闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
昼休み、私は中庭へ向かう廊下を歩いていた。曲がり角を抜けたところで、見覚えのある二人組と鉢合わせる。
「あらセレフィナじゃない」
最初に声を上げたのは、黒髪の少女だった。
「あっ、パンジー」
パンジー・パーキンソン。
その隣には、淡い金髪の少女が立っている。
「久しぶり、フィナ」
「ダフネも」
ダフネ・グリーングラス。なかなか観察のしがいのある女の子だ。魂になにかが掛かっているようだった。
二人ともスリザリンの二年生だ。
入学前から、二人とは何度か顔を合わせている。
家同士で特別に親しいというほどではないけれど、店へ家族と一緒に来たこともあった。
そのときパンジーは、身につけている間だけ髪に艶が出るネックレスを買っていったし、ダフネは冷気を少しだけ遮る護符を選んでいた。
魔法界というのは、思っている以上に狭い世界だ。だから、こうして入学前から顔見知りだった生徒も案外多い。
「そういえば、この間の金庫の件。うちの父が感謝してたわよ」
ダフネが思い出したように言った。
金庫。ルシウスさんから紹介された依頼の一つか。
「喜んでもらえてよかったです」
「すごく喜んでたわ。グリンゴッツがあんなことになったでしょう?」
ダフネは少し声を落とす。
「それで、貴重品をいくらか家の金庫へ移そうって話になったの。でも、普通の金庫じゃ結局心配だからって。すぐに対応してもらって良かったわ。お父様が、これなら泥棒に入られても安心だって」
「それならよかったです」
もちろん絶対に壊れないわけではない。壊そうと思えば方法はある。ただし、普通の泥棒がその場でどうにかできるようなものではない。
パンジーが呆れたように笑った。
「うちのお父様も興味持ってたわよ」
「金庫ですか?」
「金庫というより、書庫の扉」
「ああ。それならできますよ」
扉なら金庫より簡単かもしれない。開閉機構と既存の認証魔法だけ確認すれば、あとは内側へ術式を仕込める。
「大きさと、今掛かってる呪文が分かれば見積もれます」
「ほら、また商売の話になってる」
ダフネが笑う。
「しょうがないですよ。お客さんになりそうな人がいたら、ちゃんと営業しないと」
「グリフィンドールに入っても、その辺は全然変わらないのね。安心したわ。」
「寮で商売は変わりませんから。あっ、でもグリフィンドールにも販路を拡大してみたいなと」
「流石ね」
三人でそんな話をしながら歩いていると、中庭のほうから騒がしい声が聞こえてきた。
「何かしら」
パンジーが足を止める。見ると、スリザリンとグリフィンドールのクィディッチチームが向かい合っていた。
ウッド先輩にアンジェリーナ先輩、ハリー。反対側にはスリザリンの選手たち。その周りにはロン、それにハーマイオニーまでいる。
どうやら、どちらが競技場を使うかで揉めているらしい。
そう思いながら近づいていく。
そのときロンが杖を振り、かすかな光が走ってドラコに当たる。
「……ロン?」
なぜかロンが、ドラコに向かって呪文を撃っていた。緑色だったけど、強さからして死の呪文とかではないはずだ。だけど、攻撃的なものには違いない。
次の瞬間、ドラコが口を押さえて前屈みになる。
ぼとっと大きなナメクジが地面に落ちた。
さらに一匹。
「ドラコ!」
私も反射的に走り出した。
「ちょっと、ロン!」
マルフォイの横へしゃがみ込む。またナメクジが口から落ちる。息ができているか。喉に詰まっていないか。まずそこを確認する。
「鼻で息して。喋らなくていいから」
涙目になりながらも、ドラコが頷いた。
よし。
私は杖を出し、口元に残っている呪いを解除していく。モノクルで呪いを見ると、そんなに複雑でもない。イタズラの延長みたいなレベルだろう。
「フィナ!」
後ろからロンの声がした。
「そいつが――」
「ちょっと黙って!」
思ったより強い声が出た。ロンが止まる。最後のナメクジを消し、ドラコの背中を軽く叩く。
「息は苦しくない?」
