料理人と娼婦、時々ギルドマン   作:オシドリ

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13.パンとアヒージョと

 開店前の昼時。

 カランカラン、とドアベルが鳴った。

 

「おーす、フィオナいるかー?」

 

 同時に呼びかける声が聞こえ、厨房から顔を出した。モングレルだった。

 

「珍しいですね、こっちが呼んでもないのに来るとは。もしかして、ついに私を買う気になりましたかまだ営業時間前ですけど準備ならすぐにしますのでちょっと一緒に二階の部屋へ行きましょうか」

「ちげーよ、色ボケかお前は。何で俺を見るなり──って服を脱ごうとするな。シアラさんが怖いからやめろください」

 

 モングレルは服のボタンに手を掛けたフィオナを見て慌てて制した。ただ、しっかり胸を見ていた。

 シアラに後ろから見られているのを察しながら、モングレルは持ってきた袋を卓へ置いた。

 

「冗談半分ですよ」

「半分本気じゃねーか……」モングレルは呆れたように言った。

「で、これを見てくれ。どう思う?」

「すごく……白いです……。って、上物の小麦粉ですか」

 

 口を開いた袋を覗き込み、フィオナの目がわずかに見開かれる。袋から指先で粉をすくい、軽く擦り合わせる。粒子は細かく、石臼挽き特有のざらつきもほとんどない。しっかり篩ってある証拠だ。

 

「結構高いやつですよ。どうしたんです、これ」

 

 この世界で日常的に食べられているのは黒パン、ライ麦パンである。

 ハルぺリア王国は農業国だが、冬は積雪する寒冷地だ。時に遠くに霞んで見えるラトレイユ連峰にオーロラがかかることもある。そのためか、生産される穀物も寒さに強いライ麦や大麦、燕麦が多い。

 パンも石臼で粗く挽いたライ麦や大麦を使うため膨らまず、ずっしりと重たく身が詰まったパンとなる。

 味も酸味が強く、粒も粗い。製粉技術の限界から砂が混じることも珍しくなく、小麦そのものも現代ほど洗練されてはいない。

 だからこそ、これほど白く精製された小麦粉は貴重だった。

 

「泊まってる宿屋の女将から貰ってな。金は払うから、これでバゲットを焼いてくれね?」

「バゲットですか。まあ、できなくはないですけど」

「お、マジで?」モングレルが嬉しそうな声で言った。

「ただウチにパン窯は無いですし、焼くならバタールみたいな短く太い形ですかね。酸味があったり、皮の張り方や香ばしさとか、ちょっと違う感じにはなりますよ」

 

 “宵の艶花"で使うパンは近隣のベーカリーから仕入れており、石窯は無い。あれば便利だが、そもそもオルゾットやパエリアのような雑穀料理が主体で、一度に大量のパンを焼くことは無い。また石窯は広いスペースと大量の薪を要する。娼館と食堂を兼ねるこの店には過剰な設備だった。

 代わりに、特注の竈がある。これは周りを煉瓦と鉄板で囲った密閉式と呼ばれるもので、小さいがオーブン機能も付いている。皆で楽しむ分には、これで十分だった。

 

「同じフランスパンでしたら、カンパーニュとかブールとかありますけど」

「あー、そっちあんまり知らないんだよな。名前だけは知ってるけどよ」

「それなら食べてみた方が早いですね。先日焼いたのがあるので、切り分けますよ」

 

 店の皆で食べているのだろう。フィオナが半円形に残ったパンを薄く切り分け、モングレルは一欠けら分を貰った。パンは柔らかく、気泡が多く見える。そのままかじってみる。

 

「お、これ美味いな」

 

 穀物の良い香りがして酸味は少なく、外側はパリッと、中はもっちりとして柔らかい。前世で口にした専門店のパンのような味だった。

 

「これもフランスパンの一種ですね。全粒粉とライ麦を混ぜて作っているから田舎風パン(カンパーニュ)と言うそうです」

「ほーん。これはこれで良いけど、やっぱバゲットが食いたいな」

「分かりました。ただ、生地を寝かせる時間が必要ですので、今日仕込んでも焼き上がるのは明日の朝になりますが」

「そんじゃ、昼前に来ても良いか?」

「構いませんけど、しかしなんでまたパンを?」

 

