闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
フレッドとジョージへ送ったインスタントゴーストは、思っていた以上に好評だった。
クリスマス明けに届いた手紙には、二人の感想が羊皮紙いっぱいに書き連ねられていた。
投げつけて割ると、中から半透明のゴーストが飛び出す。しばらくは自分がまだ生きているつもりで、狂乱しながら走り回り、壁へ突っ込んだところで、ようやく自分がゴーストになっていることに気づく。
仕組みそのものは単純だったけれど、ゴースト本人が最後まで状況を理解していないところが、特に受けたらしい。
中には、何かを必死に訴えかけるように動き回るものや、気が狂ったように叫び続けるものもいたのだとか。
一方で、問題点も残った。
味付けのおかげで多少の個体差は出たようだけれど、ベースとなる人格の種類がまだ足りない。次からは、複数の魂の端切れを混ぜ合わせたり、当たりには二つ分を詰めたりして、もっと個体差をつけてみよう。
それでも、フレッドたちの友人だというリー・ジョーダンからは、「これは革命だ」とお褒めの言葉を賜った。
手紙には、ロンがインスタントゴーストを実際に使ったという話も書かれていた。
相手はマルフォイだとある。たぶん、ルシウスおじさんの息子のドラコだろう。
場所は、夜の禁じられた森。
どうして一年生が夜の禁じられた森にいて、そこでインスタントゴーストを使うような状況になったのかは分からない。
ホグワーツでは、夜になると生徒を森へ連れていく授業でもあるのだろうか。それとも、ロンたちが勝手に入り込んだのかもしれない。
フレッドの手紙によれば、暗闇の中で突然現れたゴーストを見たドラコは、森じゅうに響くような声を上げて逃げ出したらしい。
ロンは笑いすぎて木の根に躓き、ハリーに引きずってもらった、とも書かれていた。
商品が想定どおりに機能したようで何よりだ。
ただ、そのあと本物の化け物が森に現れたらしい。まあ、禁じられた森なのだから、そういうものはたくさんいるのだろう。
年が明けてしばらくしたころ、ブリテン島マグル魂回収ツアーに出ていた私は、最後にホグズミードへ寄ることにした。
ホグワーツへ入学すれば、今までのように自由に各地を回るのは難しくなる。
長期休暇まで城から出られないかもしれないし、許可を得て外出しても教師へ行き先を確認される可能性もある。夜中に抜け出せたとしても、学校の周辺ばかりで人が死ねば、さすがに不自然だ。
だから今のうちに、できるだけ多くため込んでおくつもりだった。店はしばらくお母様に任せ、私はブリテン島の各地を転々としていた。
大きな病院のある工業都市。介護施設の多い海沿いの町。夜になると酔っ払いが一人で歩き回る歓楽街。人気のない道路や、冬でも飛び降りる者の絶えない高い橋。
魂を集めやすい場所はいくらでもある。
ただし、店の注文に使う魂を、いつも同じ地域から集め続けるわけにはいかなかった。特定の町で人が続けて消えれば、マグルの警察も不審に思う。
死体を残さなければ失踪事件になるし、死因を心臓発作や薬物中毒に見せかけても、狭い地域に偏れば統計には残る。病院で不自然な急死が続けば、医者が気づくかもしれない。マグルは魔法を知らないけれど、数字を並べて異常を見つけることには意外と長けている。
そのため、一つの町では数個だけ。次は鉄道で離れた別の町へ移り、反対側の地域へ飛ぶ。
年齢や死因にも偏りが出ないようにする。老人ばかりでは不自然なので、ときどき若いものも混ぜる。病院だけでなく、道路や川、空き家も使う。牛乳配達員は肥溜めに突き落とし、安アパートの住民は刃物で刺してから火を放った。
そうやって、旅をしながら大量の魂を回収し、予定していた数をほぼ確保できた。
トランクの中には、百を優に超す浮魂器が隙間なく並んでいる。これだけあれば、少なくとも入学後しばらくは困らないだろう。
もっとも、商品が本格的に売れ始めたり、お母様のスクイブ用の杖が完成したりすれば、すぐに足りなくなるかもしれない。
そのときは夏休みに、もっと大規模な回収旅行を計画すればいい。
そうして各地を巡った旅の終着点として、ホグズミードはちょうどよかった。
そこなら魔法使いの姿で歩いていても目立たないし、フレッドたちとも会える。
それに、少し足を延ばせばホグワーツが見える。
私は村外れの道に立ち、遠くの丘を見上げた。
冬の空の下、黒い湖の向こうに巨大な城がそびえている。尖塔。高い窓。幾重にも重なった屋根。あれほど大きな建物なのに、周囲の山や森へ溶け込むように建っていた。
ホグワーツ魔法魔術学校。
来年には、私もあの中へ入ることになる。
楽しみではあった。図書館には、店では手に入らない古い魔法書が大量にあるという。地下には使われていない教室や、忘れられた通路も多いらしい。
