闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
ハットストール、という言葉がある。
組分け帽子が判断に迷い、なかなか寮を決められない生徒に対して使われる呼び名だ。
それでも通常は、数分もかからない。なのに、この古ぼけた帽子は、もう二十分近くも私の頭上に鎮座していた。
しかも、結論が出そうな気配はまるでない。
最初の数分こそ、大広間は異様な緊張に包まれていた。生徒たちは固唾を呑んでこちらを見つめ、先生たちも身を乗り出し、マクゴナガル先生は名簿を持ったまま微動だにしなかった。
けれど、五分を過ぎたあたりから空気が変わった。
長すぎたのだ。
誰ももう、真剣に見守ってはいない。
各寮のテーブルでは小声のおしゃべりが始まり、食器を弄る音まで聞こえてくる。
グリフィンドールの席では、ウィーズリー家の双子が何かを賭け始めていた。片方が指を
三本立て、もう片方が首を振る。たぶん、あと何分かかるかで勝負しているのだろう。
そんな中、帽子だけが私の頭の上で延々と唸っていた。
『なんだ、これは……』
頭の中へ、困惑しきった声が響く。
『非常に難しい。いったい、どういうことだ』
帽子はしばらく黙り、それからまた呟いた。
『まるで、複数の人間が同時にいるようだ。それでいて、すべてが一人につながっている』
まずい。
『勇気を持ちたいと思っている。野心も小さくない。知識への欲求も強い。忍耐もある。』
完全に混乱している。最悪とまではいわない。
工作そのものを見抜かれたわけではなかった。けれど、上手く効いているわけでもない。どうやら組分け帽子は、私が想定していた以上に魂そのものを見ているらしい。
形代だけを私の心だと誤認させるつもりだったのに、帽子は人形も、私自身も、補強に使った魂も、継ぎ足した記憶も、まとめて読み取っていた。なんなら、私が削ったところすらも読み取っているような気さえする。
ただし、それぞれを正しく区別することまではできていない。
結果として、帽子の前に魂のごった煮を差し出したような状態になっていた。
偽装を見破ることもできず。偽装に騙されることもなく。ただ、処理できない情報を抱え込んで固まっている。
『うっ……おえっ……』
帽子が、頭の上で吐き気をこらえるような声を漏らした。
『ああ……何をしていたんだったか。そうだ、この子を組分けねば……』
どうやら帽子は、私の魂の深いところまで読み取ろうとするたび、処理できない何かにぶつかっているらしい。
私自身の魂。補強に加えた純粋な魂。さらに、別人から切り取って継ぎ込んだ記憶。それらをたどって魂の境界付近まで潜ったところで、帽子の思考は強制的に停止する。
そして少しすると再起動し、自分が何を調べていたのかも忘れて、最初から組分けをやり直す。
『ふむ……非常に優れた資質を持っている。』
帽子の声が途切れた。
『こちらの……おえっ……』
しばらく沈黙が続く。
『ああ、なんだったかな。そうだ、この子を組分けねば』
完全に同じところへ戻っていた。どうやらこの二十分間、帽子はずっと、私の心を読む。魂のごった煮へ到達する。壊れる。再起動する。そして、自分が組分けの途中だったことだけを思い出す。
という動作を繰り返しているらしい。
大広間のどこかで、ついに誰かが笑いをこらえきれずに吹き出した。
外から見れば、古い帽子をかぶったまま二十分も黙って座っているだけなのだから、そろそろ面白くなってきたのだろう。
私は膝の上で手を組み、なるべく平静を装った。このままでは、組分け以前に夕食が始まらない。
「そろそろ決めていただけませんか」
『簡単に言うな!』
帽子はさらに深く考え込んだ。
『お前は勇敢でありたいとしている。だが、その勇気の向かう先が妙だ。野心も非常に強い。知識を求める心もある。』
帽子は、また黙り込んだ。
正面の教員席を見ると、ダンブルドア校長だけは、まだ楽しそうにこちらを眺めていた。
マクゴナガル先生は楽しそうではなかった。むしろ、今すぐ帽子を引き剥がしたいような顔をしている。グリフィンドールのテーブルでは、フレッドが銀貨を一枚差し出し、ジョージが得意げに受け取っていた。
どうやら賭けは、三十分を超える方が勝ちだったらしい。
そして帽子は、なおも結論を出せずにいた。
「こんなことは前代未聞です」
マクゴナガル先生は、私の頭から組分け帽子を慎重に持ち上げた。
帽子はぐったりと垂れ下がり、時折、
『ああ……組分けを……いや、もうしたか……?』
と、寝言のように呟いている。
どうやら、完全に壊れてしまったらしい。
「三十分以上です。これ以上続けても、どうにもならないでしょう。ホグワーツの歴史が始まってから、ここまで長いのは初めてです。」
「ふうむ、しかしもう少し待っても良いのかもしれんのう」
