闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
大広間を出ると、上級生の監督生――とりわけ張り切っているパーシーに先導されて、私たちはグリフィンドール塔へ向かった。
「一年生は列を乱さないように! 勝手に脇道へ入らないこと! 肖像画に話しかけられても、いちいち立ち止まらない!」
よく通る声が、石造りの廊下に響く。
その後ろを歩きながら、私は周囲を見回した。ネックレスを通しても、移動時間なんかは見ないことが多いので、意外と新鮮だった。
ホグワーツの廊下は、思っていた以上に落ち着かない。
天井は高く、石造りの壁には松明が一定間隔で灯されている。けれど、炎はほとんど煙を出さず、風もないのに時折ふっと揺れた。
壁一面に掛けられた肖像画はもっと騒がしい。絵の中の魔法使いたちは、こちらを眺めたり、隣の額縁へ移動したり、酒を飲みながら一年生の品評をしていた。
「そこの白髪の子、さっき組み分け帽子をずいぶん困らせていた子じゃないか?」
聞こえています。
階段も信用できなかった。途中までは普通の大階段だったのに、全員が乗り終えたところで、低い軋み音とともに階段そのものが横へ動き始めた。
「うわっ」
誰かが声を上げる。
私は手すりから下を覗き込んだ。何階分あるのか分からない吹き抜けの中を、何本もの階段がゆっくりと場所を変えている。
面白い。ただ、急いでいるときには絶対に腹が立つと思う。
「この階段、勝手に動くの?」
私が尋ねると、前を歩いていたパーシーが振り返った。
「いくつかはな。曜日で行き先が変わるものもあるし、途中に消える段もある。慣れるまでは気をつけろよ」
「設計した人、性格悪いと思う」
そうコリンが呟くと、ジニーが小さくフレッドとジョージを指さした。確かに、彼らならやりかねない。
ハーマイオニーだけは真面目な顔で、
「きっと侵入者への防御も兼ねているのよ」
などと言っている。
いや、たぶん単に面白がって作った人もいると思う。
私も今度魔法を掛けてみようかな。マグルの駅にあるエスカレーターとかいうのになったら面白そうだ。
さらにいくつか階段を上がり、細い廊下へ入る。窓の外はもう真っ暗だった。
遠くに禁じられた森の黒い影が広がり、その向こうには山並みが月明かりに浮かんでいる。昼間なら綺麗なのだろう。夜は少し不気味だ。
廊下の突き当たりで、監督生が足を止めた。
そこには扉がなかった。
代わりに、豪華なドレスを着た太った女性の肖像画が掛かっている。
絵の中の女性はこちらを見ると、少し顎を上げた。
「合言葉は?」
「カプト・ドラコニス」
パーシーが答える。
すると肖像画が、「よろしい」と言って、額縁ごと横へ開いた。
その奥に丸い穴が現れる。
「ここから?」
「ここから」
ハリーが先に潜っていった。
私もそのあとへ続く。穴を抜けた瞬間、暖かな空気が顔に当たった。
グリフィンドールの談話室は、廊下とはまるで雰囲気が違っていた。丸い大部屋の中央では、大きな暖炉が赤々と燃えている。床には厚い絨毯が敷かれ、その上に深紅色の肘掛け椅子や長椅子が、暖炉を囲むように置かれていた。
壁には赤と金の旗や古びたタペストリーが掛けられ、ところどころにクィディッチの写真や、歴代生徒らしい集合写真まで飾られている。
窓は細長く、分厚いカーテンが下ろされていた。石造りの城の中なのに、ここだけはずいぶん暖かい。木の匂いと、暖炉の煙と、誰かが食べている菓子の甘い匂いが混ざっている。
「ようこそ、グリフィンドールへ。歓迎するぜ」
「まあ、我が不肖の弟子としては当然の結果だな。これからも頼むぜ」
左右から伸びてきた手が、ぽんぽんと私の肩を叩いた。
フレッドとジョージだ。
「弟子になった覚えはないんですけど」
「なんだと?」
「先生に向かってその態度」
「いつから先生になったんですか」
「そんなことを言うと――」
フレッドが意味ありげに顔を近づける。
「ホグワーツで生きていくための、役に立つ情報を教えてやらないぞ」
「それは例えば?」
「フィルチに見つからずに厨房まで行く道とか」
「それは知りたいです」
「ほら弟子だ」
しまった。
ジョージが勝ち誇ったように腕を組む。
「素直なのは弟子の美徳だぞ」
「そこだけ切り取らないでください」
双子が楽しそうに笑っていると、その向こうからハーマイオニーがこちらへ近づいてきた。
教科書の買い出しの時に挨拶だけしたけれど、寮が一緒になれば話す機会も増えそうだった。
教科書の買い出しのときに挨拶だけはしたけれど、同じ寮になったのなら、これから話す機会も増えそうだった。
「ねえ、えっと……セレフィナ」
「フィナでいいですよ」
「じゃあ、フィナ」
ハーマイオニーは少しだけ嬉しそうに笑った。
「私、あなたの話をずっと聞いていたの。だから、一緒の寮になれて嬉しいわ」
「私の話?」
「ええ。入学前からいろいろ魔法を勉強しているって。それに――」
そう言いながら、彼女の視線が私の荷物へ向いた。
「あなたも、本が好きなの?」
