嘘だったはずの告白   作:MY@鉄道好き

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第三話 逆恨みの代償――狙われた家族

 ゆうすけと奏は、コンビニまで話をしながら歩いていた。

 

 ――ピコン。

 

 ゆうすけのスマホが鳴る。

 

『香奈:新着メッセージがあります。』

 

 香奈(かな)はゆうすけの義妹。

 

 画面を横から覗き込んだ奏の動きが、ピタリと止まった。

 

「……ねえ」

 

 声のトーンが一段階下がる。奏がジト目で俺を睨みつけてきた。

 

「香奈って、誰? 女の名前じゃん」

 

「あいつは——」

 

 ゆうすけが説明しようとした瞬間、

 

『香奈:今友達と解散したよ。今から帰るね』

 

「か、香奈? ふぅん……」

 

 口調は穏やかだが、明らかに嫉妬の炎がメラメラと燃えている。

 

「ち、違うんだ。香奈は妹で……」

 

「妹? 嘘つけ。アンタんちの家族構成は把握してるんだからね」

 

 奏の眉がつり上がる。

 

 確かに、奏は以前からゆうすけの家族を知っている。長男の優希、長女の彩乃、次女の美月。そして末っ子の優輔。四人兄弟のはずだ。

 

「妹なんていないでしょ」

 

「いや、だから義妹で……」

 

「義妹!? いつから!?」

 

「小6……」

 

「そんな前から!? なんで教えてくれなかったの!」

 

 奏が俺の腕を掴んでぐいぐい揺さぶる。

 

「だって、言うタイミングがなかったっていうか……」

 

「言い訳すんな! 昔、家族旅行の写真見せてくれた時、香奈ちゃん映ってなかったじゃん!」

 

「ああ、あの時はまだ家に馴染んでなくて……」

 

「はぁ!? なにそれ、ズルい!」

 

 奏のテンションがどんどん上がる。

 

「そんな大事な子がいるなら、最初に紹介するべきでしょ!」

 

「いや、でも普通に仲の良い兄妹で……。とりあえず、返信していいか?」

 

とゆうすけ。

 

「……ホントに妹なんだよね?」

 

 奏が睨む。

 

「ああ」

 

 ゆうすけは即答する。

 

「なら、好きにすれば? 言っておくけど、後で妹と紹介しなかったら承知しないからね」

 

 奏が腕を組み、ぷいと横を向いた。まだ少しだけ頬が膨らんでいる。

 

 ゆうすけは画面をタップして、香奈に返信する。

 

『ゆうすけ:分かった。気をつけて帰ってきてな』

 

「奏のこと……言わないの……?」

 

「直接会えばいいだろ?」

 

「それって……どういう……?」

 

 奏は口ごもる。

 

「今から俺の家来ればいい」

 

とゆうすけは言う。

 

「は? 今から?」

 

「奏は彼女だし……」

 

「う……まぁ、いっか」

 

 奏はしぶしぶ承諾した。

 

「じゃあアイスだけ買って……家に行く……」

 

「了解」

 

 奏は不安そうな顔をしている。

 

「大丈夫だって。香奈はいい子だから」

 

「うん。分かってるけど……」

 

 ゆうすけと奏はコンビニを後にして、ゆうすけの家へ向かって歩き出す。

 

「アンタの家ってこっちだっけ?」

 

 ゆうすけの住む家は、町の外れにある、普通の二階建て住宅……のはずだった。

 

 目の前にあったのは……

 

 広い庭……

 

 庭に謎の建物……

 

 3階建て屋上付きの家……。

 

 大豪邸と呼ぶにふさわしい家だった。門を入るだけで数十メートルはある。

 

「でかくない?」

 

「まぁな、庭広いからな」

 

「なんでそんな豪邸に住んでんの? 嘘でしょ?」

 

「嘘じゃない。本当。父さんと兄さんと俺が分担して買った家」とゆうすけは言う。

 

「はぁ? お父さんとお兄さんとゆうすけで?」

 

 奏は完全に頭が追いついていない。

 

「待って……アンタの父さんってサラリーマンじゃなかったっけ?お兄さんも何かしてるの?あと、アンタも出すって何?」

 

と矢継ぎ早に質問を浴びせる。

 

「父さんがサラリーマンなんて言ったことあったか?」

 

とゆうすけ。

 

「だって……普通の家に住んでたじゃん」

 

「前は普通の家だったな」

 

「じゃあ、なんでこんな豪邸に?」

 

「妹と動物たちのためだ」とゆうすけは言った。

 

「妹と……動物?」

 

「中に入れば分かる」

 

 ゆうすけは、門を開けて敷地内へ入る。

 

 奏も後に続く。門から玄関までは庭園のような道が続いており、よく手入れされた植木や花壇が目を楽しませる。芝生はゴルフ場のように均一に刈り込まれ、遠くには池まで見えた。

