「――はい、こちらで終了となります。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
ギルドでの報告を終えると、フィオナは受付から賃金を受け取った。
アイアンクラスの仕事ゆえに、その金額は多くはない。
この日は店の休みだった。シアラ達が休養や買い物などに赴く中、フィオナだけはギルドマンとしての仕事をこなしていた。
久々の、都市清掃の仕事である。貢献値稼ぎにもなり、ついでに先日の一件で世話になった人たちへの挨拶回りも兼ねていた。
山刀を差し、冬服にコートを羽織っただけの恰好に着替えて、指定された倉庫から用具を取り出す。朝から数時間かけて一通り周り、報告を終えた頃には昼過ぎになっていた。
「おー、フィオナちゃんか」
「ホントだ。ギルドマンもしてるって聞いてたけど、本当だったのか」
テーブル席から声をかけられた。振り返って見る。以前、客として相手したギルドマンだった。
「お久しぶりです。どうですか最近は?」
「まあボチボチだな。ただ冬場は金になんねーわ」
「また今度店に飯食いに行くぜー。春になったら稼ぐからよ、そん時は相手してくれや」
「ええ、お待ちしてますよ」
何人かに呼び止められ、軽く会話を重ねる。冬で仕事が少なく、また暇なギルドマンが多い。昼間から笑い合いながら酒盛りしている。フィオナの髪を見て顔を顰める者もいるが、それは少数だった。
「おー、フィオナか」
「ウっス」
「やっほー、フィオナさん」
「皆さん、こんにちは」
三人とも弓を背負っている。外の修練場で練習してたのか、少し汗ばんでいた。
「フィオナさん、ギルドマンだったんスね」
「ランクは、アイアンの3? もうすぐブロンズだねー」
「いえ、ランクは上げませんよ」
「え、なんでスか?」
「今の仕事は続けたいしね。ブロンズに上がるとお店を離れる機会も多くなっちゃうし」
これでもギフト持ちで、スキルもある。武具の強化だって使える。やる気になれば、シルバーまではそう苦労せずに上がれるだろう。
ただ、それは碌なことにならない。
この目立つ容姿で、それも娼婦。ブロンズからは収穫期に街道警備へ駆り出される。フィオナは村には良い思い出が無い。また、近年は起きていないが、サングレールとの戦争参加もしなければならない。
アイアンクラスでも森には入れる。狩猟もできる。現状で必要な仕事は、これで足りていた。
また、所属していること自体が一種の保険になる。何かあればギルドも、娼婦の互助会も動く。つまり、手を出しにくい。
フィオナにとって、今はそれだけで十分だった。
「はー、そうなんスか……」
「ほら、そこにブロンズから上げない人だっているでしょ? 似たようなモノだよ」
「あー……」
「いるねー確かに……」
「おい、なんで俺に振るんだよ」
そんなやり取りをしているうちに、モングレルが空いている席を指差した。
「まあ、立ち話もなんだ。エールくらいなら奢るぞ」
「え、いいんですか?」
「仕事帰りなんだろ。一人増えたところで変わんねーし、休んでいけ」
フィオナは少し迷ったものの、せっかくの誘いを断る理由もなかった。
「では、お言葉に甘えて」
フィオナが椅子を引いて腰を下ろす。モングレルたちもそれぞれ席に着いた。
そこで、モングレルは改めてフィオナの姿に目を向けた。よくある冬服とコートを着て、腰には山刀を差している。少なくとも、先日のように顔色が悪いわけでも、動きがぎこちないわけでもない。
「そういや、フィオナは何の仕事してたんだ?」
「ええ。リハビリがてら貢献値稼ぎに都市清掃の仕事を」
「リハビリ?」
「ああ、ギルドマンの仕事は久々なんですよ。それに、先日の仕事中に怪我をしまして……」
「え、大丈夫なの?」
「大丈夫なんスか?」
二人が揃って心配そうな顔をしたので、フィオナは苦笑いを浮かべた。
「失礼。怪我と言っても、少し身体を痛めただけですよ。念のため治療もしましたから、もう大丈夫です」
「……そうか、気を付けろよ」
「無理をしちゃ駄目っスよ」
「私でよければ、何でも手伝うよー」
「ええ、ありがとうございます」
フィオナはそう言って、三人の背に目をやった。
「皆さんは、弓の練習ですか?」
「あ、はい。モングレル先輩が弓を覚えたいってことで練習してたんっス」
「だいぶ良くなってきてはいるんだけどねー」
「いや、真っすぐに飛ぶようにはなったぞ」
