夜も深まり、色街は本格的に動き始めていた。
街には喧騒と甘い香りが満ちている。淡い灯りの下では、壁を背にした薄着の女たちが道行く者へ微笑みかけ、男たちが浮ついた足取りで暗がりを行き交っている。
“宵の艶花”でも、空になった食器が下げられ、その代わりに酒の入ったジョッキとつまみが卓上へ並び始めていた。女を伴い、階段を上っていく客の姿も一人、また一人と増えている。
店が夜のもう一つの顔へ移ろうとしていたその時。
「へえ、ここがそうなのかな」
ドアベルの音と共に入ってきたのは、いささか場違いな一団だった。
全員がローブ姿に杖を手にしていた。先頭に立つのはやや小柄の女性だ。黒のボブカットに糸目で、首から下げた金色の認識票には星が三つ。ギルドマンとしての最高位であるゴールド3だ。
「おおー、賑わってるね~」
「な、なんだか、場違いなような……」
「だんちょー……、ホントにここで飯食うんですか?」
「そうだよ? 食堂に来たら食事をする以外にあるの?」
「いや、うん……。団長だもんな……」
一団は店内を見回した。
男ばかりではなく女性も多い。ただ多くは露出が激しい。女性と笑いながら酒を飲んでいる客も、二人で二階へ向かう客もいる。何の店なのかは説明されなくても分かる。
「あら、団体さん?」
客に断りを入れ、近くの卓からシアラが立ち上がった。今日は体調不良のため胸元の花が無い。
「珍しいわね。当店は初めてでしょうか?」
「うん。ナスターシャにここが美味しいと聞いてね。どこに座れば良いかな?」
「あら、ナスターシャさんに……。いまお席を用意いたしますので、こちらへ」
シアラは笑みを崩さないまま、一団を空いている卓へ案内した。
大人数であるため、一卓では足りない。空いていた四人掛けのテーブル席に奥から予備のテーブルと椅子を運んできて間に合わせた。
「あちらの壁にかかっているのが、本日のメニューとなります」
「色々とありますね! 横に説明がありますよ!」
「わ、私は、パエリアという料理が食べたいです……。一番人気ですし……」
「つまみと、肉串は欠かせないよねー」
「あ、煮込みもある。今日はポトフだって」
「このハッシュドポテトってのは何だ? 芋料理か」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください……」
注文を取っていたシャーリーが慌てて助けを求めた。皆が口々に注文するものだから確認が追いつかないのだ。
シアラが戻ってきた。
「どうしたの?」
「い、一度に注文されて……」
「ああ」
シアラは見渡した。シャーリーと交代すると、パン、と手を鳴らして一同の注目を集めた。
「皆さま、いろいろなお料理を召し上がりたいのでしょうか?」
「うん。そうだね」
「それでしたら、量を少なくして色々とお出ししましょうか? 皆さまで取り分ければ、少しずついろいろな味を楽しめます」
「おお、それがいいです!」
「団長、どうします?」
「いいんじゃないかな。僕も少しずつ食べてみたいしね」
「では、人数に合わせてこちらで量を調整いたします。苦手な食材はございますか?」
「特にはないね。僕は美味しいサラダと、それから炭酸抜きのエールがあればいいかな」
「かしこまりました。では大皿料理を五品ほど。ポトフはカップで、オルゾットは二人前ほどを皆様で取り分けていただく形でご用意します。お値段は――この程度になります。個別の料理とお酒は別になりますが、よろしいでしょうか?」
「僕は構わないよ。みんなはそれでいいね?」
反対する者はいなかった。むしろ、何が出てくるのかと期待した顔ばかりだった。
「では、大皿はカナッペ、ハッシュドポテト、塩味とタレ味の肉串、パエリア、サラダ。こちらでよろしいでしょうか?」
「俺はエール」
「わ、私は、シードルで……」
「私もエールで!」
「店員さーん、カナッペってなに?」
「はい。カナッペは薄切りにした一口大のパンにハムやチーズ、野菜などを乗せた軽食です。多くの方は酒のつまみに頼まれます」
