料理人と娼婦、時々ギルドマン   作:オシドリ

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本日2話目です。
楽しんでいただければ幸いです。


16.アルテミスの食事会・後編

 三日後。

 “アルテミス”のクランハウスには、いつもとは違う香りが漂っていた。

 

「よし……、これで仕込みは大丈夫」

 

 調理台に並んだ皿を確認しながら、フィオナは小さく息を吐いた。昼過ぎから厨房に籠もって、ようやく仕込みが終わった。持ち込んだ材料はもちろん、保存していた肉や野菜の一部も使っている。

 厨房にはシアラとヘイゼルも手伝いに来ていた。本来ならキースも来る予定だったが、顔色が悪く休みになった。

 また、“アルテミス”側からも手伝いが入っている。

 

「フィオナさん、これはどうするの?」

「それはそのまま置いておいてください。食べる直前に焼きます」

「分かったわ」

 

 厨房にいるのはフリーダというギルドマンだった。既に狩猟を半ば引退し、主に料理を担当しているらしい。

聞けば、“アルテミス”の半数は結婚や子育てを機に狩猟を引退し、クランハウスの仕事を担っているという。

 

 最初は見ているだけだったが、調理が気になったと言い、仕込みを手伝ってくれた。おかげで早く終えることができた。

 

「さて……」

 

 フィオナは厨房を見渡した。

 寸胴鍋からは静かに湯気を上げている。中央には、巨大な平鍋が置かれている。三十人前は作れるパエリア鍋だ。そして調理台には、肉の入った壺と、薄く切ってトーストしたバタール。ヘイゼルがその上にパティ、生ハム、フレッシュチーズ、野菜、芋などが彩りよく盛り付けられていた。

 

「うまくいきそう?」シアラが言った。

「どうにか。みんな手伝ってくれたしね」

「いえ、いつもと同じことですよ」

「なーに、あたしゃいい料理の作り方が見れたしね」

 

 全員が小さく笑った。

 今日の料理は、フィオナが普段“宵の艶花”で作っている料理を中心に組み立てた。特別な料理は殆どない。

 自信は、あった。

 ただ、やはりこういうのは緊張するものだった。

 

「珍しい、あなたも緊張はするのね」

「まあ、ねぇ? いつもそうだよ」

 

 フィオナが肩をすくめると、シアラはクスリと笑った。少し嬉しそうでもあった。

 

「大丈夫よ。言ったでしょ? あなた以上の料理を、私は知らない。喜んでくれるわよ」

「はい、いつも以上に美味しいですよ!」

「味見させてもらったけど、これならみんな満足するはずだよ」

「そっか。ありがとね」

 

 言われて、フィオナの顔が和らいだ。シアラに背中を軽く擦られると、さらに肩の力が抜けていった。

 

「そろそろ時間よ」

 

 厨房の入り口からシーナが顔を覗かせた。

 

「はい。ちょうど準備が終わったところです」

「そう。……随分と良い匂いがするわね」

 

 シーナは厨房へ入ると、並べられた料理を見回した。

 

「これが前菜?」

「はい。色々な呼び名はありますが、カナッペと呼んでいます」

「可愛いわね」

「一口で食べられるくらいにしています。最初のお酒にも合うと思いますよ」

「なるほど」シーナは感心したように頷いた。

「それじゃあ、みんなを呼んでくるわ。フリーダも来て頂戴」

「はいよ。じゃ、私は食べて来るよ」

「はい、お手伝い、ありがとうございました」

 

 シーナが去り、フリーダは軽く手を振って退出した。

 ほどなくして、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。

 

「今日は料理人さんが来るんでしょ?」

「超楽しみっス!」

「ねー、何が食べられるんだろー?」

「はい……、先日のパン、美味しかったです……」

「この前のパンを焼いた人よね?」

「そうそう。あれ、美味しかったのよ」

「楽しみだわ」

「でも、ずいぶん良い匂いね」

 

 声が近づいてくる。以前にも、前世でこんな感じのことがあったなとフィオナは苦笑した。

 

「さて、いきましょう。フィオナ、ヘイゼル、私は配膳に回るから、任せたわよ」

「はい」

「わかりました!」

 

 やがて、食堂へと十二人の女性たちが集まった。全員が揃ったところで、シーナが立ち上がる。

 

「今日は春の狩猟を前に、みんなで食事を楽しみましょう。今日は“宵の艶花”の方々に無理を言って、特別に料理をお願いしたわ」

「本日は、よろしくお願いします」

 

 シアラが代表して挨拶し、三人は頭を下げた。拍手が起きた。

 

「それでは、まずはこちらから」

 