 

「ちょっと……これ庭じゃなくて公園でしょ」

 

 奏が呆然とつぶやく。

 

 玄関に着くと、ゆうすけは自然な仕草でドアを開けた。

 

「ただいまー」

 

 奥から犬が10匹、猫が5匹、玄関に走ってくる。

 

 大型犬のジャーマン・シェパードが3匹、大型犬のゴールデンレトリバーが2匹、中型犬の柴犬が3匹、小型犬のチワワが2匹。

 

 猫はボンベイ、マンチカン、ラグドールが1匹ずつ、アメリカン・ショートヘアが2匹。

 

 玄関が動物でごった返す。ワンワン、ニャーニャーと賑やかな大合唱だ。

 

「え、なにこれ!? 多すぎでしょ!」

 

 奏が目を丸くする。

 

「おとなしくしてろ〜」

 

 とゆうすけが言うと、犬も猫もしっぽを振ってお座りをした。その姿はまるでよく訓練された軍団のようだ。

 

「お利口さんだね」

 

 と奏が言う。

 

 ゆうすけはゴールデンレトリバーの頭を撫でる。犬はうれしそうに目を細めた。

 

「ねえ、この子たちの名前は?」

 

 奏が興味津々で尋ねる。

 

「シェパードが、ジン、レイ、ゼット。ゴールデンが、ライ、カイ。柴犬が、ラン、スイ、コウ。チワワが、ピコ、パコ。猫が、ミー、ケイ、ララ、シロ、クロ」

 

 ゆうすけは全部諳んじてみせた。

 

「猫の名前、急に雑になったわね」

 

 奏が笑う。

 

「いや、こいつらは元々野良でな。保護した時に名前をつけたんだが、他に思いつかなかった」

 

「そんなにたくさん飼ってるんだ」と奏が驚きながら言う。

 

「みんな俺の大事な家族だよ」

 

「ゆうすけの部屋行きたい」

 

 そう奏は言った。

 

 ゆうすけは犬と猫を引き連れ2階へ上がっていく。奏もゆうすけの後ろに付いていく。

 

 2階に上がりすぐ右にある部屋のドアを開ける。

 

 勉強机、パソコンデスク、シングルベッド、そしてショーケースがある。

 

 勉強机には参考書や教科書が。

 

 パソコンデスクには、ゲーミングデスクトップPCが。

 

 ショーケースには、アニメキャラ、VTuberのフィギュアやグッズがたくさん飾られている。推しのアクスタ、缶バッジ、ぬいぐるみまで揃っている。壮観な眺めだ。

 

「え? ちょっと待って、これ全部アニメグッズ? しかもVTuberのアクスタとかも……」

 

 奏は驚いた顔でショーケースを見つめている。

 

「まぁな」

 

 ゆうすけは苦笑いしながら、ベッドに腰掛けた。動物たちは部屋の中でも思い思いの場所に落ち着き始めている。柴犬のランが奏の足元にすり寄っていった。

 

「それと、そのパソコン。ゲーミングPCじゃん。めっちゃ配線キレイにまとめてあるし」

 

「自作だからな」

 

「自作!? アンタそんなスキルあんの?」

 

「昔から機械いじりは好きだったんだよ」

 

「へー……意外。でも、このショーケースの中、VTuberのグッズ多くない?」

 

「気のせいだろ」

 

 ゆうすけは少しだけ目をそらした。自分がVTuberとして活動していることは、これまで誰にも明かしていない秘密だった。

 

「ふーん……。そういえば、さっき聞いた、家買うのにゆうすけが使ったお金の出どころが知りたい」

 

 奏が真っ直ぐな目で見つめてくる。

 

 ゆうすけは少し考えて、小さく息を吐いた。

 

(……ずっと隠しておくつもりだったが、奏になら、いいか)

 

 そう覚悟を決めて口を開く。奏は不思議そうにゆうすけを見る。

 

「俺、実はYouTubeやってるんだ……」

 

「え!?YouTube!?いつから?」

 

「小6まで子役やってたのは知ってるだろ?」

 

「うん」

 

「引退してからゆっくり実況をやって、今はVTuberだ」

 

「ゆうすけが……VTuberねえ……」

 

 奏が目を細める。

 

「登録者は?」

 

65万人くらい」

 

「はぁ!?何その数字!?」

 

「ゆっくり実況のチャンネルも35万人くらいだったな」

 

「待って待って!あんたのチャンネル名は?」

 

「それは……教えない……」

 

「なんで?」

 

「彼女とは言え……バレるのは恥ずかしいからな……。どうしても知りたいなら、俺が教えたくなる頼み方してみろ」

 

 とゆうすけは冗談めかして言った。

 

「なにそれ!」と奏は笑いながら抗議する。

 

 奏は少し考えて、

 

「じゃあ今度は、奏が教えたくなるような頼み方をしてみるね」

 