「へぇ、じゃあそれ先にお願い。酒も一緒にね」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
シアラは一礼し、そのまま厨房へ近寄った。客席とのやり取りは厨房にも聞こえており、キースはすでにカナッペの準備に取り掛かっていた。ヘイゼルはその横で他の客の注文を捌いている。
「フィオナ、団体のお客さまよ。大皿で肉串、カナッペ、ハッシュドポテト、サラダ、パエリアが鍋で一つ。それからカップでポトフと、オルゾットが2。取り分け皿もつけて」
「はいよー。飲み物とカナッペが先ね」
「ええ。お願いね」シアラは続けて言った。「あの人たちが、最近王都から戻って来たという“若木の杖”かしら」
「多分ね。何人かは聞いてた話にそっくりだし」
「その団長さんが美味しいサラダをご所望よ。頼むわね」
「任された。出せるものから順番に出すよ。飲み物はそっちでお願い」
「分かったわ」
食事時の慌ただしさも過ぎ、店内は酒を楽しむ客が中心になっている。リリーとグリゼルダがちょうど二階に上がっているタイミングだ。シアラにも動いてもらわないと人が足りない。
「ヘイゼル、仕込みはどれくらい残ってる?」
「はい。カナッペとポトフはすぐにでも。肉串、ハッシュドポテトは焼けば出せます。ただ、オルゾットは今から作る必要があります」
「うん。じゃあ、キースはカナッペを出したら肉串を。ヘイゼルは芋を焼きながらオルゾットをお願い」
「わっかりましたー!」
「はい。……えっ、私がオルゾットを作るんですか?」
「二人前なら作りやすいし、仕上げの味は私が見るからやってみて。大丈夫。今のヘイゼルなら作れるよ」
ヘイゼルは緊張した面持ちでフィオナを見返したが、やがて小さく息を吸って頷いた。
「……はい。やってみます」
指示を聞いていたキースが尋ねた。
「ポトフと、あとパエリアとサラダはどうされますか?」
「それは私がやる。ポトフは具を小さくしたいし、普通のサラダじゃ駄目そうだしね」
ゴールド3の魔法使いだ。王都で美味いものを食べてきた人に、普通のサラダでは少し物足りないかもしれない。
「あ、フィオナ。ちょっと良いかしら」
「うん?」
「エールなんだけど、一杯は炭酸抜いてほしいのよ」
「炭酸抜きぃ? ああ、炭酸が嫌いなのか」
「団長さんがそういう注文したのよ。泡があった方がいいのに」
樽出しのエールはもともと現代のビールほど炭酸が強くない。温度もぬるく、口当たりは随分と穏やかだ。
「まあ、嫌いな人は本当に駄目らしいからね。こっちに頂戴」
フィオナは乾いた木箸をエールへ差し入れ、こぼさないよう素早くかき混ぜた。箸の表面から細かな泡が一斉に浮かび、白い泡となって表面へ集まっていく。
手を止めてしばらく待ち、泡が落ち着いたところでシアラへ返した。
「うん、これなら大丈夫。持ってってあげて」
「ありがとう」
シアラはジョッキを手に、団体客の席へ戻っていった。
「エール、お待たせしました」
「ありがとう。うん、飲めるね」
「シアラさーん、こっちにもエールお代わりー」
「はい、ただいまお持ちいたします」
「……団長、乾杯ぐらいしましょうよ」
「え、なんで?」
「こちら、カナッペになります」
薄く切って焼いた黒パンの上に、ハムやチーズ、果物のジャム、茸、オリーブなどがそれぞれ載せられている。
皿が置かれるなり、団員たちの手が伸びた。サリーは迷うことなくオリーブの載ったものを取った。
「団長、こういう時だけ早いですよね」
「早い者勝ちだからね」
「もう、お母さんは……」
隣に座るモモが呆れながら、自分はきのこソテーの載ったものを慎重に取った。一口食べ、何度か咀嚼してから首を傾げる。
「……これ、バターだけじゃないですね。なんでだろう、旨味が濃いような……?」
「へぇ、どれ」
サリーはきのこソテーをフォークで取るとゆっくりと味わった。
「あ、ホントだ。ちょっと肉っぽい味と酸味があって、甘い感じ」
「……お母さん、パンも食べようよ」
「それは要らないかなぁ」
「ホントにもう……。あ、パンだけでも美味しい」
「店員さん」
呼びかけに、近くを通ったシャーリーは足を止めた。
