闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
裏口を出ると、車のボンネットが開け放たれ、その周囲に工具や部品が散らばっている。
私が近づいたところで、車の奥から聞こえていた作業音が止んだ。
「やあ、フィナ。もう来ていたのか。待っていたよ」
ローブの袖で額の汗を拭いながら、アーサーおじさんが姿を見せた。
頬には黒い油汚れがつき、片手には大きさの違う不思議な棒が三本握られている。
「さっき着きました」
「そうか、そうか。例のエンジンも持ってきてくれたんだね?」
その言葉を聞いた途端、アーサーおじさんの視線が私の鞄へ落ちた。隠すつもりもないらしい。
「ええ。食事が終わったら、すぐ取り掛かれます」
「もちろん、ゆっくり食べてからでいいとも」
そう言いながらも、足はすでに裏口へ向いている。モリーおばさんが台所から顔を出した。
「アーサー、フィナを急かさないの」
「急かしてはいないよ。ただ、準備をしておこうと思ってね」
「朝からずっと準備していたでしょう」
「準備には、いくら時間を掛けても困らないからね」
それは準備ではなく、待ちきれずに車を弄っていただけだと思う。ちょうど皿の上も空になっていたので、私は最後のパンを飲み込み、椅子から立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
「足りた?」
モリーおばさんが尋ねる。
「もうお腹いっぱいです」
本当は十分どころか、動くと少し苦しい。鞄を持って裏口へ向かうと、ジニーも椅子から立ち上がった。
「私も見ていい?」
「もちろんだとも」
アーサーおじさんが答える。
「危なくない範囲なら」
私が付け加えると、ジニーは少し不満そうな顔をした。
庭の端には、白い車が停められていた。以前見たときよりも車体のあちこちに継ぎ足しが増え、後部には用途の分からない金属板まで取り付けられている。
アーサーおじさんは得意そうに車の横へ立った。
「少し手を加えたんだ」
「少し?」
「飛行時の安定性を高めるためにね」
車体の左右には、小さな羽根のような板が増設されていた。マグルの自動車に必要な部品ではないことだけは分かる。おじさんなりに試行錯誤があったみたいだ。
アーサーおじさんが杖で留め具を外し、白いボンネットを持ち上げる。中には元のエンジンに加えて、銀色の管や銅線、魔法文字を刻んだ板が何層にも重なっていた。前に比べて、まるで機械の上に、別の機械が寄生しているようだった。
「えーっと、どこが元のエンジンですか?」
「ここだよ」
アーサーおじさんが、配管の奥に埋もれた黒い塊を指差した。
ほとんど見えない。
用途の分からない箱が周囲へ継ぎ足されているけれど、エンジン本体には、以前見たときと比べて大きな違いはなさそうだった。
私は袖を捲り、鞄から新型の部品を取り出す。黒鉄と真鍮で作られた円筒を見た瞬間、アーサーおじさんの目が輝いた。
「これが新しい動力装置かい?」
「はい。では、取り付けますね」
魂機関筒をエンジンの脇へ浮かせ、杖先を固定部へ向ける。
単に金具で留めるだけではない。機械同士を物理的につなぎ、そのうえで、車体を巡る既存の魔法へ新しい部品を馴染ませる必要がある。無理に接続すれば、魔力の流れが逆流するか、飛行魔法の一部が剥がれてしまう。
ここは慎重にやらなければならない。モノクルを掛けなおして杖先に意識を集中させる。
杖先で小さな円を描くと、魂機関筒の表面に刻まれたルーンが一文字ずつ淡く光った。エンジン側の魔法回路もそれに反応し、銀色の細い筋となって浮かび上がる。
私は二つの流れを少しずつ近づけた。いきなり融合させるのではなく、互いの魔力の癖を覚えさせるように、何度か接触を繰り返す。
魂機関筒が低く震えた。エンジン側も、警戒するように明滅する。
「嫌がっているのかい?」
アーサーおじさんが身を乗り出した。
「うーん、初対面なので」
「マグルの機械にも相性があるんだねえ」
少なくとも、こちらの中身にはある。私は魔力の出力を落とし、二つの部品の波を揃えていった。やがて、別々だった光の筋が一本につながる。