「おう、期待してる」

 

「それより、こっちは?」

 

 奏が指差したのは、ショーケースの隅に飾られた一枚の写真立て。

 

「ああ、それは……子役時代の写真だ」

 

 ゆうすけは少しだけ遠い目をした。

 

 写真の中のゆうすけは、小学校低学年くらいの姿で、テレビ番組のセットらしき場所で共演者たちと笑っている。

 

「これ、覚えてる!ゆうすけが出てたドラマだよね!」

 

 奏が身を乗り出して写真を指差す。

 

「奏も見てたのか?」

 

「当たり前じゃん!みんな見てたよ!『ハルカとショウタの不思議な旅』!」

 

「ああ、それか」

 

「『ユウくん』めっちゃカワイイって評判だったよ!」

 

 奏がからかうように笑う。

 

「ユウくん……か」

 

「そう!アンタ、本名じゃなくて『夕凪 朔(ゆうなぎ さく)』っていう芸名で活動してたじゃん」

 

「よく覚えてるな」

 

「だって、奏がちっちゃい時から大好きだったもん」

 

 奏は目を輝かせている。

 

 その輝きに、ゆうすけは少しだけ胸が暖かくなるのを感じた。

 

「引退する時、寂しかったんだからね。急にいなくなるから」

 

「仕方なかったんだ。中学からは普通の生活に戻りたかった」

 

「それでゆっくり実況とVTuberか〜」

 

「まあね」

 

「ふーん……」

 

 奏は少しだけ考え込むような顔をした。

 

 その時、下の階から音が聞こえた。

 

 ――パリン。

 

 そして警報音が鳴り響く。

 

 家のセキュリティシステムだ。

 

「なに!?」

 

 奏が飛び上がる。

 

「とりあえず、下行くぞ」

 

 ゆうすけと奏は、急いで階段を下りていく。

 

 下に着くと窓が割れていた。

 

 そして石が落ちていた。どうやら石を投げつけたようだ。

 

「とりあえず、監視カメラを確認して警察に通報だな」

 

「あいつらかな?」

 

 と奏は言った。

 

「おそらくな」

 

 ゆうすけは監視カメラの映像を確認した。

 

 映像は暗い夜でも鮮明だった。しかし、手で顔を覆っていた。

 

 そのため、あいつらであることはほとんど明確だが、確証を得られなかった……。

 

 そして映像の最後は、監視カメラに石を投げつけ破壊するシーンで終わっていた。

 

「なんで……映像見れてるの?」

 

 と奏が尋ねる。

 

「カメラ本体のSDカードではなく別のところに保存されるからな」

 

 とゆうすけは言った。

 

 奏は呆れたようにため息をつく。

 

「もう、あいつらなんなの……」

 

 と奏はイライラしている。

 

 警察に通報して数分後、パトカーが到着した。

 

 制服の警察官二人と一緒に私服の男性もいた。

 

「警官はわかるんだけど、そちらの方は?」

 

 と奏はゆうすけに尋ねる。

 

「父さんの知り合いの、国内最高峰の民間鑑識・犯罪科学ラボの主任だ。警察の鑑識よりもはるかに高度な解析機材を持ってるから、無理言って来てもらった」

 

 とゆうすけは言った。

 

 奏は「はぁ……さすがだね……」と言った。

 

「ゆうすけ君、最近はどうですか?」

 

「あんまりいい事ありませんね」

 

「そうでしたか……」

 

 と調査員さんは言った。

 

「指紋出ますかね?顔隠してカメラ壊す用意周到さでしたけど」

 

「所詮は素人のやる事ですから。プロの機材を使えば、これくらいの隠蔽はすぐに暴けますよ」

 

 と答えた。

 

「そうか」とゆうすけは納得したように頷いた。

 

「警察の方々が、当該監視カメラの映像を見たいと言ってますけど」と鑑識さん。

 

「どうぞ」とゆうすけは快諾した。

 

 奏が不安げな表情でゆうすけの服の裾を引っ張る。彼女は黙ったままだったが、その手は震えていた。ゆうすけは何も言わず、奏の手をそっと握った。

 

 割れた窓を応急処置することにした。

 

「来い!万能ロボット!」

 

 とゆうすけが声をかける。

 

「へ……?」

 

 奏がキョトンとしていると、人型?に近い高さ170cmくらい幅は20cmくらいのロボットが歩いてきた。

 

「どうしましたか?ご主人様……」

 

「割れた窓の応急処置をしてくれないか?」

 

「かしこまりました」

 

 そう言いロボットは応急処置を始める。

 

「え……ロボット?」

 

 奏は混乱している。

 

「父さんの知り合いの会社が作ったロボットの制作に関わって、その時お礼にもらったものだ。このロボットの制作にも関わってるがな」とゆうすけ。

 

「なんか色々凄すぎて、理解が追いつかないんだけど……」

 

