エリザさんが無くしたペンは無事に彼女の手にもどり、俺たちもまた自宅であるキュアット探偵事務所へと帰った。
出かける前と変わらぬ事務所の様子だが、俺たちの雰囲気だけは朝のそれとは少しだけちがうものに。
「さあ、聞かせてもらうぞ。あの時、なにが起きていたのか」
ジェット先輩がいつになく真剣な声で切りだす。
隣の席のあんなとみくるも、興味津々といった視線をよこしてくる。
俺はひとつ息をつくと、一連の経緯をシンプルに説明した。
「夢の中で手にした力で」
「ヒーローに変身して、敵を倒した……」
「そしたら、現実にもそれが反映された……と?」
三人は順番に言葉を重ね、それを聞いた俺は静かにうなずく。
あの時に得た力、仮面ライダーゼッツへ変身するためのアイテム──カプセムは、とうぜん今は手元にない。
なにせあれを入手できたのは、あくまで夢の中での出来事なのだから。
証拠なんてなに一つないが、それでも三人は俺の話を疑うことなく受け止めてくれた。
そのことが俺の胸をあたたかくする。
「恭司さんも、その仮面ライダーってヒーローになれるなら」
「次から私たちプリキュアといっしょに戦ってもらえるね!」
みくるもあんなも明るい笑顔を見せる。
怪物との戦いや怪我した俺のことで、なにか心に傷を残している様子もない。
その笑顔を見て、俺も内心でほっと胸をなで下ろす。
あの時に負った俺の怪我が現実では癒えていたことが引っかかったが、恐らくそれもゼッツの力のおかげなんだろう、と深く考えることはしなかった。
「しかし気になるのは、お前にメールを送った相手だな。たぶんその人物が、お前の過去にも関わっているんだろうが」
ジェット先輩は腕を組み、考え込むように言った。
その推測は、おそらく当たっているんだろう。
俺が持っている携帯電話やカメラ──あのスパイ道具みたいな所持品も、メールの送り主が用意したものなのかもしれない。
「けど、ゼッツといい俺の所持品といい、一体なにと戦うためにつくられたんだろうな……」
「ハンニンダーや怪盗団ファントムじゃないのか?」
「なんとなくだけど、違う気がする。理由は俺もわからないけど、なんか規格が違う……というか、世界観があわない……というか」
自分でもうまく説明できないただの感覚だが、俺は自身の直感を否定することはできなかった。
「とりあえずわかった。……あ、そうだ。そこの二人にはこれを渡しておく」
ジェット先輩はそう言って、二冊の手帳をあんなとみくるに差し出す。
二人は不思議そうな顔で手帳を受けとった。
「なに、これ?」
「プリキットブック。探偵の証だ」
「探偵の証……じゃあ私たち……!?」
「ぼくは自分の目で見たものしか信じない。だから、見てしまったから信じてやる。おまえたち二人は──名探偵プリキュアだ」
少しだけ照れくさそうに、「一応な」と照れ隠しでつけくわえるのが彼らしい。
その言葉を聞いた二人は、ぱっと顔をほころばせた。
手帳を開き、まっさらな最初のページへ自分の名前をていねいに書き込む。
そして、その下には名探偵としてのプリキュアの名前を、力強く記した。
「この世界を、ウソでおおわれた世界になんてさせない!」
「名探偵プリキュアと」
「仮面ライダーゼッツ……」
「活動開始、だね!」
四人の声が重なる。
こうして、我が元・探偵事務所だった場所の表玄関には、これまで取り下げられていた「キュアット探偵事務所」の看板が、ふたたび大きく掲げられることとなったのである。
◇ ◆ ◇ ◆
事務所の再稼働にともなって、これまで学校の寮に入っていたみくるもまた、我が家でいっしょに暮らすことになった。
人数も増えたため、俺たちは生活に必要な物の買い出しに出かけている。
親友となったみくると一緒に居られると、あんなは飛び切りはりきっていた。
今はインテリアショップでファンシーなグッズを物色中である。
主に二人の少女が。
「もう必要な物は全部買ったし、こんな派手派手なカーテンとか飾り付けなんていらないだろう?」
ジェット先輩がそう愚痴るように言った。
あんなは様々なグッズに目移りしながら理由を説明する。
「だって事務所の中、綺麗に整理されてるけど、そのぶん味気ないもん」
