじようにテラスを右往左往する顔なじみの女性店員に近づき、事情をたずねる。
「どうしたんだ、くれあ。なにかあったのか?」
「恭司くん……じつは」
「私のペンが無いんです!」
悲鳴のような声をあげたのは、くれあではなく、その女性客だった。
店員──帆羽くれあが事情を説明するよりも早く、彼女は今にも泣き出しそうな表情でこちらを見つめてくる。
こぼれそうな涙を必死にこらえた瞳が、そのペンが彼女にとってどれほど大切なものなのかを物語っていた。
「ペンって?」
「コンクールの時にもらった、大切な品で……」
「彼女はエリザさん。高校生の作家で、よくここのテラス席で執筆活動をしているの」
くれあが補足する。
どうやらエリザさんは、今日もいつものようにテラス席で本を書いていたらしい。
その最中、ずっと大切にしていたペンが、突然無くなってしまったという。
「どこかに落としたとかじゃないんですか?」
ようやく息を整えたみくるがたずねる。
けれど、どうやらそう単純な話でもないらしい。
「店長にも手伝ってもらって探してるんだけど……」
「床にも、ほかの席にも……どこを探しても見つからないの」
エリザさんは不安そうに首を横にふった。
見つからないペン。
それも、大切な思い出の品。
「ペンの失踪事件……」
みくるがぽつりとつぶやく。
まるで、これこそ探偵が解き明かすべき謎、とでもいうように。
彼女の言葉で、なにかに気づいたようにポチタンへ視線を向けるあんな。
「もしかして、ポチタンはこの事件の匂いを感じて、私たちをここまで連れてきたのかな?」
あんなの話によると、事務所へ来る直前にも、別の場所でとある事件に遭遇していたらしい。
その時もポチタンが反応したらしく、事件を解決したあとにはマコトジュエルをひとつ手に入れたのだとか。
「どうしよう……私の思い出のペンなのに……」
悲しみにくれるエリザさんを前に、あんなとみくるは名探偵としての
「心配しないで、エリザさん!」
「無くしたペンは、私たちが必ずさがしてみせます!」
俺とジェット先輩も、その言葉にうなずいた。
このまま彼女を見過ごすなんて、名探偵に関わる者としてできることじゃない。
「俺たちも協力するよ。四人もいれば、絶対見つかるって」
「しかたないな。手伝ってやるよ」
「みんな……ありがとう……!」
こうして、さっそく調査が始まる。
名探偵になりたての二人の少女はノートと鉛筆を手にとると、さっそく事情聴取へととりかかった。
「まずは、ペンが無くなった時のことを、くわしく聞かせてください」
「って言われても、とくにいつもと変わったことは……あっ、そういえば」
「なんですか? どんな小さなことでもいいんです、教えてください」
「おばあさん……おばあさんが一人やってきて、私に『ファンです、握手してください』って」
エリザさんの記憶をたどるような言葉に、みくるはすぐさま鉛筆を走らせた。
小さなノートに書き込まれていく文字。
まだ探偵として歩きはじめたばかりの二人だけど、その目には真剣な光が宿っている。
誰かにとってはただの一本のペン。
けれど、持ち主にとっては大切な思い出が詰まった宝物だ。
だからこそ、俺たちは見逃すわけにはいかない。
話を聞く限り、そのおばあさんとやらが現れたあと、エリザさんはペンが無くなっていることに気づいたらしい。
もちろん、それだけで犯人だと決めつけることはできない。
けれど、事件というものはいつだって、小さな違和感の積み重ねからはじまるものだ。
「普通に考えると、そのおばあさんが怪しいと思うが……」
「おばあさんがペンを盗んだ、ってことですか?」
みくるの問いに、エリザさんの表情が一気に青ざめる。
そりゃ、ファンだといって近づいてきた人物が自分の大切なものを盗ったかもしれない、と言われれば当然の反応だろう。
「じじじ、じゃあ警察に電話しなきゃ!」
エリザさんはあわてた様子でポケットから携帯電話を取り出す。
不安と混乱でパニックになっている様子の彼女を安心させようと、俺は声をかける。
「おちついて、まだそうだと決まったわけじゃ……」
しかし、エリザさんが押した110番のコールは、いつまで経ってもつながる気配を見せない。
どうやら、この一帯で通信障害が発生しているらしいためだった。
事態はとつぜん動きを止めた。
その時である、あんなが声をあげたのは。
「私、そのおばあさんを探してくるよ」
「あ、じゃあ私も!」
「二人だけじゃ手がたりないな、俺も行くよ」
止まった状況を解決するには、動くしかない。
彼女の発言に、みくると俺もならった。
さっそく行動に移ろうとした、その時だった。
ジェット先輩が、あんなとみくるに向かって二つの物を差し出す。
ポチタンが化けたポーチのように、これまた可愛らしいマスコットを
ただし柔らかくはなく、プラスチック製のそれはしっかりとした光沢をもっている。
「ぼくがつくったプリキットボイスメモ。探偵道具の通信機だ」
「へぇー、スマホみたい」
その瞬間、あんなの口から聞き慣れない言葉が飛び出した。
……すまほ?