 そう尋ねると、モングレルは気まずそうに頭を掻いた。

 

「いやな、美味いパンを食いたくて、俺も作ろうと思ったんだ。ただ、用意した酵母がカビた……」

「ああ……」フィオナは小さく苦笑した。「気難しいですからね、発酵種は。少し油断するとすぐ機嫌を損ねますし」

「俺も難しいとは思わなかったわ。フォカッチャでも焼いて食おうかと思ったが、よくよく考えたら頼めばいいやと気付いてな」

「はは。なら良いのを焼いて待ってますよ。アヒージョも用意しておきますよ」

「そりゃ美味そうだな。すまねぇけど、頼むわ」

 

 モングレルは安心したように笑い、手間賃だと言って銭の入った小袋を置いて帰っていった。確かめると、中には銀貨も入っていた。

 

「貰い過ぎなんだけどなぁ……」

 

 硬貨と上質な小麦粉を見つめながら、フィオナは小さく呟いた。

 

「また料理だけ?」シアラが言った。

「うん、料理だけ」フィオナが答えた。

「……本当に、夜に来ないのよねぇ」

「あれ、モングレルさんを嫌がってたんじゃなかった?」

 

 フィオナも、流石に気付いていた。言われてシアラは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「最初は、ちょっとね? でも感情で対応を変えたのは私の間違いだもの」

 

 シアラはそう言って、小さく息を吐いた。

 

「何故かブロンズのままだけど、ギルドマンとして優秀で街の人からの信頼もある。変に散財するようだけど、色々と話を聞いていても、悪い人ではないことくらい分かるわ」

「うん、良い人だよ。ちょっと変人だけど」

「そうね」

 

 シアラは頷いた。ほんの少しだけ視線を逸らす。

 

「だから、謝りたいの。最初の頃、少し冷たくしてしまったから」

「ああ……」

 

 なるほど。道理でシアラをおっかないとか言っていたわけだ。

 

「ただ、フィオナがあの人と楽しそうに話しているのを見ると、少しだけ落ち着かなくなるけれど」

「……シアラ?」

「嫉妬よ。自覚はあるわ」

 

 あまりにもあっさり言われて、フィオナは目を瞬かせた。

 

「でも、それで相手に当たるのは違うでしょう?」シアラは苦笑する。

「まあ、モングレルさんなら一言謝って、エールの一杯でも奢れば次から気にしないんじゃない?」

「そうかしら……?」

「そういうもんだよ」

「……なら、明日。来た時に謝るわ。エールのジョッキを持ってね」

「それが一番だね。きっと直ぐに忘れてくれるよ」

 

 冗談めかして言うと、シアラも少し笑った。先ほどまで浮かんでいた迷いがいくらか薄れたようだった。

 

「……さて」フィオナは卓の上に置かれた小麦粉へ視線を戻した。「こっちもちゃんと準備しないとね」

 

 フィオナは小麦粉の袋を持ち上げた。

 

「ふふ。そういうところは変わらないわね」

「料理人ですから」

「はいはい。じゃあ、頑張ってちょうだい」

「任せて」

 

 フィオナは笑みを浮かべて厨房へ向かった。

 さあ、楽しいパン作りだ。

 

 *  *  *

 

 翌日。

 朝から上機嫌なモングレルは、ライナとウルリカを連れて“宵の艶花”へ向かっていた。昨日の帰りに出会い、パンに興味を持っていたので誘ったのだ。傍から見れば美少女二人を 逢引宿(ラブホ)へ連れていく姿にしか見えないが、その事にも気付いていなかった。

 

「めちゃ楽しみっス」

「ホントだねー。私たちは食べに行くことができないし」

「あれ、依頼は出してないのか? 呼ばれたら作りに行くって言ってただろ」

 

 歩きながらモングレルが尋ねた。

 

「いやー、前に貰った料理と一緒に話したんスけど、シーナ団長もちょっと悩んでるみたいっス」

「串焼きやブリトーは美味しそうに食べてたから、気に入っているみたいなんだけどねー」

「けど?」

「クランハウスに呼ぶってなると、やっぱり色々とあるみたい」

「ほー、まあフィオナは部外者だしな。シーナも考えるか」

「っス。春前に一回頼もうか、みたいな話にはなってるっスけど、まだ決めかねてる感じっスね」

 

