第一話 嘘だったのか
朝。
ホームルーム前の教室は、いつもと変わらない賑わいに包まれていた。
友達同士で談笑する生徒、スマホを見せ合って笑い合う生徒、教室を歩き回る生徒たち。
そんな中、俺だけが昨日から時間が止まったままだった。
昨日、放課後に聞いてしまったあの会話。
――嘘告白。
何度も頭の中で繰り返されるその言葉が、胸を締め付ける。
信じたくない。
聞き間違いであってほしい。
そう思っても、昨日の光景は鮮明に焼き付いて離れなかった。
すると、聞き慣れた明るい声が聞こえてきた。
「ゆうすけ、おはよ! 今日デートしよ〜♪」
顔を上げると、いつもの笑顔を浮かべた奏が立っていた。
……昨日までなら、その笑顔を見るだけで嬉しかった。
だけど今は違う。
その笑顔を見ることすら、俺には苦しかった。
俺は静かに席を立ち、奏を真っ直ぐ見つめる。
「奏……質問……していいか……?」
奏は首を傾げながら笑う。
「え〜? なになに?」
「俺に……隠してること……ないか……?」
俺はゆっくりと息を吐いた。
一瞬だけ。
奏の表情が固まった。
いや、ほんの一瞬だけ目が揺れたと言った方が正しい。
けれど次の瞬間には、いつものギャルらしい笑顔に戻っていた。
「え〜? なに急に。隠し事とかないし〜」
ポニーテールの毛先を指でくるくると弄りながら、いつも通りの軽い口調で答える。
「つーか質問ってなに? 怖いんだけど〜。あ、もしかして浮気疑ってんの? ゆうすけ以外とかマジ興味ないから安心してよね」
そう言って笑う奏。
だけど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
教室では相変わらずクラスメイトたちが談笑している。
しかし、陽キャグループだけは違った。
昨日、あの場にいたメンバーたちが、こちらを気にするように何度も視線を向けている。
まるで、何かを察しているかのように。
奏は一歩、俺との距離を縮めた。
ふわりと甘い香水の香りが漂う。
「ね? なんでも言ってみ? 奏ちゃん、ちゃんと正直に答えてあげるから〜」
笑顔は変わらない。
だけど、その緑色の瞳だけは笑っていなかった。
俺は奏の目を見つめたまま、静かに問いかける。
「ホントに……正直に……答えてくれるんだな……?」
奏の肩がわずかに震えた。
嫌な予感でもしたのだろう。
それでも無理やり笑顔を作り、腕を組んでみせる。
「当たり前じゃん。なんでも聞いてよ〜」
余裕があるように振る舞っている。
しかし、その足先は落ち着きなく小さく動いていた。
沈黙が流れる。
耐えきれなくなったのか、奏が先に口を開く。
「てかさ〜、もったいぶんないでよ。気になることあるなら早く言ってくんない? 奏、昼休み友達とカフェ行く約束あるんだよね〜」
話題を変えたい。
そんな焦りが、その言葉の端々から伝わってくる。
俺はゆっくりと息を吸い込んだ。
「……単刀直入に聞く」
教室の空気が、わずかに張り詰める。
「俺への告白……本心じゃなくて……」
奏の笑顔が固まる。
「……嘘だったんだろ」
その瞬間。
奏の瞳が見開かれ、表情から完全に笑みが消えた。
その変化を目の当たりにして。
陽キャグループのメンバーたちが凍りつく。
まるで時間が止まったかのように。
奏はしばらく黙ったままだった。
唇が微かに震えている。
だが――。
「ぷっ……あはははっ!!」
突然笑い出した。
腹を抱えるようにして笑い続ける。
その姿を見て、クラスメイトたちが不思議そうな視線を向けてくる。
「ゆうすけってばさ〜。何を言い出すのかと思ったらそんなこと?」
肩を震わせて笑いながらも、少しずつ声のトーンが変わってきた。
「ふざけてるよね? 私の告白が嘘だって? マジで言ってんの?」
口元は笑っている。
だけど目は笑っていない。
「私がどんな気持ちで告白したと思ってるわけ? 心臓バクバクだったのに。勇気出して言ったのに」
声が少しずつ強くなる。
「本当に私のこと好きなら分かるでしょ。告白が嘘告なんてするわけないじゃん」
その言葉には強い自信が感じられた。
ゆうすけは言った
「昨日……忘れ物を取りに来たんだ……結局……取らずに帰ったけどな……これだけで意味がわかるよな……?」
奏は「何の話をしているのか分からない」という風に首をかしげながらも、内心は冷や汗をかいている。
(何を言っているのか分からない……まさかバレてる!?)