ダンブルドア校長が、穏やかに言った。どうも、マクゴナガル先生自身もハットストールで、類を見ない程長く掛かったらしい。それでも5分だったそうだ。
「校長!」
「しかし、組分け帽子が決められぬことを、生徒の責任にするわけにもいかんじゃろう」
その言葉に、大広間が再びざわめいた。
私は椅子に座ったまま、膝の上で手を組んだ。
責任の一部くらいは私にある。けれど、人形を使ったことはまだ露見していないので、今のところ黙っていても問題ないだろう。
「先生」
私はおそるおそる手を上げた。
「私、ホグワーツに入れますか?」
大広間が静かになった。
マクゴナガル先生は、少し驚いたように私を見る。
「入学そのものが取り消されることはありません、ミッドナイト」
「よかった」
私は胸を撫で下ろした。
寮を選ぶための手段で入学できないのは困る。といっても、魂まで見ていれば、元気魂ドリンクの影響もあって、どっちにしろこうなったのかもしれない。
「ただし、寮が決まらなければ、授業以外の生活にも重大な支障が出ます」
ホグワーツでは、寝室も食事の席も、授業の組も、ほとんどすべてが寮を基準に決められている。寮がない生徒というものを、学校の仕組みが想定していないのだ。
「ならば、古い方法を使おう」
ダンブルドア校長が立ち上がった。その場にいる全員の視線が、教員席の中央へ集まる。
「組分け帽子が作られる以前、生徒は自ら学びたい創設者を選んだという」
「創設者たちが直接選別していたのでは?」
マクゴナガル先生が尋ねる。
「そういう記録もある。千年も前のことゆえ、多少は曖昧じゃ」
ずいぶん頼りない根拠だった。
「いずれにせよ、帽子が選べぬのなら、本人の希望を尊重するほかあるまい」
ダンブルドア校長の青い瞳が、半月形の眼鏡越しに私を見つめる。
「セレフィナ・ミッドナイト。君は、どの寮で学びたいかね?」
来た。
私はすぐには答えず、四つのテーブルを順番に見た。
スリザリンでは、ドラコが複雑そうな顔をしている。こちらへ来てほしいようにも、来てほしくないようにも見えた。仕事の関係で知っている顔も多い。レイブンクローの生徒たちは、珍しい実験結果を観察するような目で私を見ている。ハッフルパフからは、何人かが心配そうに微笑みかけてくれた。
そしてグリフィンドールでは、ロンとハリーがこちらを見ていた。フレッドとジョージは、私がどこを選ぶかについて、また賭けを始めていた。ホグワーツ特急であった先輩が熱烈に手招きをしている。
私は椅子から立ち上がった。
「グリフィンドールを希望します」
大広間がどよめいた。
ダンブルドア校長は、私から目を逸らさなかった。半月形の眼鏡の奥で、青い瞳が穏やかに細められている。
私も、マグル製のコンタクトレンズ越しに、その視線をまっすぐ見つめ返した。
次の瞬間、瞳の奥へ細い針を差し込まれるような感覚があった。何かが、こちらへ入ってこようとしている。視線を経路として心へ触れ、表面の感情を押し分け、その奥にある記憶を探ろうとする力。
開心術だ。
けれど、侵入してきた力は、私の精神へ届く直前で透明な膜に突き当たった。コンタクトレンズに刻んだルーン文字が反応し、わずかに熱を帯びる。
私はそこへ魔力を流し込んだ。押し込まれていた力を受け止め、そのまま視線の向こうへ押し返す。
ダンブルドア校長の眉が、ほんの少しだけ動いた。それだけだった。
表情は変わらず、穏やかな微笑みも崩れない。けれど、侵入しようとしていた感触は消えた。
ダンブルドア校長はしばらく私を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。
「ミネルバ」
「本当によろしいのですか?」
「帽子が拒否したわけではない。単に、選べなかっただけじゃ。それも、どの寮の素質もあったゆえに、ならば何処でも上手くいくじゃろ」
正確には、選ぶ前に何度も壊れたのだけれど、結果は同じだ。マクゴナガル先生は納得していない様子だったが、やがて羊皮紙へ羽根ペンを走らせた。
「セレフィナ・ミッドナイト。グリフィンドールへの所属を認めます」
「ありがとうございます」
私がグリフィンドールのテーブルへ向かうと、みんなが拍手で迎えてくれた。
「よかった!」
「歓迎するよ、史上最長の新入生!」
フレッドが叫ぶ。
「三十三分と四十七秒!」
ジョージが懐中時計を掲げた。
「帽子が壊れる方にも賭けておけばよかった」
グリフィンドールのテーブルから笑いが起こった。
ようやく組分けが終わった。計画通り、グリフィンドールへ入ることもできた。
ただし、正面の教員席では、マクゴナガル先生が壊れた帽子を抱え、ダンブルドア校長がこちらをじっと見つめていた。
帽子を騙して潜入する計画は成功した。
成功したはずだ。少なくとも、結果だけを見れば。
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