 三人がそんな話をしながら色街に入り、路地を歩いているとやがて見慣れた店が見えてきた。

 ドアを開けると、ヘイゼルが一人で店内を掃除していた。

 

「ああ、モングレルさん。こんにちは」

「おーす。約束通り来たんだけど、フィオナは居るか?」

「はい。フィオナさんは奥の部屋で休んでます。シアラさん達は互助会に──」

「ああ、モングレルさんが来た?」

 

 奥の部屋からフィオナが出てきた。いつものコックコート姿だが、身体を重たそうにしながら首をさすっている。

 

「フィオナさん、寝てなくて大丈夫なのですか?」

「問題無いよ。薬も使ったし、少し休めたしね」フィオナはモングレル達に振り向いた。「ああ、ごめんね。待たせちゃって。ウルリカさんもライナさんもいらっしゃい」

「急に来ちゃってごめんね?」

「あ、お久しぶりっス」ライナが言った。「なんか、お疲れっスか?」

 

 そう聞かれて、フィオナは娼婦の笑みを浮かべた。

 

「昨晩、珍しいお客さんを相手にしてね。なかなか情熱的だったんだ」

 

 艶やかに笑うフィオナを見て、ライナとウルリカは「うわー」と言いながら顔を赤く染めていた。

 ただ、モングレルだけは無言だった。僅かに片眉を上げて目を細めている。フィオナはいつも通りになっているが、ヘイゼルは違った。表情が物語っている。

 目線に気付いたフィオナは人差し指を唇の前で立てた。それにモングレルも無言で頷いた。

 

「わりぃ、忙しかったか?」

「いや、準備はできているよ。ヘイゼル、教えるから一緒に厨房に入って」

「あ、はい。わかりました」

「じゃ、カウンター席で座ってて。いまエールを出すから、それを飲みながら待ってて」

「お、良いのか?」

「シアラから頼まれててね」

「シアラさんから?」

 

 フィオナはジョッキにエール樽から注いで、それをモングレルたちの前へ置いた。

 

「うん。以前、失礼な態度を取ったことを気にしててね。それを謝りたいって言ってたんだけど、今日はちょっと無理になっちゃって」

「……あー、そんなこともあったか?」

「本人的にはあったみたいよ。でも、シアラは気にしてたからね」

 

 モングレルはジョッキを見下ろした。

 

「そういうことなら、ありがたく貰うわ」モングレルはジョッキを持ち上げた。「シアラさんに、気にしてねぇって伝えといてくれ」

「うん。伝えとく」

 

 そう答えてから、フィオナは厨房へ戻っていった。

 

「……先輩、なんかあったんスか?」

「いや、俺もよくわかんない」モングレルは首を傾げた。

「あれかなぁ。ほら、竣工式のとき。シアラさん、ちょっと怖かったから」

「あー、アレっスか」

「まあ、俺は別に気にしてねぇけど」

 

 そう言って、モングレルはジョッキを傾けた。

 

「……あ、これ薄めてねぇわ。うっまい」

「え、マジっすか」

「ホントだ。美味しい」

 

 二人もそれぞれジョッキに口をつけると、味の良さに驚いた。結構いい奴を用意してくれたようだ。

 

「いやー、今日は良い日だな。タダ酒に美味いパンが食えるからな」

「モングレル先輩、昨日からずっとパンの話してたっスよね」

「そりゃ楽しみだからな」

「朝からずっとだったよー」

 

 エールを飲むこと暫し。

 フィオナが厨房から籠を一つ持って来た。 

 

「これが、頼まれていたバタールね」

「おおッ……」

「おー、細長いパンっス」 

「変わった形だねー」

 

 表面(クラフト)はこんがりとキツネ色に焼き上がっており、切り込み(クープ)がしっかりと開いていてエッジが立っている。近くに置かれただけで、香ばしい匂いが漂ってきた。

 フィオナが一本を手に取り、薄めに一切れずつ切り分けた。(クラム)は白く、気泡が大小まばらに空いている。

 

「さ、召し上がれ」

 

