闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
翌日の薬草学は、城の外に並ぶ温室で行われた。
温室へ足を踏み入れた瞬間、むっとするような湿った空気が身体を包む。
土と肥料、それから青臭い植物の匂い。棚にも床にも、見たことのない植物が所狭しと並んでいた。
葉っぱの先から煙を吐いているもの。人が近づくと茎を縮めるもの。鉢の中で勝手に場所を移動しているもの。
私は思わず辺りを見回した。
「結構いろいろありますね」
「なんかちょっと不気味かも」
ジニーは気味悪そうに見回している。
家にも薬草園はあるけれど、種類だけならホグワーツのほうがずっと多そうだ。
スプラウト先生は、土のついたエプロン姿で一年生を迎えると、まず温室での注意事項を説明し始めた。
「ここには触れるだけで発疹を起こす植物もありますし、指を噛むものもあります。私が許可するまでは、勝手に鉢へ手を入れないように」
コリンが慌てて伸ばしかけていた手を引っ込める。
私は奥の温室を覗いた。向こうには大きな鉢がいくつも並んでいる。
葉の形に見覚えがあった。
「あれ、マンドレイク?」
「よく知っていますね」
スプラウト先生が少し嬉しそうに答えた。
「ええ。まだ若い株ですが、上級生の授業で使います」
鳴き声が人を殺す仕組みは非常に面白いので是非研究したいけど、育てるのが面倒でしょうがない。良い感じに育ったら、頂いておこうかな。
その日の授業では、もっと大人しい植物を扱った。
とはいえ、私にはほとんど見覚えのあるものばかりだった。根を傷つけない持ち方。葉から魔力の状態を判断する方法。薬効を落とさない収穫位置。メジャーな薬品の原料なので、その辺も知っている。これならばしばらくは大丈夫そうだった。
次の授業は魔法薬学だった。
魔法薬学については、まあ、そこまで真面目に聞かなくてもいいかな、というのが私の感想だった。
お母様のところで散々仕込まれている。
材料の下処理。薬効の抽出。温度管理。撹拌による魔力の偏り。触媒の投入順序。失敗した薬の処分方法まで。
今さら一年生の授業で扱うような内容を、一から聞き直す必要もないだろう。
それに、スネイプ先生についても、今のところあまり心配していない。
噂では闇の魔術にかなり詳しいらしい。好きだという話まである。だったら、わざわざこちらから懐柔する必要もなさそうだ。
マクゴナガル先生みたいな人には、少しずつ闇の魔術への理解を深めてもらわなければならないけれど、スネイプ先生なら最初からある程度は分かっているだろう。
……たぶん。そんなわけで、先生の話には耳を半分だけ傾けることにした。
「……魔法薬とは、単なる材料の混合ではない。諸君の多くは、その精妙さを理解することすらできない、だが――」
なにやら演説のようになっている。
名声を瓶詰めできるとか。栄光を醸造できるとか。死に蓋をするとか。
純粋魔法薬の範囲では結構難しそうに思えるけど、スネイプ先生は闇の魔術の愛好家。広い意味での魔法薬学を扱っているからということだろうか。
私は机の下で鞄を開き、一冊の本を取り出した。
『亜人シリーズ4: 人狼と巨人』
最近読んでいる本だ。
ホグワーツへ来てから、魂への興味はますます強くなっている。
なにしろ、すぐ近くにハリー・ポッターという、とても興味深い研究対象がいるのだ。
もちろん本人を解剖するわけにはいかない。だからまず、理論から考えている。一つの肉体に、二つの魂を混ぜずに共存させることはできるのか。
魂同士を完全に融合させてしまうのではなく、それぞれの境界を保ったまま、同じ肉体や魔力系統へ接続する。
もし可能なら、応用範囲はかなり広い。その手がかりとして、今は人狼について調べていた。人間としての人格と、満月によって表面化する獣性。
もちろん、単純に二つの魂が入っているわけではないだろう。
でも、同一の肉体の中で異なる精神状態が切り替わり、魔力的な性質まで大幅に変化するという点では参考になる。それも後天的に起こっているというのが興味深い。