なにより、将来の魔法界を支えるのはそこの生徒たちだ。そんな彼らが闇の魔術に自然に触れていくようにするのが、私のやるべきところだ。
けれど、ホグワーツには一つ、大きな問題があった。
アルバス・ダンブルドア。
私は城を眺めながら、以前から集めていた資料を思い返した。
ダンブルドアは強い。一対一で戦って勝てる魔法使いはいないだろう。
そして、ただ呪文が得意という意味ではない。魔法界で尊敬され、教師たちから信頼され、生徒たちにも慕われている。
彼が正しいと言えば、多くの人がそれを正しいと思う。彼が危険だと言えば、それまで何も知らなかった人まで危険だと信じる。本人が命令しなくても、周囲が勝手に考えを合わせていく。
そういう意味では、ホグワーツ城そのものが、ダンブルドアの巨大な洗脳装置といってもよかった。
新入生は十一歳で城へ入り、七年間そこで暮らす。
授業を受ける。教師の評価を気にする。寮の仲間へ合わせる。褒められる考え方と、嫌われる考え方を覚える。
その中心に、ダンブルドアがいる。
七年間もそんな環境で過ごせば、彼の価値観を疑わなくなるのも当然だった。
闇の魔術は危険。魂を扱うのは邪悪。許されざる呪文を使う者は悪人。
そうした考えを、疑う余地のない常識として刷り込まれる。もちろん、何も考えず人を傷つけるのはよくない。けれど、使い方が悪いことと、技術そのものが悪いことは別だ。
火は家を焼くけれど、料理にも暖房にも使える。毒は人を殺せるけれど、量を調整すれば薬にもなる。魂だって同じだ。正しく加工すれば、病気を治し、便利な道具を動かせる。
それなのに、ダンブルドアたちは最初からすべてを否定する。
話し合いの余地さえ与えない。ちょっとマグルを使っただけで、倫理から外れた外道かのように囃し立てる。
だからこそ、私があの中へ入ることには意味があった。
外からホグワーツを批判しても、生徒たちは耳を貸さない。闇の魔術師が何か言っている、と笑われるだけだ。けれど、同じ制服を着て、同じ授業を受け、同じ寮で生活する生徒が、便利な魔法道具を見せれば話は違う。
あとからそれが闇の魔術だと知っても、今更手放せなくなる。
まずは身近なものからでいい。
壊れない鞄。失くし物を探す箱。遠くの友人と話せる通信具。悪戯に使えるインスタントゴースト。
そうした道具を通して、闇の魔術が役に立つことを知ってもらう。
危険だと決めつける前に、実際に触れてもらう。
使ってもらう。便利だと思ってもらう。一人が理解すれば、その友人にも広がる。寮の中で広がれば、別の寮にも届く。生徒が家へ持ち帰れば、親にも伝わる。
ダンブルドアが七年間掛けて価値観を作るのなら、こちらも七年間掛けて、別の考え方を広めればいい。
正面からダンブルドアを倒す必要はない。
あれが何を言っても、生徒たちが自分の頭で考えるようになればいいのだ。もっとも、実際に城へ入る前に、もう少し対策を考えておく必要はある。
ダンブルドアがどこまで人の魂を見抜けるのか。変身や形代が通用するのか。校内の監視魔法は、どの程度のものなのか。持ち込んだ呪物を察知される可能性はあるか。組分け帽子が、頭の中をどこまで読むのか。
特に最後のものは厄介だった。
噂が本当なら、帽子はかぶった人間の考えを読み取り、その性質に合った寮を選ぶらしい。私の考えをそのまま読まれたら、少し面倒なことになるかもしれない。闇の魔術を広めたいと思っていること自体は、悪いことでもない。
けれど、地下施設や工場のことまで勝手に覗かれるのは困る。
帽子の中へ入る前に、偽の記憶を表面へ浮かべておくべきだろうか。あるいは、思考を何層かに分けて、一番外側だけを読ませる方法もある。魂の薄皮を一枚だけ切り離して、そこへ無害な人格を作っておくのもよさそうだ。
考えることは多い。
私は丘の上に立つ城を見つめた。
窓の一つ一つに灯りがともっている。あの中では今も、大勢の生徒がダンブルドアの価値観を教え込まれている。
けれど、それも今のうちだ。来年には、私もそこへ入る。そして、少しずつ変えていく。闇の魔術は怖いものではない。正しく使えば便利で、素晴らしく、魔法族を幸せにすることさえできる。
そのことを、城の中から証明してみせる。
「おーい、フィナ!」
遠くから、聞き覚えのある声が飛んできた。いつの間にか、待ち合わせの時間になっていたようだった。
振り返ると、フレッドとジョージが村の方から手を振りながら走ってきた。
「どこかの抜け穴から出てくるかと思っていました」
私が言うと、フレッドは胸を張った。
「今日は正規の外出許可を取ってきたんだ」
「なにせ俺たちは優等生だからな」
ジョージも真顔で続ける。二人が本当に優等生なら、ホグワーツの評価基準は少し見直した方がよいかもしれない。それよりも、二人の視線は挨拶を交わした瞬間から、私の持っている鞄へ釘づけになっていた。
「持ってきた?」
