「灯ー、こっちこっち!」
「まってよアイン。急ぎすぎだって。」
私とアインは今日、学園を出て、冒険者の職業体験のようなものをすることになった。
きっかけは、この前優樹さんが顔を出してくれた時。
アインが優樹さんに“冒険者の仕事を体験してみたい”と頼み込んで、これが実現した。なお、ナタリーと麗は別の職業体験に行ってみるらしく、私たち二人だけ。
そして現在地は、自由組合本部の目の前である。
「......ん?嬢ちゃんじゃねえか。」
アインと二人で大きな建物を見上げていると、背後から声が掛かる。聞いたことのあるその声に振り返ると、案の定。
「バルさん。お久しぶりです。」
私をファルムスからここまで護送してくれた、あの冒険者さん。なんでここに...と思ったが、確か彼は、こことファルムスを拠点にしていると言っていたっけ。
「灯、知り合い?」
「うん。学園にくる前に、ちょっとお世話になったの。」
耳打ちしてきたアインに、そう答える。アインはバルさんが腰に下げている剣を見て、それからバルさんの後ろにいる二人の冒険者を見て。目を輝かせた。
バルさんの後ろには、狩人らしき格好の人と、紫色のローブを羽織った、明らかに魔法使いっぽい人がいる。バルさんのパーティメンバーなのかな?
「そういや、嬢ちゃんの名前、ずっと聞いてなかったんだよな。名前、聞いても良いか?ついでに、こいつらも紹介するから。」
そう言って、バルさんはニカっと笑いながら、親指で背後を指差した。
「そうでした...っけ。」
「えっと。灯って言います。」
私は、バルさんの背後で狼狽える(推定)パーティメンバーの人達も視界に収めながら、名乗って、少しお辞儀をした。
「僕は...アインです。」
「おう、よろしくな。アカリに、アイン。」
バルさんはそう言った後、私たちの頭を優しく撫でてくれる。そして、背後の二人に視線を移して。
「ほら、二人とも。自己紹介くらいしろ。今日の同行者のお二人さんだぞ?」
「あ、え...?学園の生徒って聞いてはいたんですけど、この子達なんですか?」
「そりゃあそうだろ。組合本部前で突っ立ってる子なんて中々居ないだろ。」
「......。」
「ほら。さっさと自己紹介自己紹介。」
二人はバルさんに背を押されて、一歩私たちの前に出る。
数秒の沈黙ののち、魔法使いっぽい人が口を開いた。
「あ、あの......。えと、ラウ・モーメントっていいます。魔法使い、やってます。よろしく、お願いします。」
杖をきゅうと握りしめて、ラウさんは深くお辞儀をした。
「......リョーシャ。狩人。よろしく。」
リョーシャさんはそう短く言った後に、私たち二人にそっと握手を求めた。
「「よろしくお願いします。」」
私とアインは一度顔を見合わせ、そう言ってから。リョーシャさんの手を取り、ラウさんに笑いかけた。
_______
そして、やってきました薬草採取。
今回私たちがバルさんたちと行う依頼は、薬草の採取。下級の回復薬(ポーション)に利用できる薬草を、イングラシアの首都から少し離れた、小さな原っぱで採取するというものだ。
私とアインは武器として、短剣をバルさんに貸してもらった。これを使って採取し、もしかしたらあり得るかもしれない戦闘をする。
まあ、アインは真剣を持参してきているようだけれど。
「この辺はスライムくらいしか出ない。危険なモンスターが現れるとかは滅多にないが、用心に越したことはない。一応気を配っておけよ、アカリ、アイン。」
街の門を出て、歩くこと数分。だんだんと道が草だけになり、いよいよ外、って感じだ。
吹き抜ける風が心地よく、周囲にはぽつぽつと低木が生えているくらいで、遮蔽物は何もない。
「今日はいい風ですね......。風魔法の調子も、心なしか良いかも...。」
「ははは、薬草がたくさん見つかりそうだしな。」
ラウさんが空を見ながら嬉しそうに呟いて、リョーシャさんは風を浴びて目を細めている。バルさんは私たち二人を見てから、「頼りにしてるぜ」と笑った。
「えと、アカリちゃん。その草は、違う種類の草、かな。」
「...?葉っぱの形も模様も一緒ですよ?」
私たちは草むらに身を屈めて、薬草を探していた。薬草を見つけて、短剣で切って、麻袋にぽいぽい入れていく作業。単純だけど、どこか楽しい。
そう思っていたら、ラウさんが横からそっと声をかけてきた。
「えとね。ぼくらが集めてるのは、この薬草。茎の部分、アカリちゃんが持ってるのと、見比べてみて。」
ラウさんが持っている薬草と、私が今手にしている薬草。どこが違うのだろう______
あ。
「私のは、茎に、薄い横線が入ってる。」
「そう。よーく見ないとわからないから、ぼくらでも間違っちゃうんだ。」
私は今持っている薬草をそっと持ち上げ、太陽にかざす。茎に確かに、薄い横縞の線がいくつか入っている。ラウさんが持っているのは、そんなものは入っていない、真緑。
