召喚された翌日。私は朝早くから起こされ、どでかいお城から、半ば追い出されるみたいな感じで出てきた。
ガタゴト揺れる、荷台の中。行き先はイングラシア王国というところらしい。
一緒に乗っているのは、1人の細い役人さんと、護衛らしき、おじさんっぽい冒険者さん。私含めて合計三人。
「嬢ちゃんも、災難だったなあ。」
綱を握りながら、冒険者さんは荷台を覗いてそう言った。役人さんはすやすやと眠っている。
「災難、ですか。」
「ああ。嬢ちゃん、異世界人なんだろ?」
冒険者さんはそう言ってから、前を向いた。話はまだ続くようだったけど。
「勝手に連れてこられて、そんで戦力外通告されて追っ払われるなんて。ファルムスも、どこの国も非道なことするよなあ。」
「......あの国は、ファルムスって言うんですか。」
「ああ、そうだよ。大国だ。そうだな、嬢ちゃん。知らないことだらけだろ。質問があるなら答えるぜ。こんな端くれCランク冒険者で答えられることならな。」
にっ、と歯を見せながら笑った冒険者さん。彼はとても親切だった。
「じゃあ...その、さっき言ってた“ランク”って、何ですか?」
「ああ。この世界には自由組合ってのと、冒険者っていう職業があってな。魔物っていう、簡単に言えば人間の敵を倒したり、こうやって人を護衛したりして、お金を稼ぐんだ。」
「自由組合は、そんな冒険者たちをまとめてる組織だな。確か、そこのトップは嬢ちゃんと同じ、異世界人だったはずだぜ。」
「で、ランクなんだが。まあ簡単に言うと、そのランクに相当する魔物を倒せるかー、みたいな感じだな。Eランクはほとんど戦う力がない。」
「Dランクは弱いけど、油断は禁物。Cランクは、個々でも十分強いから、気をつける必要がある。Bからは、レベルが違ってくる。」
「Bランクの魔物には知能があったり、何か特殊なスキルを有していたりすることがある。俺には手も足も出ねえ領域だ。」
「Aランク。災害級。ここからは別名も付いたりする。ここからは、人間個人の手には負えねえな。街とかが甚大な被害を受ける。」
「特A ランク。災厄級。国家転覆___要するに、一国まるまる変わっちまうくらいのヤバいヤツらだ。」
「Sランク。災禍級。大国___さっきのファルムスみたいな国が、総力を挙げてどうにかなる...かな?ってレベルだ。」
「特Sランク。天災級。正直よくわからん。全く想像がつかないくらい強い。世界滅ぶんじゃねえか、ってレベルだ。多分。」
「まあ、まとめると、A以上のランクは人間じゃ無理ってことだ。そうそう御目にかかる機会もないけどな。」
「へえ、そんなに強いのもいるんだ...。」
「まあ、俺も正直詳しいことは良くわかっちゃいないから、興味があったら本なり何なりで調べるといい。」
「他に質問は?」
「えっと。私はこれから”自由学園“ってところに行くんですよね。どんなところなんですか?」
「あそこは、自由組合が運営する学校だ。勉強したり、その学校にしかない実技があったり。色々ある。嬢ちゃん以外にも、異世界人の子供がいるみたいだぜ。その辺はよく知らないけどな。」
「私以外にも...異世界人が。」
「...っと。着いちまった、検問だ。嬢ちゃん、そっちのお役人さんを起こしてくれ。」
役人さんを揺すり起こして、検問を通る。
「俺はここまでだ。そういえば、名乗ってなかったよな。俺はバル。ファルムスとイングラシアを拠点にする冒険者だ。何かあったら尋ねて来い、嬢ちゃん。」
「...はい。ありがとうございました、バルさん。」
___
バルさんと別れ、痩せぎすで無口な役人さんと、イングラシアの街道を進む。役人さんは何も言わず、目線でただ“ついてこい”と言ったきり、私には目もくれなかった。
時折、人がチラチラとコチラを見ている。
その視線が刺さるみたいで、なんだか嫌だったから、少し俯き加減で歩く。役人さんは大股で歩いていくから、私は小走り。
すると、大きな校舎が見えてきた。
