学園には、大きな図書室がある。
私が前いた世界とは比べ物にならないくらい大きくて、本の数もとても多い。常駐している司書さんが1人いて、あとはあまり人がいない。人がいないのにはきちんと訳がある。なぜなら、私が、他の生徒が授業をしている時間に、図書室に入り浸っているからだ。
ナタリーが前に言っていた様に、私たち異世界人に何かを教えられる先生は、まだ見つかっていないらしい。だから基本、教室で遊ぶか、本を読むか、寮に戻って寝るかしかない。アインは中庭で剣の練習をしていることがほとんど。ナタリーは教室で麗と一緒に遊んでいることが多い。
かくいう私は、こうやって1人で、図書室に入り浸っている。
他にも、理由はある。そう。“先生がいないなら、自分で学べばいいじゃない“という完全な持論だ。
実は。あのクラスの中で、“この世界の文字“がちゃんと読めるのは私だけみたいだ。言語?それはどうやらみんな“翻訳魔法“という簡単な魔法を使って、日頃会話しているみたいなので、支障はないらしい。
以前、“この世界の言語“をみんなでちゃんと学んでみないか、と言う案をアインが出して、それに麗が「今更無理だよ」と切り捨てた時に、この話題が出た。
しかしここで、ひとつ疑問が生じた。
私は、“翻訳魔法“を使ったことがないのに、“この世界の言語“が解るし、話せるし、読める。
なんで?
あの3人は、多分、私も翻訳魔法を使ってる、と思ってる。だって話していないから。
それに、話すのが怖い。私自身、なんで話せてるのか分からないし、もし私だけ、他の3人と何かが違うなら。
それが分かるのは、少しだけ、怖いから。
「あった。言語学の本。」
棚の上の方にあった、「スライムでもわかる!言語学のすゝめ」みたいなタイトルの本を手に取る。
適当に座ってページを開き、読んでいく。やっぱり、読める。
書いてあることは簡単。“この世界は共通語です“。なので、一言語覚えたらあとは大丈夫!さあ、覚えましょう!
著者を殴りたくなった。
ふう。一回深呼吸して落ち着く。
……そういえば、なんだけど。
どうして、私はこんなにも冷静なんだろう。
いや、前から結構冷静で、周囲から“大人っぽいね“とか結構言われたこともあるけれど。なんだか、この世界に来てから、それが格段に飛躍した。なんだか、冷静すぎる。
よく考えてみれば、召喚されたその日の夜に、超冷静に分析して、“ここは異世界です“って結論を出したこともおかしい。召喚された時に、周囲にいた大人たちを問い詰めることもせず、なぜか状況を受け入れて、されるがままにここまでやってきたことも、不可解だった。
普通の小学五年生なら。泣き喚いて、大人を問い詰めて、不安で夜眠れず。そして異世界だと分かれば、自分が“特別な存在“であることに心を躍らせるはず。帰還を願いながらも、普通だった自分が“勇者“になれる可能性を秘めるとすれば。傲慢になって、意地を張るだろう。
アインみたいに、剣を振って。麗みたいに派手に魔法を使うだろう。
……なんで、こんなにも、冷静なの?
問いが帰ってくることはない、無意味な自問自答。結局、全部自分で考えるしかないんだ。
その時、だった。
開いていた言語学の一文に、目が留まる。
“なお、一部例外は存在する。“
“例えば、みんな知っている一般常識《世界の言葉》なんかがそうだ。“
“《世界の言葉》は、この世界に来たばかりで、翻訳魔法を使用していない状態の異世界人でも、意味が理解できるという。“
“それはつまり、《世界の言葉》が使用しているのは、この世界の一般言語ではなく、生物全てに共通して理解できるようにしてある、謎の言語なんだろう。“
“…こう考えてはみたものの、これは著者の推測の域を出ないので、どうか真に受けないように。“
《世界の言葉》……?
翻訳魔法を介さずとも、異世界人でも理解できる、言語?