「忘れて物を取りに来て何?奏には関係ないと思うけど……」
ゆうすけは更に続ける
「昨日……偶然見たんだ……教室で……奏と陽キャグループの連中が俺に対して悪口を言ってたんだよ……俺たちが嘘で付き合わされてて可哀そうだなぁ……とか色々言われたよ……それで俺への告白も……嘘告白なんだろ」
奏の目は泳ぎ、何を言えばいいのか迷っている。
そんなことはしてないよ……本当に好きだよ──
そんな言葉が喉まで出かかるが、どうしても言葉に出せずにいた。
ゆうすけは怒りの感情を必死に抑えているが、その目には悲しみが滲んでいる。
そんな様子を陽キャグループのうちの一人である白石 美咲(しらいし みさき)がスマホで撮影しようとしていた
ゆうすけは、動画が撮られていると奏が本心を言わないと思い、消しゴムを白石 美咲のスマホに向けて投げ命中させた
美咲のスマホは手から弾き飛ばされ床に落下した
「ちょ、何すんの!?」
そう言い、美咲は床に転がったスマホを拾い上げた
画面にはヒビが入り赤いバッテンマークが表示されていた
「最悪......弁償してよこれ!」と美咲は言った
「嘘告白して人のこと……幼馴染のことバカにする……昔の奏なら……こんなことしなかった……なんで……なんで……」
奏は拳を握りしめ、震える声で答える。
「昔は……昔は確かにそうだったかもしれない……でも、私は今も変わってない!あなたへの気持ちは本物なの!」
その言葉とは裏腹に、彼女の目からは涙が溢れ始めていた。
ゆうすけは深く溜息をつき、静かに問いかけた。
「俺は真剣だった……俺は、奏がバカにするためにしたのか……したくなかったけど……ハブられないためにしたのか……それが知りたい……」
再び沈黙が落ちる。クラス全体が息を潜める
その時、黒板の前でスマホを握りしめていた美咲が泣き叫んだ。
「私のスマホ! ヒビだらけじゃない! これ、出たばっかの一番高いやつなのに! 新しいの買うから全額弁償してよね!」
その叫びを聞いたゆうすけは、冷ややかな目で美咲を見据えた。
「白石美咲……だったか……?
撮影するのやめてくれるかな?
あと、泣いてるけどスマホは壊れてないぞ
そのスマホは、衝撃を検知するとバッテンマークが表示される
そして画面は、保護フィルムを付けているだろう?」
美咲は目を丸くし、慌てて画面を確認する。
ゆうすけの言葉通り、ヒビだと思っていたのは保護フィルムであり、本体には傷ひとつなかった。バッテンマークも単なる衝撃感知機能の反応だったのだ。
美咲は顔を真っ赤にして言葉を失い、クラスメイトたちから冷ややかな視線を浴びた。
奏がなんとか声を振り絞って伝えようとする
そこへ陽キャグループの男子がチャチャを入れる
「おい、お前調子乗ってんじゃねえぞ。奏に謝れよ」
男子の声に一瞬だけほっとした顔をした。助けが来た、という安堵。だがすぐにゆうすけを見る。真剣だった、と言ったあの目。あの目を裏切ったのは自分だ。
「……うるさい、黙って」
奏は背後の男子に向けて、低い声で制した。
ゆうすけは言った
「外野のことはいい……
答えを聞かせてくれ……
俺は真剣なんだ……本気なんだ……」
奏は言った
目を伏せた。長い睫毛が影を落とす。数秒の沈黙。それから、絞り出すように口を開いた。
「……ハブ、怖かった」
小さな声だった。教室の後ろのほうには届かないくらいの。
「グループ抜けたら一人になるし……みんなで誰かの悪口言わないとノケモンにされんの。だから……ゆうすけのこと……」
言葉の続きが喉につかえた。唇が震える。
「好きだったよ。でも、言えなくて……そしたら美咲たちに『ゆうすけ好きなんでしょ?告っちゃいなよ』って言われて……ノリで……」
ゆうすけは淡々と言った
「奏は……そんなグループにいて楽しかったのか?
