たのしいひあそび 作:わたしは非ばなー
事故。それは後になって対策に気が付くものだ。
例えば、ちゃんとイヤホンとスマホが接続されているか確認するとか、あるいはスピーカーの音量をゼロにしておくとか。
「こんひばな~!」
という可愛らしい挨拶が教室に響き渡る。
イヤホンはしっかりスマホに刺したはずなのに……いや、ちゃんと刺さってる。反応していないだけだ。
「やっべ」
慌てて動画の再生を止める。パニックになって声を上げてしまったこと、わたわたとスマホを触っていることから、俺が音を出した犯人だとバレバレになった。
「何ぃ? 今の?」
くすくすと笑い声と共に、突き刺さる視線。
俺が再生してしまったのは配信者「火花」の昨日の配信アーカイブ。登録者数1万人のそこそこ人気の配信者だが……
クラスメイトから向けられる冷ややかな視線から察するに、この教室で彼女を推しているのは俺だけだったのだろう。
何事もなかったように授業を再開する教師と、俺のせいで少しだけ騒がしくなった教室。
にやにやとこちらを時折見ながら、近くの席の生徒と雑談を始める人もいた。
誤魔化すようにイヤホンを何度もスマホに刺しなおす。先ほど反応しなかった理由を確かめたかったのもある。やっぱり接続されない。この前買ったばかりなのに、故障だろうか。
「ねえ……火花のこと、好きなの?」
俺がイヤホンを点検していると、隣の席の女子生徒が声を潜めて聞いて来た。
彼女は、イヤホンの断線をチェックしている間机の上に置きっぱなしになっていたスマートフォンの画面を見つめている。
画面には火花の過去配信の一覧が表示されていた。
机の上に置いたときに、誤って画面に触れてチャンネル画面まで戻ったのだろう。
再生状況が分かるサムネイル下のシークバーは、いずれも右端まで達している。長時間の配信も含めて、最後まで見ているのは我ながら相当なファンだ。
だが、俺の答えは決まっている。
「普通」
「なんで!?」
思わずといった様子で声を上げた隣の席の女子生徒は、クラスから視線を向けられて、教室全体にぺこぺこと頭を下げて恥ずかしそうに俯いた。
髪は伸ばしっぱなしで、メガネは横から見ておもちゃかと思うほどに分厚い。うっすらと化粧をしているのも、却って彼女を地味な生徒と印象付けるものでしかなかった。
「普通……なの?」
注目されたばかりだからか、ずいっと顔を寄せて、耳元で囁かれた。
「ふ、普通だね。好きな配信者でいえば……」
考えながら配信者の名前を何人か挙げる。
「はな……わたしは火花がすきだけどな~……でも、普通にしては、ずいぶんと熱心に見ているよね?」
呆れ、挑発、それから僅かな不満。
好きな配信者を普通と言われた時の反応。
なんとなく、視線を机の上の教科書に向けた。
どう誤魔化そうかと考えて、嘘はつかないことにした。
「俺は……配信者になりたくて、その勉強用に見てたんだ」
彼女の配信は、とても勉強になる。純粋に楽しく見ているのも確かだが、配信をやるにあたって学べる点が多いこともまた事実。
人を不快にさせないし、感情の出し方も上手だ。教科書通りという悪い言い方も出来てしまうけれど。
「え? 配信やりたいの?」
「配信に限らずとも、動画投稿でも何でも──」
と、そこでチャイムが鳴った。
「あ……」
いつもより電子音特有のゆがみが響く感じがした。
これで会話も終わってしまう。そんな風に思ったのだが。
「ねぇ、お昼ご飯は学食に行くでしょ? 一緒に行こうよ」
言われて、俺は改めて隣の席の「花火」さんの顔を見た。
俺が「火花」を推しているのに普通と答えた理由は、照れただけ。
普通に声と顔、それから名前で分かることだけれど。
ひと月前に転校してきた花火さんの正体は、たぶん火花だ。
☆
焼き魚を箸で綺麗に解体する花火さんを眺めつつ、唐揚げを一口で食べた。大きすぎて顎が外れそうになる。
「どれもやりたいんだけれど……配信の方が興味はあるかなぁ」
教室での話の続き。俺は何かしらの活動を始めてみたいと思っているのだけれど、どれがいいだろうかという雑談のつもり。
花火=火花を探っているわけではない。俺の中ではもう確定しているし。
「今から始めるのなら、どれかに絞ったほうがいいかな~」
「全部やると中途半端になるとか?」
「ううん。計画を立てれば出来ると思うよ。でも、人気になりたいんだったら、それじゃダメ」
花火さんは人差し指を立てながらウインク。どうにも動作の一つ一つが芝居じみているように思う。ただ一つだけ演技じゃないと確信できるのは、どこか挑戦的な微笑み。
「ひとまず、ジャンルを決めちゃおう。どんなのがやりたいかとかはある?」
「俺は、火花みたいな感じで配信したいかも」