「パンは要らないから、このオリーブだけくれないかな? これ美味しい」
「はい、オリーブのマリネですね。すぐにお持ちいたします」
注文を受けたシャーリーは、そのまま厨房へ引き返した。
「フィオナさん、オリーブの実のマリネを一皿お願いします」
「あいよ。すぐ出すから待ってて」
パエリアを仕込んでいたフィオナは手をしっかり洗って布で拭くと、壺に漬けていた青と黒のオリーブを木匙で小皿へ盛り、マリネ液を少量かけてシャーリーに渡した。
「はい、お願い。あと団体さんにこのポトフもお願いね」
「わかりました」
「肉串、焼き上がりましたー」
「ハッシュドポテト、あがりました!」
店内を確認する。シアラはジョッキを運んだあとは衛兵の接客に戻っていた。微笑んでおり、時おり笑い声が聞こえる。
「キース。悪いんだけど、シャーリーと二人で運んでもらっていい?」
「了解っす」
大皿に山盛りとなった肉串とハッシュドポテトを、キースとシャーリーが一皿ずつ持っていく。
「オリーブの実のマリネです」
「ありがとう。うん、やっぱり美味しい」
「お待たせしましたー、塩とタレの肉串ですー」
「ハッシュドポテト、お待たせしましたー」
「お、来た!」
「うん、芋だね。食感が良いや」
「お! この芋、焼いただけなのに美味い」
その団員は肉串よりもハッシュドポテトが気に入ったらしく、黙々と食べ続けていた。
「クロバル、さっきからそればっかり食ってない?」
「いやなんか止まんない」
「……このソース、さっきのキノコと同じ味ですね」
「に、肉団子のは柔らかくて食べやすいですね……」
「あ、僕にも塩の肉団子の奴を一本」
「お母さん、自分で取ってよもう……」
そう言いつつも、モモは皿につくね串を取って渡した。
「……へぇ、これも美味しいね。潰したボア肉に根菜が入ってる。もう一本ちょうだい」
「だからもう……」
「あ、オリーブの実いる?」
「三つください。皿に入れて渡してくださいね」
「はい」
料理の減りは早い。どれも口には合ったようだ。
パエリアを炊いている間、フィオナは出すサラダを少し考えた。サラダが食べたいといったサリーは、色々と摘まんで楽しんではいるようだが、なんか普通だ。どうせなら少し驚く反応が見たい。
それにギルドマンが食事として口にするなら、卵やチーズを使って食べ応えを出した方がいい。
(シーザーサラダにしようか)
フィオナは取り出したロメインレタスを一枚ずつ剥がし、冷たい井戸水を張った桶へ浸した。しばらく置いて張りを戻してから引き上げ、清潔な布で丁寧に水気を拭き取っていく。これをやらないと、ソースが水っぽくなって葉に絡まなくなる。
スキレットに少量の油を入れて熱し、細かく角切りにした黒パンを入れる。外側がカリッと固くなったところで火から下ろし、冷ますため皿へ広げた。
続いてソースだ。鍋に沸かした湯で卵と角切りにした人参を茹でる。茹で上がった卵は殻を剥く。木鉢にオリーブの実を漬けていたマリネ液*1、アンチョビ、マスタードを軽く混ぜ、茹で卵を入れて滑らかになるまでしっかりと練る。味を確かめ、酢を足してチーズを加える。
「うん、こんなものかな」
ロメインレタスを大きめにちぎって木鉢へ入れた。ソースを一度にすべてかけず、葉を返しながら少しずつ加えていく。表面へ薄く艶が出たところで止め、角切りの人参と黒パンで作ったクルトンを加えて軽く和えた。
それを大皿へ盛り付ける。仕上げにチーズと黒胡椒を振った。瑞々しい緑の葉に黒パンのクルトン、鮮やかなオレンジの人参が散っている。削ったチーズは灯りを受け、雪のように白く浮かんでいた。
木鉢に残った分を味見する。うん、丁度いい塩梅。悪くない。
「シアラ、サラダをお願い」
「……綺麗ね。美味しそうだわ」
「ありがと。シアラ、一口食べてみて?」
「あら、いいの?」
木鉢に少し残っていた葉をフォークで刺して差し出すと、シアラは小さく口を開けて受け取った。
「うん、美味しい。やっぱりこれ好きだわ」
「まだ卵があるから、今度作って食べさせるよ」
「ふふ、楽しみにしているわ」