初めて聞く単語だ。
けれど、ジェット先輩の道具を見たあんなの言いかたから察するに、それも通信に使う道具の名前なのだろう。
俺の知らない技術。
俺の知らない時代。
もしかすると、未来では携帯電話のことを、そう呼ぶのかもしれない。
「二つだけ? 恭司さんのは?」
「俺は自前のを持ってるから大丈夫」
みくるに言われ、俺はポケットから自分の通信端末を取り出した。
手のひらに収まるていどの小さな機械。
黒い円形の操作パネルが中央に配置された、プリキットとは対照的に無機質で、それでいて不思議な存在感を放つ代物だ。
これは、俺が目を覚ました時からずっと身につけていたもの。
記憶を失った俺に残された、数少ない手がかりのひとつでもあった。
そうして俺たち三人は、それぞれ別の方向へと散り、件のおばあさんの捜索を始めた。
そもそも本当に、そのおばあさんが犯人なのか。
それとも、おばあさんが去ったあとでペンが消えたのはただの偶然かなのか。
(いや、今は考えるより動くことだな)
捜索の途中、ふいに、パティスリーチュチュに残ったジェット先輩から通信が入る。
エリザさんへの詳しい聞き込みによって、おばあさんの詳細な姿が判明したのだ。
そして、続けざまにいい
あんなが、その情報をもとにおばあさんを発見したというのだ。
ただ……
「声をかけたら、おばあさんがすごい速さで走って逃げてった……?」
『そうなんです! 今追いかけてるけど、足が速すぎて追いつけないの!』
「中学生より早く走れるおばあさんって……それ、もう怪異の類だろ」
いったい、どれだけターボな身体能力をしているんだろう。
ともかく、あんなが追いかけているなら逃走先にはある程度の予想がつく。
俺は通信越しの情報と周囲の地形を照らし合わせ、二人が向かっているであろう場所を割り出した。
そして先回りした先にあったのは──近くの公園。
けれど、そこには予想外の事態が待っていた。
「おばあさん、いないな」
「本当だ、なんで……!?」
「ぼくと恭司、あんなとみくるの四人で、四つある出入り口からそれぞれ入ってきた。なら、どこにも抜け出せる道はないはずなのに……」
公園の中には、何人かの人影がある。
けれど、その中に目的のおばあさんの姿はなかった。
ジェットが言うように、すべての出口は俺たちが見てたというのにだ。
「わかった! 誰かに変装してるんだ!」
「変装って、この短時間にそんなことできるのかい?」
「怪盗団ファントムなら、きっとできます」
またしても、あんなの口から聞き慣れない名前が飛び出した。
『怪盗団ファントム』。
世間では誰も知る者のいない、ベールに隠されたその存在。
けれど、その名前だけは俺にも覚えがあった。
もちろん記憶をとりもどしたわけじゃない。
以前ジェット先輩から聞いた話だ。
「怪盗団ファントム……名探偵のライバル、ってわけでもないんだが……でもそんなような相手、だよな」
「怪盗団はマコトジュエルの宿った品を盗んでるみたい。エリザさんのペンにも、きっとマコトジュエルが」
「とはいえ、一体誰がその相手なんだ」
この公園には何人もの人がいる。
もし名うての怪盗の変装なら、ぱっと見ただけで見ぬくのは不可能だろう。
あいにく今は、そんな変装を暴けるような便利な道具も──
「あった!」
自分で口にした次の瞬間、俺は懐へ手を突っ込んでいた。
