学園寮の夜は、とても静かだ。
私たちのクラスと、他の生徒たちが寝泊まりしている部屋は、階が違う。少し広めの最上階に、私たち4人にそれぞれ、部屋がある。
他の階には教師たちが夜間の見回りに来ることもあるみたいだけど、私たちの階にはほとんど来ない。行くのが面倒くさいというより、多分、どこか憐れまれているからだろう。この間、理解してしまったことを踏まえたら、いろいろなことが見えてきた。
これも、そのうちの一つ。
教師たちは、私たちの寿命について知っている。
前から変に思っていたんだ。何も言ってこないし、なんなら、気まずそうな視線を向けられる。異世界人だからだと思っていたけれど、それにプラスして、寿命というデリケートな話題が入ってくるんだから、子供達を相手にする教師たちにとって、非常に触れにくい話題だろう。
そして、まだある。
ナタリーとアインは、おそらくこの事実を知っている。
ナタリーが私たち異世界人のことを“勇者の卵“と呼ぶのは、絶望的な将来への可能性と、希望。それに、麗と私に対しての事実の隠蔽を兼ねていたからだ。
……どんどん、推理が完成していくような気がする。
今まで見てみぬふりをしていた違和感に、全部理由をつけていっているような。
反論を自ら潰していく不快感。でも、しなきゃいけないという義務感。
自室のベッドに寝転がって、木目の天井を見上げる。つい最近まで見慣れていたその天井が、今やなんとなく恨めしい。睨んでも睨んでも、こっちを向くことはない。ただそこにあるだけ。
そんな時。こんこん、と控えめに扉を叩く音が聞こえた。
「…はい。」
「灯。今、大丈夫?」
そこにいたのは、パジャマ姿で、薄いカーディガンを羽織ったナタリーだった。
____
「急にごめん、押しかけちゃって。」
2人で並んでベッドに座った。きい、とベッドが軋む音でさえ、今は妙に大きく聞こえる。
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
「あのね。」
ナタリーはそう一呼吸置いてから、いつものような微笑みとは違う。どこか、哀愁のある笑みで、私にこう言った。
「灯はさ、やっぱり。知ってるよね。」
喉の奥が詰まって、声にならなかった。返事をすることさえ、できない。
瞬きすらせずに、視線をナタリーから外して、少し伏せた。
ナタリーにはそれで十分だったのだろう。私の返事を受け取ったみたいだった。
「やっぱり、不思議に思っちゃうよね。仕方ないよ。」
「……。」
返答できない。ナタリーの言っていることは分かるのに。どうしてか、声の温度がわからない。冷静なはずなのに。どこか、心の奥底で何かが引っかかっていた。
「......少し、話してもいい?」
「わたしが勝手に、話すだけだけど。飽きたり、聞きたくなかったら。出て行ってって言ってね。」
私は小さく頷いて、視線を逸らしたままにした。けれど。意識と感覚はすべて、ナタリーの息遣い一つにまで向けられていた。
「......“勇者の卵”って、言ったでしょ。わたし。」
「ある意味正解だけど、実はちょっと、違うの。」
ナタリーは一拍置いてから、続ける。
「これは、わたしの予想なんだけどね。」
「わたしたちは、この世界に適応できてないの。きっと。」
部屋に、沈黙が横たわる。耳の奥で何度もその言葉が反芻されて、喉がぐっと詰まった。
「わたしは難しいことを知らないから、予想でしか話せないんだけど。」
「多分、長くて、五年。」
なんて言えばいいのかもわからず、気の利いた言葉も出てこない。
気づけば、指の関節が白くなるまで、服の裾を握りしめていた。
少し冷え込んだ夜中の部屋。ナタリーがひとつ身震いをして、布擦れの音が小さく、けれど大きく残る。
「わたしがここにきた時にね。このクラスは、私含めて“四人”いたの。」
それが、意味するのは。
つまり、つまり______
「アインが来る少し前に、二人。麗のくる前に、一人。」
「弱っていって。」
「.........。」
沈黙が重たく、二人の間にのしかかった。
「......麗のくる前の、その人は。最期のときに、笑ってたんだ。」
「“俺が最長記録だー”って。五年と、二ヶ月。」
わざとらしく声を明るめにして、ナタリーは語る。
「アインと仲がよくって。とっても、優しくて、強い人だった。」
ナタリーはそっと上を向いて、懐かしむように目を細める。それから、目線を一度落とした。
服の裾を握っていた私の手に、ナタリーはそっと手を添える。
その温度が、ひどくあたたかい。
「......今日、わたしが話に来たのはね。」
「ありがとう、って言いたかったからなの。」
脈絡の読めないその話に、私は顔を上げる。ナタリーは柔らかく微笑んでいた。
「わたしとアインは、麗に隠してる。灯はそのことを知ってて、一緒に隠してくれたでしょ。」
「その、お礼。」
____違う。
隠した、のは。バレるのが怖かったから。
具体的な情報も無しに、その結論まで辿り着けるのは、異端だと思ったから。
ここに来て、また、離れるのは嫌だったから。
「ち、がうよ。ナタリー。」
「ううん、違わない。」
「でも。」
「ううん、違わないの。」
「灯がなんで、そんなに不安そうで泣きそうな顔をしてるのかは知らないけれど、でもね。」
ナタリーはそう言ってから、私の頬に優しく手を添える。
「灯がとっても賢い子で、実は誰よりも強い子だって。わたしは知ってる。」
「図書室で難しい本読んでたり、アインと二人で、たまに剣の訓練してたり。全部、知ってるよ。」
「だからね、ありがとう。」
「今の灯がたとえ、性格がすべて演技だったとか。すごい能力を隠し持ってたとかであっても、関係なく。今の灯にありがとうって言うよ。」
「言わせて。ね?」
ナタリーの指の腹が、私の目の下を、そっと拭った。