私はすぐに立ち上がって、辞書や辞典が置いてあるコーナーへ早歩きした。一冊の百科事典を取り、読む。目次を漁って__あった。
“《世界の言葉》“
“新たな能力を得た際に、その本人の脳内に響く声。周囲の者にも聞こえる場合がある。“
新たな、能力。
私の中で、パズルのピースが、ピッタリハマったような。そんな感覚がした。
召喚時。あの時は状況把握に必死で聞き流したけど、声を聞いたんだ。
どうして、忘れていたんだろう。《世界の言葉》は、ちゃんと言っていたのに。
“《確認しました。エクストラスキル『言語理解』を獲得しました。》“
って。
これ、だ。
理解した。思い出した。
本が手から滑り落ちかけて、慌ててキャッチする。百科事典を抱えて、そのまま、席に戻った。
落ち着いて。一つずつ、思い出していこう。
あの時聞こえた言葉は、これだけじゃなかったはずだ。
ジェットコースターみたいで、酔いそうとか思ったら、確か。『平衡感覚』を覚えた。
知能指数下がってるかな、とか考えたら、『知能』と、『思考加速』。
そして最後に、なにか、変なことが起きていた気がする。
確か。『言語理解』と、さっきの二つ。この三つを混ぜた。
いや、混ぜたというか、統合して。なんかスキルの名前が変化した気がする。
『理解者(ワカルモノ)』。
冷静だったのは、これのおかげで、これのせいだったんだ。
その日私は珍しく、もうそれ以上本を読まず、なにも考えず、寮の部屋に戻って、ふて寝した。
____
その後、私が学園に入ってきてから、ちょうど一ヶ月くらいが経った。
スキルについては、あまり考えたくなかった。さりげなく3人に、スキルの話をしてみたけど。3人とも、「《世界の言葉》って何?」から始まったから。3人とも、スキルは持っていないみたいだった。
私だけみたい。スキルを持っているのは。
違うことを悟られないように、それ以降も、私は通常通り振る舞った。図書室で本を読み、麗と遊び、ナタリーとお茶を飲んで、アインと一緒に少し体を動かしたりする。
楽しかった。
でも、スキルについて、考えたくなくても、頭は勝手に結論を出していく。
百科事典で、あえて目を背けた“ユニークスキル“の記述を、やっぱりいつの間にか私は目にしていた。
このスキル『理解者』は、“ユニークスキル“と呼ばれるもののようだった。簡潔に言えば、私だけの、特別なスキル。
召喚時に《世界の言葉》が告げたように、その能力は『言語理解』『知能』『思考加速』。どれも、普通は意図して使わなければならないスキルのようだったけれど。ユニークスキルに統合された故の特別性なのか、私の体感では、どれも常時発動型だった。
『言語理解』は言わずもがな。召喚時から無意識に発動させている。
『知能』。おかしなくらい冷静なのは多分これ。それに加えて、年不相応なくらい、たくさん推測したり、思考したり。そして、はっきりとした結論を出せる。絶対これのせい。
『思考加速』。通常の思考状態の、おそらく倍以上で、思考できるスキルだろう。どれくらい早くなっているのかは分からないけれど。でも、アインの素振りを見ていて、遅いなとか思っていたのは、多分こいつが原因だ。
結論。私の思考を補助するスキル、ということ。あくまでこれは主体が“私“なので、AIのように答えを教えてくれるわけじゃない。私が推測可能な範囲・知識・思考において、このスキルが発動してる。多分そう。
「灯お姉ちゃん、あーそぼ!」
「うん、いいよ。」
麗に誘われて、中庭へ出る。
木漏れ日が頬を撫でて、風がそよぐ。隣の教室からは授業をする先生の声が聞こえた。
麗は「鬼ごっこね。灯お姉ちゃんが鬼ー」と言って、きゃあきゃあ言って走っていく。ナタリーは教室の窓際からそれを微笑ましく眺めていて、アインは木陰で休憩しながら「走りすぎたら転ぶぞー」と言って声をかけていた。
なんだか少し、この状況が嬉しくなって。少しほおが緩む。待てー、とか言いながら、歩幅を狭めた小走りで、麗を追いかける。