「たしかにそうね。男の恭司さんとジェット先輩はそれでもいいんでしょうけど、私とあんなにあの部屋は──ちょっと地味すぎます」
みくるも同様にグッズを手にとりつつ、あんなの理由を肯定した。
まあ、お金はあるからいいけどさぁ……と、ついにジェット先輩もあきらめた様子。
女の子の買い物は時間がかかる、とは言うが、精神年齢が高齢のジェットはすでにお疲れのようだ。
俺はゼッツになれるせいか、持ち前の体力でどれだけ待たされても平気の平左である。
「わぁ~。これ、はなまる可愛い~!」
「あ、ほんとだぁ!」
みくるとあんなが興味をひかれたのは、透き通るガラスでつくられたウミガメの置物。
やわらかな照明を受けてきらりと輝くその姿は、海の中をのんびり漂うように泳いでいる姿を幻視してしまう。
「すみません。それはこのお店のシンボルで、お売りすることはできないんです」
店員さんが申し訳なさそうに声をかけてくる。
少女らは顔を見あわせると、「そっか」と少しだけ残念そうに笑った。
なら仕方ない。
二人はあきらめて、その場を離れる。
ウミガメのオブジェは、ほかの店員さんによって大事そうに持ち上げられると、別の場所へと運ばれていった。
「……なんだか、前にもこんなことがあったような気がする」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。
誰に聞かせるでもない小さなつぶやき。
不意に頭の奥で、なにかがかすかに揺れた。
可愛いものを愛でながら、どれを手にしようか楽しそうに悩む一人の少女。
ぼんやりとしたその姿が脳裏をよぎる。
にじんだ写真のようなその面影は……いつも夢に見るくすんだベージュ色の髪をした少女と、不思議とぴたり重なった。
──その時だった。
店内に、女性店員の悲鳴にも似た叫び声が響きわたる。
俺は反射的にかけより、青ざめた表情の店員さんへ声をかけた。
「どうしました!?」
「それが……なくなっているんです、うちのシンボルの置物が……!」
その言葉を聞いて、すぐに思った。
──事件の匂いがする、と。
あんなのポーチに姿を変えて行動をともにしているポチタンも、それを感じとったのだろう。
訴えるような瞳を俺たちに投げかけている。
「もしかして、また怪盗団ファントムが──!?」
「ありえるな。エリザさんのペンが無くなった時と同じパターンだし」
「恭司さんと会う前の事件とも重なるよ」
どうやら俺たちの見解は一致したようだ。
早速調査!と二人の少女はジェット先輩からさずけられたプリキットブックを開き、店員さんから情報の聞きとりをはじめだす。
「犯人がファントムなら、置物を盗ったらすぐにお店から出ていくはず、だよね」
「出入口は二ヶ所だけ。でも、どちらも人が出入りした形跡はないわ」
「なら──」
「うん。犯人はまだ、店内にいる!」
少女らの推理で二人の店員と、他に店内にいた買い物客が集められた。
所持品をチェックするも、置物は誰も隠し持っていない。
俺も自分のカメラでそれぞれの人物を映してみたが、スキャンしても置物の影は見当たらなかった。
「最初の事件の時と同じだ、どこか別の場所に隠したんだ!」
二人の推測は当たり、置物はぬいぐるみがまとめられている箱の中から発見される。
ガラス製だから、隠すうえで壊れないようそこに置いたのだろう。
あとからスキを見て運び出せるように。
「六枚ちゃんとそろってますね。安全な場所に持っていきます」
最初に置物を移動させようとした店員が、ふたたびオブジェを持って立ち去ろうとした。
その時──俺たちは重大な違和感に気づく。
「ちょっと待ってくれ! 六枚ってなにが?」
「えっ」
俺の問いかけに、男性店員はきょとんと首をかしげた。
彼はいたずらをした言い訳をする子どものように
「だって、ひまわりの置物だから……」
「ちがうよ、それ……ひっくり返せば」
「! 花びらじゃなく……カメの手足……!?」
確かに裏側から見れば、亀の腹甲と四肢がひまわりの花の形にも見えてしまう。
オブジェはデフォルメされた造形なので、そう勘違いしてしまうのも仕方ない。
だがそれならば、なぜ店の人間であるこの店員は、大切な店のシンボルがなにをモチーフとしているのか知らないのだ?
