闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
ホグワーツの授業が終わって、ダイアゴン横丁に若い声が増えた。店は少し忙しくても、こっちのほうが私は好きだ。
フレッドたちから届いた手紙によれば、ハリーは学期の最後に何か大きな事件を解決したらしい。忙しくてネックレスを見ていなかったので気が付かなかったけど、ホグワーツ中で評判なようだ。
ただ、手紙なので詳しいことは書かれていなかった。巨大な犬や地下の罠を乗り越え、それから、先生の一人と戦ったらしい、という断片的な話だけだった。
なぜ一年生が教師と戦うことになったのかは、よく分からない。もしかしてホグワーツでは、試験の一部として教師を倒さなければならないのだろうか。
さらに、なぜかロンまで一緒に活躍したことになっていた。
もっとも、フレッドの手紙には、”ロンが自分で考えたとは思えない。一緒にいた女の子が優秀だったんだろう。”と書かれていた。
その女の子は、ハーマイオニー・グレンジャーというらしい。
マグル生まれなのに学年でも特に成績がよく、授業で習っていない魔法まで勝手に覚えているのだとか。そういえば前にロンの手紙では、何でも知っているような顔で人を注意する、少し面倒な女の子として書かれていた。フレッドの手紙では、ロンを一年間生かして帰したのだから、かなり有能な女の子だと評価されていた。
ネックレス越しに稀に見ていたのでうっすら存在は知っていた、そこまで面倒だとは思えなかったけど……
それより問題なのは、ハリーだった。
夏休みに入り、私は以前渡しておいた観察用のネックレスを通して、ハリーの様子を確認していた。
ハリーの生活環境が少しは改善されたかどうかを見ていたのだ。結果は、まったく改善されていなかった。
食事は十分に与えられていない。部屋には外から鍵が掛けられている。窓には鉄格子まで取り付けられていた。
学校から帰ってきたばかりの子供に対する扱いとは思えない。むしろ、ホグワーツへ行く前より警戒が強くなっているように見えた。ハリーが魔法を覚えて帰ってきたため、怖くなったのだろう。
それなら虐めるのをやめればよいだけなのに、どうしてさらに閉じ込めようとするのか。マグルの考えることは、やはりよく分からない。
そしてもう一つ、妙なものが映っていた。
ハウスエルフだ。
大きな目と、細い手足。ぼろ布のようなものを身につけたハウスエルフが、何度かハリーの部屋へ現れていた。
そもそも、ハリーの家にはハウスエルフを所有できるような魔法使いはいないはずだ。誰かに命令され、ハリーの様子を探りに来ているのだろうか。
ネックレス越しでは、話している内容まではうまく聞き取れなかった。ただ、ハウスエルフは何度も頭を壁へ打ちつけ、ハリーへ必死に何かを訴えていた。
そして、その途中でネックレスからの信号が途絶えてしまった。どうやら、暴れ回ったハウスエルフのせいで、近くに置かれていたネックレスまで巻き込まれたらしい。
本体がそう簡単に壊れるはずはないので、術式を構成していた小さな銀の部品が外れたのだろう。
それにしても、ハウスエルフごときに壊されるなんてひどい話だ。次に作るときは、衝撃への耐性も追加しておかなければならない。
放っておくには、少し危険すぎる。本当なら、ハリーをしばらくうちで引き取るのが一番簡単だった。その間にクソなマグルを処分してしまえばいい。
ただし、それは難しい。ミッドナイト家は、客として訪れるだけなら普通の魔法道具店に見える。けれど、長く住めば、隠しているものに気づく可能性が高い。屋敷との行き来を感づかれるわけにはいかない。なによりお母様が許さない。
数日後、どうにか時間を見つけた私は、プリベット通りを訪れた。
本当なら、ハリーを閉じ込めているマグル、ダーズリー一家をそのまま処分してしまうのが手っ取り早い。
けれど、ハリーはヴォルデモートの死の呪文を跳ね返している。家や血縁にも、闇の魔術に反応する何らかの守りが残っている可能性があった。
不用意に殺して、ダンブルドアへ異変を知らせるようなことになっては困る。
だから私は、ダーズリー一家を殺すのを諦めた。
そう、ちょうど三人が家から出てきたところへ、姿を隠したまま忘却呪文と錯乱呪文を叩き込む。
ハリーと暮らしていた記憶。この家を自分たちのものだと思っていた記憶。近所や職場についての記憶。
そうしたものを曖昧にし、その隙間へ別の認識を埋め込んだ。
