「ねえ聞いて聞いて、灯お姉ちゃんー。」
職業体験の翌朝。教室に入るなり、麗が突撃してきた。腹部に甚大なダメージ。なんとか堪えて続きを促す。
「どうしたの?」
「あのねあのね。昨日、ナタリーお姉ちゃんと一緒にお洋服作ったの!これ!」
麗はにっこり笑って、私から数歩離れてからくるりとその場で回る。
かわいいピンクの花がところどころについた、かわいいフリルのワンピース。ふわりと裾が揺れて、麗はまるで小さなお姫様みたいだった。
「わあ、それを作ったの?すごいね。よく似合ってる、かわいいよ。」
「えっへへー。二人で頑張ったのー!」
麗は照れながらも、嬉しそうにワンピースを見つめた。
「ふぁぁ、おはよー。」
「おはよう、二人とも。」
そうしている間に、背後から声がかかる。明らかに寝起きのアインとナタリーが教室に入ってきた。
「おはよー。ナタリーお姉ちゃん、アインお兄ちゃん!」
「あ、麗。それ着てくれたんだ。」
「もしかしてそれ、職業体験のやつ?」
麗はその場でぴょんぴょん跳ねながら、「そうなのー」と笑う。
「あのね、それでねー。来年はナタリーお姉ちゃんと、お揃いのを作るの!約束したんだー。」
麗のその言葉を、三人が理解した途端に、一度空気が硬くなった。麗に気づかれないほど、一瞬。
「そうなの。ねー?」
「ねー!」
ナタリーと麗は顔を見合わせて、嬉しそうに笑う。麗は無邪気に笑っていて、ナタリーもまたそれに釣られて笑っている。目の奥に、どこか寂しさを滲ませながら。
___
「灯お姉ちゃんー。」
お昼頃。運動後に木陰で寝そべって、ぼんやりと空を眺めていたら、麗が私の視界にぴょこりと顔を出した。
「本、読んで欲しいの。」
麗は寝そべる私の隣にちょこんと座って、一冊の本を私に見せた。
それは、麗が普段読んでいるような絵本ではなく、普通の小説。
「......これを?」
「うん。」
少し驚いて、何度か瞬きをしながら麗を見る。麗はいつもより少し、真剣な表情をしていた。
体を起こして本を受け取り、タイトルに目を通す。
“亡国の姫君と勇者様”
「...麗はどんなお話か、知ってるの?」
「ううん、知らない。でもね、絵が綺麗だったから。」
麗はパラパラとページをめくり、一枚の挿絵を指差した。
中世ヨーロッパの人物画を思わせるような絵で、女の人が泣いていて、男の人がそれを後ろから抱きしめている。
「......私も気になってきちゃった。一緒に読もっか。」
「うん!」
麗を膝に座らせて、私はページをめくる。そっと口に出して、読み始めた。
本の内容は、こんな感じだった。
【ある大国で、勇者と呼ばれる男がいた。】
【その勇者は大国に属しており、勇者は大国に命ぜられるままに動き、それに対して何の疑問も抱いていなかった。】
【そんなある日だった。】
【勇者は城下町で、みすぼらしい格好をしたまま、路地裏でうずくまる一人の少女を見かけた。勇者は近寄って声をかける。】
【そして、勇者はその少女に、恋をしてしまったのだ。】
【その少女こそが、この間勇者が滅ぼした小国の姫だったというのに。】
「......お姫様、かわいそう。」
【勇者は姫を口説き、自分の家に住まわせ、周囲にバレることのないように、姫を隠した。】
......ちょっと、麗の本の選択は、だいぶまずかったのかもしれない。内容的に。
【そして、勇者の無償の愛を目いっぱい浴びた姫はいつしか、親の仇でもあるはずの勇者を拒めなくなっていた。】
私は読み終わって、本をパタリと閉じた。もう夕暮れに差し掛かっている。木陰にいたはずなのに、いつの間にかここが日向になっていた。
「......。」
「......灯お姉ちゃん、結局、どういうことー?」
「あー...。」
麗がくいくいと袖を引っ張って、キラキラした目を向けてきた。
私はとても、言葉に迷った。なんて言えばいいのか。
ありのままを伝えるべきか。それとも、少しオブラートに包むべきか。もしくは、嘘をつくか。
「教えてよー。」
「えーっと。」
私が言葉を濁したその時。
「麗ー、灯ー。もうそろそろ寮に戻れってさー。」
アインの声が教室の窓から聞こえてきた。身を乗り出して、こちらに呼びかけている。
ナイスタイミング!!
「はーい。麗、行こ。この話はまた今度ね。」
「んー...はあい。」
私と麗は夕日を背に、寮へ戻って行った。
日が沈み切り、月が昇った頃には、麗はもうきっと、その約束なんか忘れて、ぐっすり夢の中だろうな。とも思った。