ラウさんは少し微笑んだ後に、私の隣に恐る恐るしゃがんで、一緒に薬草探しを始めた。
そのあとは、豊作だった。全員で手分けしつつ、雑草の中から選りすぐって、私の腕くらいの麻袋に、いっぱい入るくらいは見つかった。
「おし。これで依頼は達成。達成どころか、追加報酬も貰えそうな量だな。」
バルさんが麻袋の口を縛って閉じて、担いだその時だった。
「......いる。」
リョーシャさんが口を開き、背から素早く弓を取り、矢を番えた。
空気が張り詰めて、一気に雰囲気は臨戦体制へと移り変わる。
私の隣にいたラウさんが、杖に額をちいさくくっつけて、何やら呟く。オレンジ色の魔法陣がふわりと展開し、私たち全員をやさしく包んだ。
「防御バフか、さんきゅ。」
「......前方、三。後方、一。左右にニずつ。全部、スライム程度。」
「おし、じゃあ戦闘開始といくか。リョーシャ、支援任せた。」
そしてバルさんは剣を抜いてから、アインに目配せをして。
「アイン。一緒に戦ってみるか?」
アインが息を飲んだのが、私から見てもわかった。
「......いいの?」
「ああ。そのための、職業体験だろ?大丈夫。怪我はさせねえから。」
「......うん!」
アインは力強く頷いてから、剣を抜いた。鈍い銀色が太陽を反射して、眩しく映る。
アインとバルさんは、息を合わせるようにして踏み込んだ。
_____
アインに歩調を合わせるようにしながら、バルさんが踏み込む。アインは少し大ぶりになりながら、剣を振り翳した。
スライムはそこまで知能がないのか、大ぶりになったアインの隙をついてくるようなことはしてこない。
バルさんがアインの死角をカバーするように動いている。そしてリョーシャさんは、いつでも矢を放てるようにじっと戦闘を見ていた。
私は腰に下げた短剣を小さく握ってから、目の前の戦況を見ていた。
圧倒的な優勢。そして、『思考加速』で引き伸ばされた、遅い戦闘。私があの攻撃を避けられるかと聞かれれば、微妙だけれど。
思考が早いだけで、肉体の反応速度が上がっているわけではないのだ。
そして、戦闘は案外あっけなく終了した。スライム数体相手だから、当たり前といえばそうなのだが。
「ふ...ぅぅ...魔物はやっぱり、心臓に悪いぃ。」
最後のスライムに、アインがトドメを刺した瞬間。ラウさんはへなへなと地面にへたり込んだ。
「お疲れさん、アイン。剣筋良かったぞ。」
「...!はい、ありがとう、ございます!」
アインは剣を鞘にしまいながら、頬をゆるませて、嬉しそうに笑った。
______
「......なあ、灯。今日さ、すごく楽しかった。」
学園までの帰路。夕暮れ時で影が伸び、街では店じまいが始まっていた。
アインは私にだけ聞こえるくらいの小さな声で、ぽつぽつと話し始めた。
「バルさん、あの人は相当な手練れだった。別れる直前まで、剣筋のアドバイスくれたんだ。他の大人と違って威張らないし、怒らないし。」
「......やりたいこと、やらせてくれたし。」
アインは服の裾を掴みながら、そう溢す。私たちの歩幅は、少し短くなっていた。
「灯はさ。気づいてるんだろ?僕とナタリーが、麗にずっと隠し事してること。」
私の喉が、少しだけ鳴る。すぐに言葉を返せず、何か言おうと思ったら、アインは話を続けた。
「ナタリーがこの間、言ってたんだよ。“バレちゃった”って。」
「別に、僕らは怒ってるわけじゃないし、責めてるわけでもない。」
「知っちゃったから、変わることもあるけどさ。」
「変わんないこともあるじゃん。今日みたいに。」
アインは私より数歩前に出てから、立ち止まる。そして振り返って、私と目を合わせた。
「嬉しかったんだ。冒険者体験できたのもさ。灯が、ナタリーたちのとこじゃなくて、僕のとこに着いてきてくれたこととか。」
「知っても、灯はなにも、変わんなかった。」
「......あの人と一緒だ。灯は、優しいよ。」
あの人って誰、と問い返す前に、アインがぎこちない笑みを作る。
「麗がくる前にさ、一番長生きした人が居たんだ。」
「親父ギャグが好きで、いつもスベってたけど、でも。すっごい強くて、優しい人だった。」
「灯とおなじ、日本の人でさ。サムライとか、ニンジャとか好きだったんだ。僕らは、ショウって呼んでた。名前、書いてくれたんだけど。僕ら、漢字読めなくて。」
「......灯もさ、漢字、あるの?」
唐突な話題の飛躍に驚きながら、でも、頷いた。道に落ちていた小石を拾って。街道から少し逸れた、土のある地面にしゃがみ込んで。ガリガリと書いた。
「...それが、灯。」
「うん。火を、ともす。明るくする、って意味。」
アインはしばらく、その文字をじっと見つめて。
「なんか、いいな。」
「あんまり上手く、言葉にできないけどさ。」
「知れて、良かった。」
私を見ながら、微笑んだ。