本話はいつも以上に下品な内容を含みます。性的な話題や性玩具などが出てきますので、苦手な方はご注意ください。
なんかおかしいな。
フィオナを買った今日の客は、どこか挙動不審だった。
店にはよく食事に来るギルドマンで、稼いだ時はパッと使って二階へ行く。フィオナも何度か相手した客だった。
なのに、今日は一階での食事や酒もあまり飲まず、二階の個室へ案内するときも気もそぞろで、個室の寝台へ座らせた後も落ち着きが無かった。
「お茶は、いかがですか? 少し落ち着きますよ」
「……すまねぇ、貰えるか?」
客は素直に茶を受け取り、一息に飲み干した。しばらくカップを持って考え込んでいたが、やがて腰の鞄からモノを取り出した。
「これを、使いたいんだが……」
「あら、まあ……」
それは、湾曲した乳白色の棒状の物体。エネマグラだったか。生ものは見慣れているが、男性用の玩具はこの世界では初めて見た。
「黒靄市場で売っててよ。買ってみて、使ったんだが、痛いだけでイマイチでな……」
「ああ、こういうのは使い方がありますからね。ジェリースライムのペーストは使っていますか?」
「お、おう。買う時に使えって言われたな……」
ジェリースライムは魔物の一種で、汚物などを分解する力を持つ。なので捕獲された個体は下水道などに放されている。
また、色街でも馴染み深い魔物だ。無害で適度な粘性があり、老廃物などを分解する性質があるためローションとして使われたりしている。
「もしかして、穴に塗ってすぐに使われましたか?」
「……はい」
「それでは楽しめませんよ。まずは、中に入れて馴染ませてからですね。それから少しずつ、ゆっくりと解しませんと」
「そ、そうなのか? ディックバルトさんやモングレルは、そんなことは……」
「……モングレルさんは知りませんが、ディックバルトさんは色々と試されている方ですから。慣れてますからね」
何か妙な名前を聞いたな。そう思いつつフィオナは話を続けた。
「そうですね。例えるなら、いきなりロングソード振ろうとするアイアンの新人でしょうか。そう言われると危なっかしく感じるでしょ?」
「た、確かに……」
「今日のプレイは、これでよろしいですか? 分かりました。私に任せていただければ、女の子のような快楽を味わえますよ……?」
フィオナは淫蕩な笑みを浮かべ、指で輪っかを作って真っ赤な舌を見せつけた。
客はフィオナを凝視していた。顔には汗がいくつも浮かび、立派な喉仏が唾を飲み込んで上下する。やがて、客は頷いた。
「お、お願いします……」
「では、お召し物を脱がせますね……」
その日の晩、客は何度もオホ声をあげる羽目になった。
* * *
翌日の朝。
客をひんひん啼かせて搾り取った後、フィオナは黒靄市場へ来ていた。
「えーと……、あの人かな?」
露店の店主は薄い金髪の中年で、どこか胡散臭い。客が言っていた通りの人物だった。
「ごめんください、メルクリオさんのお店でしょうか?」
「お、おう。俺がメルクリオだが……」
メルクリオは戸惑った表情で、フィオナを上から下まで眺めた。
白髪金眼という、見事なまでのサングレール人の容姿。しかも美女だ。警杖を持っているが、服装はごく普通の街娘と変わらない。それでも、豊満な胸元や腰のくびれは隠しきれず、柔らかな布地がその輪郭を浮かび上がらせている。
そんな見た目と穏やかな雰囲気も相まって、気がつけばメルクリオの頬は緩んでいた。
「私は娼婦でして。昨日、お客様の一人がここで買った玩具をお持ちになったんですよ」
「玩具……、あっ」
「その玩具、中々具合が良かったので。他によさそうなモノ、また在庫はありませんか?」
フィオナは笑顔で言った。なのに、メルクリオは奇妙な感覚を覚えた。
穏やかな表情に、丸みのある柔らかな声だ。なのに妙に落ち着かない。さっきまで緩んでいた頬も、いつの間にか引き締まっていた。何かを見透かされているような、そんな居心地の悪さがあった。
「……済まねぇ、いま在庫は無いんだ」
「あら。なら製作者は知りませんか? できれば紹介していただきたいのですが」
「……いや、その。アレの製作者について、俺が勝手にしゃべるのはな……」
メルクリオの視線が、ほんの一瞬だけ泳いだ。
フィオナは笑顔のまま目を細めた。
まあ商売人なら当然か。なるほど、信用できる人だ。ただ、推測はもうできている。