シアラに運ばれていく皿を見送りながら、フィオナはパエリアの具合を確かめた。まだちょっと硬いか。
「お待たせしました。特製サラダです」
「へぇ、これは見たこと無いや」
そのままサラダを取り分けてもらい、サリーは早速とばかりに一口食べた。僅かに碧色の瞳を開いた。
シャキッとした葉野菜の食感に、ドレッシングの濃厚で複雑なコク。チーズも入っていて滑らかで、爽やかな酸味のお陰でそこまで重くない。もう一口食べる。今度は葉野菜と一緒にガリッとしたパンの食感に、人参の優しい甘み。
「……ん、美味しい。これ、凄く美味しいねぇ」
「わ、めっちゃ美味い!?」
「え、えぐみが無いですね。ドレッシングが濃厚です……」
「うーん。ドレッシングなら酢と油と塩と、あとなんだろう? 胡椒とチーズと、ニンニクかな?」
サリーは首を傾げ、もう一口食べた。油はオリーブオイルだろうけど、ちょっと風味が強いような。
「ねぇモモ。このドレッシングの材料は何だと思う?」
「うーん……、なんか食べたことはあるけど……」
「黄色っぽいから、卵かなぁ。あとなんだろう」
「あれ、クロバルはサラダ食べないの?」
「芋食ってる」
「野菜を食べましょうよ!」
「食べないなら僕が貰うよ?」
「ええ、団長が欲しがるなら美味いのか。あんまサラダ好きじゃねーんだけど……」
クロバルはそう言いつつも、根負けして一口食べた。
驚いた表情で、二度、三度と噛む。もう一度フォークを差して口に運ぶ。
「……え、美味くねこれ?」
「モモ、サラダよそってくれない? 食べられちゃった」
「はいはい……」
「団長、地味にショック受けてるのめちゃウケる」
「いやこれ俺の取り皿だったから……」
厨房でそんな声を聞きながら反応を楽しんでいると、ヘイゼルがオルゾットの仕上げに入っていた。
「フィオナさん、オルゾットの味見をお願いします」
「はいよ、ちょっと待ってね」
パエリアを火から下ろし、フィオナは緊張した顔のヘイゼルから味見用の皿を受け取った。木匙でオルゾットをすくい、麦の煮え具合を確かめてから口に含んだ。
「少し火が強かったね。まだ大丈夫だけど、水分が飛びすぎてるかな。水を足してもう少し煮よう」
「すみません……」
「まだ仕上げる前だから大丈夫。失敗じゃないよ」
フィオナは水を少量加えて粘りを緩め、火掻き棒で竈の中を搔き回し、鍋の真下にあった熾火の位置を脇にずらした。
「このまま焦がさないように」
「はい」
ヘイゼルは小鍋を軽く揺すりながら煮込みを続けた。しばらくして、フィオナはもう一度味を確かめた。軽く頷く。
「ほら、食べてみて」
「……さっきより、口当たりが柔らかいです」
「うん。これなら出せる。ヘイゼルの味付けは良かったよ。次から竈の中も確かめてね。火加減にさえ気をつければ、一人で任せられるよ」
「……はい!」
俯きかけていたヘイゼルが、嬉しそうに顔を上げた。
「皿に盛って、持って行ってあげなさい」
「はいっ!」
ヘイゼルは緊張しながらも嬉しそうに、自分で仕上げたオルゾットの皿を手に取った。
「お待たせしました。オルゾットです」
「あ、これ食べたかった奴です!」
「二人前だっけ。少しずつ食べようよ」
「僕は一口だけでいいよ」
取り分けられたオルゾットを、サリーは本当に一口だけ食べた。ヘイゼルは空いた皿を抱えたまま、少し緊張した様子でその反応を窺っている。
「うん。優しい味だね」
「このポリッジ美味しいですね! 食べ応えもあります!」
「……団長、さっきから人の皿ばかり食べてません?」
「一口ずつだよ」
「なんか、俺の肉串から一切れずつ肉が消えてますけど」
「美味しかったからね」
「いや、大皿からよそって食べてくださいよ」
「そこまで要らないかなぁ」
「わがままだなこの人……」
その言葉を聞いて、ヘイゼルの強張っていた表情がようやく緩んだ。小さく頭を下げると、嬉しそうに厨房へ戻っていく。
「お待たせしましたー。レゴール風パエリアです」
「おおー、派手ですね!」
「これが一番人気の奴か」
フィオナが一人で鍋ごと運んできたパエリアをテーブルの中央に置き、簡単に説明してから皿に盛り付けた。
「……うん、美味いです!」
