嘘だったはずの告白   作:MY@鉄道好き

3 / 4
第二話 新たな日常

翌日――。

 

ゆうすけは、奏の家へ行く

 

理由は簡単だった……

 

昨日の件で奏は、あのグループにはいられない

 

まぁ、関わるなと言ったのはゆうすけだが

 

それに……ちゃんと彼氏になったから……彼氏らしいことしようと思ったのだ……

 

朝の住宅街は静かだった。七時半。春の柔らかい陽射しが路地に差し込み、どこかの家からトーストの焼ける匂いが漂っている。ゆうすけは見慣れた桜井家の玄関前に立った。幼稚園の頃から何百回と通った道。インターホンに手を伸ばす。ガチャリとドアが開いた。

 

「え——」

 

そこに立っていたのは、いつものギャルとは別人だった。髪はまだ下ろしたまま、化粧っ気のない素顔に寝起きのぼんやりした目。だぼだぼのパーカーにショートパンツ。完全に油断した姿。

 

「は!? ちょ、なんで!? 聞いてないんだけど!?」

 

バンッとドアを半分閉めて顔だけ覗かせる。耳が一瞬で赤くなった。

 

「待って、待ってまって。十分……いや五分!五分だけ待って!」

 

ドアが完全に閉まり、ドタドタと階段を駆け上がる足音が響いた。

 

玄関先に取り残されたゆうすけの前で、奏の母親がキッチンから顔を出した。

 

「あら、ゆうすけくん。久しぶりねえ。朝ごはん食べていく?」

 

「いえ。今日は遠慮しておきます」

 

「あらそう?遠慮しないでいいのに」

 

にこにこと笑いながらキッチンに戻っていった。幼馴染が朝迎えに来るのは、中学の頃までよくあった光景だ。懐かしそうな目をしていた。

 

バタバタと階段を降りてきた。息が上がっている。だが姿はいつもの奏に戻っていた。茶髪はきっちりポニーテールにまとめられ、薄くメイクも施されている。制服のリボンだけが少し曲がっていた。

 

「……お待たせ。」

 

ぷいっと顔を逸らしながら玄関で靴を履く。耳の赤みはまだ引いていない。

 

「つーか、来るなら連絡しろっての。すっぴん見られたし最悪なんだけど。」

 

ぶつぶつ文句を言いながらも、口元が微かに緩んでいるのを隠しきれていなかった。ドアを開けて外に出る。

 

「……迎えに来たってこと?」

 

「いつも、あいつらと来てるの知ってるからな」とゆうすけは言った

 

奏はピタリと足を止めた。

 

ゆうすけの言葉の意味を噛み締める。あのグループと縁を切れば、登校も一人になる。それを見越して来てくれたのだと気づき、耳の赤みがますます濃くなった。

 

何も言わず、ただ朝の挨拶のように自然に。

 

「……ほんと、バカみたい」

 

小さく呟いて、一歩先を歩き出す。

 

「ありがとね」と聞こえるか聞こえないかの声で言った。

 

「奏が良かったら一緒に学校いこうかなって思ってさ」

 

そうゆうすけは、言った

 

「……ふーん。いいんじゃない?」

 

「そしたら、これからは、登校は一緒にしようか?」

 

「別にいいよ?てか、奏より早く来て待っててよ。あたし遅刻するタイプなんだから」

 

ゆうすけは笑って言った

 

「それ、堂々と言うセリフじゃないだろ」

 

奏はくすっと笑った。

 

「じゃ、さ。毎朝迎えに来てくれるって約束してくれるなら、早起きしてあげる」

 

横目でちらりと見てくる。

 

「ね、今日……教室入ったらさ、たぶん色々言われる

 

……あんたのせいだからね。責任取れよ」

 

軽口のつもりだったが、指先がスカートの裾を握りしめていた。

 

「俺たちは、付き合ってる

 

奏はあいつらと縁を切った

 

喧嘩両成敗だけど

 

あいつら7でこっちは3くらいになった

 

それ以上の事実はない」

 

 

そうゆうすけは、言った

 

「……なんか、あんたといると調子狂うわ

 

つーか、いつからそんなに格好よくなったわけ?