前世の性玩具と似たものを作った。そして、あの客が口にしていた二人の名前と、閨でうわ言の様に呟いていた妙な知識。ディックバルトは、むしろ気にせず広めるエロ魔人だ。
となれば、確認するのみ。
「すみません、ちょっと小耳を拝借……」
「お、おおう!?」
ずずい、と近寄ったフィオナにメルクリオは身体をビクつかせた。甘い香りも漂ってきて、再び顔がにやけるのを止められなかった。
「あれ、作ったの」
甘い吐息が、耳たぶをかすめた。
「――モングレルさん、でしょ?」
瞬間、メルクリオはバッと振り向いた。その顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
確信したフィオナは続けて言った。
「本人から口止めされてるんでしょう?」
「なんで……、いや、そうだ」
「でしたら、本人に聞けばいいですね」
「いや待て。何を聞く気だ?」
「そりゃ、モチロン。娼婦ですから、ね?」
「おーい、メルクリオ――」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
「……あ、やっべ」
――鴨が葱どころか鍋を背負ってやって来たよ。
ニマーッ、と。
フィオナの整った顔が、邪悪なまでに美しく歪んだ。
「モングレルさぁん」
甘ったるい声を上げて、フィオナは瞬時にモングレルの腰にギュッと抱き着いた。モングレルの身体がビクついて跳ねあがり、顔も見る見るうちに真っ青に変わっていった。
「お、おう。フィオナ、どうしたんだ? 朝から抱き着いてきて……」
「ふふふ、恥ずかしがり屋さんですねぇ」
フィオナは妖しげな表情を浮かべながら、逃げられないようモングレルの左手を胸に挟み込み、腰に回した右手で太ももを撫で回した。
なぜか大粒の脂汗を流して震えているモングレルに顔を近づけ、そっと、耳元で囁いた。
「モングレルさんが作ったおもちゃ。詳しく知りたいんだぁ。皆に内緒でね。だから、ちょっと付き合ってよ、ね?」
モングレルはひきつった笑みを浮かべていたが、やがて小さく頷いた。
その後ろでは、メルクリオが羨ましそうな、出荷目前の家畜を見るような、色々と入り混じった表情を浮かべていた。
フィオナは、モングレルが滞在するスコルの宿にやってきた。
市場では逃げられないよう抱き着いたが、頷いたと同時に離れている。その後のモングレルも大人しくしている。
「うーわっ、えっ、あ、前に来たモングレルさんの彼女!?」
「あはは、違うよ。モングレルさんとは同じギルドマンでね。仕事の話だから、期待に沿えなくてごめんね?」
「うわーうわー、すっごい大人な……」
「ジュリア、さっさと掃除をしな!」
女将さんと娘に軽く挨拶し、フィオナはモングレルの泊まっている部屋に入った。
宿屋の奥にある部屋は、かなり広い。そして空気が違う。とにかく物が多くごちゃごちゃとしているが、種類ごとに整理はされている。
ああ、そうか。男の匂いだ。そういえば今世で男の部屋に入るのは初めてかもしれない。
なんか妙に緊張し始めてきた。
「さて。それじゃあ、詳しい話を聞こうか」
モングレルに椅子を勧められ、フィオナは腰を下ろした。だが、見るからにモングレルの機嫌は悪い。
そりゃ、いきなり抱き着かれて脅されればそうなるか。やり過ぎたな。
フィオナは立ち上がると背筋を伸ばし、モングレルに向かって深々と頭を下げた。
「突然押しかけたうえ、先ほどは大変失礼いたしました。まずは、そのことをお詫び申し上げます」
「……そこまで畏まらなくてもいいって」
モングレルは少し面食らったように頭を掻いた。怒ってはいたが、別に本気で腹を立てていたわけではない。
フィオナは頭を上げた。笑みは消えている。あまり人に見せることのない表情だった。
「そのうえで、改めて仕事の依頼をさせてください」
「……あ、仕事?」
「はい。モングレルさんに、大人の玩具を作ってほしいのです」
向かいのベッドに座ったモングレルは、天井を見上げて息を吐いた。
「……普通に喋ってくれ。調子が狂う。あと座ってくれ」
「うん、わかった」フィオナは着席した。
「じゃ、まず確認したいんだが」モングレルは眉をしかめた。「なんで俺が作ったって分かった? メルクリオからは女が買ったと聞いたが、フィオナだったのか?」