自分を偽ってまでそんなグループにいる価値があったのか?」
ゆうすけの声は鋭く、突き刺さるようだった。
奏の目からまた涙が零れ落ちた。今度はもう止まらなかった。しゃくり上げながら嗚咽が漏れる。
「楽しくない……!ぜんっぜん楽しくない!悪口しか言わないし、くだらないことでばっかり盛り上がってるし……!」
机に肘をついたまま俯き、両手で顔を覆った。
「でも!グループ抜けたら私だけ浮いちゃうから……!寂しいのが嫌だったの……!」
「そうか……なら良かった」
「グループの奴らとは関わるな
このことは謝罪してほしい
それでチャラにする
何かされても守ってやる」
奏は顔を上げて涙で濡れた目でゆうすけを見た
教室がざわついた。「守ってやる」という言葉の重さが、静かな教室に波紋のように広がっていく。女子の何人かがひそひそと「かっこいい……」と呟いた。
奏の目が大きく見開かれた。
「……は?」
理解が追いつかなかった。
「噓告をされて、バカにされて、グループぐるみで笑い者にされた。それなのに『チャラにする』?しかも『守る』?
あんたバカじゃないの……?」
声が裏返った。
「なんで被害者が加害者守んの?意味わかんない。頭おかしいでしょ」
陽キャグループの残りの男子三人が顔を見合わせている。明らかに動揺していた。彼らにしてみれば、グループの中心人物の奏を引き抜かれるのは面白くない。
「おいおい、ちょっと待てよ。お前なに勝手に奏連れ出そうとしてんの?」とそのうちの一人が言う
「……あんたが守るとか言って、どうせ口だけでしょ」
「お前!さっきから調子乗り過ぎなんだよ……!」
陽キャグループの男子のうちの一人がゆうすけに殴りかかる
ゆうすけは殴り返すでもなく片手で受け止めその男子を睨む
その瞬間、奏の背筋が凍りついた。
ゆうすけの目に宿るのは冷たい怒り。
今まで一度も見たことがないほど鋭く、研ぎ澄まされた刃のようだった。
「……は?」
陽キャ男子の拳は確かに止まっていた。
ゆうすけの細い指が、まるで鉄骨のように硬く絡みついている。
「な……なんで……痛っ……!」
男子が呻くが、ゆうすけは眉一つ動かさない。
加勢するため、もう一人陽キャグループの男子がゆうすけに後ろから殴りかかる
ゆうすけはもう片方の手で受け止め、手を強く握り背負い投げをしたように投げる
背負い投げで投げられた男子は机に思いきりたたきつけられる
その音を聞いた先生が廊下を走ってくる足音が聞こえる
投げられた男子はうめき声を上げながら床に崩れ落ちた。
教室は一瞬で静まり返る。
美咲たちは息を呑み、ゆうすけの方をただ茫然と見つめていた。
「あんた……なにやって……」
美咲の声は震えていた。
ゆうすけはゆっくりと二人を見下ろしながら静かに答えた
「二度目はないと思え」
教師が教室のドアを勢いよく開けた。四十代の体育教師、鬼塚だ。日焼けした顔に太い眉、生徒指導担当として恐れられている男。だが、その威圧感の奥には常に生徒を案じる真摯な目がある。
「これは……どういう状況だ?」
鬼塚の目が教室内を鋭く見回した。投げ飛ばされた生徒、乱れた机、怯えた女子生徒たち。そして、その中心にいる二人の男子と奏、ゆうすけ。
「……お前ら、怪我人は?」
鬼塚が低い声で尋ねた。
床に倒れている男子生徒が「痛ぇ……」とうめく。
「救護室に行け。他は全員座れ。授業が始まる前から騒ぎはやめろ。このことに関係のあるやつらは放課後に職員室に来い!」
それだけ言うと、鬼塚は倒れた男子を保健室へ送るため、他の男子と一緒に担いでいった
先生が出て行った教室は静まり返った。
放課後――。
ゆうすけは、鬼塚から事情を聞かれていた
事情聴取の場
公平性確保のため、ひとりひとり話を聞かれた
ゆうすけは淡々と状況を説明した
殴られそうになったから受け止めたこと……
2対1だから身を守るために片方を背負投げしたこと
ケガをしないよう配慮して投げたこと