 

前はもっと情けなかったじゃん」

 

「さぁ、いつだろうな?

 

小さい頃から格好良かったかもしれないぞ」

 

「絶対嘘。昔のゆうすけなんて、すぐ奏に泣かされてたくせに」

 

「そういう奏は、すぐ俺に甘えてきてたろ」

 

「はぁ? 奏が甘えるわけないし

 

あの頃のゆうすけは、しょぼくれてて可愛かったけど

 

今はちょっと生意気」

 

「奏は今も可愛いよ」

 

奏は一瞬息を飲んだ。

 

「……ばか。朝っぱらから何言ってんの?」

 

耳まで真っ赤になっているのを見られないように、俯いたまま歩くスピードを速めた。

 

校門前。クラスメイトがちらほら歩いている。小声でこちらを噂する声が聞こえる。でももう怖くなかった。

 

「じゃ、行くわよ」

 

校舎へ続く坂道を、ゆうすけの隣でしっかりと歩き出した。

 

ゆうすけは、堂々と奏の手を握り昇降口へ向かう

 

「……あんた、マジで?」

 

奏は声を震わせながらも、拒絶はしなかった。

 

靴箱の前に着いた時、白石が偶然通りかかる。ゆうすけを見るなり舌打ちし、スマホを操作し始めた。

 

ゆうすけと奏は無視して

 

靴を履き替える

 

そしてそそくさと教室へ歩いていく

 

その道中、奏が「そういえば、アンタ親から怒られなかったの?」

 

「父さんも母さんも笑ってたよ。

 

『アンタ奏ちゃんのこと好き過ぎでしょ』って。

 

過剰防衛になるかは考えなさいよとは言われたけどな……。

 

特に怒られなかったよ」

 

「『奏のこと好き過ぎでしょ』って……。アンタの親アンタが奏のこと好きなの知ってるわけ?」

 

「知ってるよ。ずっと前からバレてた。奏も俺の両親にバレてるはずだぞ」

 

「……あ、あっそ」

 

そう奏は言った

 

その途中、鬼塚とすれ違う

 

二人は同時に挨拶をする

 

「「先生、おはようございます!」」

 

「おう、おはよう」

 

腕を組んで、ゆうすけを見下ろす。

 

「反省文、2日後までだからな。忘れんなよ。あと——」

 

ちらりと奏に視線を移してから、ゆうすけに戻す。声を少し落とした。

 

「昨日の件、相手の親から「大事にはしない」と連絡があった。肋骨も異常なしだとよ。お前の言った通りだったな。」

 

ふん、と鼻を鳴らす。呆れたような、少し感心したような複雑な顔。

 

「だが次はないからな。いいな」

 

鬼塚は大股で去っていった。すれ違いざま、奏に一瞥をくれたが何も言わなかった。教師なりの配慮かもしれない。奏は黙って深く一礼した。

 

「あの先生……本当に変わった人だよね。怖いけど……なんか悪い人じゃない」

 

「だろ?」

 

「うん。……なんか、あたしらのこと気づいてるっぽいけど何も言わない感じ」

 

二人は肩を並べて歩き出す。昨日の嵐のような出来事の後だというのに、廊下の空気はやけに穏やかだった。奏は自然とゆうすけの半歩後ろを歩く。昔からの癖だ。

 

教室に入ると、案の定、空気がピリついた。陽キャグループの視線が突き刺さる。特に美咲の視線が痛い

 

「あいつらのことは気にするな」

 

ゆうすけは一言そうつぶやいた

 

奏はこくん、と小さく頷いた。それだけ。言葉は返さなかったが、強張っていた表情がわずかに和らいだ。

 

 

自分の席に向かう。いつもなら美咲たちの固まる窓際に寄って「おはよ〜」と声をかけるルーティン。今日はそれをしない。真っ直ぐ、自分の席だけを目指して歩いた。

 