だだっ広い校舎。授業する声が聞こえてきて、外では誰かがはしゃぐ声が聞こえる。そんな喧騒をよそに、役人さんはすたすたと中に入って行った。
ついていくと、そこは本当に学校。教室があって、先生がいて。職員室、という文字が見えた。
役人さんが小声で「座って待っていろ」と言ったので、近くにあった小さなソファに腰掛ける。近くの窓から外を見てみれば、たくさんの子供達が、楽しそうに中庭で遊んでいた。
......あの子達は、この世界の子たちなのかな。
ふと、そう考えて。馴染めるかな、なんて思って。
今日からここに通うんだったら、あの子達と一緒に遊べるのかな、とか思ったりして。
足をぷらぷらさせながら、役人さんを待っていると。職員室から出てきたのは、役人さんではなかった。
顔立ちが日本人みたいな、青年っぽい人。
ソファに座る私を見つけるなり、すたすた歩いて、私の目の前にしゃがみ、目線を合わせた。
「こんにちは。」
「こん...にちは。」
びっくりして、目をぱちぱちさせながらだけど、返事はした。
その人は微笑んだ後に、続ける。
「僕は神楽坂優樹。君と同じ異世界人で、この自由学園の理事長をしてます。君の名前を聞いてもいいかな?」
「...新居、灯です。」
「灯ちゃん。よろしくね。」
「...はい。」
優樹さんはそう言ってから、微笑み、そっと立ち上がる。
「今日から、君が入ることになったクラスを、案内するよ。大丈夫。みんな、君と同じ異世界人だから、話も合うと思うよ。」
優樹さんは、そっと私に手を差し伸べてくれた。
おそるおそるその手をとって、優樹さんと廊下を歩く。その間、お互いに、あまり言葉は話さなかった。ただ、気まずい沈黙ではないことだけは確かだった。
「ついたよ。この教室だ。」
そう言われて目を上げると、ドアがそこにあった。
いや、部屋なんだからドアがあるのは当たり前なんだけど。そうなんだけど。
妙に、緊張して。そのドアがとても大きく見える。
ただ、そんな私の様子はお構いなしに、優樹さんはガラガラっと扉を開けた。
「みんな。昨日話してた、転入生だよ。」
少し広い教室には、三人。
全員が私と優樹さんをじっと見ていた。さっきの街の視線とはまた違う。今度は、下を向きたくなる、というわけではなくて。ドアの前に居た時より、もっと緊張する感じだ。
優樹さんに目配せされて、私は少し頭を下げながら、名前を名乗った。
「新居、灯です。よろしくお願いします。」
少し顔を上げて、三人の表情を伺う____その前に、ぱちぱちと、小さな拍手が聞こえてきた。
弾かれたようにそちらを見ると、私より幾分か年上であろう女の子が、笑って拍手していた。
「ナタリー、あとは任せてもいいかい?」
「もちろんよ、ユウキ兄さん。」
優樹さんは、拍手をしていた女の子の方に微笑んでから、軽く手を振って教室を出て行った。
ぽつねんと残され、伸ばしかけた手が行き場を無くす。手を下ろそうとしたら、誰かに、優しくその手を握られた。
「はじめまして、灯。わたしはナタリー・ガルシア。ナタリーって呼んで。どうぞよろしくね。」
そう言って微笑んだのは、さっき拍手してくれた女の子。
「は、い。よろしくお願いします...。」
ガッチガチに緊張して、視線がうろうろと迷子になる。そんな私に、ナタリーは優しく笑いかけた。
「ふふ、そんなにかしこまらなくていいよ。ほら、麗もアインも、固まってないで、あいさつあいさつ。」
そして、まだ席に座っていた二人の元へ、ナタリーは私の手を引いて行った。
一人は金髪の男の子。もう一人は、私より一回り小さいくらいの、茶髪の女の子だ。
男の子は私を見て困惑し、口がもごもごなっている。
「あ、えっと。」
「...アインお兄ちゃん、緊張してるの?なら、れいが先に挨拶する!」
「黄麗!れいって呼んでね。えっと、灯お姉ちゃん?」
「あ、うん。よろしくね、麗。」
麗ちゃんは私の腰にぎゅっと抱きついて、にへらっと笑って私を見上げた。
かわいい。
「......えっと。」
「どうしたの、アイン。あなたいつもより臆病じゃないの。」
