ヒトカラ中に乱入してきた謎の女は、自称元歌手らしい。 作:カルパス
一対一の、スローペースで進む恋愛ものがすごくすごく好きなんです。
文章の練習用に、不定期でやっていきます。
ヒトカラの時、店員が入ってきた時にどう振る舞うか、という問題提起については、世の中的にはさまざまな議論が交わしつくされている。
歌うのをやめて、感謝の言葉と共に机に頼んだものを載せるのを手伝ってあげる、その存在自体を気にせず歌い続ける、単純に恥ずかしくてゴニョゴニョ歌う、タイプの店員であれば「俺の歌どう?」と言わんばかりに気合い入れて歌う、に至るまで選択肢は様々だ。
高校生活でのストレス発散も兼ねて、歌うことが好きな俺──
店員が入ってくることによる気恥ずかしさなどとうに捨て去り、そもそもいないものとして扱い歌い続ける、の選択肢に落ち着いていた。歌うことに集中できる日などは、そもそも店員が入ってきたことにすら気づかず、突然山盛りのポテトが現れ、すわ魔法か!?と驚くこともしばしば。
で、今日はそんな集中して歌える調子の良い日にヒトカラに来て、今しがた気持ちよく一曲歌い終えたわけだが、
「めちゃくちゃ癖強いし、正直あんま上手くないけど、とっても良い声だねえ、君」
店員でも山盛りポテトでもなく、隣に美女がいた。
魔法だ。
「────」
落ち着け。テンパってるがギリギリ悲鳴を抑えている。偉いぞ。
ヒトカラにおいて、店員以外に部屋に入ってくるケースなど、単純に部屋番号を間違えて他のお客が入ってくる以外は大抵ありえない。しかもその場合は、間違えたことにすぐ気づき、あっすいませんとドアを閉めて正しい部屋にGO、のはずだ。
つまり、この人はいつ入ってきたのかはわからないが、俺が歌い終わるまでずっとこの部屋にいて聴いていたというわけで。知り合いでもないのに。アグレッシブな幽霊という可能性も捨てきれないが。
「へ、部屋間違えてますよ」
「いや、あまりにも癖強くて原曲の面影ないのに、声が良いのがおもろくて聴いちゃってた」
「あ、左様ですか…」
会話成立してるし、生きてる人だよなぁ、
しかもこの人、思い立ったがなんとやらの行動力ある、おそらく苦手なタイプだ。
こっち視点からすると怖すぎる。
相手の顔色や
逆ナンなのか?まだそっちの方が怖くない。
何よりこっちを馬鹿にしてんのか褒めてんのかわからなくて、ものすごく反応に困る。俺、癖強いのか…
「しゃくりの回数おかしいことになってるし、歌ってる時、手が縦横無尽にタコみたいに動いてるし、隙あらばビブラートするし」
「いや、採点ゲームで高得点取りたいという気持ちがありすぎて、多分今の形に…」
「あー、なるほどね。
まぁ確かに、高得点ではあるか」
備え付きのテレビに映された採点ゲームの点数は96点。数字だけ見ればいい線いってる点数ではある。
「歌ってるというよりかは、ゲームを良い結果でクリアするために音を出している、と言えるのかな。君の場合は」
「客観的に評価してくれる人も今までいなかったんで、せめて機械には褒めてもらおうと…」
「あらら、癖強にはそんな悲しい背景が。
友達とかは言ってくれなかったわけだ」
「友達でも上手くない、とか癖強すぎる、とかって中々人に言えることじゃないと思うんですが」
普通に会話してしまっている。状況の奇特さは変わらないが、少し落ち着いてきた。
決してカラオケに行ってくれる友達が全くいないからヒトカラに行っているわけじゃない。みんなで楽しく、騒ぐ怪獣のやつとか、夏が始まるやつとか、合唱したことだってあるのだ。
あえて、
にしても、明け透けすぎないかこの人。
会話する度に最初の感想を復唱して、こっちのささやかな自尊心を削いでくるぞ。
「いや、君の場合は癖の強さがおもろい方向に振り切ってるから。今まで君と一緒にカラオケ行った人も、真剣に歌ってはいるし突っ込みたい気分を表に出すのを堪えてたんじゃないかな。
タコみたいに手動いてて怖いし」
「タコ…タコかぁ」
自分の体の認識していなかった身勝手さにかなりの衝撃を受けていると、女性が声を出して楽しそうに笑う。
「歌ってる時の体の動きって、無意識なことも多いからね」
別にライブをして来てくれた人たちに披露する、等ということがあるわけはないので、客観的な意見を誰かに求めることは今までなかった。が、それはそれとして、しゃくりやビブラートを多用しすぎる軟体的な動きの一人客というのは些か──いつも対応してくれる店員さんは、何を思って俺に山盛りポテトを供給してくれていたんだろう。こいついっつも来るけどいっつもタコみたいな動きしてんな、とか思われてたんだろうか。
回数だけは重ねて、カラオケの点数で一喜一憂していた自分が恥ずかしい。
どんなに点数が高くても、タコでは駄目なのだ。アクの強いタコとか陰で言われてたらどうしよう。
「まあ癖の強さだけなら、ただ面白いってだけで、私も部屋に入って来てまで聴こうとは思わなかったんだけどねー」
興味深そうな目線を隣から向けられる。
混乱していたせいで気づくのが遅れたが、とんでもない美人だ。俺と同じ高校生、ということはないだろう。大学生か、その辺りのように思える。