「もちろん」
私は鞄の蓋を軽く叩いた。
中には改良型のインスタントゴーストが入っている。今回は魂片の組み合わせを変え、前よりも個体差が出るようにしておいた。そして、当たりは三体が出てくる仕様にしてある。
「前のものより、ずっと面白くなっていますよ」
「そうこなくちゃ」
「どんなのが入ってる?」
「開けてからのお楽しみです」
二人がその場で鞄を開けようとした、そのときだった。
「フレッドにジョージ、それに……?」
背後から声が掛かる。
振り返ると、黄色と黒のマフラーを巻いたホグワーツ生の一団が、こちらへ歩いてくるところだった。
ハッフルパフの生徒たちらしい。その先頭にいた背の高い少年が、フレッドとジョージを見てから、私へ視線を移した。黒い髪に灰色の目、逞しい体がスポーツマンを思わせる。
「君は確か……ミッドナイト魔法工房の子だよね。それに、イタズラグッズを作っているという……」
少年は穏やかに笑い、手を差し出した。
「セドリック・ディゴリー」
「セレフィナ・ミッドナイトです。フィナで構いません」
握手を交わす。
ディゴリーという姓には聞き覚えがあった。魔法省に勤めていて、ウィーズリー家とも付き合いがあるはずだ。 アーサーおじさんから名前を聞いたことがある。
セドリックは私と双子、それから鞄を順番に見た。
「それで、どうして入学前の子がホグズミードにいるんだい?」
「来年まで待ちきれなくて、少し見学に来ました」
「見学?」
「はい」
私はにこやかに答えた。
嘘ではない。ホグワーツ城も見たし、村の様子も見ている。その前にブリテン島を回って魂を集めていたことは、説明する必要がないだけだ。
セドリックは納得しかけたようだったけれど、フレッドが私の鞄へ手を伸ばしたのを見て、すぐに眉を寄せた。
「それにしては、怪しい取引をしているようにしか見えないけど」
「失礼な」
フレッドが言った。
「俺たちはただ、将来有望な職人から試作品を受け取っているだけだ」
「入学前から妙な道へ引きずり込むのはやめた方がいいと思うよ」
「逆だ」
ジョージが私の肩へ手を置く。
「俺たちがフィナに引きずり込まれている」
「それなら、なおさら心配だな」
セドリックは冗談めかして言ったけれど、視線はまだ鞄へ向いていた。
「あー、危険なものじゃないよね?」
「はい。ハグリッドの飼っている生き物よりは安全です」
「もっと悪くなった気がする」
後ろにいたハッフルパフの生徒たちが笑った。フレッドとジョージも笑っていたので、たぶん問題はない。
セドリックは最後に、双子へ釘を刺すように言った。
「本当に、入学前から変なことを教えるなよ」
「俺たちを何だと思ってる?」
「君たちが何をしてきたかは、だいたい知ってるよ」
反論できなかったらしく、双子は揃って目を逸らした。
ハッフルパフの一行が去ったあと、私たちは人通りの少ない道へ入り、村外れにある古い屋敷へ向かった。
外から見れば、長いあいだ使われていない別荘にしか見えない。そこで私の取り分を金貨と銀貨で受け取り、改良型のインスタントゴーストを引き渡す。
そして二人からは、ホグワーツの生徒名簿を書き写した羊皮紙や、寮ごとの噂、悪戯に反応しやすそうな生徒の一覧を受け取った。
「これは?」
「市場調査だ」
「誰に何が効くか分からないと、良い商品は作れないだろ?」
なるほど。道理だった。
取引を終えると、私たちは何事もなかったように屋敷を出て、ゾンコのいたずら専門店へ向かった。
店内には、噛みつくティーカップや、勝手に破裂する石鹸、触ると耳から煙が出る玩具などが所狭しと並んでいる。
ゾンコの店主のおじさんには、以前から何度か素材や部品を卸してもらったり、逆にうちの商品を卸したりした中だ。
「こんにちは」
「おや、ミッドナイトの嬢ちゃんじゃないか」
カウンターの向こうにいたゾンコのおじさんは、私を見るなり嬉しそうに笑った。
「例のゴースト玉、評判らしいな」
「まだ試作品です」
「完成したら、ゴーストをうちにも回してくれ。双子だけに持たせるには惜しい。いろいろ組みあわせられそうだ」
フレッドとジョージが同時に不満そうな顔をした。
「俺たちには先行販売の権利がある」
「そんな契約はしていません」
「今からしよう」
「条件次第ですね」
ゾンコのおじさんと少しだけ今後の販売について話し、私は店の奥にある暖炉を借りることにした。
そろそろ屋敷へ戻らなければならない。魂を詰めたトランクを長く持ち歩くのも、あまりよくない。暖炉へフルーパウダーを投げ込むと、緑色の炎が勢いよく立ち上った。
「また次を送ってくれよ!」
「今度はもっと叫ぶやつで!」
双子が口々に言う。
「品質が安定したら送ります」
私は鞄を抱え直し、炎の中へ足を踏み入れた。
「ダイアゴン横丁!」
次の瞬間、ホグズミードの景色は緑の炎に呑まれ、ぐるぐると回る暖炉の列へ変わった。