「お焦げがいいねこれ」
早速パエリアへ手を伸ばす団員たちを横目に、サリーだけは先ほどのサラダの皿を見ていた。
「ねぇコックさん。このサラダのドレッシングってどうやって作ってるんだい?」
「はい。今日のサラダのドレッシングには、卵と酢と油で作ったソースを使っています。今回は茹で卵と、オリーブの実を漬けていたマリネ液を使いました。これに胡椒と削ったチーズ、少量の刻んだアンチョビを加えています」
「ああ、アンチョビかぁ。それは分からなかったなぁ」
「少しだけ使うことで、複雑な旨味が出ますから」
「た、卵ですか……、ドレッシングに……」
話している間にも、フィオナは団員たちにパエリアを盛り付けた。改めてテーブルの上を確認すると、殆ど食べ終わっていた。シーザーサラダも残っていたのはソースの付いたクルトンが二つだけだった。
「このサラダ、凄く美味しかった。もうちょっと食べたいんだけど」
「かしこまりました」
「あと作り方も知りたいんだけど、教えてもらうことってできるかな?」
「ああ、構いませんよ」
「ふぅん、いいの? じゃあレシピ代ね、はい」
「き、金貨ですか……。ありがとうございます。実演しますので、少々お待ちください」
フィオナは足早に厨房に戻り、材料とボウルを持って来た。
モモと呼ばれていた少女は気になるのか、立ち上がって手元を覗こうとしている。
「すみません、近くで見ても良いですか?」
「ええ、どうぞ」フィオナは言った。
「まずボウルにオリーブオイルと酢、塩、ニンニクで作ったマリネ液を少量、ここに刻んだアンチョビ、マスタードを加えます」
木べらで軽く混ぜ合わせ、茹で卵の殻を剥く。
「次に、茹で卵を細かく潰していきます」
ボウルに入れた茹で卵を木べらで細かく潰していく。一度手を止め、ボウルの中を見せた。サリーは変わらない表情だったが、モモは小さく頷きながら興味深そうに見ていた。
フィオナは、一呼吸入れて強化を上げた。
「強化か、巧いね」
「便利ですから。さて、ここに追加のマリネ液を少しずつ加えて、よく練ります。一度に入れすぎないのがコツです」
「少しずつ?」
「はい。一度に入れると混ざりにくいので、練ったら少しずつ加えてください」
木匙でマリネ液を少量加え、木べらで手早く練る。何度か繰り返すうちに、ぼそぼそしていた卵が滑らかなソースへ変わっていった。
「おおー、滑らかですね! ただ大変そうです」
「力仕事ですけど、慣れれば簡単ですよ」
削ったチーズを加え、味を見ながら酢を少量足す。フィオナは木べらの先についたソースを匙で掬って味を確かめた。
「うん、こんなものかな。あとは葉野菜と軽く和えて――」
水気を切った葉野菜を加え、木べらで底から大きく返す。皿に盛り付け、クルトンと茹でた人参を散らし、仕上げにチーズと黒胡椒を振りかけた。
「これで完成です」
フィオナはできあがったシーザーサラダをサリーの前に置いた。
「今回はロメインレタスを使用していますが、お好みの葉野菜で良いですよ。ここにカリカリに焼いたベーコンや茹で卵を加えれば食べ応えも出ます」
「へぇ、ヴァンダールが来たら作ってもらおうかな」
「分からないところがあれば、また聞いてください」
「うん。ありがとう。いいものを教えてもらったよ」
どうやら、金貨一枚分の価値は感じてもらえたらしい。
客席の真ん中で実演していたこともあって、いつの間にか近くの卓からも興味深そうな視線が向けられていた。
「フィオナ、いいかしら」
「はーい?」
「あちらのお客さんも、あのサラダを作って欲しいって。それと、オルゾットが食べたいそうなの」
「ありゃ、人気だね」
フィオナは追加の材料を取りに厨房へ戻りながら、ヘイゼルに声をかけた。
「ヘイゼル、オルゾットをお願い。キース、茹で卵と人参をお願い」
「はい!」
「了解っす!」
迷いのない返事に小さく笑い、フィオナも次のサラダに取りかかった。厨房にはまた、鍋をかき混ぜる音と包丁の音が響き始めた。
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