 

教室の空気が微妙に動いた。奏がグループに挨拶しなかったことに、周囲の生徒が気づいている。美咲の隣の女子が肘で美咲を突いたが、美咲は無視を決め込んでいた。奏は一度も振り返らなかった。

 

 

奏は席につき、鞄を開ける。教科書を取り出しながら、視界の端でゆうすけを探した。彼は既に自分の席に座り、何事もなかったかのようにスマートフォンをいじっている。あたかも、教室の緊張など感じていないかのように。

 

 

「ねえ」

 

隣の席の女子が小声で話しかけてきた。いつも陽キャグループを遠巻きに見ている地味系女子だ。

 

「あのさ……昨日のあれ、もしかして……?」

 

奏は教科書のページをめくりながら、笑顔を作った。だがそれは昨日までの媚びるような笑いではなく、芯のある微笑みだった。

 

「うん、昨日で終わり。あたし、もうあのグループじゃないから」

 

女子は驚いたように目を瞬かせたが、それ以上は何も聞かなかった。

 

授業が始まる直前、ふと廊下側を見ると、奏の視線がちらりとこちらを向いた。ほんの一秒の交差。それで十分だった。奏の目には怯えも媚びもなかった。覚悟だけが灯っていた。

 

その後何事もなく、授業時間が過ぎ昼休みになった。

 

チャイムが鳴った瞬間、奏の周囲の空気が変わった。いつもなら美咲たちが「奏〜ご飯行こ〜」と群がってくる時間。今日は誰も来ない。代わりに窓際のグループがひそひそと笑い声を漏らしている。

 

わざと聞こえるような声量で、隣の女子に話しかける。

 

「ねえ知ってる?嘘告バレて泣いた子がいるらしいよ〜。まじウケるんだけど。しかも彼氏に暴力振るわせて守ってもらうとか、姫気取り?」

 

くすくすと取り巻きが笑う。

 

 

奏は机の上の弁当箱に手を伸ばしたまま、動きが止まった。聞こえている。全部聞こえている。指先が微かに震えた。

 

 

……言い返したい。昔なら言い返せた。『は?お前が盗撮してたんだろ』と。でも今、一人で。グループの後ろ盾もなく。

 

ぐっと唇を噛んで、弁当箱を持ち上げた。ここにいたくない。教室を出よう。そう思って席を立つ。

 

 

「どこにも行くな

 

ここで出ていったらあいつらの思う壺だ

 

耐えろ

酷な事かもしれないが耐えろ」

 

そうゆうすけはつぶやいた

 

そして、自分の弁当をカバンから取り出して、奏の近くにイスを持 ってきて食べ始める。

 

奏はぴたりと足を止めた。教室を出ようとしたその一歩を踏み出せず、静かに元の席に座り直す。

 

隣の地味系女子が驚いたようにちらりと見てきた。いつもなら大声で否定したり、言い返したりしていた奏が、今回は何も言わず、ただ静かに座っている。まるで別人になったみたいに。

 

「……ねえ、一緒に食べていい?」

 

ゆうすけは黙って蓋を開けた。

 

「アンタの弁当茶色と黄色しかなくない?バランス良くしないと太るよ」

 

そう奏がからかう。

 

陽キャグループが一瞬、驚いた顔をした。

 

「そっちこそ、野菜足りないんじゃないか」

 

ゆうすけがさらりと言い返す。

 

「ウエスト維持するためだからいいの!」と奏は宣言した。

 

「維持できてるのか?本当に」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

お互いのやりとりを見ながら、教室の空気が変わった。

 

あれだけ聞こえていた陽キャの悪口が、まるで聞こえなくなっていく。

 

聞こえていないわけではないのに、なぜか気にならなくなる不思議な感覚。まるでゆうすけの声が壁になって、雑音を遮断しているかのようだ。

 

「ねえ、やっぱり変じゃない?なんか」

 

美咲が最後にそう言ったが、それはもう誰も笑わなかった。陽キャグループの空気が少しずつ冷めていく。周りの生徒たちはむしろ、奏とゆうすけのささやかなやり取りを微笑ましく見守るようになっていた。