ページをめくる。
噛むという行為は単純な――
「ミッドナイト」
名前を呼ばれた。
顔を上げる。スネイプ先生がこちらを見ていた。
「はい?」
「優秀な女史には、吾輩の授業は退屈なようですな」
スネイプ先生は細い目で私をしばらく見てから、
「授業を聞く必要がないほど魔法薬に精通していると……」
と静かに言った。
教室の視線が集まる。なるほど。
そういう形式の授業なのか。確かに、今の私には、基礎の授業よりも本で学ぶことの方が有用だ。流石はホグワーツ、レベルにあった授業をしてくれるようだ。
「あー、はい、スネイプ先生。魔法薬学の本についての質問をしにいく形式?とかのほうがありがたいです。」
後ろのほうで誰かが息を呑んだ。スネイプ先生の眉がほんの少し上がる。
「結構。聞いたか諸君。彼女はこの授業など不要だという」
何が結構なのかは分からないし、そんなことは言っていないんだけどなぁ。
「では、真実薬――ベリタセラムの調合法程度は簡単に答えられるでしょうな」
古典的な薬だ。
「まず、基剤を作ります。最初に必要なのは、薬効を長時間安定して保持できる無色の抽出液です。ここでは月露水を使うのが一般的です」
「理由は?」
「他の材料と反応しにくく、精神作用を持つ成分を溶かしても性質を変えにくいからです。それと、完成後の無色透明を保ちやすい」
間を置かず答える。
「その次は?」
「あー……ヘレボルスですね」
私は頭の中でいつもの作業台を思い浮かべる。
「ヘレボルスの茎を、上、中、下の三つに分けます。使うのは真ん中だけ。上のほうは精神作用が弱いし、根元に近いところは逆に鎮静作用が強すぎるので」
スネイプ先生がわずかに頷いた。
「花は?」
「花弁を五枚。萼は入れません」
「理由を」
「苦味が出るから……というのもありますけど、一番は魔力の向きが違うからです。花弁は外へ作用を広げるけど、萼は閉じ込める方向に働くので、真実薬だと邪魔になります」
私は続けた。
「茎の中央部分は縦に割って、内側の白い繊維だけを削ぎます。それを月露水に入れて、銀の匙でゆっくり三周」
「三周?」
「最初だけです。それ以上混ぜると抽出が早くなりすぎます」
「そして?」
「十分くらい置いてから花弁を入れます。花弁は刻まずに一枚ずつ。全部沈めちゃ駄目です。半分くらい液面に出しておきます」
「ほう。では、その後は?」
「七分待ってから弱火にします。十五分加熱して、一度火を止めます。それから――」
その後も説明は続いた。
ヘレボルスの花弁を取り除く時期。茎から抽出した成分を安定させるための休止時間。二段階目で加える根の処理方法。煮詰める前に一度温度を落とす理由。植物性の精神作用を安定させるための触媒。
一次熟成と二次熟成。途中で薬液の色が変わらなかった場合の失敗判定。一度失敗した薬を無理に修正するくらいなら、最初から作り直したほうが早いこと。
それから最後の熟成まで。
「そこから二十一日置いて、一度濾過します。それからもう一度魔力を均して、さらに七日ですね」
私は指を折って計算する。
「ですから、最初から数えるとだいたい一月です」
「つまり?」
スネイプ先生が低い声で尋ねる。
「時間がかかるだけです」
教室が静まり返った。
「材料も、ものすごく珍しいというほどじゃありません。途中の手順も、順番を覚えていれば難しくないです。急いで作れないのが一番面倒なところですね」
スネイプ先生は何も言わない。私は少し考えて付け加えた。
「あと、古い処方だと必要以上に工程を増やしているものがあります。多分、昔は成分の役割が分かっていなかったからだと思います。三回目の加熱は省いても」
「そこまででよろしい」
止められた。私は口を閉じる。スネイプ先生はしばらく、じっと私を見ていた。
やがて先生は、ゆっくり教壇へ戻った。
「グリフィンドールに五点」
後ろでジニーが信じられないものを見るような顔をしている。確かに、スネイプ先生はスリザリンひいきだと言われていた。だけど、そうじゃない。
