楽しんでいただければ幸いです。
広場を離れても、まだ後ろから笛と太鼓の音が聞こえていた。
「先輩、あっちもなんか売ってるっスよ」
「おー、行こうぜ行こうぜ」
隣を歩くライナが人混みの向こうを指差した。ライナの薄黄色のワンピースが歩くたびに揺れている。朝見たときは珍しさの方が先に立ったが、こうして祭りの中を歩いているとその風景にもよく馴染んでいた。
「先輩、どうしたんスか」
「いや、やっぱ似合ってるなって」
「……そ、そうっスか」
「おう。ちゃんと女の子っぽいぞ」
「ちゃんとってなんスか!」
肩を小突かれた。大して痛くはない。こういう雑なところを見ると、やっぱりいつものライナで安心する。
「それにしても……」
「人が多いっス」
「だな」
朝から随分と歩き回っているはずなのに、祭りの人出は減るどころか増えている気がする。着飾った家族連れや若い男女、既に顔を赤くしたおっさんたちが行き交っている。
遠くから聞こえてくる笛と太鼓といった祭りらしい騒がしさと一緒に串に刺した肉を焼く匂い、甘い菓子の匂い、酒と香草の匂いがあちこちから漂ってくる。
人の波に押されながら串焼きを二つ三つ買ったり、甘い菓子を食ったりしている。胃袋は一つしかない。戦略がいる。
「なんか目が真剣っスね……」
「腹具合を計算している」
「祭り楽しんでる人の顔じゃないっスよ」
何を言う。真剣に祭りを楽しむためだぞ。食べられる量は決まってるんだからな……。
配分を考えないと後々がしんどいんだ。
「先輩がまともなこと言ってるっス」
「俺はいつだってまともだよ」
嘘つけ、みたいな顔をされた。
失礼しちゃう。俺ほど平穏に真面目に生きてるギルドマンもそういないと思うんだけどな。
そうして人の流れに合わせて大通りを歩いていると、不意に見覚えのある文字が目に入った。
「ん?」
立ち止まって見てみると、通りの端には小さな屋台があった。簡素な布張りの屋根の下に、大きめの鉄板といくつかの木箱が並べられている。
その上に掲げられた小さな看板には、見慣れた月下美人の意匠に“宵の艶花”と書かれていた。チラホラと客が足を止めて料理を買っているのが見える。
「……あいつら、今日も仕事してんのか」
「え? あっ、本当っスね」
ライナも気付いたらしい。いや、店の名前を掲げるのは別にいいんだけどさ。娼館の名前を祭りの屋台に掲げると、一瞬なんの出店なのかわからねえぞ。
まあフィオナの料理を売っているんだろうけどさ。
近づいてみると、やっぱりフィオナがいた。タコスを売っている。いつもの白いコックコートを着て、黙々と鉄板の前で生地を薄く広げて焼いている。脇には警杖が置かれている。
客から笑顔で金を受け取っているのは、いつもより上等な服を着たシアラ。少し離れたところでグリゼルダがサーベルを剣帯に吊るして周りを睥睨している。
なんだ、この状況。
「いらっしゃいませ、良いお天気ですね」
シアラがこちらに気づいた。続いてグリゼルダも小さく目礼した。
「どもっス」
「おう。まさか出店までやってるとは思わなかったわ」
「せっかくのお祭りだもの。店の宣伝も兼ねてね」
なるほど、商売熱心だな。まあでも、こいつらならそれぐらいはするか。
「で、どうしたんだ?」
「ああ」シアラは横を見て苦笑した。「さっき、酔っ払いに絡まれたのよ。グリゼルダが追い払ったんだけど、ああなっちゃってね」
「……そいつ、運が良かったな」
おっかねぇ。元シルバーとランク詐欺の二人とか相手にしたくねーわ。
「本当よ。フィオナがもう少しで殴りかかるところだったもの。衛兵にお世話になるところだったわ」
「仕方あるまい。目の前でいきなり抱き着かれたのだからな」
「うわ、酷い客っスね」
フィオナを見れば、何事もなかったように生地をひっくり返し、新しい生地を鉄板に流していた。
……表情が抜けて落ちているのはあんまり見ないでおこう。
「そういや、他はどうしたんだ?」
「夜の営業までお休みよ。それまでお祭りを見て回っているのじゃないかしら」シアラは続けて言った。「それより、食べていかない? 今ならオマケするわよ」
「いいんスか?」
「お、食べる食べる」
「フィオナ、お客さんよ」
呼ばれて、鉄板の向こうからフィオナもようやく顔を上げた。こっちを見ると、驚いたように顔が動いた。