特定の何かをやるというよりも、誰がやるかに焦点を当てたタレント型の配信。
俺がそれで人気になれるかは怪しいけれど、やってみたい。
「配信にするの? それなら動画はある程度活動してから名場面集を出すだけにした方がいいね」
「どうして? どっちかがバズれば人が増える。両方頑張ったほうがチャンスも二倍じゃんね」
俺がそういったけれど、花火さんは大げさに首を振る。
「それでうまくいくのならね。登録者はじわじわ増えていっていつか爆発ってパターンが多いから、まずはそのじわじわ増えていつも見てくれる人が必要なの。それにはその人の習慣になるのが一番大事」
食堂にはいつのまにか大勢の人が集まってきていて、授業中に抑圧されていたエネルギーを発散するように騒がしくしていた。
食器同士のぶつかる音、人の笑い声というのは良く響く。
それでも花火さんの声は聞き取りやすかった。喧騒の隙間を縫うようにして鼓膜に届く。刺すように強烈なのではなく、鼓膜が花火さんの声の海に溶けるみたいだ。
「配信を見る習慣、動画を見る習慣……ショート動画もそう。この人はこれ、ってなったほうが得なの。もし配信をするって決めたのなら、動画はたまにこれぞというのを出すの」
花火さんに言われて、確かにそうかもしれないと考えてみる。
投稿された動画は全部見ているけれど、たまにやっている配信を見ないとか。
あるいはその逆で配信は楽しんでいるけれど、動画はほとんど見ていないとか。
「効率……なんて言い方をするのはあまりよくないけど。まずは配信に集中するのがおすすめだよ」
話している間に、俺は唐揚げ定食を食べ終えてしまった。
花火さんに一言断ってから、スマホで配信サイトを開く。
「チャンネルは、新しく作るか。なんとなく動画を見るアカウントと別にしたいし……SNSも新しく始めたほうがいいよな。チャンネル名は……」
「お~! 行動が早いね~」
感心した様子の花火さんをちらりと見て、チャンネル名を入力する手が止まる。
思い付きで適当な名前にしようとしてしまったが、それじゃあダメだ。
俺もやっていて楽しいと思えるような、配信者としての俺にも愛着を持てるような。
「火煙にしようか」
「え? ぴえん?」
「ひ・え・ん」
笑っているわけでもなく、本当に「なんで?」といった表情をしていたので、からかわれたわけではないらしい。
「単純に、俺の名前の煙火を逆にしただけだよ」
「ふうん?」
少しだけ変わった声色に、また花火さんを見る。
常にわかりやすく喜怒哀楽に分類できる表情をしている花火さんの、単純じゃない表情。
何か、見てはいけないものを見てしまった気がした。
「あと、念のために。もしも動画投稿から始める場合は、一本目の動画である程度決まるつもりで投稿すること。いわゆる初投稿ブーストって言うのがあるから……」
「ありがとう。でも、さっそく今日から配信するつもりだよ」
配信を始めると言っても、何も考えずにやると、つっかえつっかえ自己紹介をしてそれから特技のブレイクダンスと二周バク宙を披露するだけで終わってしまう。
おいしくない料理店を爆破するのは過激すぎるし、マフィアにケンカを売ってみたというのはもはや古いし。
いっそのことメントスコーラとかやろうかな。規模を変えればまだ需要あるだろ。とはいえ、そんな規模でのメントスコーラも難しいか。
惑星の海をコーラにして、大陸をメントスに変えるほどの能力が俺にあればよかったのだが。
この間届いた荷物をロケットにして打ち上げてみようかな。ほどほどになにか起こりそうな感じと、陣営にケンカを売っている感があってよさそうな気がする。
「よし、やっぱり行動あるのみだよな。ありがとう火花さん」
「このくらい、大したことしてないよ……」
☺
花火は、すり替えておいたイヤホンをスマートフォンに刺した。
明日、タイミングを見計らってこっそり返そう。
聴覚疲労軽減や、周囲の音響とのバランスの自動調整など。機能からして相当の高額イヤホンだろうから。
「おやあ? 何を見ているんですか?」
声を掛けてきた仮面の愚者に、花火は笑いをかみ殺した声で返す。
「面白いモノ!」
「面白いモノって……配信ですか?」
先ほど始まったばかりで、同時接続者は1人。花火以外の誰も見ていない配信だけれど、アーカイブで話題になるだろう。
画面の中の青年は、少し緊張した表情で河原に立っていた。
「じゃあ、今から、なんか送られてきた仮面をロケットに括り付けて銀河の彼方まで飛ばしまーす」
きっと彼は、配信者としても成功できるだろう。
楽しいと思ったことを何でもやる人間が、面白くないわけがないのだから。
続きが書けそうだったら、いつか一気に書き上げます。