 手分けしてグラスを配っていく。

 ワイングラスだ。フィオナが前の店から持ち込んだ荷物の一つである。それを一つずつ全員の前に置いていく。

 フィオナは冷やしていたワインボトルを持ちあげた。栓と首を針金で巻いている。綺麗な姿勢のまま針金を回し、途中でナプキンを被せてゆっくりと栓を回す。栓が外れると同時に、シュッという小さな音が漏れた。

 前世で覚えた作法に則ってボトルを片手で持ち、傾けたグラスに静かに注ぐ。

 

「……む、これは」

「泡立ったワイン……?」

 

 グラスに、澄んだ黄金色の液体と小さな泡が湧き立っている。

 フィオナが持ち込んだのは、発泡(スパークリング)ワインだった。この世界ではまだ珍しい。というより、知っている人からは「素人が作ったもの」と嫌われる存在だった。

 

「これ、飲めるの……? 失敗作と言われる奴でしょ」

 

 僅かに、注ぐのが止まった。

 

「はい。美味しいワインですよ」

「そう……」

 

 納得はしていなかったが、それ以上は言わなかった。

 周りの困惑と疑念をよそに、フィオナは全員分のグラスに注ぎ、静かに立ち戻った。

 

「食前酒の、発泡ワインです。まずはこちらをどうぞ」

「──そうね、いただこうかしら」

 

 表情を戻したシーナがグラスを持つと、周りもつられて掲げた。

 

「今年も豊猟を」

「豊猟を!」

 

 軽くグラスを合わせる音が響いた。そして、おそるおそる一口、飲んだ。

 

「ほう、これは……」

「美味いっス!」

「ワインって渋いものだと思ってたけど、これは爽やかだねー」

「す、すごく、のみやすい、です……!」

「本当に。これなら何杯でも飲めそう」

「駄目よぉ、食前酒なんだから」

 

 さっそく何人かがグラスを覗き込みながら盛り上がっている。

 フィオナは握っていた手を緩めた。味見していたとはいえ、最初の一杯で躓かないか不安だったのだ。

 この世界では発泡ワインは失敗作として捨てられている。発酵が進めば内圧で瓶が破裂するためだ。フィオナが買ったのも、ワイン商人が投げ売りしていたものだった。

 グラスを空にすると、各々が思い思いの酒を頼んでいく。それをシアラがジョッキを持っていき、また注いで回っている。

 

「それでは、一品目をお持ちします」

 

 担当したヘイゼルが、緊張した表情で大皿を運んできた。

 

「前菜。カナッペになります」

「おおー、また食べられるっス!」

「ライナちゃんは知ってるの? どんな料理?」

「パンに色々な具が乗っかってるっス。一口で色々な味が楽しめるっス」

「あ、全部同じパンなの?」

「はい。具を変えています」

「へえ、彩りが良いわね」

 

 薄く切って焼いた一口大のパンに、生ハムやリエット、キノコ、チーズ、野菜、ジャムなどが彩りよく乗っている。具材は一枚ごとに変えてあった。

 

「最初は生ハムにしましょう」

「私は、チーズにしてみようかしら」

「これ、なんだろー?」

 

 次々と手が伸びていった。

 

「あら、美味しい。これは鹿肉ね」

「生ハムに、チーズだわ。このチーズは柔らかく嫌な匂いがしないのね」

「む、根菜か。あまり好かんが、これは食べられる」

「これは芋ね。どうやってこの味にしているのかしら」

「はい。ドレッシングは茹で卵、塩、酢、オリーブオイルです。これらをよく混ぜて作ります」

「へえ。卵さえ手に入れば作れそうだね。ウチでも試してみようか」

「うっ、こっちはピクルスだー、酸っぱーい……」

 

 あちこちから料理についての感想が飛び交う。好みの問題はあれど、不評は出なかった。

 そのことにヘイゼルはホッとした表情を浮かべ、シアラに優しく肩を叩かれた。

 

 前菜が減ったところで、厨房に戻っていたシアラとヘイゼルが、次の料理を持って来た。

 

「次はスープ。身体を温めます。今日は人参のポタージュになります」

「ほう、甘いな」

「口当たりは滑らかで、この優しい味が良いわね。鳥の味もするわ」

「はい。こちらは鳥の骨で取った出汁に、焼いた人参と玉ねぎを合わせています。濾したのち、ミルクを加えました」

「うわー、すごく手間がかかってる……」

 

 料理が進むにつれ、食堂は次第に賑やかになっていった。厨房まで笑い声が響いてくる。フィオナは鍋をかき混ぜながら、思わず口元を緩めた。次は肉と、メインだ。

 