自分たちは、アメリカの片田舎からイギリスへ旅行に来ただけの家族である。この家には、道に迷って偶然入り込んでしまった。本当の宿泊先は別の町にある。
三人はしばらく呆然としていたけれど、やがて大きな荷物も持たないまま、駅の方角へ歩き始めた。
これで、少なくとも当分は戻ってこないだろう。家の中にハリーはいなかった。
部屋には鉄格子が残り、一部が下に落下していた。どうやら、私は少し遅かったらしい。
痕跡を探すも見つからない。荷物一式が消えていたので死んだというより逃げ出したのだろう。
まあ、ともかくマグルのほうの処理は終わった。それに安心して私はダイアゴン横丁に戻るのだった。
翌日、ロンから手紙が届いた。
ハリーは無事だ。
今は隠れ穴にいる。
フレッドとジョージと一緒に、父さんの空飛ぶ車で迎えに行った。
母さんにはものすごく怒られた。
窓の鉄格子を車へ結びつけ、壁ごと引き抜いたらしい。
アーサーおじさんの車に取り付けたエンジンは、予想以上の出力を発揮したようだ。建物の一部を引き剝がせるなら、牽引力については十分だろう。もっとも、そういう用途を想定して作ったわけではないけれど。
私はロンへの返事を書き終えると、机の上に積み上がっていた資料へ目を戻し、研究を進める。
ダンブルドアの経歴。ホグワーツ城に施されていると考えられる監視術式。組分け帽子の精神干渉能力。教師ごとの専門分野と、闇の魔術に対する態度。
どれも入学前に確認し、対策しておかなければならない大切なことだった。
大体の対策を終えても、穴がないとは限らない。連日睡眠時間を削ってお母様とあらゆる可能性をつぶしていった。
そして数日後、お母様から尋ねられた。
「ところでフィナ、制服はもう用意したの?」
私は顔を上げた。
「制服?」
「ええ。ホグワーツの制服。それから、教科書と大鍋も必要なんでしょう?」
言われて、ようやく思い出した。
そういえば、まだ何も買っていない。ダンブルドア対策にかまけていて、肝心の入学準備をすっかり忘れていた。
入学許可証と必要品一覧は、机の引き出しへしまったままだ。
慌てて取り出して確認すると、杖、制服、教科書、望遠鏡、天秤、大鍋と、必要な品が細かく指定されていた。
魔法薬の材料や工具なら工房にいくらでもあるけれど、学校指定の制服までは作っていない。教科書も、手元にある専門書で代用するわけにはいかないだろう。一年生の授業へ『実用錬霊術概論』や『人格分割と魂片の長期保存』を持っていっても、教科書として認めてもらえるとは思えない。それどころか闇の魔術の本だといって捨てられてしまうかもしれない。
杖も、学校で使うものを改めて用意しておいた方がよさそうだった。今ある三本でも呪文は使えるけれど、どれも気難しい。予備を含めて、あと三本くらい揃えておこう。クルミの木が一番いいんだけど、残っていただろうか……。
問題はトランクだった。
普通の検知不可能拡大呪文を掛けるだけでは足りない。中には衣類や教科書だけでなく、予備の杖、研究器具、浮魂器、魂片、護身用の呪物、それから簡単な実験設備も入れる予定だ。
ホグワーツの入口で闇の魔術を検知された場合、中身を確認されるかもしれない。そこで、トランクの内側へ何重にも魔法防御を施す必要があった。
一番外側には、ありふれた拡大呪文。その下に探知妨害。さらに、呪物の魔力を普通の学用品に見せかける偽装層。
強引に開けようとされた場合には、偽の収納空間を表示する。そこには制服や教科書、菓子、家族の写真だけを入れておけばいい。
これなら、鍵を壊されてもすぐには見つからないだろう。
変身用の道具も、すべてを呪文に頼るのは危険だった。髪の色を変える染料。瞳の色を変える薄いレンズ。魔法で探知されない道具を混ぜれば、解除呪文を受けても変装のすべてが消えることはない。
そうしてトランクを分解し、組み直し、また分解していると、モリーおばさんから手紙が届いた。
ウィーズリー家も近いうちにダイアゴン横丁へ入学用品を買いに来るらしい。
ウィーズリー家の一番下、ジニーも私と同じく今年から新入生だ。ハリーも一緒に来るというので、せっかくだから合流することにした。
約束の日、私はいつもの白い帽子とケープを身につけ、店の前で一行を待った。
最初に見えたのは、赤毛の集団だった。モリーおばさんを先頭に、ロン、ジニー、フレッド、ジョージ、それからハリー、それからハーマイオニーが歩いてくる。ハーマイオニーはネックレス越しでしか見ていないので初めてだけど、なんだか知らない顔じゃない。