「よし」
次は、筒を収める場所を作る。
「この管、少し動かしてもいいですか?」
「もちろん。必要なら切っても構わないよ」
「何の管ですか?」
アーサーおじさんは黙った。
「分からないんですか?」
「取り付けたときは覚えていたんだが」
仕方なく、管へ杖先を触れさせて流れている魔力を調べる。細い筋をたどっていくと、車体の外板へ広がり、最後は周囲の光を曲げる目くらまし魔法へ接続していた。
どうやら、透明化装置の一部らしい。切らなくてよかった。
私は杖で管をゆっくり曲げ、接続を保ったまま脇へ寄せた。空いた場所へ魂機関筒を差し込み、変形させた金属板で周囲を包む。
固定具を締める。一つ目。二つ目。最後の留め金を回したところで、筒の内側から、ごく小さな振動が指先へ返ってきた。
中身が目を覚ましたらしい。
「それ、動いているの?」
後ろから覗き込んでいたジニーが尋ねた。
「まだ。今は準備しているだけ」
「でも、音がしたよ」
「部品が馴染んだ音だよ」
私はそう答え、筒の出力端子を既存の飛行魔法へ接続した。
もちろん、嘘ではない。中身も含めて部品なのだから。接続部へ杖先を当て、最後の融合呪文を流す。真鍮製の端子が柔らかく形を変え、エンジン側の導管へ根を張るように食い込んでいった。境目が消え、最初からそこにあった部品のように一体化する。
私は杖を離し、少し後ろへ下がった。
「アーサーおじさん、無事に接続できました」
「もう飛べるのかい?」
「まだ分かりません。まずは低出力で動作を確認しましょう」
私はボンネットの中へ手を入れ、機関筒の側面にある制御環を最小まで絞った。
これなら、起動しても中身を軽く締めるだけで済む。最初から最大出力にして筒が破裂したら、モリーおばさんに説明するのが大変だ。
私は運転席を指した。
「では、一度エンジンを掛けてもらえますか?」
「もちろんだとも!」
アーサーおじさんは待ちかねたように車へ乗り込んだ。ジニーも助手席の窓から中を覗こうとする。私はボンネットの横へ立ったまま、杖を機関筒へ向ける。
「まだ飛ばさないでくださいね。エンジンを掛けるだけです」
「ああ、分かっているよ」
少し信用できない返事だった。
アーサーおじさんが鍵を差し込み、ゆっくりと回す。
まず、マグルのエンジンが低い音を立てた。続いて始動部へ魔力が流れ、魂機関筒の外周に刻まれたルーンが一斉に赤く灯る。筒の内部で環が縮んだ。
車体が、びくりと震える。次の瞬間、エンジンルームいっぱいに青白い魔力の光が走った。
既存の導管へ流れ込んだ光は、枝分かれしながら車体の各部へ広がっていく。これまで明滅を繰り返していた飛行魔法が一つずつ安定し、最後には車全体が淡い光の膜に包まれた。機関筒の表面に設けた出力針も、想定していた範囲で止まっている。
「成功しました」
私が言うと、運転席からアーサーおじさんが顔を出した。
「もう飛ばしてもいいのかい?」
「魔力が出ることは確認できました。次は操作性です。出力が急に変化したとき、車体がどれくらい反応するか確かめないと」
浮くだけなら簡単だ。
問題は、上昇、下降、加速、旋回を運転手の操作に合わせて行えるかどうかだった。出力が強すぎれば、アクセルを少し踏んだだけで空へ飛び出す。逆に反応が遅ければ、障害物を避ける前に衝突する。
「つまり、実際に飛ばす必要があるわけだね」
アーサーおじさんの顔がまた明るくなる。
「低いところで、ゆっくりです」
「ああ、もちろんだとも」
さっきと同じく、あまり信用できない返事だった。
私はボンネットを閉め、後部座席へ回る。
「ジニーは家で待っていて」
と言ってもジニーは動こうとしてくれない。
「私も乗る」
と言い張るので、無理に降ろすわけにもいかない。
「ゆっくりですよ」
「もちろん分かっているとも!」
私は後部座席に座り、念のため三人分の座席へ固定呪文を掛けた。万が一、扉が開いても外へ放り出されることはない……はずだ。
「では、まず地面から少しだけ浮かせてください」
「少しだね」
アーサーおじさんはハンドルを握り、高度調整用のレバーへ手を伸ばした。
レバーをゆっくり引くと出力が上がり、足元から細かな振動が伝わってきた。車体がわずかに沈み込む。その直後、四つの車輪が同時に地面を離れた。