テーブルを囲んで薄いエールを飲みながら、しばらく他愛のない話をしていた。冬にできる氷造りや伐採の仕事に料理の話、また最近の弓の訓練の話など、取り留めのない話題が次々と飛び交う。
店とは違う場所でこうしてギルドマンたちと話すのも、フィオナにとっては久しぶりだった。
そんな穏やかな時間を破るように、ギルドの入口から大声が響いた。
「お~い! チャック様がお帰りだぜぇ〜! これは土産だァ~!!」
『おおー!』
“収穫の剣”のチャックが高々と掲げたのは、レゴールの街では有名な肉屋。マーゴット婆さん特製の生ハム、その原木だった。
この生ハムが人気な理由は、その塩分濃度。腐るか、腐らないか、その境目を狙って塩を打つ。そのため毎年限られた数しか生産できていない。しかし、その味は食べた者曰く「美味い」としか言えない素晴らしいものだという。
「あれ食べたことないっス」
「私も無いなー」
「俺もおこぼれでしか食ったことねぇけど、あれは美味いぞ……」
「へぇ、あんなに長く……。あの時もそうだけど、豪気な人だね」
チャックはテーブルに置いた生ハムを薄く長く切って借りた皿に盛り付けている。皿一枚分はそのまま受付の人たちに配られていった。早速とばかりにつまんで食べた表情は、本当に美味しそうだった。
「けどよォ〜……、こいつをタダで分けてやるわけにはいかねえなぁ!」
曰く、ただ配ってお行儀よく食べても盛り上がりに欠ける。だからゲームをしよう。
内容は、スケベ雑学バトル。
先ほどまでブーイングを飛ばしていた面々も、大盛り上がりで囃し立てていた。それを見てモングレルが小さく「中学生の修学旅行かよ」と呟いていた。
「よっしゃ~! スケベ雑学バトル、始まりだぜ~!!」
チャックの号令と共に、生ハムをかけてスケベ雑学バトルが始まった。審判はディックバルトが務める。
ギルドの中央のテーブルにて一対一での勝負が始まったのだが、スケベ雑学バトルと言う割にただの猥談になっている。どこそこの娼館はサービスが良い、誰々が閨事が巧い、そんな話しか出てきていない。
それでも男どもは白熱して盛り上がっていた。受付嬢と女性ギルドマンだけが、露骨に白い目を向けていた。
「変態ばっかスね」
「ホント、こういうの好きだよねー」
「いやー、雑学というか猥談だね」
「生々しい分だけ地獄みがあるな……」
そこへモングレルが巻き込まれた。チャックに絡まれ、勝負を挑まれたのである。ただ、モングレルには断る理由もなかった。
「え、本当に参加するの?」
「俺も生ハム食いたいし」
モングレルは真剣な顔でそう答えた。冗談なのか本気なのか判然としないが、いかにもらしい。
ただライナとウルリカの二人が引いた顔をしていた。フィオナはおかしそうに笑っていた。
対戦相手はチャックになった。生ハムの胴元だが、女の子達と生ハム食べながらワイワイ楽しむのは許せない、そんな理由だった。
(娼館に持ち込んで振舞った方がモテたんじゃないかなぁ?)
もっとも、モングレルは娼館通いをしていないのは周知の事実だった。実際には二回ほど、風呂目的で行ったそうだ(風呂目的だと分かって、ライナが妙に安堵した表情を浮かべていた)。
「あ~ん? じゃあ“宵の艶花”はなんだよ~? 結構通ってるって聞いたぜ~!?」
「え……」
「ああ。モングレルさん、お昼時にご飯
「オイオイなんだよそれよ~!? 夜に行けよ夜に~!!」
「いや、しかって強調するなよ。俺は飯が食いたいだけなんだもん」
「……やっぱり料理目的っスね」
「そんなに食べたいんだ……」
さて。
盛り上がりつつも不毛極まりない争いを経て、チャック対モングレルの結果は――
言うまでもなく、モングレルの勝利だった。決め手は、「男は乳首でもイケる」。スケベ伝道師直伝の教えらしい。
対戦相手のチャックは撃沈し、モングレルは意気揚々と生ハムを持ち帰ってきた。
「よう、勝ってきたぞー」
「スケベっスねー」
「……へー、詳しいんだねー」
「お疲れ様」
モングレルは宝物を手に入れる代わりに、何か失ったかのような表情を浮かべていた。それでも生ハムを一緒に食べようとする優しさは残していた。
「私はいいよ。モングレルさんが取ったものだしね」
「いいのか? マーゴット婆さんの生ハムは絶品だぞ」
「流石に悪いし、そろそろ戻る時間だしね」フィオナは続けて言った。「自分で取ってくるよ。シアラ達のお土産にしたいし」
「――えっ?」
「うそー……」
「マジでやんの?」