それは……
「お前が犯人──怪盗団、ファントムだからだ!」
「……マジ、チョベリバ~↓」
気だるげにそう言った店員は、メイクを落とすように化けの皮を脱ぎ捨てる。
「たしかにアタシは怪盗団ファントム、その一員のアゲセーヌ!」
「ニジー以外にも構成員がいるのか」
「ニジーなんかと一緒にされるとか、サイアクなんですけどぉ~?」
けばけばしいギャルメイクが目を引く、あんなたちと同年齢っぽい外見の少女はそう吐き捨てる。
そのド派手な容姿に目をぱちくりさせていた俺たちの虚を突いて、アゲセーヌは亀のオブジェを持って店を出た。
すぐさま我に返って追いかける俺とあんな、みくるの三人。
ジェット先輩は説明のため、現場であるアンティークショップに残ってもらった。
果たしてアゲセーヌには、すぐさま追いつけた。
まるで
追い詰められたアゲセーヌは、ハイビスカスの花を手にした亀のオブジェにつきたてる。
「チョベリグにしちゃって、ハンニンダー♪」
やはり彼女もニジーと同じ力を持っていたらしい。
持ち主の大切な想いが宿る品、それを媒介に構築される怪物──ハンニンダーを生み出す力を。
黒いモヤの中から、花びらのように広がる顔をもつ新たなハンニンダーが姿を現す。
この怪物はやはり、元となる品のデザインが強く外見に反映されているようだ。
素体はウミガメの像であるはずなのだが、その姿がひまわりに近いのは──恐らく生成主のアゲセーヌの認識の問題だろう。
「あんたたちを倒せば、事件は迷宮入りっしょ」
「そんなことにはならないよ!」
「いきましょう、恭司さん!」
「ああ! ……って」
あんなとみくるは迷うことなく、プリキュアへ変身するためのアイテム──ジュエルキュアウォッチをとりだす。
その動きにつられるように俺も変身しようとして――。
そこで、はたと動きが止まる。
「カプセムは夢の中だ! 現実の世界じゃ、俺はゼッツになれない……!?」
思わず叫び声が漏れた。
なんでこんな大事なことに今まで気づかなかった、俺──!?
横に並ぶ二人も、驚いたような呆れたような顔を向けているじゃないか。
どうしよう……と頭を巡らすより前に。
まるで、場面が変わったかのようにこの場から、俺以外のみんなの姿が消えたのだ。
あんなもみくるも、ハンニンダーもアゲセーヌも。
さっきまでそこにいた人たちが、まるで最初から存在しなかったかのように影も残さず消え失せていた。
「えっ──あんな? みくる!?」
思わず声を張り上げる。
返事はない。
周囲は静まりかえり、さっきまでの騒ぎがウソのように不気味な沈黙だけがひろがっている。
カメラで周囲を探っても、携帯電話も二人のボイスメモには繋がらなかった。
「そんなバカな。一体どこに……」
「彼女たちは、密室へ消えた」
「誰だっ!?」
背後から聞こえてきた女の声に、俺は勢いよくふり向く。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
くすんだベージュ色の髪。
どこか
その顔も、その服装も、そのたたずまいも。
いつも夢の中で出会う、あの少女とまったく同じだった。
まるで夢の中から、そのまま現実へ現れたかのように。
「き、君は……。いや、そんな……まさか──」
夢の少女と似ている、なんて話じゃない。
目の前に立つ女の子は、夢で何度も見てきたあの少女、その人だった。
少女は宝石みたいに透き通った紫色の瞳で、じっと俺を見つめている。
その瞳に映る感情は、ひどく複雑だった。
懐かしい人とようやく再会できたような。
それでいて、できることなら二度と会いたくなかった相手に出会ってしまったような……。
そんな相反する想いが、静かな瞳の奥で揺れていた。
「やっぱり戦おうとするのね……」
わずかな悲しみをふくんだ声でつぶやく少女。
その表情は不安に揺れているようにも見えた。
彼女の口ぶりは俺の力を知っているようで──
そのうえでゼッツの力は、この子にとって喜ぶべきものじゃないのだろうか?
彼女の顔を見ると、不思議とそう考えてしまう。
少女は感情を殺した声で言葉をつづけた。
「これ以上、事件には関わらないで」
「それは無理だ。俺もキュアット探偵事務所の一員なんだからな」
「手にした力は捨てて。その力は、あなたを不幸にする」
「そんなことはない! ゼッツの力は、みんなを守るためのものだ!」
「──ライダーの力を持ち続ければ……それは、あなたを不幸に落とすだけじゃない」
「いったい、どうなるっていうんだ」
「力を捨てなければ──いずれ、悪夢に飲まれることになる」
だから、お願い。
少女は最後にそう言い残すと、俺に背を向け遠ざかっていく。
「待ってくれ!」
呼び止めても彼女はふり返らない。
その背中はとても寂しげで、実際の距離よりずっと遠くに離れているように見えた。
やがて少女は視界の向こうへ消えていく。
あとには答えのない疑問だけが残された。
「そういえば……あの子が何者か、名前も聞き忘れたな」
ぽつりとつぶやく。
夢に現れる少女。
ゼッツの力を知っているような口ぶり。
わからないことがまた増えてしまった。
俺は深く息をつき、とりあえず今はあんなとみくるが無事に密室とやらから帰ってきてくれることを願ったのだった。
初変身の次でいきなり変身不能になるという…
でもこの辺、あっさりと現実でも戦えるぜ!みたいに簡単に解決してしまうと、夢の世界というゼッツのテーマが生かせない気がしたのでこうなりました。