を……言った
「……正当防衛ってわけか。まあ、向こうが先に手を出したってのは他の生徒の証言とも一致してる」
そう鬼塚は言った
机を指で叩きながら続けて
「だがな、背負い投げはやりすぎだ。相手は肋骨にヒビが入ってる可能性があるって保健室の先生が言ってた。お前、武道の心得があるなら尚更加減を知ってるはずだろう」と言った
職員室の壁掛け時計が午後五時を指している。窓の外では部活の掛け声が遠くに聞こえていた。陽キャ男子二人はすでに別室で事情聴取を終え、保護者を呼ばれている。
「では、保健室の先生の診断は間違っていますね……
計算通り投げたので、ケガをするなんてことはありません」
「計算通り投げた……だと?」
この後、相手の男子は病院に行ったがゆうすけの言う通りケガをしていなかった
が......鬼塚はその事実をまだ知らない
そして鬼塚は言った
「お前な、そういう問題じゃないんだよ。仮にケガがなかったとしても、教室で人を投げ飛ばした事実は変わらん」
太い指で机をトントンと叩きながら続ける
「もう一度聞く。発端はなんだ。向こうの二人は『ゆうすけが白石のスマホを投げつけた』『奏に絡んでた』としか言わん。お前から見た話を聞かせろ」と言った
鬼塚の目は厳しいが、頭ごなしに決めつける気はないようだった。体育教師らしく、理不尽な暴力と正当な自衛の区別くらいはつける男だ。ただし情報がなければ判断のしようがない。
職員室の他の教師たちも手を止めてこちらを窺っている。担任の佐々木もいるが、口を挟む気配はなく成り行きを見守っていた
ゆうすけは深呼吸して言った
「奏と話し合いをしてたんです……
その話し合いを聞いてた白石がスマホで動画を撮り始めたので、やめさせるために消しゴムを投げてやめさせました
奏との話し合いの最中『調子乗り過ぎなんだよ』と言い相手のうちの1人が殴りかかってきました
なので片手で受け止め睨みつけました
そしたら、もう1人が加勢してきたので、ケガをしないよう計算して手を握り絞めて投げました」
とゆうすけ淡々と言葉を綴った
鬼塚は腕を組み直し、しばらく沈黙した。ゆうすけの証言を噛み砕くように顎を撫でる。
「……話し合い、ね」
じろりとゆうすけを見る。
その「話し合い」の内容までは聞かんが、白石が無断で撮影していたのは問題だな。それは別途指導する。
立ち上がり、窓際に歩いていく。
「だが消しゴムを人のスマホに投げるのも褒められた行為じゃない。『やめてください』と言葉で言え。それが先だろう」
鬼塚は窓の外を一瞥してから振り返った。
「結論を言う。向こうの二人には暴力行為で厳重注意と保護者呼び出し。白石には盗撮まがいの行為で別途指導。お前には――」
ゆうすけを指差す。
「過剰防衛の疑いで反省文。三日以内に提出しろ。停学にはしない。ただし次はないと思え」
重い声だった。
「あと、桜井を呼べ。廊下にいるだろう。あいつからも話を聞く」
鬼塚がドアを開けると、廊下に立っていた奏と目が合った。奏の顔がこわばる。
目で合図を送った
意図は伝わっただろう……
ゆうすけは、会話の内容までは聞かれない。あったことを話せ。そう伝えた。そして伝わったはずだ。
奏はゆっくりと職員室に入った。陽キャグループの面々は既に解散させられており、彼女は一人で待ちぼうけを食らっていたようだ。制服のスカートの裾を握りしめている。
「桜井。座れ」
鬼塚がパイプ椅子を指す。奏は躊躇いながら腰掛けた。
「お前は何をしてた?」
鬼塚の口調は相変わらず低く響く。
「……ゆうすけと……話してただけです」
「何を話してた?」
ゆうすけが見守る中、奏の目が泳ぐ。どう答えるつもりか――
奏は震える声で言った
「それは……言えません」
鬼塚が眉間にシワを寄せた
「なぜだ?」
「それは……」
奏は唇を噛む。嘘告白について語れば、それは自分が陽キャグループでどれだけ堕落していたかも露呈することになる。でも、ここで黙っていればゆうすけに全て押し付けることになる。