その嫌そうな顔には、誰にも知られたくなかったという思いがありありと浮かんでいた。
「私? 違うよ。昨日、お客さんが玩具を持って来てね。接客中に詳しく聞いたら、また猥談バトルをしたんだって?」
「……まあな」
「その後に、黒靄市場で探したら売ってたって言っててね。だったら、知識のある人間が限られる」
「それだけで俺に行き着くか?」
「ディックバルトさんは、そういう話を隠すタイプじゃないでしょ? あと、メルクリオさんの反応だね。あれは分かりやすかった」
そこまで言われて、モングレルは額を押さえた。
「口止めした意味がねぇ……」
「まあまあ。それより本題ね。作れるかな?」
「……作りたくないんだけど? というか自分で作れよ」
「昔、客のブツを型抜して作ったことあるけど、微妙だったんだよ」
「あるんかい!?」
「それに、料理やら接客やらで時間があまり無いしね」フィオナは続けて言った。「あ、ちなみにこれが依頼料ね」
「……へえ、ふぅん。こぉれは、中々の金額でぇすねぇ……」
モングレルの目が泳いでいた。ちょっとした大金だ。なお、この資金の出所は没落貴族からの謝意金の一部である。
「金貨が嫌なら変えようか? 銀貨の小袋と、タダ飯タダ風呂の回数券にしようか」
「え、風呂? マジ?」
「マジ。鉄砲風呂だから狭いけどね。今なら美人な湯女もつくけど」
「あ、そっちは要らない」
真顔で言われた。酷い人だ。
「まあ、良いか。報酬は銀貨とタダ飯タダ風呂の券を十回分ね」
「おっしゃ任せろ俺が作ってやるよ」
「……急にやる気になったね?」
「風呂のためだからな」
即答だった。フィオナは呆れたようにモングレルを見た。先ほどとは違って表情が明るくなっている。
元日本人なら風呂に入りたいし、公衆浴場は汚いから使いたくないのは分かるけど。チョロすぎて少し心配になった。
「で、どんなの作ってほしいんだ?」
「仕様書はこれね、はい」
フィオナは腰の鞄から、一枚の端切れを取り出した。
「仕様書があんのかよ……」
準備が良いというか、なんというか。モングレルは端切れを受け取った。
太さとか長さとか反りとか、色々と書いてある。妙に具体的で細かく、更に種類も豊富だった。
「ちょっと待て。エネマグラとか張形だけじゃなくて、双頭とかビーズとかプラグとかあんだけど……」
「あるとプレイの幅が広がるからね」
「……一応聞くが、誰が使うんだ?」
「そりゃ勿論、わ・た・し♡」
モングレルはドン引きした表情を浮かべた。
「なんでや、せっかく可愛い顔でぶりっ子してやったのに」
「そういうところなんだよなぁ……」
どうやら、あまりお気に召さなかったらしい。
……背けた顔が少し赤くなっていたのは、見なかったことにしよう。
「まあ、それはともかく。評判が良ければ“宵の艶花”で使いたいんだ」
「あん? 店で使うのか?」
「そ。個人的に使いたいのもあるけど、娼館には色んな客が来るからね」
前世でも様々なプレイがあった。ディックバルトのように極まった者は少ないが、少々変わった性癖の持ち主ぐらいは普通にいる。
だから、“宵の艶花”にも需要はある。
「ここだけの話。娼館は女性客も意外と多いんですよ」
「は? 女が娼婦を買うのか?」
「うん。いわゆるレズの人もいますけどね。多いのは欲求不満の解消ですね」
勿論、客の大半は男性だ。“宵の艶花”が色街の入り口に近く、一般客も食事に訪れる食堂を兼ねていることもあって、女性客が来ることも珍しくない。カップルや若い夫婦もデートの一つとして料理を食べ、二階を使用することも多い。最近では美味しいと聞いて、娼館だとは知らずに食事目当てで訪れる者もいる。
中には、最初から別の目的で来る女性もいる。夫婦の営みに関する相談、娼婦に閨事を教わるカップル、男と浮気はできないからと、娼婦を買いにきた人妻。中には、玩具を装着して男になった気分で娼婦としたい者、娼婦を虐めることを好む者。理由も楽しみ方も、人それぞれだ。
「あー、それでそういうものの需要があるって訳だな?」
「そ。ただ大っぴらにできる内容じゃないからね。こういった玩具はまだ少ないんだ。あるのは木製で手入れが大変だし、衛生的に使えるものの方が良いんだ。その点、魔獣の角でできたアレは良かったよ」