「気にするな」とゆうすけは笑った。

 

 窓の修理を万能ロボットに任せ、ゆうすけと奏は玄関のソファに座って待機していた。

 

 調査員の人が現場検証を始めた。

 

 指紋や足跡、繊維の痕跡などを丁寧に採取している。

 

「かなり丁寧に調べてるね」

 

 奏がつぶやく。

 

「民間の鑑識は証拠を集めるのが専門だからな。父さんの知り合いっていうのもあるけど、すごく真面目な人なんだよ」

 

 その時、調査員が小さく声を上げた。

 

 「指紋が取れました。投げた石からです」

 

 窓に投げつけられた石から、くっきりとした指紋が浮かび上がっていた。しかも複数人分のようだ。

 

 調査員はそれを慎重に採取し、警察の鑑識へと手渡した。

 

 「鑑識さん、こちらの解析を頼む。未成年のものだと、通常のデータベースだけではヒットしない可能性が高いですが」

 

 その言葉に、ゆうすけが静かに口を開いた。

 

 「……それなら、心当たりがあります」

 

 ゆうすけの言葉に、近くにいた警官が真摯な態度で視線を向けた。

 

 「というと?」

 

 「学校で、最近トラブルになっていた同級生のグループがいます。もしそいつらの仕業なら、学校側の生徒名簿と照らし合わせれば分かるはずです」

 

 ゆうすけの説明を聞いて、警官は納得したように頷いた。

 

 「なるほど、同級生か。それなら話が早い。警察のほうから学校の管理者に連絡を入れ、夜間でもデータの突合ができるよう協力を要請しよう」

 

 警官の一人が無線で本部に指示を出し、学校側との連携を進める。

 

 数分後、再び無線が鳴り響いた。

 

 「――こちら本部。学校側からデータ照合の許可が下り、生徒名簿との突合が完了した。黒瀬悠斗、神谷蓮、藤原湊。三人とも、ご指摘の通り同じ高校の生徒に間違いないとのことだ」

 

 無線を切った警官は、落ち着いたトーンでゆうすけたちに向き直った。

 

 「……おっしゃる通り、君たちの同級生のようですね。詳しく事情を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

 「ええ……間違いありません」

 

 ゆうすけは静かに答えた。

 

 奏は青ざめた表情で呟いた。

 

 「これで、あいつらも言い逃れできないわね……」

 

 「ああ」

 

 警察は三人の身柄を確保するため、すぐに行動を開始することになった。警察の鑑識が現場の写真を撮影し、調査員は採取した証拠を丁寧にまとめて引き揚げていく準備を始める。

 

 「お疲れさまでした」とゆうすけは言った。

 

 「いえいえ、これが仕事ですから」と調査員は穏やかに笑う。

 

「それにしても、あのロボット。相変わらず優秀ですね」

 

「おかげさまで」

 

 ゆうすけは万能ロボットの方をちらりと見た。ロボットは既に窓の応急処置を終え、割れたガラスの破片も掃除している。

 

「本当に色々と凄い家だね」

 

 奏はソファに深く座り込みながら、呆れたようにつぶやいた。

 

「慣れれば普通だよ」

 

「どこが!?」

 

 と奏がツッコミを入れた。

 

「そういえば、香奈遅いな……」

 

 ゆうすけはスマホの時計を見てつぶやいた。

 

 もう夜の九時を回っている。連絡が来てから相当な時間が経っている。

 

もう着いてないとおかしい。

 

 そう思い、スマホを手に取る。

 

 画面を見ると通知が表示されていた。

 

『システム通知: 香奈が位置情報共有をオンにしました。今すぐタップして詳細を確認……』

 

「位置情報共有がオンになっている……」

 

 とゆうすけはつぶやく。

 

 これは香奈が何らかの異変を感じたときの合図だった。

 

いつもはオフになっているのに、自分からオンにしている。

 

 スマホの画面に、香奈の現在地が表示される。

 

地図を見て、ゆうすけの表情が凍りついた。

 

 学校裏の廃倉庫だった……。

 

「……奏、悪い」

 

 ゆうすけが突然立ち上がった。

 

「どうしたの?」

 

 奏が困惑して顔を上げる。ゆうすけの顔には冷たい怒りが浮かんでいる。

 

「香奈が……学校裏の廃倉庫にいる。誘拐されたっぽい」

 

「え!?」

 

 奏は驚きのあまり椅子から跳ね上がった。

 

「なんでわかるの!?」

 

「香奈が、位置情報共有をオンにしてる……。つまりSOS信号だ」

 

 ゆうすけは冷静に答えた。

 

「え……どういうこと?」

 

「昔、俺が誘拐されかけた事があってな。その時の対策で、父さんが家族用の専用アプリを作らせたんだ。普段はオフにしてあるけど、コントロールパネルからワンタップでオンにできるようになってる」とゆうすけは言った。