「フィナ!」
ジニーが真っ先に駆けてきた。一緒に買う必要のあるものを確かめ、どこから回るかを話す。疲れがたまっているのを隠すために、少し薬でハイテンションにしてきたおかげでいつも以上に話がはずんだ。もともと、わりと浮き沈みの激しい性分の今日は浮いた方なので、効きすぎている気もする。
そうしていると、ロンは私の買い物一覧を覗き込み、意外そうな顔をした。
「そうだよな。フィナって、もう何年もホグワーツに通ってそうな感じだけど、新入生なんだよな」
「まだ入ったことはありませんよ」
「君って授業で習うことなんて、ほとんど知ってそうだけど」
「ははは……」
そう言われると少し困る。流石に一年生でやることでそんなに難しいことはないだろうけど、肯定するのも恥ずかしい。それに、なぜかハーマイオニーから鋭い視線が飛んできていた。
「授業の前に、組分けが楽しみです!」
話題を変えようと私が言うと、ロンが急に真面目な顔を作った。
「組分けには気をつけた方がいいぞ。死ぬほど痛いんだ。頭が焼き切れるようなね」
「おいおい、ロニー坊や」
「我らがフィナが、そんな見え透いた嘘に騙されるわけないだろう。どこかの誰かじゃないんだから」
フレッドとジョージが、左右からロンの肩を叩く。どうやら、ロンは入学前に双子から同じことを吹き込まれ、本気で信じていたらしい。
まあ、私にとってはただ痛いだけのほうがはるかに楽だけど……
さっきから、気分が妙にふわふわしていた。魔法薬に間違えて変なものを入れたかもしれない………。深刻な影響はなさそうなので、私は何度か瞬きをして、意識を引き戻し、こっそりハリーのネックレスを直す。
ともかく、立ち話を続けていても入学準備は終わらない。まずは教科書を揃えるため、私たちはフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ向かうことにした。
書店の中は人でごった返していた。一体何があったのかと思ったけど、その原因はすぐにわかる。
ギルデロイ・ロックハート
輝くような金髪の男が、真っ白な歯を見せて笑っていた。
なるほど。やたらと顔がいい。店内の壁には、同じ男の肖像が何枚も飾られている。どの絵の中でも、ロックハートは違う色のローブを着て、少しずつ角度を変えながら笑っていた。
ただ、顔がいいだけの男ではなさそうだった。
あれだけ大勢の視線を受けながら、一人一人へ別々の笑顔を向けている。自分がどう見えるかを、常に正確に把握している顔だ。少なくとも、普通の自惚れ屋ではない。
「まあ、いらしたわ!」
モリーおばさんの声が少し高くなった。隣では、ジニーも目を輝かせている。
「本物だ……」
二人とも、ずいぶん食いついていた。
ロンは露骨に嫌そうな顔をし、フレッドとジョージは互いの髪を撫でつけながら、ロックハートと同じ笑顔を作ろうとしている。
私はそれを横目に見ながら人の間を縫って、指定教科書の棚まで進んだ。
一年生用の本は、それほど多くない。けれど、闇の魔術に対する防衛術の指定教科書が、ほとんどすべてロックハートの著書になっている。
『私はマジックだ』
『吸血鬼とのバッチリ船旅』
どれも学術書というより、本人の冒険を綴った小説にしか見えない。
一冊を開くと、最初の数ページはロックハート自身の肖像と、どれほど多くの魔法生物を打ち倒してきたかという自慢で埋まっていた。呪文の構造も、防御術の理論も、ほとんど書かれていない。
意味が分からない。どういう意図があるのだろう。
実践的な判断を学ばせるつもりなのか。それとも、あえて中身の薄い本を与え、生徒自身に疑問を持たせようとしているのか。
もちろん、闇の魔術だけに限って防衛する授業など中身がなければないほどいい。それでも、老獪なダンブルドアのやることだ。表面だけを見て、単なる失策だと決めつけるのは危険だった。
私が本を裏返して著者略歴を読んでいると、店の奥から聞き覚えのある声がした。
「ようポッター?信者を引き連れて良い身分だな」
そこにいたのはルシウスさんの息子、ドラコだった。私の一つ上、つまりロンやハリーと同じ学年で、どうやらホグワーツでは因縁が出来たようだった。
ドラコは周囲の客へ聞こえるよう、少し大きな声でハリーをからかっている。ハリーも言い返していたけれど、店内が混み合っているせいで、逃げる場所がない。