「……それなら俺に頼まないで専門に言えよ。ほら、なんつったっけな」
「“イングマール玩具店”のこと? あそこは造りが雑でね。何個かあったから試したけど、使い心地も良くないんだ。それに、あそこの店主はシアラにセクハラしたから嫌なんだよ」
フィオナはさらりと言った。声は荒げていないが、顔に嫌悪感が滲み出ていた。
あの時のことを思い出すと、今でも少し腹が立つ。あの店に金を落とすくらいなら、多少変な仕事でもモングレルに頼んだ方がずっといい。
実際、モングレルの作ったモノは良かった。
「アレは良い出来だったよ。客も喜んでいたし、私も楽しめたから」
「なんだろう、褒められても全く嬉しくねぇ……」
モングレルは複雑な気分だった。よりにもよってアダルトグッズで、しかもフィオナから使用感を聞かされると、どんな顔をして良いのか分からなかった。発想が飛んで昨日の客がどんな顔を――、いや、考えるのはやめよう。
知らない方が幸せなことも、この世にはある。
「とりあえず、そこに書いてある奴を各種二つずつ作って欲しいんだ。試作品として使ってみて、評判が良ければ追加発注したい」
「これ全部?」
「うん」
モングレルは仕様書に視線を落とした。どれも知っているっちゃ知っている。正直、風呂と飯のためとはいえ、これを一つずつ造るのは嫌だった。
「……材料は?」
「ホーンウルフとボスカーフの角があるから、これで作って欲しい。もし違うので良さそうなの作ってくれれば、材料費込みで払うよ」
「納期は?」
「急がないよ。品質優先で。あ、普通の張形だけは少し早めに欲しいかな」
「壊れた場合の責任は?」
「私。必ず、モングレルさんにはいかないようにするよ」
モングレルは腕を組んだ。金払いはいい。材料もある。納期にも余裕がある。失敗しても責任はフィオナが負う。条件だけなら、断る理由がない。
問題は、その「仕事」の中身だった。セコセコと大人の玩具を削って作っている自分の姿を想像すると、どうにも死にたくなってくる。
「……なんで俺、こんなことになったんだろうなぁ」
モングレルが零したボヤキに、フィオナは少し考えた。
「私に見つかったから、だね」
「身も蓋もねぇな……」
「そもそも、エネマグラ作った人が言う台詞じゃないと思うけど」
「やべぇ、反論できねぇ……」
モングレルはがっくりと肩を落とした。暫くして、顔を上げる。滅多に見せないような真剣な表情だった。
「条件がある。俺が作ったってことは、絶対に他人に言うな」
「どれを?」
「俺がこれを大量に作ったって話だよ!?」
「それは勿論。誰が作ったかも、どれだけ作ったのかも言わないよ」
満面の笑みを浮かべるフィオナを見て、モングレルは早くも安請け合いしたと後悔し始めていた。
その後、材料を受け取ったモングレルは森の中で無心でアダルトグッズを製作した。なんでまた作ってんだろうなって思ったが、飯と風呂のためだ。仕方ない、仕方ないんだ。
そして出来上がったのが、自分のものを参考にしつつ、大きさや形もバラバラの罪深く凶悪な乳白色の山。
うん、俺はいったい何をやっているんだろうな?
今度こそ本気で死にたくなってきた。
さっさと納品しよう。袋に入れて持っていくと、フィオナはひとつずつ、じっくりと検品していった。
白魚のような指を這わせて反りや大きさを確認して、実にうっとりとした表情で頷いた。
「素晴らしい出来だね。今晩から使ってみるよ」
「……ああ」
「これが代金ね。お風呂の用意はできているから、入ってくると良いよ。上がったらご飯だよ」
「……ああ」
ずっしりと重たい銀貨の詰まった小袋を受け取り、温かい風呂に入った。それからノマトソース*1を使ったアマトリチャーナと野菜スープの美味い飯を食べた。本当に風呂は良かったし飯は美味かった。
ただ、モングレルは三日ほど不貞寝した。
後日“宵の艶花”の面々からグッズの評判が良いと聞いて、娼婦たちが自分を参考にしたあの品々を使っている姿を想像し、うっかり興奮して一部の血行が良くなったのは秘密である。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
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26/10/11 一部文章の修正を行いました。