 

「それって、香奈ちゃんのにも……?」

 

「ああ。家族全員のスマホに同じように入れてある。連れ去られる直前か、スマホを奪われる土壇場でスイッチを入れたんだろ。GPSで正確な居場所が分かるようになってる」

 

 ゆうすけは画面を指し示しながら説明した。

 

「まさか、これもあいつらなの……?」

 

 奏の声は震えていた。

 

「おそらくな」

 

 ゆうすけは静かに言った。

 

「警察に通報する?」

 

「する。だが俺は先に行く」

 

「それじゃ危ない!」

 

「大丈夫だ。俺にはやることがある」

 

 ゆうすけの目は既に戦闘モードに入っていた。

 

 家族を傷つける者は絶対に許さない。それがゆうすけの信条だった。

 

「奏は、警察に通報して学校裏に来るように言ってくれ」

 

「でも……」

 

「大丈夫だから。あと、念のため奏は奥の部屋にいてくれ」

 

 そう言い、奏を奥の部屋に連れて行く。

 

 そこにいたのは……巨大なトラだった。

 

 奏は驚きのあまり声も出なかった。

 

「この子はラージャ。いざという時、奏を守ってくれるから」

 

「は?トラ!?飼ってるの!?」

 

「説明は後だ。頼む」

 

 ゆうすけは、ラージャに何かを伝えるように目で合図をした。ラージャは何かを察したように、ごろごろと喉を鳴らし、奏の足元に近づいた。

 

「絶対戻ってくるからな」

 

 そう言ってゆうすけは部屋を出て行った。ドアが閉まる音が、妙に大きく響いた。

 

 奏はラージャと部屋で一人になった。大きなトラが静かに座っている。奏は恐る恐る、ラージャの背中をなでてみた。

 

「大丈夫……かな」

 

 ラージャは奏を安心させるかのように、小さく鼻を鳴らした。

 

 ゆうすけは家を出て、学校裏の廃倉庫へ急いだ。

 

 街灯が少ない住宅街を抜けると、雑草の生い茂る道に入った。

 

 携帯電話は常に手に握りしめていた。通話機能はオンのまま、緊急事態に備えていた。

 

 3つの廃倉庫が見えてきた。どれも古びていて、使われなくなった機材が放置されている。

 

 香奈の位置情報は、中央の一番大きな倉庫を指していた。

 

 倉庫の前にたどり着くと、中から声が聞こえてきた。若い男たちの笑い声だ。

 

 ゆうすけは息を潜めながら、倉庫の入口に近づいていく。

 

 倉庫の扉は半開きになっていて、中から光が漏れていた。

 

 窓から中を覗くと、全く知らない顔の3人の男がいた。彼らは倉庫の奥で香奈を囲み、座っていた。

 

 香奈は恐怖に震えながら、隅に縮こまっている。

 

 男たちは酒を飲みながら、香奈をからかっていた。

 

「おい、逃げようとすんなよ?」

 

 一人の男が香奈の肩を乱暴に押した。

 

「俺らだって、こんなことしたくねぇんだよな?」

 

 もう一人が冷ややかに笑った。

 

「白石の指示でさ。生意気なクソガキの妹をさらって来いって」

 

「やばいことしたら殺すんだろ?」

 

 三人は嘲笑いながら香奈を脅していた。

 

 香奈は目を大きく見開き、涙をこらえながらも毅然とした態度で、その男たちを睨みつけていた。

 

 ゆうすけは深く息を吸い込み、静かに倉庫の中へ侵入した。

 

 彼の姿は闇に溶け込み、男たちの注意を完全に逸らしていた。

 

 男たちが香奈に対して冷ややかに笑いながら、香奈を脅し続ける。

 

「生意気な顔しやがって」

 

「怖いの?泣いちゃったら可哀想だな」

 

「もう少し遊んでやろうぜ」

 

「結構かわいい顔してるよな?」

 

 一人の男が香奈に近づき、顔を覗き込もうとした。

 

「触らないで!」

 

 香奈は必死に顔を背け、叫んだ。

 

 しかし、もう一人の男が彼女の腕をつかんで引っ張り上げた。

 

「まあまあ、そう邪険にするなよ。楽しませてやるから」

 

 ゆうすけは、ゆっくりと歩を進め、男たちの死角から音もなく接近した。

 

 彼の瞳は冷徹に光り、男たちの動きをすべて把握していた。

 

 男たちが香奈にさらに近づき、香奈の服を脱がそうと手をかけた瞬間……。

 

 ゆうすけは、手に向けて輪ゴムを投げる。狙い通りに男の手に命中し、男は驚いて一瞬動きを止めた。

 

「いてっ!なんだ?」

 

おい。俺の妹に何してる?