そういえば、
「なんですか、これ?」
「カメラだ。といっても、普通のカメラじゃないんだが」
とり出したのは、小型のカメラだった。
メタリックなイエローグリーンと赤。
派手というより、もはや悪目立ちするほど奇抜なカラーリング。
いったい誰がこんな色を選んだのかとツッコミたくなる見た目だが、不思議と安っぽさはない。
手に伝わる重みからも、精密な機械であることがうかがえる。
これも先の携帯とおなじく、俺が目を覚ました時から持っていた数少ない持ち物のひとつ。
「これで映したものは、ある程度の透過効果を与えられる。変装している相手なら、その下の姿が……わかる!」
俺は迷わず、ファインダー越しに違和感を覚えさせたその人物を指さす。
それは、いかにも今風なギャル系の女子高生。
どう考えても老婆とは結びつかないが、俺のカメラには彼女の身に着けた制服の下に、高齢の女性がまとう着物が映し出されていた。
「まさか、こんな方法で変装を見破られるなんてね。やるじゃないか、ベイビー!」
軽薄そうな声とともに、女子高生の素顔と衣服を脱ぎ捨てたのは……老婆ではなく、少年ほどの若さの男。
「「ニジー!」」
あんなとみくるが同時に男の名を叫ぶ。
どうやら二人が最初に遭遇した事件においても、犯人を
これが、怪盗団ファントム。
その一員をじかに目の当たりにするのは、これが初めてだった。
「ご褒美をあげよう……出でよ、ハンニンダー!」
『ハンニンダー!!』
ニジーが投げた一輪のバラが、彼が持つエリザさんから盗んだペンへとつき刺さる。
その瞬間、黒紫色の怪しいモヤがペンを包み込んだ。
煙の中から現れたのは、シルクハットにマント。
手足の生えた一本のペンを、そのまま擬人化したような珍妙な怪物。
ジェット先輩の話では、これでも怪盗団ファントムが生み出した発明品のひとつらしい。
怪物の雄たけび、その異様な姿を目にした人々は悲鳴をあげ、いっせいに逃げていった。
残されたのは俺たち四人だけ。
「ペンは私たちが!」
「とりかえす!」
迷いのない声で、あんなとみくるは宣言する。
二人は胸元へ手を伸ばし、それぞれ懐中時計によく似たアイテムを
「「プリキュア・ウェイクアップタイム!!」」
二人の声が重なった瞬間、まばゆい光が少女を包み込む。
紫とピンク。
二色の輝きが彼女らのシルエットを塗り替えていく。
光が晴れた時、そこに立っていたのは、これまで見慣れた二人の姿ではなかった。
「これが……名探偵プリキュア」
「……あいつらが言ってたこと、本当だったのか……」
俺もジェット先輩も、思わず息をのむ。
現れたのは、新世代の名探偵。
キュアアンサー。
そして、キュアミスティック。
伝説的名探偵の少女らのスタイルは、初めて目にしたはずだ。
──なのに。
胸の奥がざわつく。
どこか懐かしさを覚える。
心のどこかで、俺はこの姿を知っていると叫ぶ声がする。
けれど、その正体を思い出すよりも前に、目の前では二人の名探偵と宿敵の怪物の戦いの火ぶたが、切って落とされるのだった。
さっそく感想に高評価にと入れてくださりありがとうございます。
…いままでこの手の催促は気が咎めてできなかったんですが、素直にお願いしてみるもんですね。
たんプリの本編ではなんかとんでもない爆弾が投げ込まれて、さっそく今作と矛盾しそうですが…まあそこは二次創作ってことで(汗)