三人の声をよそに、フィオナはギルド中央のテーブルへ向かった。
「――ほう、フィオナか」
「生ハムが欲しいんですよ。少し多めに」
「……だったら、スケベ雑学バトルに参加しないとなァ〜!?」
「ええ、やりますよ」
敗北から復活したチャックに対して、フィオナはあっさり席に座った。
「え、マジ?」
「はい」
ギルド内でざわめきが起きる。
「フィオナだと!?」
「よ、“宵の艶花”の……!」
「ランディを一晩中ずっと搾り取ったという……!」
「アイツなにやってんの?」
「へー……一晩……ずっと……」
ざわめきが一段と大きくなった。
先ほどまでの勝負は、所詮は男たちの悪ふざけだった。だが、フィオナが席に着いた途端、その空気が変わった。
誰もが知っている。この女は、本職なのだ。
猥談の知識だけなら、ギルドマンにも負けない者はいる。だが、知識だけでなく、それを実地で積み重ねてきた人間となれば話は別だった。
「えっ、どうしよ。誰が行くよ」
「とりあえずウォーレンを行かせよう」
「えっ、おれェ!?」
「娼婦のアレコレが聞けるのかッ!?」
「ウォーレンには強敵だな……」
対面の席に座らせられたウォーレンに視線が一斉に集まった。注目を集めた彼は挙動不審で、年相応の顔を赤くしていた。
それでも、逃げなかった。やけくそになっていたとも言う。
「で、では……、“女性は興奮すると首元が赤くなる”で!」
「え、そうなの?」
「いや、確かに言われてみれば……」
「――有効!」
「合ってますね」
ディックバルトが唸り、フィオナはさらりと言った。目の前の少年に対し、感心したような声音だった。
「極度の緊張などでもなりますが、女性に限らず半数以上の人は首から胸元、またお腹などが赤くなりますね」
「――その通り。しっかりと高みへと導いた時に男女ともに肌を赤く染める……――ウォーレン、素晴らしい知識だ……」
「マジかよ……」
「ウォーレンすげぇな!」
「へ、へ……、村の爺ちゃんの話は本当だったんだな……」
「ふーん……女性に限らず……」
「まさかの強敵だな……」
「これは、フィオナちゃんもきついか……?」
「いや、相手は歴戦の娼婦だぞ」
「――さて、フィオナ。どう応える?」
「そうですねぇ……」
どうしよう。思っていたより真っ当な知識だった。村の爺ちゃんと言っていたが、彼は純朴そうな見た目の割に遊んでいるのだろうか。
しかし、娼婦として。多くの客を喜ばせてきた身として。
エロで負ける気は、無い。
娼婦なら真っ向勝負、全力でもって立ち向かうべきだろう。
決意と同時に、フィオナの目元から、いつもの気安さが消えた。
「確かに。快楽で肌が紅く染まることはあります……」
フィオナはゆっくりと立ち上がった。ただ、その声のトーンが、甘くとろけるようなものへと変わっている。
厚手の冬服のままでも隠しきれぬ色香。伏せた睫毛の隙間から潤んだ瞳がちらりと覗く。そこに娼婦の笑みが加わり、ギルドの男たちは静かに息を呑んだ。
「ですが……、それはまだ、始まりの合図に過ぎません」
フィオナはウォーレンの傍で立ち止まると、机に細い手をつき、ぐっと身を乗り出した。ウォーレンの顔と、呼気が交わる距離。フィオナの甘い体香が、鼻腔を直撃する。
ウォーレンは咄嗟に目を逸らそうとした。
「ダメですよ……、私を、見て?」
「は、はい……」
「ふふ、そう。本当に、女を蕩けさせたいのなら……、もっと奥の、秘密の場所を知らなくては」
囁くような声音なのに、その声は不思議なほどギルド内によく通った。
フィオナの白い指先が、自らのほっそりとした首元から豊満な胸、細い腰、そして下腹部へと、厚い布越しになぞるように滑り落ちる。その緩やかで魅惑的な手つきに、周りの男たちの喉が鳴った。
「指の第二関節ほど……、奥へ潜ませた先。お腹側の壁に、わずかにざらついた場所があります。爪を短く整えた指の腹で、そこを優しく……。そう、撫でるように滑らせてあげてください」
「指の、第二関節……」
「ざらついた場所……」
「優しく、撫でる……」
「いや、お前ら神妙な顔で手を眺めてんなよキショいぞ」
「――むう、これは……!!」
周りの男たちが声を上げるのも意に介さず、フィオナは自分の唇に指先をあてると、真っ赤な舌でねっとりと舐め、音を立てて吸った。濡れた指先が妖しく光る。
「……ああっ……。どれほど強情な女でも、そこを攻められれば……。声を殺しきれずに、あなたにしがみついてきますわ」