うーん、流石にルシウスさん譲りの口でハリーを追い詰めていく。あんまり刺激しすぎると、ハリーが爆発してヴォルデモートにやったようにドラコを殺してしまうかもしれない。
そろそろ止めるころだろう。
私は本を棚へ戻し、人混みの間へ割って入った。
「ドラコ」
呼びかけると、彼の肩がわずかに跳ねた。振り返ったドラコは、私の顔を見るなり、少しだけ身を引いた。
どうも、私を苦手にしているらしい。
以前、ルシウスさんから持ち込まれた魔法道具を加工した際に、何度か顔を合わせただけなのだけれど、何か気に障ることをしただろうか。
そういえば、店でルシウスさんと仕事の話をしているところへ、ドラコが何度も割り込もうとしたことがあった。そのたびに、
「今は大切な話をしている。静かに待ちなさい」
と叱られていた。
父親が自分ではなく、年下の私を相手に真剣な話をしているのが気に入らなかったのかもしれない。
最後には、私が持っていた提案書を横から覗こうとして、ルシウスさんに部屋の外まで追い出されていた。たぶん、あれ以来だ。私としては、仕事が終わってから話せばいいだけだと思うのだけれど、ドラコには少し難しかったらしい。
「こんなところで何をしているんです?」
「何って……本を買いに来ただけだ」
ドラコは急に声を小さくした。
「父上なら、あっちにいるぞ」
そう言って、ドラコは店の奥を指差した。人混みの向こうに、ルシウスさんの長い金髪が見える。アーサーおじさんやジニーと、何か話しているようだった。
「あとでご挨拶します」
「そうした方がいい」
ドラコは、なぜかほっとしたように答えた。私は改めて、ハリーとドラコを見比べる。
「それから、ハリーに変なことを言うのはよくありませんよ」
「変なこと?」
「ハリーは、マグルの家でずっとひどい目に遭ってきたんです。同じ魔法族として、助けてあげるべきでしょう」
ドラコは不満そうに眉を寄せた。ハリーも表情が強張っている。だけど、私の口は止まらない。
「でも、ポッターは――」
「ルシウスさんも、あなたが困っている魔法使いを虐めていると知ったら、きっと嘆くと思います」
父親の名前を出されると、ドラコは目に見えて怯んだ。
「父上は、そんなことで嘆いたりしない……」
ドラコが言葉に詰まった、そのときだった。
店の奥から、何かが倒れる大きな音が響いた。振り返ると、なぜかルシウスさんとアーサーおじさんが、互いのローブを掴んで組み合っている。周囲の客が悲鳴を上げ、モリーおばさんが二人を引き離そうとしていた。
このままでは店が壊れてしまう。
魔法族同士でなんとくだらない争いをしているんだろう。これ以上ハリーを刺激しないでほしい。
そう思うと、無性にむしゃくしゃしてきた。二人とも悪い人ではないのだから、仲良くすればいいのに。あー、なんかもう我慢できない。
私は反射的に杖を抜き、この間作り上げた呪文を唱えた。
「オスクルム・トラヘレ――口づけ!」
杖先から桃色の光糸が二本走り、ルシウスさんとアーサーおじさんの襟元へ絡みついた。二人は何が起きたのか理解する暇もなく、勢いよく互いへ引き寄せられる。
ごつん、と額がぶつかり、そのまま唇まで触れ合った。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬で十分だった。騒がしかった店内が、嘘のように静まり返る。本を抱えた客も、止めに入ろうとしていた店員も、床へ落ちた魔法書さえも、まるで時が止まったようだった。
ルシウスさんとアーサーおじさんは、互いの肩を掴んだ姿勢のまま固まっている。
二人とも目を見開き、信じられないものを見るように相手の顔を凝視していた。
やがて、アーサーおじさんの顔が耳まで赤くなる。対するルシウスさんは青ざめたあと、今度は怒りで真っ赤になった。これが愛の力だ。
「……フィナ」
二人が、ほとんど同時に私の名前を呼ぶ。
「喧嘩を止める呪文ですよ。きちんと止まったでしょう?それとも、もう一度必要ですか?」
私は杖を構えながら説明した。返事はなかった。ただ、店の隅で誰かが本を落とす音だけが響いた。
隣にいたハリーが、私から目を離さないまま小さく呟く。
「僕、絶対に君には逆らわないよ」
ドラコも無言で何度も頷いた。
どうやら、二人とも喧嘩のよくないところを理解してくれたらしい。
……あれっ、やり過ぎたかな?
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