「あれ、モングレルさんにライナさん? 来てたんだ」
「さっきから居たぞ」
「おはざっス」
「いらっしゃい。二人でデート?」
「っ、ス!」
何故そこで変な声出すんだライナ。
「へぇ」
フィオナが妙に楽しそうな顔になった。
「なんだよ」
「いや別にぃ?」
その顔は別にじゃない。ニタニタ笑ってんじゃないよ。
「ま、後で聞くよ。今日のタコスはいつもとちょっと違うよ」
鉄板には大量の焼かれたソーセージが積んであり、鍋にはひき肉がたっぷり入ったタコミート。脇に刻み野菜、チーズもある。これらをトルティーヤに乗せて丸め、ラップサンドにして売っているようだ。
「タコスの具はソーセージか、ひき肉の二つだね」
「ライナ、どっちにする?」
「えー……」
ライナも真剣な顔になった。わかるぞ。これは難問だ。
「ソーセージも美味そうなんスよね……」
「俺はひき肉にすっかなぁ」
「じゃあ別々に買って半分交換しないっスか?」
「天才か?」
「えへへ」
そういうことになった。
「二つ頼む。一個ずつ」
「まいどー」
フィオナが鉄板へ向き直る。焼いた薄い生地を一枚取り、その上へタコミートと刻み野菜を載せていく。その上にチーズをかけ、たっぷりと赤いソースを乗せて丸めていく。もう一枚には、タコミートの代わりに焼き目のついた長いソーセージを一本使い、野菜とソースを絡めている。
あ、これ絶対美味いやつだ。
「はい、お待たせ」
タコスは紙の代わりに葉に包んで手渡された。まだほのかに温かく、顔を近づければ肉の脂と香辛料、それに少し酸味のある匂いが鼻をくすぐる。
「おお……」
「美味そうっス……」
では早速。むしゃァ……。
「……え、トマト味?」
「前よりも美味いっス!」
薄い生地は端が軽く焼けて香ばしく、中はもちっとしている。以前はあっさりした味付けだったが、今日はひき肉の旨味とスパイスのパンチに、トマトの味が加わって濃厚でめちゃ美味い。
「これトマトだろ、見つけたのか?」
「いんや。ノマトソース*1。野菜の甘さとビーツの色と酢で再現したんだ」
良い出来でしょ、とフィオナはドヤ顔で自慢してきた。
こいつ、またやってんな。けどこういう「あったら美味いもの」を地味に増やしてくるのが嬉しんだけど一番困る。俺の舌がまたブクブクに肥えて元の世界に引き戻されてしまう。
「私こっち好きっス!」
「ソーセージ?」
「っス。パリってするの良いっスね」
「わかるわ、一口くれない?」
「どうぞっス、――あ」
ライナから受け取って一口かじる。ソーセージのパキっとした食感に、肉の旨味とトマトっぽい味がたまんない。
「おお、これも美味い、ってどうした?」
「あ、いや……」
返すと、ライナは何故か手元のタコスと俺の顔を交互に見た。食い過ぎちゃったか?
「そうだ、ライナもこっち食べない?」
「……食べるっス」
ライナはおそるおそる口を近づけた。それから一度こっちを見てから――思いっきりかぶりついた。
「おい、それ半分超えてない?」
「気のせいっス」
リスの様に頬をパンパンに膨らませてモグモグさせていたが、すぐに幸せそうな笑顔になった。
まあいいか。
タコスは祭りに合わせたのか、食べやすい大きさですぐに食べ終わった。
「もう少し買っていく?」
「あー、どうすっかな。腹の空きは残しておきたいんだが」
「それなら買っていけ。無駄にはならない」グリゼルダが言った。「今年はギルドハウスでもタダ酒配っているそうだ。暇なギルドマンがいるはずだ。食べなければ誰かにあげれば良い」
「あ、さっきバルガー先輩もタダ酒出るって言ってたっス」
「なんだ、聞いていたのか。私も先ほどバルガーから聞いてな」
バルガー、あいつこっちにも来てたのか。
「じゃあ追加で二つずつくれ」
「毎度。フィオナ、追加で二つずつ頼む」
「はいよー」
フィオナには二つずつと頼んだが、渡された木皿には三つずつになっていた。オマケなのか串に刺したソーセージも二本載っている。
「多いぞ、いいのか?」
「お祭りだしね。ついでに宣伝しておいて」
「おー、任せておけ」
「あざっス!」
ま、こういう時は遠慮なく受け取っておこう。祭りだしな! あとでボア肉でもお返しすりゃいいだろ。
「夜も店で軽いもの出すから、まだお腹に余裕あったら来てね」