白い車は傾くこともなく、庭の上へ静かに浮かび上がった。
「おお……」
アーサーおじさんが感嘆の声を漏らす。
「前よりずっと安定しているよ。これまではふらふらしていたんだ」
アーサーおじさんがアクセルを軽く踏む。車は滑るように前へ進んだ。急加速も、出力の遅れもない。ハンドルを切ると、車体は地面と平行なまま、庭の端でゆっくりと方向を変えた。
「素晴らしい走り心地だ!!」
レバーが引かれる。
車は納屋の屋根を越え、隠れ穴の煙突と同じ高さまで上昇した。後部座席から、ジニーが窓へ顔を寄せる。
「すごい!家の屋根って、上から見るともっと変な形!」
「そこに感心するのかい?」
アーサーおじさんは少し複雑そうだった。
車は隠れ穴の上を一周し、透明になってそのまま畑の方角へ進んでいく。
「遠くへ行かないように言われましたよ」
「すぐそこまでだよ」
アーサーおじさんはそう言いながら、少しだけアクセルを踏み込んだ。
締めつけられた魂から魔力が絞り出され、車体が前へ押し出された。風景が急に後ろへ流れる。
「速い!」
ジニーが楽しそうに声を上げた。
以前の飛行術は、加速するたびに車体が上下へ揺れたらしい。けれど、今はマグルの道路を走っているときとほとんど変わらない。ハンドルを切れば素直に曲がり、アクセルを戻せば滑らかに減速する。
アーサーおじさんは、何度も旋回や上昇を試した。
急な右旋回。緩やかな左旋回。上昇しながらの加速。速度を落とさずに高度だけを下げる操作。
「すごいよ、フィナ! まるで車の方が、こちらの操作を理解しているみたいだ!」
私たちは透明なまま、畑と林の上を飛んだ。鳥の群れを避け、低い雲の下を通り、遠くに見えるマグルの道と並んで進む。姿が見えないせいか、ジニーは窓を少し開け、流れ込む風へ手を伸ばしていた。
アーサーおじさんは上機嫌で、マグルの車にはどんな種類のエンジンがあるのかを話し続けている。私は計器を確認しながら、足元の規則正しい振動を感じていた。
これなら、長距離飛行にも十分耐えられるだろう。
やがて隠れ穴へ戻ると、アーサーおじさんは庭の上で透明化を解除した。
白い車体が空中へ滲むように現れる。モリーおばさんは、出発したときと同じ場所で待っていた。
ただし、表情は少しも同じではなかった。
「アーサー!」
「ほんの少し試運転をしただけだよ!」
車が地面へ着くより早く、言い訳が始まったけど、飛行試験は、大成功だった。
「本当に、こんなものでいいのかい?」
アーサーおじさんは、少し申し訳なさそうに箱を差し出した。
車を改造したお礼として私が受け取ったのは、マグルのテープレコーダーを分解し、魔法で改造してから組み直したという魔法道具だった。
元の部品はいくつか残っているけれど、外見も機能もすっかり変わっている。
これなら、マグル製品不正使用防止法にも引っかからないらしい。なにしろ、その法律を取り締まる仕事をしているアーサーおじさん本人が作ったのだから、対策は完璧なはずだ。
ちなみに、空を飛ぶ車の方は、少なくとも使用についてはどう考えても違法だった。そこは気にしないことにする。
「十分です。むしろ、もらいすぎなくらいです」
私は箱から装置を取り出し、蓋を開いた。
音声を記録する部分と、再生する部分。それから、音の特徴を選別して別の信号へ置き換えるための魔法回路まで組み込まれている。
犬や猫の鳴き声を単純な感情へ変換するだけなら、このままでも使えるだろう。
けれど、蛇語は普通の音声とは少し違う。発音だけを真似しても意味は通じない。話し手の魔力と、魂に刻まれた蛇語の性質まで読み取る必要がある。
そこへ私の魂の上澄みをほんの少し加え、翻訳回路へ定着させればいい。私自身の蛇語を基準として装置に覚えさせれば、蛇の言葉を英語へ、英語を蛇語へ変換できる。
これで、蛇語翻訳機は無事に完成するはずだった。
「ありがとうございます、アーサーおじさん。大切に使いますね」
私はニヤニヤしながら店に戻るのだった。
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