私のトランクとは別に持ち込んだ鞄には、こっちで読むための本が何冊も詰め込んである。魔法史、錬金術、魔法生物、古代文字。それに、表紙だけ見れば普通の魔法理論書にしか見えないものが何冊か。
……大丈夫。
見られて困る本は、全部別の場所にしまってきたはずだ。
私は大きく首肯した。
「はい。ホグワーツの図書館には、うちにもない本がいっぱいあるって聞いたから、楽しみにしてました」
ハーマイオニーの顔がぱっと明るくなった。
「そうなの! 毎日読んでも読み切れないくらい本が詰まっているのよ。魔法史も変身術も、それに魔法生物についての本も――今度、私が案内してあげるわ」
「ほんと?」
「もちろんよ」
思わず身を乗り出す。まあ、私の読みたい本は多分禁書だが、この調子だと理由を上手くつければ協力してくれそうだ。
その様子を少し離れた長椅子から眺めていたロンが、ハリーの肩をつついた。
「おいおい。フィナのやつ、ハーマイオニーの図書館ツアーに行くつもりだぜ」
ロンはわざと声を潜める。
「三年は出てこられないぞ」
ハリーが苦笑した。
「でも、フィナなら普通に最後まで付き合いそうだよ」
「だから問題なんだよ。上級生によるいじめに当たらないといいけどな」
「聞こえてるわよ!」
ハーマイオニーが振り返った。
「言っておきますけど、あなたたちみたいに本をろくに読まない人と違って、本を通じて広い知識に触れる方法を知っている人は、持っている本を見ればだいたい分かるの」
「本のリストだけでそこまで分かるのかよ」
「分かるわ」
きっぱりと言い切った。
「フィナの本には、魔法史だけじゃなくて、錬金術、古代文字、魔法理論まであるもの。ちゃんと分野を跨いで読んでいる証拠よ。それに、ほとんど入門書じゃなくて何歩も入ったような本。」
私は深く頷いた。
「私もそう思います。本って、一つの分野だけ読んでいても分からないことがありますからね」
「そうよね!」
ハーマイオニーがさらに嬉しそうになる。
「やっと、本についてちゃんと話せそうな相手が入ってきたと思ったの」
「私も嬉しいです。おすすめがあったら教えてください」
「ええ。フィナのおすすめも教えて」
「もちろん」
何冊か頭に浮かんだ。
ただし、そのうち半分くらいは学校へ持ち込んだら怒られそうなので、最初は無難なものからにしたほうがいいだろう。そのうち、こっそりハーマイオニーが読んでいる本に闇の魔術を紛れ込ませておいたらどうかな。
少し離れたところで、ロンがハリーの袖を引っ張った。
「なあ、ハリー」
「なんだよ」
ロンは私たちを見ながら、ひどく真剣な顔をしている。
「あの二人がくっついたら、とんでもない方向に暴走するぜ」
ハリーもこちらを見る。
ハーマイオニーは既に「図書館で最初に確認する棚」の話を始めていた。私はその横で、禁書区にはどういう本が置かれているのだろう、と考えていた。
ハリーはしばらく黙ったあと、
「……僕もそんな気がする」
と頷いた。
失礼だなあ。まだ何もしていないのに。
ジニーと談笑していると、今度はウッド先輩がこちらへ近づいてきた。
グリフィンドールのクィディッチチームのキャプテンで、ホグワーツ特急でもずいぶん熱心に私を勧誘していた人だ。
「よくグリフィンドールを選んでくれた!」
いきなり両肩を掴まれそうな勢いで歓迎される。
「これで今年もスリザリンを叩きのめしてやれるぞ」
「まだ入るとは言ってませんよ」
「細かいことはいい」
よくないと思う。
すると、ウッド先輩の後ろから、背の高い女子生徒が顔を出した。
「あなたが列車の横を飛んでた子?」
「はい」
「すごかったよ。まさか新入生だったなんて思わなかった」
アンジェリーナ・ジョンソンと名乗った彼女も、グリフィンドールのクィディッチ選手らしい。
「左右に木を躱していくところなんて、こっちがひやひやしたけど」
アンジェリーナ先輩が笑う。
クィディッチチーム。
ホグワーツでも花形だ。ただでさえ授業や図書館、それに自分の研究もしたいのに、これ以上予定を増やして大丈夫なのかという気もする。
でも箒で飛ぶのは好きだし、誰かに追われたり、呪文を避けたりするためではなく、ただ競技として思い切り飛ぶというのも楽しそうだった。いつか、闇の魔術が誤解されなくなったら、ずっとそうなるのかもな。
「まあ、それでだ」
ウッド先輩が話を戻した。
「マクゴナガル先生にも話してある」
早い。
「明日なら競技場が空いているそうだ。授業が終わったら、一度そこで飛んでみてくれ」
「明日ですか?」
「ああ。一年生の最初の数日は、授業といっても説明やガイダンスが多い。少しくらい遅くなっても問題ない」
アンジェリーナ先輩も頷く。
「こういうことだけは異様に話が早いから」
「こういうことだけとはなんだ」
「クィディッチ以外の話で、その行動力を見たことないもの」
「今年も優勝しなきゃならないんだぞ」
二人のやり取りを眺めながら、私は小さく息を吐いた。入学初日から、図書館へ行く約束をして、上級生に捕まり、今度はクィディッチの試験まで入った。
ホグワーツは、思っていた以上に忙しいところらしい。それにしても…………マクゴナガル先生ってちょっと不思議な人なのかもしれない。そう、私は思ったのだった。