「うっ……ぁ……」
完全に気圧され、顔を茹で上げたまま身動きひとつできないウォーレン。
フィオナはそんな彼の様子を見て、わずかに口元を緩めた。
そして、そっと彼の耳元へ顔を寄せる。熱い吐息を吹きかけ、囁いた。
「――あるいは。指ではなく、アナタの熱く滾ったモノで押し潰されるのを、待っているのかもしれませんけれど……」
そこで一度、言葉を切った。
「――今夜。私で、確かめてみませんか?」
「――ブハっ……!!」
ウォーレンは激しく鼻血を吹き、かっと目を見開いたまま椅子から転げ落ちた。
「――勝者、フィオナ」
ディックバルトの厳かな宣言が響いた。
始まった時の、ふざけた空気は完全に吹き飛んでいた。男たちは、誰一人として下品な野次を飛ばすことすらできずにいた。何度も生唾を飲み込みながら、妖艶な笑みを浮かべて場を支配するフィオナを呆然と見つめていた。
「――こんなところでしょうか?」
フィオナが目を閉じる。そして、再び目を開いた時には――いつもの、フィオナだった。
張り詰めていた空気が、ようやく弛緩した。
「つ、強すぎる……」
「か、火力が……、火力が、違いすぎる……」
「なんという破壊力だ……」
「可愛い顔して言ってる内容がエロすぎる……」
「あの顔で、あんな耳元で囁かれたら正気じゃいられないぞ……」
「いいなぁ……俺もあんな風に翻弄されたい……」
「おーい、ウォーレン、大丈夫かー?」
「完全にのぼせて腰が抜けてるな……」
「しゃーない、横向きに休ませておこう」
「……やり過ぎたかな?」
指先を布で軽く拭いながら、元に戻ったフィオナは可愛らしく小首を傾げた。その一動作にすら、周りのギルドマンはビクッと体を跳ねさせた。何人かは席を外していなくなり、前屈みになったまま激しく頷いている。
「――素晴らしい知識と経験だ。流石は“宵の艶花”の双花」
「え、なにそれ」
「――二人を表す言葉だ。黒のシアラ、白のフィオナ。この二人の、な」
「ふぅん。まあ、これでも十年以上勤めてますからね」
「――フ、謙遜するな。この俺ですら、二人には閨では成りたてのアイアンのように何もできず、ただ喘ぐばかりだったからな」
「す、すげぇ……ディックバルトさんですら敵わないのか……」
「やべぇな“宵の艶花”って……」
フィオナは、曖昧な笑みを浮かべていた。
――いや、喘がせたというほどでもない。そもそも、あれはディックバルトの趣味が少々特殊だった。SMだの何だの、そういう類の注文だったのである。
もっとも、そんな事情をここで説明するわけにもいかない。客とのことを洗いざらい喋る娼婦など、三流もいいところ。
だからフィオナは、曖昧に笑った。
それが男たちには、余裕の表情に見えた。女王の行く手を阻まぬよう、慌てて椅子とテーブルを動かして道を開ける。
フィオナは、曖昧な笑みのまま悠々とチャックの待つテーブルへ向かった。
「すげぇ知識だったからな~! ちょっとおまけしとくぜ~!!」
「あら、チャックさん。こんなに一杯……、ありがとうございます」
「いいってことよ~! ちなみに今日って空いてる?」
「今日は店休日なので、明日なら大丈夫ですよ」
「あ、チャックてめぇセコいぞ!?」
「フィオナちゃーん! 俺もおねがーい!!」
「はいはい。予約は受け付けてないので、明日お店に来てくださいねー」
騒ぐギルドマンたちをあしらい。フィオナは多めに、それも長く切ってもらった生ハムを持ち帰って店の皆で食べた。前世の高級生ハムにも劣らない、非常に美味しいものだった。
ただし、出所と理由をシアラに詰められ、正直に答えたら怒られた。
翌日。“宵の艶花”は異様に客の入りが多かった。
目的は分かっていた。ギルドで聞いた話を実際に試してみたい。そんな客が増えたのである。
元凶のフィオナは教師として客に教えた。場所、触り方、そして女性に喜ばれる閨での振る舞い。
その結果、妙な評判が立つようになった。
――最近、“宵の艶花”に通ってるギルドマンは、妙に上手くなった。
そんな噂だった。
感想評価、誤字脱字がありましたらお願いします。
これで良いのかなあと思いつつ投稿。
感想の返信で「お色気で攻めるのはちょっと違うし」と言っておきながらお色気攻め。
エロくしたいのに、エロくならない。
合いの手とギャグを入れてるからですが、無くすと今度は雰囲気が…
書き方も前に戻ってきてるし…
もっと良い描写をできるよう、頑張ります。