鋭さを感じさせる猫のような
顔周りを囲む内巻きの短い髪と、細かく毛先がうねる少し肩にかかるぐらいの外ハネの後ろ髪が、とても印象的だ。それらを際立たせるように、艶やかな黒髪は、徐々に
一見無造作に見えて、全体で見ると一定の
「声がとても良い。君は」
耳に響く音が、抽出されたように大きくなる。気づけば、音もなく眩しい美貌が眼球を焼く距離にまで接近してきている。
なんというか、本当に変な人だな。
「惹きつけられたんだ。
上手くはない。やりすぎたV系みたいに癖強い。
でもね、その声に私の足は止めさせられた」
首を傾げ、こちらを何もかも見透かすように向けられた瞳。少しだけ低く、凛としているのに、どこか儚さを感じさせる声で、淡々と分析するように言葉を紡いでくる。
「とても好きだな。君から出る音が」
吸い込まれそうな青い光に釘付けになった意識が、冷たい感触によって引き戻される。
喉だ。彼女の指が触れている。
あるいは単に絶世の美女とお近づきなったことで、俺の体が
柔らかい指先が、骨ばった喉仏を撫でる。中身まで見透かすような視線と、ほのかに甘い異性の香りに硬直してしまう。
役得ではあるが、あまり触られたことのない急所を、密室で見ず知らずの他人に委ねる、というのはたとえ美しい女性であっても怖さがある。
「──というか、ほんと、どなたですか」
情動と恐怖から逃げるために距離を空けながら、
彼女はそんな俺を見て少し悪戯げな子供っぽい笑みを形作る。
「ただの通りすがりの者だよー
廊下歩いてたら、たまたま耳に入って、近くで聴きたいなと思っただけ」
「そのおかげで、俺は今どうしたらいいのか、心の底からわかりません」
「ごめんごめん。
私はただ見ず知らずの君に、わざわざ不審者めいたことをしてまで、自分が思ったことを伝えたかっただけなんだ」
「声はいいけど下手でタコだ、ってですか?」
「あは、卑屈だねえ。
声が良い、っていうのが何より重要なんだよ」
好き勝手に言われて、あまり良い気はしていなかったのが態度に出ていたのか、女性はどうどう、と言わんばかりに両手を軽く上げる。
「声っていうのは楽器だから。
世界には数十億以上の楽器が転がってて、歌に限らず、誰もが日常的にそれぞれの楽器を手に取って使うことが当たり前になってる。
しかも声は、一つとして同じ音色の楽器が共存しない。人の数だけ声があり、楽器がある」
自身の喉と、俺の喉とを交互に指差しながら、流れるような美しい声音が流れていく。
「その中から、人は自分の惹かれる声をいくつも見つけていくんだ。好きなアーティストとか、声優とか。この先生の授業は眠くなるなー、なんていうのも、好ましい音色で心地良いから、って理由があるのかもしれない。
──つまり君が私を誘惑してきて、どタイプだったのでまんまとその誘いにのってしまったわけです」
女性らしい起伏に富んだ体を、嘆くように両腕で覆いながら、理解してくれたかな、と整った顔がこちらを伺うように少し悩ましげに傾けられる。
さっきから誘惑をしてくるのはそっちだろうが。
「人を惹きつける声があるから、自信持って、的なやつですか?」
「んー、歌に関しては自信持つともっとおもろい方向にいっちゃうかも」
「ぐうっ」
「こういう言い方はあまり好きじゃないんだけど、歌が上手くなりたい、ってことなら今のやり方はおすすめしないかな」
「じゃあ、どんな方法があるんですか。
そもそも、なんで自然に教える側の意見なんですか。俺、あなたの歌も聴いたことないのに」
そう、目を奪われる美貌のせいで忘れそうになるが、これまで彼女が言っていることだけ見れば、一般人のくせに専門家ぶる知識ひけらかしちゃう声フェチ、が妥当なところだ。
プロ、あるいはプロ並みに上手い人ならともかく、見ず知らずの通りすがりにボロクソ言われる筋合いはない。
「あー、私一応プロだったから。
そんじゃ、店員さんにバレてもめんどいし、とりあえず今日は帰るわ!
君、名前は?」
「えっ、いやいやちょっ──青峰です!青峰詠一!」
引き止めかけ、反射的に名乗ってしまう。
プロ、という言葉には大いに興味を惹かれるが、情報のない変人とこれ以上の関わりを避けろと、引き留める言葉がうまく出てこない。
その間に彼女は弾むように、軽やかな足取りで押し戸の扉へと向かっていき、背中で扉を開きながら、猫のような瞳を細めてひらひらと手を振っている。
その隙間から、薄暗いカラオケ室に廊下の真っ白な照明が少し差し込み、背を向ける彼女の群青の髪端が光る水面のように透き通る。
「青峰くんね!
私、好きな声を拾うことには自信あるからさ、また押しかけちゃったらよろしくね?」
それじゃ、とこちらが声をかける間も無く、闖入者は退室していく。
残されたのは、ただただ戸惑う俺一人。
嵐だった。対応に精一杯で、最後まで理解に
青峰詠一、17歳。男子校で育ち、春らしい春も迎えることもなかった2年目の夏には、あまりにも刺激的で、気疲れする一時の出来事だ。
「…」
一応、財布と携帯が盗まれていないか確認した。