 モングレルは出されたパンになにも付けず噛り付いた。それを見て、ライナとウルリカも小さく噛り付いた。

 パリッとした皮に、もっちりと柔らかい中の食感。噛めば噛むほどに小麦の良い甘みと旨味が広がり、飲み込むと心地よい香りが鼻から抜けていく。

 

「うっまー……。これだよこれ」

「え、パリッとしててめちゃ柔らかいっス!?」

「モチモチしてておいしー」

 

 その間に、フィオナは次の料理を持って来た。

 バタールを切り分けてトーストする。スキレットにはぐつぐつと音を立てるオリーブオイルと、煮えたベーコンとキノコ。これを陶器の器によそい、香草の粉末を散らして完成。皿に乗せ、横にトーストしたバタール、キャロットラペを添える。

 

「ベーコンとキノコのアヒージョにトースト。口直しに人参サラダね」

「え、これ油っスか?」

「アヒージョは具材の旨味が出たオリーブオイルを食べる料理でね。トーストしたパンを付けて食べると美味い」

「へぇー……」

「冬はこれが美味いんだ」

 

 モングレルは早速とばかりにトーストを手に取り、アヒージョにつけて食べ始める。ザクっとした食感に、旨味が溶け込んだ油が口の中で広がる。

 

「うん、美味い!」

「あ、ホントっスね。ピリッと辛くて、なんか旨味? の味が出てるっス」

「油なのに、脂っこくないんだね」ウルリカは続けて言った。「このサラダも美味しい。生野菜だ」

「氷室じゃないけど、貯蔵庫を作ったからね」

 

 “宵の艶花”にはちょっとした庭がある。来た当初は雑草が生い茂るだけの場所だったが、ここを耕し、藁を入れて人参や芋、カブやキャベツなどの野菜を貯蔵できるようにしてある。こうすることで温度が一定に保てるため、一冬は十分に保存できる。

 

「今日はパンだけど、具を食べて油が余ったらパスタに絡めてもいいよ」

「おー、アレっスか。紐みたいな奴。アレも美味かったっス!」

「うん、あれも小麦で作るからあんまり作れないんだけどね」

「へぇー。それも食べてみたいなー」

 

 三人ともギルドマンで健啖家だ。そこまで量が多くないのもあってか、あっという間に食べ終えた。

 

「今日も美味かったわ。ありがとな」

「ちゃんと料金貰ってるからね」

 

 二人からアヒージョの代金*1を貰いながらフィオナは言った。綺麗に完食された皿を見て上機嫌だった。

 

「残っているバタールはあと二本あるけど」

「じゃあ、一本は貰うわ。あとは半分に分けて、ライナ達の分と、シアラさんに渡してくれ」

「え、良いんスか?」

「私たちなんも払ってないけど?」

「俺は料理食えたし、あと一本食えるなら良いしな」

「あ、シアラにも?」

 

 フィオナが聞き返すと、モングレルは何でもないことのように答えた。

 

「エール貰ったからな。その返しだ」 

「そっか」

 

 フィオナはそれ以上は何も言わず、残ったバタールを切り分けた。

 

「毎回モングレルさんとフィオナさんに料理を貰ってる気がする」

「っスね。なんかお返ししたいっス」

「俺はエールとつまみ奢ってくれればそれで良いぞ」

「いつも通りじゃん」

「フィオナさんは、なんかないっスか?」

 

 言われて、フィオナは思案する。

 

「そうだね。じゃあ、春になったら山鳥を獲ってきてくれない? ちゃんと買い取るからさ。都市内ではあんまり食べられないんだ」

「まっかせてよ。“アルテミス”は狩りの腕が良いんだから」

「っス。いっぱい獲ってくるっス」

「うん、楽しみにしてるね」

 

 そうして、三人を見送った。

 

 後日、シアラが都市清掃中のモングレルに会った。何を話したのかは聞けなかったが、二人とも普段通りだったそうだ。

 あと、持って帰ったバタールは宿屋の女将さんとその家族に殆ど食べられてしまったそうだ。小麦粉を貰ったし、「美味しいわね!」とかなり喜んでいたので止められなかったらしい。

 

 作った者としては悪い気はしない。今度、白い小麦粉が入ったらもう一度焼こうと思う。

 

*1
パンはモングレル、エールはシアラからの奢り




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さー次は猥談バトルかーどうすっぺ…
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