 

 普段のゆうすけからは想像できない程低く怒りの籠った声だった。

 

 男たちは一斉に振り返り、ゆうすけの姿を確認すると驚きの表情を浮かべた。

 

「なんだ、このガキ?」

 

「あ?生意気なクソガキってお前のことか?」

 

「こいつもさらうか?」

 

 ゆうすけは冷たく微笑みながら、男たちに向かって言葉を発した。

 

「お前らも知ってるだろ?俺は九条優輔だ。そして、そいつは俺の妹だ。誰の指示でさらった?」

 

「誰が言うかよ!」

 

 一人の男が懐からナイフを取り出して構えた。

 

 他の二人も追随して武器を取り出した。

 

「このガキ、生意気だな。ちょっと痛い目に遭わせてやるか?」

 

「行くぞ!」

 

 一人の男がナイフを振りかざしてゆうすけに突進してきた。

 

 ゆうすけはその男の攻撃をかわし、ナイフを持つ手を掴み、軽く捻ると男はナイフを落とした。

 

「お前らみたいな下っ端が、俺に勝てると思ってるのか?」

 

 ゆうすけは冷たい視線で男たちを見据えた。

 

「舐めやがって!」

 

 次の男が金属バットを持って襲いかかってきた。

 

 ゆうすけはその攻撃を難なくかわし、相手の懐に飛び込んで強烈な膝蹴りを腹部に叩き込んだ。

 

 男は呻きながら倒れた。

 

「次は誰だ?」

 

 ゆうすけは挑発的な視線を残りの男たちに向けた。

 

「もう勘弁ならねぇ!」

 

 最後に残った男が背後からナイフを構え、ゆうすけに向かって突進してきた。ゆうすけは前方の敵に集中しすぎて油断していた。

 

「あぶな──」

 

 香奈が叫ぶ間もなく、鋭い刃先がゆうすけの腹部をかすめた。皮膚が裂け、焼けるような痛みが走る。血が滲み、黒いシャツに赤い染みが広がる。

 

「ぐっ……」

 

 ゆうすけは顔を歪ませる。痛みに集中力が削がれ、一瞬動きが止まる。

 

「ははは!効いたか!」

 

 ナイフを持った男が嘲笑う。他の二人も余裕を取り戻し、じりじりと距離を詰めてくる。

 

「兄さん……っ!」

 

香奈が悲鳴をあげる。彼女の目には涙が浮かんでいる。張り詰めた恐怖のなかでも、香奈は気を張っていつものように「兄さん」と叫んだ。

 

 ゆうすけは歯を食いしばる。刃が浅く滑ったとはいえ、焼けるような鋭い痛みのせいで一瞬視界が霞む。それでも彼の目は冷たい光を失っていない。「これくらい……大したことじゃない」

 

 そう言うものの、腹部の痛みが思考を鈍らせている。

 

「おい、そいつを捕まえろ!人質にするぞ!」

 

 一人の男が命令し、ゆうすけの腕を掴もうとする。だがその動きは致命的な隙となり……。

 

 ゆうすけは激痛を押し殺し、本能で反応した。腹部を庇いながらも相手の腕を逆手に捻り上げ、背後へと投げ飛ばす。

 

「ぐあっ!」

 

 投げ飛ばされた男がコンクリートの床に叩きつけられる。

 

「この野郎……!」

 

 ナイフを持った男が再び襲いかかる。ゆうすけは傷の痛みに耐えながらも冷静に動きを読む。相手の斬撃を紙一重で避け、腕を掴む。

 

「甘いな……」

 

 今度は逃さない。ゆうすけの掴んだ腕を折れる寸前まで捻り、ナイフを奪い取る。

 

「があああ!」

 

 痛みに悶える男を蹴り飛ばし、距離を取る。

 

「もうやめろ。これ以上無駄に怪我を増やす必要はない」

 

 ゆうすけは冷たく言い放つ。だが腹部の傷から流れる血が止まらない。シャツが赤く染まり、呼吸が浅くなる。

 

「くそっ……」

 

 最後の一人が後退りしながらも、抵抗の意志を示す。

 

「兄さん!血が……!」

 

 香奈の声が震える。

 

「心配するな。これくらい……問題ない」

 

 そう答えつつも、痛みで額に汗が滲む。だが彼の目に宿る闘志は消えない。

 

「来い。決着をつけてやる」

 

 最後の一人が襲いかかる瞬間、ゆうすけの目に鋭い光が宿る──!