ドラコは何度か呼吸を整えてから、かすかに首を振った。
「……大丈夫だ。気持ち悪いけど」
「それなら多分大丈夫です。少しゆっくり息して」
ひとまず危険はなさそうだ。
ダフネに水を頼み、私は立ち上がった。
そして、私はロンを見る。
「何してるんですか。マルフォイが何を言ったかは知りませんけど、だからっていきなり身体に作用する呪文を撃っていい理由にはならないでしょう。決闘だったわけでもないんですよね?」
ロンはまだ納得していないらしく、顔を赤くしたまま言い返した。
「ハーマイオニーを侮辱したんだぞ。あいつが先に――」
「言葉で侮辱されたからって、何をしてもいいわけじゃないです。怒るのも、言い返すのも、杖を向けて脅すのもまだ分かります。でも、相手が構えてもいないのに実際に呪文を当てるのは別です。ましてナメクジを吐かせる呪文なんて、喉に詰まったらどうするんですか」
「そんなことで死ぬわけないだろ!」
「本当に? 絶対に詰まらないって確認してから使ったんですか?」
ロンはそこで言葉に詰まった。
「……してないけど」
「だったら駄目でしょう。魔法って、便利だから雑に使っていいものじゃないんですよ。何が起こるか分からないまま、腹が立った勢いで人に撃つなんて、一番やっちゃいけない使い方です」
魔法使いだろうと人間の身体は人間の身体だ。喉が塞がれば窒息するし、吐いたものを吸い込むことだってある。魔法で治せるからといって、魔法そのものが安全になるわけではない。
「僕はハーマイオニーを守ろうとしたんだ!」
ロンはハーマイオニーを指した。
「こいつがあんなこと言ったんだぞ。友達が侮辱されてるのに、黙ってろっていうのか!」
「黙ってろなんて言ってません。前に立つなり、言い返すなり、いくらでもやり方はあるでしょう」
「そんなので済まないときだってある!なんでマルフォイの肩を持つんだよ!」
「持ってません。マルフォイが何を言ったかと、あなたが危ない呪文を撃ったことは別の話です」
それでもロンの怒りは収まらなかった。むしろ、私がマルフォイを庇っているように見えたらしい。
「同じだろ! そっちこそ、いつもスリザリンのやつらとつるんでるくせに。この裏切り者!」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……裏切り者?どこがどう裏切っていると?」
「うるさい! おまえもマルフォイと一緒だ!」
だめだ。
完全に頭に血が上っている。こちらが何を言っても、今のロンにはマルフォイを庇っているようにしか聞こえないのだろう。
握られた杖がこちらへ向く。
真正面。避けるのも、盾の呪文で弾くのも簡単だった。むしろ、反射させればそのままロンに返すことだってできる。
でもそれじゃ駄目だ。
今のロンに必要なのは、呪文を防がれることではない。自分が今、何をやろうとしているのか。それを一度、身をもって理解することだ。
「ナメクジ喰らえ!」
杖先が光った。呪文が放たれる。私は杖をロンへ向けた。
「アクシオ・マキシム!」
「え――」
ロンの身体が大きく揺れた。
次の瞬間。
「うわあああっ!?」
まるで見えない綱で胸元を掴まれたように、ロンがこちらへ引っ張られる。
靴底が芝生を滑った。腕を振り回して踏ん張ろうとするが、勢いは止まらない。全力で引っ張っているので、空中を飛んでくる。
そして、その進行方向には――。
ついさっきロン自身が放った呪文が飛んでいる。
「ちょ、待っ――!」
当然、待たない。
ぱしっ。
乾いた音とともに、呪文がロンの身体へ吸い込まれた。
ロンの顔が固まった。
「…………」
一瞬、何も起きない。
そのままロンは勢いよく私の方へ飛んでくる。
「きゃっ」
その時になって私は後悔していた。ものすごい勢いで飛んでくるロンを避けられず反射的に受け止めようとしてしまった。
どんっ。
「っ……!」
まともにぶつかった。
思ったより重い。私は後ろへよろめき、そのまま芝生の上へ倒れ込んだ。ロンも止まりきれず、私の上へ倒れ込んでくる。