 鉄鍋にオリーブオイルを落とす。ニンニクを入れた途端、小さく音が鳴った。香りが立ったところで、貯蔵していたクレイジーボアのほほ肉と肉団子を放り込む。脂が弾け、肉の表面が色づいていく。

 フィオナは焼き目を確かめてから肉を取り出し、代わりに残った脂に玉ねぎと人参を入れる。

 今度は、甘い香りが広がった。たっぷりと入れた野菜を飴色になるまで炒める。

 端に寄せ、水で戻した豆と、丸麦、キビ、アワなどの雑穀をザラリと入れる。両手で持った木べらで大きく混ぜ合わせると、野菜の脂を吸った穀物が鍋の中で乾いた音を立てた。スパイスを振り、平らにならす。焼いた肉と肉団子を戻し、スープを注ぐ。

 グツ、と鍋の中で音が変わる。フィオナは鞴を踏み込み、火を強める。やがて鍋の中でスープが煮立ち始めたところで薪をずらし、今度は弱火に落とした。

 あとは待つだけだ。スープが減ったら味見して調整し、蓋をして蒸らすだけになる。

 

 一息つくと、食堂からは時折大きな笑い声が聞こえてくる。楽しんでいるようだ。

 その間に、肉料理を作る。壺から取り出したマルッコ鳩のもも肉の油を拭き取り、皮目を下にして焼く。じりじりと音を立て、焼き色が浮かんでくる。その間に、くし切りの芋も焼く。

 焼ける音が変わり、肉を返す。十分だ。脂をまとった表面が、香ばしい焼き色に変わっていく。頃合いを見て、肉と芋を皿へ移した。

 

 ソースは単純だ。残った脂に赤ワインを注ぐと良い音を立てて旨味が溶け出していく。泡立てないよう煮詰めていき、ガストニックと、醤油を加える。

 

 鍋から立ちあがる肉とソースの香りが、食堂の酒の匂いまで押しのけるように広がった。つまみと酒を手に共通の話題で盛り上がっていた何人かが、この匂いに気づいて厨房の方へ顔を向ける。

 しばらくして、フィオナが皿を手に姿を現した。

 

「次は肉料理。マルッコ鳩のコンフィ、赤ワインソースかけです」

 

 一人一人に配膳されたのは、こんがりと焼き色のついたマルッコ鳩のもも肉だった。皮はパリッと焼け、脇に焼いた芋と赤黒いソースがかかっている。

 

「マルッコ鳩だ」

「この時期に?」

「秋頃に仕込んで、油脂の中で保存していました」

 

 コンフィという保存法だ。塩と香草をすり込んだ肉を油脂でじっくり煮て、そのまま脂ごと壺に詰めることで長く保存できる。

 幸い、まだ手を付けていない壺が残っていた。一人当たりの量は少ないが、コース料理には十分だろう。

 

 女性たちがナイフを入れると、スっと刃が通った。中はしっとりと柔らかい。このままでも十分に美味しいが、ソースを付けることで複雑な味わいをもたらす。

 シーナは一口食べたあと、しばらく黙っていた。骨から肉を外すようにナイフを入れ、もう一口。

 

「──美味しいわ」

「ありがとうございます」

 

 フィオナは頭を下げた。やはり、料理の感想を聞く瞬間は、何度経験しても慣れない。

 

「おお、これは柔らかくて良いな。味も私好みだ」

「皮目はパリッとしているのに、肉はとろけるように柔らかい……。ソースも、これは何かしら……?」

「肉もソースもウマー、っス」

「これも、お、おいしいです。ちょっと、柔らかすぎますが……」

「これ、どうやって作るの?」

「はい。まず肉を塩と香草をすり込んで──」

 

 話している間にも、皿は次々と空になっていく。

 

「では、本日のメイン料理です」

 

 フィオナとヘイゼルが、二人がかりで鉄鍋ごと運んできた。

 じりじりと鍋底で穀物が焼ける。肉と香草の匂いに混じって、焦げた穀物の香ばしさが立ち上った。

 

「おー、これっスこれ!」

「ウチのメインの一つ。レゴール風パエリアです。今日はクレイジーボアの肉と、インゲン豆を雑穀と一緒にスープで炊きました」

「鍋ごと持ってくるのか。豪快だな」

「良い香りね。見た目も香ばしくて綺麗」

 

 フィオナは鍋底を確認した。表面にはしっかりと火が入り、所々に焦げ目ができている。木べらで鍋底から掬い、肉や豆が均等になるよう皿に盛り付けていく。

 配膳されると、待っていたかのように次々と手が伸びた。焼けた穀物と肉の香りに誘われるように、皆が一口目を口へ運ぶ。

 