「……プライベートなことだからです」
鬼塚は深くため息をついた。
「分かった。プライベートな問題でお互い喧嘩になったわけだな」
ゆうすけの方をちらり見る奏
そして奏は続けて
「そしたら白石がスマホ構え始めて、ゆうすけが消しゴム投げてやめさせて。それに男子がキレて先に殴りかかりました。ゆうすけは殴ってません」
と言った
「そうか。白石が勝手に撮影しようとしたことについては報告しておく。お前への処分はない。今日は帰っていい」
「ありがとうございます」
鬼塚が立ち上がり、ゆうすけに向き直る。
「お前も帰れ。反省文は三日後までに持ってこい。逃げるなよ」
「分かりました」
奏とゆうすけは職員室を後にした。
廊下に残された二人の足音が静かに響く
「ねぇ……ゆうすけ……まだ怒ってる?」
そう奏は聞いた
ゆうすけは黙っている
「奏……奏のホントの気持ちが改めて知りたい……」
そう言った
「噓ついてた。友達のノリで告白した。……でも、好きなのは……噓じゃない」
そう言った
「そっか……
その答えが聞きたかった……
じゃあ、俺は反省文書かなきゃだから帰るわ
あと、父さんと母さんにも説明しなきゃな……」
え、と声が漏れた。告白して、謝って、やっと本音を言えたのに。あっさり帰ろうとするゆうすけの背中を見て、焦りが込み上げる。
「ちょ、ちょっと待ちなって」
思わず制服の袖を掴んだ。指先に力が入る。
「あんたさっき『チャラにする』って言ったじゃん。それって……まだ、付き合ってくれるってこと……?」
声が小さくなっていく。自信なんてなかった。あれだけのことをしておいて、許してもらえる資格なんてないのはわかっている。でも聞かずにはいられなかった。
夕陽が廊下を赤く染め、二人の長い影が床に伸びていた。奏の指はわずかに震えている。返事を待つその数秒が、彼女にとっては永遠のように感じられていた。
ゆうすけの顔を下から覗き込む。さっきまでの強がりも、ギャルの余裕も、何もない。ただの、好きな人を前にした十七歳の女の子がそこにいた。
「……ね」と奏はつぶやく
ゆうすけは一呼吸置いて言う
「俺は、別れるとは一言も言ってない」
その言葉を聞いた瞬間、奏の顔がぱっと明るくなった。夕焼けよりも眩しい笑顔。けれどすぐに唇を尖らせ、強がるように言う。
「……バカ。なんでそんな簡単に許しちゃうの……?」
言葉とは裏腹に、彼女の目尻には光るものがあった。それを隠すように彼のシャツの袖をさらにギュッと握る。
「あんたさぁ、あんな目に遭っておいて普通は怒るでしょ。なのに……『チャラにする』って何?マジ意味わかんない」
俯きながらボソボソと言う。
「……ほんとはさ、期待してないつもりだったんだからね。もう無理だって。あたしのことなんて見限って当然だし」
「でもさ……ゆうすけってやっぱりズルい」
最後の声は小さく、涙に溶けそうだった。
廊下は静まり返り、遠くでグラウンドの部活の声がかすかに聞こえるだけ。彼女の熱くなった掌の感触と、緊張の糸が解けていく彼の空気が二人を包んでいた。許されたわけではない。ただ、「続いていく」ことが奇跡のように尊く感じられた。
しばらくして奏は上目遣いにゆうすけを見つめながら小さな声で呟いた。
「……ありがと……」
奏は袖を掴んだまま小さくつぶやいた。その指が微かに震えている。強がってばかりだった少女の弱さがようやく垣間見える瞬間だった。
「……反省文、手伝ってやるから。明日、放課後。屋上。来なかったら許さないから」
奏はそう一言言い、満足したように昇降口へ歩いて行った
「俺はこどもじゃないっつの」
そうゆうすけは、つぶやきつつ笑顔になった
追記
今後の話の伏線を追加しました
元々はなかった設定を、とあるキャラに追加したのでセリフを変更しました
一部セリフ等を太文字にしました