 

奏はそれに気づき、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 

昨日までとは違う。

 

誰かに守られるだけでなく、自分自身で新しい居場所を作っている感覚。

 

昼休み終了の予鈴が鳴る。ゆうすけが空になった弁当箱を鞄にしまう。

 

「放課後、屋上で待ってるから」

 

奏は何かを言おうとしたが、飲み込んだ。

 

チャイムが響き、五限目が始まる。

 

奏はノートを開きながら、窓の外を見つめた。

 

放課後、屋上――。

 

ゆうすけはフェンスにもたれて、空を見上げている

 

屋上には風が吹き抜け、校庭のざわめきが遠くに聞こえる。

 

誰もいないはずの、鍵のかかった場所。

 

だけど鍵は壊れていて、生徒たちの間では周知の秘密だった。

 

鉄扉がギイ、と音を立てた。

 

「待ったぁ?」

 

奏が立っていた。手にはノートとペン。屋上の風が彼女のポニーテールを揺らす。

 

「反省文、手伝ってやるって言ったでしょ」

 

少しだけ照れくさそうに笑う。

 

「は?本気だったのかよ」

 

ゆうすけは言った

 

「当たり前でしょ。約束は守る主義なの」

 

そう言って、ゆうすけの隣に腰を下ろす。

 

「でも、もう反省文書き終わったけど」

 

「え?じゃあ、奏やることないじゃん」

 

「すまないな」

 

「アンタほんと、ズルいよね」

 

空を見上げながら、くすりと笑う。

 

「お手洗い行ってくるね」

 

奏はそう言って、一時的に屋上から席を外した。

 

ゆうすけが一人、フェンスにもたれて空を眺めていると、鉄扉が再び音を立てて開いた。

 

現れたのは陽キャグループの男子——確か、黒瀬 悠斗(くろせ ゆうと)だったか。

 

その後ろに神谷 蓮(かみや れん)、藤原 湊(ふじわら みなと)の姿もある。

 

三人とも制服のネクタイを緩め、ポケットに手を突っ込んだだらしない格好だった。

 

教室で見せるおどけた態度は鳴りを潛め、明らかに敵意を帯びた目をしている。

 

「お前、奏と何話してたわけ?つーかよ、昨日はよくもやってくれたな」

 

黒瀬が吐き捨てるように言った。手にはなぜか金属バットが握られている。校内に持ち込むのは当然校則違反だ。それだけで彼らの意図は明白だった。

 

神谷と藤原もそれぞれ木刀とメリケンサックを手にしている。

 

三対一、しかも全員武装している。

 

「奏をたぶらかして、俺たちをコケにした落とし前つけてもらうぜ」

 

神谷が木刀を肩に担ぎながら言う。

 

ゆうすけはフェンスにもたれたまま、三人を冷めた目で見据えた。特に慌てる様子もない。

 

「「昨日、派手に投げられて骨にヒビが入るって脅されただけだろ。実際は無傷だったはずだ。なのにまだ懲りないのか」」

 

「あれはたまたまだろ!今日はこっちが有利だって分かってんのか!」

 

藤原が声を張り上げる。メリケンサックをはめた拳をわなわなと震わせていた。

 

「ていうかよ、お前のせいで俺たちまで先生に呼び出しくらって、親もカンカンなんだよ。全部テメェのせいだ」

 

黒瀬が一歩前に出る。金属バットが夕日に鈍く光った。

 

「だから、その償いをしてもらおうってわけ。命までは取らねえよ。骨の二、三本で勘弁してやる」

 

三人がじりじりと距離を詰める。

 

ゆうすけはポケットに手を入れたまま、小さく息を吐いた。

 

「俺は奏の彼氏だ。彼氏が奏と何をしようがお前らには関係ない」

 

「お前、生意気過ぎだ。一回懲りないといけないみたいだな」

 

そう黒瀬が言うと、三人一気にゆうすけに襲いかかってくる。

 