「──ふむ、悪くない。旨みも強く、このパラっとした食感も良い」

「もっと肉々しいかと思ったら、意外とさっぱりしてるわね。この肉団子も良いわ」

「うまー、このプチプチが良いんっスよ!」

「このお肉とおこげが美味しんだよねー」

「……雑穀は嫌なんだけど、案外イケるわ」

「あ、あの、すみません……。美味しかったので、もう少し、頂けますか……?」

「ええ、遠慮なく食べてください。たくさん作りましたので」

 

 パエリアはお代わりもできるよう多めに作っていた。しかし、ギルドマンと言うのはよく食べる。多めに作って残る予定だったパエリアは、ほぼ空になっていた。

 もっと大きい鍋を用意すればよかったかな、とフィオナは空になりかけた鍋を見て嬉しさと悔しさで苦笑いした。

 

 食事が終わる頃には、すっかり夜も深くなっていた。

 

「では、〆となります。ミルクレープと、タンポポ茶となります」

 

 薄く伸ばした生地を焼き、泡立てたクリームを塗って重ねるだけ。仕上げに柑橘のジャムを乗せれば、十分なデザートになる。上の黄色いジャムと何層にも重なった薄い生地と白いクリームが、食事の最後を飾っていた。

 

「これは……、美味しいわね。甘くて、しっとりとしていて……。簡単なものしか作れないとか言っていたのに、こんな菓子が食べられるなんて……」

「シーナ、私の分も半分食べると良い」

「あら、良いのかしら? ありがとうね」

「う、タンポポ茶にがーい……」

「ああ、飲みづらい場合はこちらのクリームを入れてください。まろやかになって飲みやすくなります」

「えー? あ、本当だ。飲みやすい……」

 

 甘いミルクレープを少しずつ口に運びながら、皆が濃いめに淹れたタンポポ茶を飲む。酒の熱が残った身体に、ほろ苦い温かさが染み込んでいく。先ほどまでの賑やかさが嘘のように、食堂は穏やかだった。

 

「……ふう」シーナがカップを両手で包んだ。

「……いい夜だわ」

「ありがとうございます」

「こちらこそよ」

 

 ナスターシャも黙って茶を飲んでいる。

 

「……美味かった」

 

 ぼそりと呟いた。

 

「ありがとうございます」

「……また頼むかもしれん」

「そのときは、ぜひ」

 

 食堂には、食事を終えた女たちの穏やかな笑い声が残っていた。

 そして食事会が終わった後。一人、また一人と席を立っていく。

 フィオナは厨房へ戻り、持ち帰り用に包んでおいた料理を確認した。中身は別に作っておいたパエリアとコンフィ。そしてバタールだ。欲しい人に事前に用意してもらった容器に詰め、手籠に入れていく。

 帰宅するギルドマンに手籠を渡していく。

 

「凄く美味しかったわ」

「今日はありがとうね」

「また、次も楽しみにしているから」

 

 帰宅するギルドマンを手籠とともに見送り、三人は食器を洗って厨房を片付けた。手伝おうとするライナたちを押しとどめ、すべて終えた頃には夜も深くなっていた。

 

 最後の確認を終え、三人が荷物をまとめていると、“アルテミス”の面々が見送りにやって来た。

 フィオナは下がろうとして、シアラに背中を抑えられた。

 

「今日は本当にありがとう。楽しい食事会になったわ」

「ありがとうございます。料理人としてこれ以上嬉しいことはありません」

 

 フィオナが小さく頭を下げると、シーナはほろ酔いもあって上気した顔に柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「また、お願いしてもいいかしら?」

「はい、もちろんです。次は違う料理をお出ししましょう」

「楽しみにしているわ」

「っス。あざっした。美味しかったっス!」

「ご馳走様ー」

「ありがとう、ございました……。道中、お気をつけて……」

「では、失礼いたします」

 

 見送られ、フィオナたちは帰路についた。

 少し歩いたところで、フィオナはふと呟いた。

 

「……やっぱいいなぁ、こういうの」

「はい、楽しかったです。大変でしたけど」

「ふふ、そうね」

 

 三人の間に、しばらく穏やかな沈黙が流れた。まだ服には、薪と酒と焼いた肉の匂いが残っている。

 

「……しっかり洗わないといけないかも」

 

 フィオナが呟くと、三人は顔を見合わせてクスリと笑った。

 その後は今日の食事会を振り返りながら、夜道をゆっくりと歩いて帰っていった。

 




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遅くなりました。多分、あと2話ぐらいで2章締めようと思います。
見切り発車で始めたので、少し書き溜めに入りたい。
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