「今後、我輩の授業中、何をしていようと構わん。ただし、週に一度、放課後に我輩の調合を手伝ってもらう」
「え?」
今度は教室全体がざわついた。
スネイプ先生の目が細くなる。
「不服かね?」
「いえ、嬉しいです。ありがとうございます。」
むしろ願ってもない。スネイプ先生が実際に何を作っているのか、横で見られるということだ。ひょっとしたら闇の魔術に関係する調合もあるかもしれない。
それに、作業をしながらなら、いろいろ質問できる。
懐柔する必要はないと思っていたけれど。研究相手としては、かなり面白そうだった。
放課後、私は城を出て、禁じられた森の端にある小屋へ向かった。
ホグワーツへ来たのなら、一度きちんと挨拶しておきたい人がいたからだ。
石造りの城から離れるにつれて、生徒の声が遠ざかっていく。代わりに聞こえてくるのは、森を渡る風と、どこかで鳴いている鳥の声だった。
やがて、大きなカボチャ畑の向こうに、小さな石造りの小屋が見えてくる。
扉を叩く。
「はいよ――おお?」
開いた扉の向こうから、巨大な髭面が現れた。
そう、ハグリッドだ。
ホグワーツの森番で、鍵と領地の番人でもある。店に時々来る時と比べても、こちらのほうがどこかしっくりくる。
「こんにちは、ハグリッドさん」
「おお、おまえさんか。さあ、入れ入れ」
「お邪魔します」
中へ入ると、思っていたより暖かかった。
暖炉には火が燃え、大きな薬缶がかけられている。壁には毛皮やら道具やらが掛かり、巨大な椅子と巨大な机が部屋のかなりの部分を占領していた。
ハグリッドは私を上から下まで眺めて、赤と金の制服を見て満足そうに頷いた。
「似合っとるぞ」
「ありがとうございます」
その足元では、大きな黒い犬がこちらをじっと見ている。
「この子がファング?」
「そうだ。怖がらんでええぞ。見た目ほど肝は据わっとらん」
私が手を出すと、ファングは匂いを嗅いでから、べろりと指を舐めた。確かに悪い子ではなさそうだ。ハグリッドは私に椅子を勧めながら、大きな薬缶を持ち上げた。
「茶でも飲むか?」
「いただきます」
巨大なカップにお茶が注がれる。
一通り、ホグワーツについてからの話をしてから、私は本題を切り出した。
「それで、今日は見てもらいたいものも持ってきたんです」
「ん?」
私は鞄から、小さな器具を取り出した。マグルの機械をベースにしているが、かなりの力作だ。
「蛇語翻訳機です」
「蛇語?」
「パーセルタング。蛇の言葉を、人間にも分かるようにする道具です」
ハグリッドの目が丸くなった。
「そんなもん作ったのか?」
机の上へ置く。
ハグリッドは大きな指で器具を摘み上げ、ひっくり返したり横から覗いたりしている。
「私だけだとどこまでの蛇に使えるか分からなくて……それに、実際に役立つか意見を聞けるかなって」
「すげえぞ、こりゃ。役立つに決まっちょる」
ハグリッドは即答した。
「腹減ったとか、どっか痛えとか、何に怒っとるとか分かったら、世話がずっと楽になる」
すると、ハグリッドの目が急に輝いた。
嫌な予感がした。
「なあ、おまえさん」
「?」
「これ、ドラゴンにも使えるようにならんか?」
やっぱり。
「ドラゴンが似たような形で意思を出してるなら、できるかもしれませんけど。ドラゴンに蛇の言葉が使えるかどうかは……」
身を乗り出してくる。
「ドラゴンの言葉が分かったらすげえぞ。何食いてえとか、どこ触ってほしいとか――」
「どこを燃やしたいとか?」
「ドラゴンをそんな乱暴な生き物みたいに言うな」
去年、学校で飼おうとした人に言われた。
「まあ、それは蛇でちゃんと動くことを確かめてからですね」
「蛇なら用意しといてやるぞ」
「ほんとですか?」
「おう。この辺にも何種類かおる。今度来るまでに捕まえといてやる」
これは助かる。
「できれば種類の違う蛇を何匹かお願いします。種類が変わっても翻訳できるか試したいので」
「任せとけ」
ハグリッドは胸を叩いた。
感想、評価よろしくお願いいたします。