黒瀬はバットを両手で握りしめ、力任せに振りかぶった。

 

狙いは肩だ。

 

だがそのバットは、振り抜かれることはなかった。

 

ゆうすけの左手がバットの先端を鷲掴みにし、そのまま黒瀬の手首を逆に捻り上げる。

 

金属バットが甲高い音を立てて床に落ちた。一瞬の出来事だ。

 

「ぐっ……!」

 

バットを失った黒瀬がよろめく。

 

空いた右手でパンチを放とうとしたが、バランスを崩しているせいで狙いが甘い。

 

ゆうすけは最小限の動きで身をかわす。

 

そこへ藤原がメリケンサックで顔面を狙って殴りかかってくる。

 

ゆうすけは体を沈めてかわすと、藤原の腕を掴み、柔道の一本背負いの要領で投げ飛ばす。

 

藤原は「うわっ!」と短い悲鳴を上げて地面に叩きつけられたが、昨日と同じように、相手が自然と受け身を取れるよう完璧に計算して投げていた。

 

「てめぇ!」

 

神谷が木刀を振り下ろす。

 

ゆうすけはバットを蹴り上げて盾にする。

 

カンッと軽い音が響き、木刀が弾かれた。

 

「まだやるか?」

 

ゆうすけの声は冷たく静かだった。

 

怒りをあらわにせず、淡々と三人を見下ろす。

 

黒瀬が息を荒げながら叫ぶ。

 

「このまま引き下がれるかよ!お前が全部悪いんだよ。お前さえいなければ……奏だってまだ俺たちと……」

 

「奏が何をしたって言うんだ」

 

ゆうすけの声が一段と低くなった。

 

「お前ら、何を言ってるのか分かってるのか。奏が、お前らをハブるようなことをしたか?」

 

神谷が口を挟む。

 

「奏は、俺たちのグループだったんだよ。お前が引き抜いたんだろうが」

 

「引き抜いたんじゃない。奏が自分で選んだんだ。お前らと一緒にいるより、俺と一緒にいることをな」

 

そう言った瞬間、藤原が床に転がったまま叫んだ。

 

「うるせぇ!お前なんかに何が分かるんだよ!」

 

ゆうすけは藤原に目を向ける。

 

「分からないさ、お前らのことはな。でも奏のことは分かる。あいつがどれだけ苦しい思いをしていたか」

 

「苦しいだと? 笑わせんな」

 

黒瀬が立ち上がり、よだれを飛ばしながら叫ぶ。

 

「俺たちは奏を大事にしてたんだよ! グループに入れてやって、ノリも合わせてやって、なのに急に裏切りやがって!」

 

その言葉に、ゆうすけの目つきが変わった。

 

「……大事に、だと?」

 

低く、地を這うような声だった。

 

「毎日悪口を言わせて、気に入らなければ無視する。それがお前らの言う『大事にする』ってやつか」

 

三人が一瞬ひるむ。

 

「奏はな……『楽しくない』って言ってたぞ。お前らといるのが、少しも楽しくなかったって」

 

「なっ……」

 

神谷の顔色が変わった。

 

「嘘だろ……奏がそんなこと言うわけ……」

 

「嘘なもんか」

 

ゆうすけはきっぱりと言い放った。

 

「あいつは、ハブられるのが怖くて仕方なく合わせてただけだ。お前らに嫌われないように、自分の気持ちを殺してな」

 

藤原がメリケンサックを外しながら、ぼそりと呟いた。

 

「……知らなかった」

 

「知ろうともしなかったんだろ」

 

ゆうすけの声は冷たかったが、不思議と怒りは込められていなかった。

 

「お前らは、奏が笑ってればそれで満足だった。心の中まで見ようなんて、一度も思わなかった。違うか?」

 

三人は言葉を失った。

 

黒瀬は唇を噛み締め、神谷は木刀を下ろし、藤原はうつむいたまま動かない。

 

屋上の風だけが、沈黙の間を吹き抜けていく。

 

 