 

ナイフを失った男は最後の手段に出た。

 

ポケットから黒い筒状の物体を取り出す。

 

「くそっ、こいつでも食らえ!」

 

男がスイッチを押し込むと、けたたましい高周波の電子音が響き渡った。

 

──不法に光量を改造された、護身用の強力なストロボライトだ。

 

「まずい……!」

 

ゆうすけは咄嗟に目を固く閉じ、腕で顔を覆う。同時に香奈へ叫ぶ。

 

「香奈! 後ろを向いて目を閉じろ!」

 

叫び終えた直後――廃倉庫の薄暗い空間を、暴力的な点滅光と耳をつんざくブザー音が支配した。

 

チカチカと網膜を焼くような異常なフラッシュと、平衡感覚を狂わせる高音。

 

まともに直視すれば、数分間は視覚を奪われ立っていることすらできなくなる。

 

しかし、ゆうすけへのダメージは最小限に抑えられていた。

 

瞬時に背を向けて腕で視界を完全に遮ったことで視覚へのダメージを回避。そして姿勢を低くして鼓膜への刺激を和らげることに成功したのだ。

 

「ちぃっ……!」

 

 耳の奥で鋭い耳鳴りがキーンと鳴り響いている。

 

 傷を負った腹部からツーッと温かい血が肌を伝い落ちる感覚があるが、動けないほどではない。

 

「ははっ! さすがにこれは効いただろ!」

 

 手榴弾を投げた男が、煙の向こうで勝ち誇ったように叫ぶ。ゆうすけが倒れ伏していると確信している足音だ。

 

「……素人が、映画の真似事なんてするからだ」

 

「なっ!?」

 

 煙を裂いて現れたゆうすけの姿に、男が驚愕に目を見開く。

 

 視界にはまだフラッシュバンの白い残像が焼き付いている。腹の傷のせいで足取りも普段より重い。

 

 しかし、幼い頃から叩き込まれたゆうすけの動きに迷いはなかった。

 

 痛みを気力でねじ伏せ、一瞬で男の懐に潜り込む。

 

「化け物か、てめぇ……っ!」

 

 男が慌てて腕を振り回そうとするが、遅い。

 

 ゆうすけの一切の手加減のない拳が、男の鳩尾(みぞおち)に深く突き刺さる。

 

「がっ……は……!」

 

 男はカエルが潰れたような悲鳴を上げ、そのまま白目を剥いてコンクリートの床に崩れ落ちた。

 

 静寂が戻った廃倉庫。

 

 残っているのは、倒れ伏して呻き声を上げる男たちだけだ。

 

「……終わったぞ、香奈」

 

 ゆうすけは浅い呼吸を繰り返し、姿勢を崩したまま震えている義妹へと歩み寄った。

 

「兄さん……!」

 

 恐る恐る目を開けた香奈は、倒れた男たちを見て安堵の表情を浮かべたのも束の間、ゆうすけの腹部を赤く染める血を見て悲鳴のような声を上げた。

 

「血が……すごい血……! 私のせいで……!」

 

 大粒の涙をポロポロとこぼし、香奈がゆうすけのシャツにしがみつく。

 

「泣くな。お前が無事なら、これくらい安いもんだ」

 

 ゆうすけは血のついていない方の手で、香奈の頭を優しく撫でた。

 

張り詰めていたアドレナリンが切れ始めたのか、じわじわと傷の痛みが主張し始める。シャツに染み込んだ血の量はそれなりだが、致命傷ではない。

 

(早く……こいつらに首謀者を吐かせて、しっかり止血しないとな……)

 

 ゆうすけは冷たい瞳で、足元で呻く男たちを見下ろした。

 

 そう、ゆうすけが考えていると遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。奏が通報した警察が来たようだ。

 

「警察が来る……」

 

「お兄ちゃん……っ、怖かった……!」

 

無事を確信し、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたのだろう。普段は「兄さん」と呼ぶようにしている香奈の口から、堰を切ったように昔の呼び方である「お兄ちゃん」という言葉がこぼれ落ちた。

 

「もう大丈夫だ」

 

 警察が倉庫に入ってくる。

 

 倒れてる男たちを見てびっくりする……。

 

「君は……一体……何者なんだ……」

 

 ゆうすけは、

 

「さぁ……」

 

 と答えた。

 

 警官は倒れている男たちに事情を聞きだそうとする。

 

「首謀者は誰だ?」

 

 男たちは怯えたように顔を見合わせ、口をそろえて言った。

 

「白石だ……白石グループの令嬢だよ! 俺たちはあの女に大金積まれて雇われただけだ!」

 

白石美咲……」

 

 ゆうすけは静かにその名を口にして、冷たく目を伏せた。

 

(白石グループ……。一介の高校生が、個人的な恨みだけでこれだけの人間を裏で雇えるものなのか? 親の金を勝手に使った娘の単独犯か、それとも会社ぐるみで何か裏があるのか……)

 

 この場にいる下っ端の言葉だけでは、事の全貌は断定できない。

 

(だが、俺の親父も社長だ。白石グループについて何か知ってるかもしれないし、事情を話せば裏を取ってくれるはずだ)

 

 相手が単なる小娘の暴走だろうが、会社ぐるみの闇だろうが関係ない。親父の力を借りて確実に対処するまでだ。

 