あと少しで、麗の背にタッチできるかな。と思った時に。
「けほ。」
ほんの、小さな音。とてもとても、小さな、咳。
教室の方の窓から聞こえた。
足が一瞬止まり、伸ばした手は空を切る。
視線を窓際に向けても、そこには微笑むナタリーしかいない。
けれど、皮肉にも『思考加速』が時間を引き延ばしている。微笑むナタリーの眉間に、少しだけ、皺が寄っているのが見えた。
咳をしたのは、ナタリーだ。
そういえば、ここのところ、ナタリーが外へ出て遊ぶ頻度が、少し減ったような気がする。前までは麗が誘いに来る前に、ナタリー自ら麗を連れて外へ出ていたはず。
ただの体調不良なら、それでいい。
でも、体調不良なら、ナタリーは寮の部屋から出ないはずだ。もしも何かの病気だったとして、ナタリーはそれを私たちに移さないようにするため、教室へは来ないはずだから。
体調不良じゃない。なら、あの咳はなんだ。
ただむせただけと考えたい。のに、私が積み重ねてきたものが、それを否定している。
学園に入ってきた初日。ナタリーは屋上で私に、意味深な問いかけをした。
“「ねえ、灯。もしかして灯は、知ってる?」“
思えば、おかしなことはいくつもあった。
私たちが“勇者の卵“だというなら、各国にはそれ相応の実力者や異世界人がいるはず。だから、戦闘・知識など諸々、“先生“になれる人材はいくらでもいるはずだ。学園にだって普通に先生はいるのに、こちらの教室に入ってこないし、私たちに見向きもしない。
“勇者の卵“なら、早期教育したほうが、国家の将来的戦力としても有益なはずなのに。
あと、麗の魔法だって、威力がおかしい。本人は火の玉だと言っているのに、そのサイズは私が片腕を広げたくらいのサイズがある。アインだって、私より少し年上の少年とは思えない動きをすることがある。『思考加速』で時間が引き延ばされていたとしても、アインの動きは、偶然見かけた他クラスの模擬戦なんかより、圧倒的に速かった。
それに、どうしてこのクラスには私含めて“4人“しかいないのか。
異世界人の召喚はかなり頻繁に行われていると、本に書かれてあった。召喚されるのは、何も大人だけではないはずだ。私たちみたいな子供が呼ばれることだってあるだろうし、結構な人数呼ばれているはず。
ナタリーより、年上の子も、いていいんじゃないかな。クラスの人数が、10人くらいいてもおかしくないんじゃないかな。
学園に入れず、召喚した子供を国家で教育して戦力にするというなら、これもまたおかしい。
麗は強力な魔法が使えて、アインは強い。なのに、どうして、国家で教育されずにここにいるんだろう?もしかしたら、2人の召喚国はイングラシア王国なのかもしれないけれど、まだ疑問は残る。
私だ。
私はファルムス王国で召喚された。
経済・軍事・政治の三拍子そろった名高い大国。そこで召喚されて、一番初めに言われた言葉が「なんだ、子供か。」だった。
即戦力になるような、大人を望んでいたかもしれないけれど、それはそれでおかしい。
子供だからって、即座に追い出す理由がないだろう。洗脳でもなんでもして、異世界の知識を引き出すとか。戦闘技術を幼いうちから叩き込んでおくとか。召喚された異世界人は召喚した者に絶対服従らしいのに、それを利用せずに追い出した理由はなんだ。
__わかってる。わかってるけど、結論を出したくない。
「……?どうしたんだよ、灯。急に止まって。惜しかったのに。」
『思考加速』で引き延ばされた時間に、現実がやっと追いついた。アインが声をかけてきた。急にぴたりと動きを止めた私を不審がったんだろう。
「あ…ううん。なんでもない。」
笑顔を作って、また小走りを始める。小さな麗の背中を追いかけて。
優しく温かい風が吹き抜ける。なのに、ちっとも優しく思えない。ナイフが飛んできていて、グサグサそれが刺さっていってるみたいだった。
やっぱり、その間に、結論を出してしまった。
“「もって五年だろ?どうすんだよ、こいつ。」“
私たちは。召喚された子供は、おそらく、5年以上生きられない。