その時、鉄扉の向こうからかすかな物音がした。

 

ゆうすけは気づいていた。奏が戻ってきて、扉の陰でこのやり取りを聞いていることを。

 

「……それでも」

 

黒瀬が顔を上げた。その目にはまだ諦めきれない炎がくすぶっている。

 

「それでも、奏は俺たちのグループだったんだ。それを横からかっさらうのは、やっぱり許せねえ」

 

ゆうすけは小さく息を吐いた。

 

「勘違いするな。奏は誰の所有物でもない。奏が自分で選んだ道だ」

 

「だったら!」

 

黒瀬が一歩踏み出す。

 

「だったら、せめて奏本人に言わせろよ。『もうあんたたちとは関わりたくない』って。それが聞けたら、俺たちは諦める」

 

神谷と藤原も顔を上げた。どうやら三人とも、それが本音らしい。

 

ゆうすけはしばし考え込み、それから静かに言った。

 

「奏、聞こえてるんだろ。出てきていいぞ」

 

 

鉄扉がぎぃと音を立てて開く。

 

奏が立っていた。両手をぎゅっと握りしめ、唇を噛み締めている。

 

目は少し赤かったが、涙はこらえていた。

 

「……聞いてたの、全部」

 

奏は三人の前に立った。

 

黒瀬たちがごくりと唾を飲む。

 

「あんたたちに言いたいことがある」

 

奏の声は震えていたが、しっかりと前を向いていた。

 

「今まで……仲間に入れてくれてありがとう。でも……」

 

一呼吸置いて、奏は続けた。

 

あたしはあんたたちみたいになりたくないの

 

「……は?」

 

神谷が眉をひそめる。

 

「どういう意味だよ」

 

「あんたたちといると、あたしまで誰かの悪口を言わなきゃいけなくなる。誰かを傷つけないと、仲間はずれにされる。……それが嫌なの」

 

奏の声が少しずつ強くなる。

 

「ゆうすけは、あたしにそんなこと一度も求めなかった。あたしが誰かを傷つけなくても、そのままでいいって言ってくれた」

 

「だからって……!」

 

藤原が口を開きかけたが、奏は首を振った。

 

「だから、もうあんたたちのところには戻らない。ごめん」

 

奏は深く頭を下げた。

 

黒瀬はしばらく奏を見つめていたが、やがて小さく舌打ちをした。

 

「……わかったよ」

 

バットを拾い上げ、肩に担ぐ。

 

「でもな、これで終わりじゃねえからな。お前らが幸せそうにしてるところを、ずっと睨んでてやる」

 

それは捨て台詞というより、自分自身への言い聞かせのように聞こえた。

 

神谷と藤原も黙って武器を片付け始める。

 

三人は無言で屋上を去っていった。鉄扉が閉まる重い音だけが残る。

 

 

奏はその場にへたり込んだ。緊張の糸が切れたように、肩が震えている。

 

「……言っちゃった」

 

「よく言ったな」

 

ゆうすけが隣にしゃがみ込む。

 

「あんたが、いてくれたから」

 

奏は顔を上げずに言った。

 

「一人だったら、絶対言えなかった」

 

「そんなことないさ」

 

ゆうすけは静かに答えた。

 

「奏は昔から、やる時はやる奴だっただろ」

 

「……ばか」

 

奏は小さく笑った。目尻に涙が浮かんでいる。

 

「ゆうすけケガしてない?」

 

「してない。あいつらの攻撃なんてかすりもしなかった」

 

「そっか」

 

奏は胸を撫で下ろした。

 

「……お腹すいたね」

 

唐突にそう言うと、奏は立ち上がって大きく伸びをした。

 

「帰りにコンビニ寄っていい?アイス買いたい」

 

「奏のおごりならな」

 

「はぁ?そこは彼氏が奢るところでしょ」

 

軽口を叩きながら、奏は初めて笑った。本心からの笑顔だった。

 

二人は屋上を後にした。陽が沈みかけた空に、茜色の雲が浮かんでいる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。