 その時、警官の一人がゆうすけの腹部を赤く染めている血に気がついた。

 

「君、酷い出血じゃないか! すぐに手当てを!」

 

 若い警官が駆け寄り、救急キットを取り出してゆうすけの傷の応急処置を慌ただしく始める。

 

「傷は浅いですが、出血が多い。すぐにパトカーで病院へ向かいます。妹さんも見る限りケガはないようですが、念のため一緒に病院で検査を受けてもらいますからね」

 

「……お願いします」

 

 ゆうすけは痛みに耐えながら短く答え、香奈の肩を抱き寄せた。

 

 一方、別の警官たちが倒れた男たちを手錠で拘束し、次々と車両へと連行していく。

 

「実行犯から首謀者の証言がはっきりと取れた以上、我々も直ちにその『白石美咲』という少女への事情聴取を行うことになる」

 

 年配の警官が厳しい顔つきで言った。

 

(警察の事情聴取が入れば、さすがの白石美咲も警戒して身動きが取れなくなる。これで一旦、俺たちへの直接的な仕返しは止むだろう)

 

 ゆうすけは少しだけ安堵の息を吐いた。

 

 手当てを受けながらパトカーの後部座席に乗り込むと、香奈が不安そうにゆうすけの手を強く握ってきた。

 

「お兄ちゃん……ごめんなさい。私のせいで、こんな……」

 

普段の呼び方に戻す余裕すらないのか、香奈は小さな声で震えながらそう口にした。

 

「お前のせいじゃない。俺が全部終わらせるから、安心しろ」

 

 ゆうすけは血の気を失った香奈の頭を優しく撫でる。

 

 病院で傷の処置を終えたら、すぐに親父に連絡を取らなければならない。白石美咲とその背後にある不気味な火種を、根元から完全に断ち切るために。

 

 診察室の白い光が妙に眩しかった。消毒液の匂いが鼻をつく。ゆうすけは上半身裸で診察台に座り、医師が傷口を調べている間、じっと壁の一点を見つめていた。

 

「うーん……」

 

 老医師が興味深そうに傷口を覗き込む。

 

 看護師が準備した縫合用の器具を手渡す間も、その目は傷から離れなかった。

 

「ナイフでやられたと聞きましたが、本当ですか?」

 

「はい。間違いなくナイフです」

 

「これ、運が良かったですね。刃が内臓に達していない。腹膜の手前で止まっています。傷口は綺麗な切り傷ですが深さは1センチもありません」

 

 医師は感心したように何度も頷いた。

 

「普通、至近距離からナイフで刺されれば、こうはいきません。あなた、反射的に体を引いてかわしましたね?傷の角度がそれを物語っています。咄嗟の判断力と反射神経がなければ、今頃手術室でしたよ」

 

「まあ……小さい頃から護身術は習っていたので」

 

「なるほど。それにしても、です。ナイフ相手にこれだけで済んだのは、本当にすごいことです。運も実力のうちと言いますが、あなたの場合はその両方でしょう」

 

 そう言いながら、医師は手際よく縫合を始めた。チクチクとした痛みがあったが、ゆうすけは顔色一つ変えなかった。

 

「全部で8針です。抜糸は1週間後。それまでは激しい運動は控えてください。傷口が開くといけませんから」

 

「わかりました」

 

「あと、お腹を縫った後はどうしても突っ張る感覚があります。傷が治る過程でかゆみも出ますが、掻かないように。跡が残りたくなければ、なおさらです」

 

「はい」

 

 縫合が終わり、看護師が傷口にガーゼを当ててテープで固定する。その間も老医師はカルテに何かを書き込みながら、ちらりとゆうすけを見た。

 

「そういえば、警察の方から聞きましたよ。妹さんを助けるために、単身で乗り込んだとか」

 

「……はい」

 

「立派なことです。でも、もう二度とこんなことがないように祈っています」

 

 医師はカルテを閉じ、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「今日は安静に。傷口を濡らさないように気をつけてください。明日また消毒に来てくださいね」

 

「ありがとうございました」

 

 ゆうすけは一礼して診察室を出た。

 

廊下では香奈がソファに座って待っていた。彼女の膝の上では両手がぎゅっと握りしめられている。

 

診察室から出てきた姿を見るなり、香奈は弾かれたように立ち上がった。

 

「お兄ちゃん……!」

 

涙目で駆け寄ってくる。そこにいたのは、気丈に振る舞う義妹ではなく、心から安堵して昔のように甘える妹の姿だった。

 

「大丈夫だ。縫ってもらっただけだ」

 

「痛かった……?」

 

「麻酔してるから、そんなに」

 

 実際は麻酔が切れ始めてじわじわと痛みが増していたが、香奈には言わなかった。

 

 香奈の診察はすぐに終わった。特に外傷もなく、精神的なショックも軽度だという医師の言葉に、ゆうすけは心から安堵した。

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