「夜かぁ」
まあ祭りの日なら何か特別なもんも作るだろうが――
「嫌だ。夜は行かねぇ」
「なんで?」
「絶対飯だけで済まねぇから」
そう言うと、フィオナは大して残念でもなさそうにため息をついた。脇でシアラとグリゼルダが小さく笑っていた。
服が引っ張られる感覚があったので見ると、ライナが俯き加減に俺の服の袖を摘まんでいる。
「まあ、夜はもう酔って寝てるだろうしな。ライナ、どうした?」
「……何でもないっス」
「はいはい。ほら行った行った」
フィオナは笑いながら次の客へ向き直った。既に後ろには何人か並んでいる。そこそこ繁盛しているようだ。
「じゃあな。頑張れよー」
「っス」
屋台を離れる。ライナはまだ袖を掴んでいた。少し歩いたところで振り返ると、《宵の艶花》の看板はまだ人混みの向こうに見えている。
あの店、開店したばっかの頃は「飯の美味い娼館」だったはずなんだが。最近は「娼婦もいる飯屋」くらいになってねえか? なんかもう誰も疑問に思ってない感じなのが面白い。まあ客が来て金が回ってるなら何でもいいか。その方が俺も行きやすいし。
ライナの指は離れなかった。結局、屋台が見えなくなるまで、そのままだった。
「先輩」
「ん?」
振り向くと、さっきまで俺の袖を摘んでいたライナがこっちを見上げていた。
「さっきの、ソーセージ串食べてもいいっスか?」
「おー食べろ食べろ」
言いながらもソーセージ串を差し出すと、ライナは嬉しそうに一口かじった。
「えへへ」
「美味いか?」
「っス」
「そりゃ良かったな」
俺もソーセージを食う。やっぱり美味い。ソーセージも保存性より味優先したのか前世のお高い奴に近いし、このトマトっぽいソースが良い。前世のお祭りを思い出すわ。
「先輩、結構食べたっスね」
「まだいける」
「さっき配分がどうとか言ってなかったっスか?」
「これはフィオナが余計に寄越した分だからノーカン」
「何がノーカンなんスか」
祭りの喧騒の中を歩く。どこかでは笛と太鼓が鳴っていて、道端では子供が花飾りを振り回し、酔っ払ったおっさんが既に出来上がっている。別の場所からは吟遊詩人の声が聞こえてくる。
ライナと他愛無い話をしているうちに、見慣れたギルドハウスの建物が見えてきた。
入口は開け放たれ、中から既に騒がしい声が漏れている。顔を赤くしたむさくるしい連中が大声で笑い合い、ジョッキを打ち鳴らしている。
「……もう出来上がってんな」
「いつもとあんまり変わらない気もするっス」
「言うな」
それは俺もちょっと思った。
「よし、行くか」
「うっス!」
祭りはまだまだ終わらない。俺とライナはそのまま賑やかなギルドハウスへ向かって歩いていった。
――で。
「“第二回熟成ウイスキー猥談バトル”の、開幕だぁあッ!」
「いえーい!」
何故かまた猥談バトルになった。
いや、祭りだから酒が入って馬鹿騒ぎになるのは分かるし、腕相撲大会で優勝したディックバルトが賞品のウイスキーを皆に振る舞おうとしてくれるのも嬉しい。ついさっきレゴール伯爵から一杯振る舞われたが、もっと飲みたいしな。
ただ、全員に行き渡らせるほどじゃないから猥談バトルで決めよう、というのは分かんない。
まぁ貰いに行くんだけど。念願のウイスキーだからな。
「へっへっへ。今回の俺はひと味違うぜぇ……」
またチャックと対戦になった。
妙に自信満々なので聞いてみれば、チャックの奴、店に行ってフィオナに色々質問してきたらしい。で、あいつもあいつで聞かれたことを素直に教えたらしい。実地で。
チャックが「あれはヤベぇ」とか「凄かった」だの、だらしない顔で言ってんのをあんまり見たくない。キモい。
というか、チャックに妙な知識を教えるなよ。「男でも潮を吹く」だの、「先や裏、会陰部を刺激しながら寸止めを繰り返す」だの。
まぁ返り討ちにしたけど。「男は尻の中にある前立腺を適度に刺激されると、何度でも絶頂できる」で。
もう酔いが回っていて、景品のウイスキーは飲めなかったけど。
ライナ、ウイスキーは美味かったか?
いつも当作品をお読みいただきありがとうございます。
感想と評価、誤字脱字などがありましたらお願いします。
・修正箇所
ブリトー → タコス。
グリゼルダの愛剣
シミター → サーベル