「う、うるさいなあ...、僕も緊張してるんだって。」
「アイン・フレベル。よろしく......あ、灯。」
「うん、よろしくね。」
アインはしどろもどろになりながらも、私に手を差し出した。そっと握り返して返事をすれば、アインはふわりと笑った。
_____
「このクラスは、私たち三人だけなの。特別なクラスだから。」
自己紹介もほどほどに、ナタリーがこの世界と学園について説明してくれた。麗は教室の窓際で、アインの膝に座って絵本を読んでいる。
「異世界。この世界ではそう呼ばれている、わたしたちにとっての、地球から。召喚された子のクラスなの。」
「......召喚.........。」
「ええ。そうよ。」
ナタリーは優しく微笑みながら、続ける。
「この世界では、魔物っていう、危険な生物たちが存在してるの。それに対抗するために、”勇者“となり得る人物を、地球から呼び込む儀式よ。」
「そうなの!つまりねー、れいたちは、勇者の卵なの!」
「はは、そうだな。麗はつよいもんなあ。」
「えっへん。れいは炎の魔法使えるもんね!」
アインは麗の頭を優しく撫でている。ナタリーはその光景を見て、微笑ましそうに笑った。
「ふふ、麗の言った通り。わたしたちは勇者の卵みたいなものよ。」
「だからこの学園では、他のみんなとは違う、異世界人しかいないクラスになってるの。」
そう言って笑うナタリーの表情。の、どこかに。なんだか、哀愁のような。すでに諦めてしまったような。何かがあったように思った。
......気のせいかもしれない。
「ねえ、アインお兄ちゃんー!続き、続き読んで!」
「はいはい、仕方ないなあ。」
「...と。こんな感じの説明でよかったかな。灯、わからないところとか無かった?」
「え、ああ、ないです。大丈夫。」
「ふふ、ならよかった。そうだ。いい機会だし、学園を案内しましょうか。他のクラスは授業中だから、静かでちょうどいい。」
「え?私たちのクラスの授業は?」
「ああ、先生がいなくって。私たち”勇者の卵“に教えられる先生が、なかなか見つからないみたいなの。だから、実質全部休み時間みたいなもの。」
「だから大丈夫。ふふ、全部案内するわ。」
___
それから、ナタリーにいろいろな場所を案内してもらった。
学園の廊下を二人でとことこ歩いて、いくつかの部屋の中へ。
食堂は広くて明るい。食堂のおばちゃんがこっちを見て瞬きしたあと、軽く手を振ってくれた。ナタリーによると、異世界なのでこの食堂にカレーはないらしい。少し残念。
図書室は広くて明るい。...さっきもこの説明したかも。でも違うのは、見渡す限りに本・本・本、というところ。通ってた小学校の図書室と、比べ物にならない。でっかい。ナタリーが言うには、漫画はないらしい。かなり残念。
そして、定番。
「ここが、わたしの一番お気に入りの場所。」
ナタリーはそう言って非常階段を登り、屋上へ出る。昼時の暖かい風が、私の頬を撫でてきた。
柵の前に立ったナタリーは、気持ちよさそうに目を閉じる。風に吹かれて、彼女の焦茶色の髪の毛がふわりと揺れた。
「ここからだと、イングラシアの景色が一望できるんだ。見てみて、灯。」
ナタリーにそう言われて、少し歩み出る。
そこには、一面に広がる、見慣れない街並みがあった。
カラフルな屋根。道を通る馬車。遠くには大きな城があって、この場所をテーマパークと勘違いしそうだった。
「...どう?綺麗でしょ。ここは。」
「うん。」
確かに綺麗だ。けれど、見慣れない街並みすぎるから、ちょっと萎縮している部分もある。
「ねえ、灯。もしかして灯は、知ってる?」
「......何を?」
「ううん、なんでもない。忘れて。」
ナタリーはそれきり、静かに黙ってしまった。時折空を見上げては、瞬きをし。風を浴びては目を細める。
私も、その言葉の真意が気になったけど、追求はしなかった。しても、教えてくれない気がしたから。
ナタリーと同じように、黙って、景色を眺めていた。