「いたた……」
背中を打った。
しかも、ロンの腕が咄嗟に私の身体を支えようとしたせいで、そのまま二人そろって妙な姿勢で止まってしまった。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
顔を上げると、近い。ものすごく近い。
ロンの両腕が私の身体の左右についていて、片腕に至っては完全に背中へ回っている。どう見ても抱きついているというか、少なくとも外から見れば抱きつかれているようにしか見えない。
顔を上げると、ロンと目が合った。
あまりにも距離が近かったせいか、ロンは一瞬で耳まで赤くなり、私が何か言うより先に「違うからな」と必死に弁解し始めた。
何が違うのかは聞いていない。
そう言うと、今度は「その顔が言ってる」と返された。
別にそんなつもりはなかったのだけれど、本人には何か含みのある顔に見えたらしい。
ロンはとにかくこの体勢から離れたかったようで、慌てて身体を起こそうとした。
ところが、力を入れた途端、その動きが不自然に止まった。
「うっ……」
さっきまで赤かった顔から急速に血の気が引き、片手で口元を押さえる。
その様子を見て、私はようやく思い出した。
そうだ。
まだ、あの呪文が残っている。
「ロン、ちょっと待って。顔を横に向けて」
肩を押してこちらから逸らそうとした直後、ロンが大きくえずいた。
ぼとり、と湿った音がする。
口から吐き出された一匹のナメクジが、私の肩のすぐ横へ落ちた。
てらてらと光るそれを見て、私とロンは揃って動きを止めた。
ロンは一度大きく息を吸ったものの、すぐにまた喉を押さえてえずいた。
「うぇっ……!」
「ちょっと、こっち向かないで。横、横向いて!」
慌てて肩を押して顔を逸らさせる。その直後、ぼとぼとと二匹続けてナメクジが落ちた。
「だから私の上で吐かないでって!」
「好きでやってるんじゃ――」
言い返しかけたロンは、その途中でもう一度えずいた。
「もう喋らなくていいから!」
最悪だった。
私の上にはロンがいて、その腕はまだ私の身体を支えるように回っている。傍から見れば、ほとんど抱きついているような体勢だ。
そして、その状態のままロンは断続的にナメクジを吐いている。
幸い、顔に直撃はしていない。
けれど、視界の端を何匹ものナメクジが次々と落ちていくのは、かなり嫌だった。
こんなところを誰かに見られたら、いったいどう説明すればいいのだろう。
そこまで考えてから、妙に周囲が静かなことに気づいた。
嫌な予感がして、顔だけを横へ向ける。
ハーマイオニーは口元を押さえたまま固まっている。
ドラコは完全に呆然としていたし、クラッブとゴイルですら何も言わない。
それどころか、その場にいたスリザリンとグリフィンドールのクィディッチ選手たちまで、揃ってこちらを見ていた。
どうやら、最初から全部見られていたらしい。
しばらく誰も何も言わなかった。
その沈黙に耐えきれなくなったのか、最初に口を開いたのはドラコだった。
「……ウィーズリー。お前、何してるんだ?」
その一言で、ロンの耳まで一気に赤くなる。
「違う! これはそういうんじゃない!」
「そういうのって何だよ。少なくとも僕には、女の子に抱きつきながらナメクジを吐いてるようにしか見えないけど」
「だから違うっつってるだろ!」
叫んだ拍子にまた喉が引きつり、ロンは慌てて横を向いた。
「あーもう……」
これ以上続けさせるのも可哀想になってきたので、私は杖を取り出して軽く振る。
「フィニート」
ロンの喉に残っていた呪いが消え、ようやくえずきも止まった。
「はい。この件はもうこれでおしまい。ロンも二度と人にあんな呪文を撃たないこと」
「……分かったよ」
まだ不満そうではあるけれど、さっきよりはずっと落ち着いていた。
私はそこでドラコの方を見る。
「ところでドラコは、なんて言ったの?」
さっきまでロンを笑っていたドラコの口元が、少し引きつった。
私はハーマイオニーを見る。
ハーマイオニーは少し迷ってから答えた。
「……私のことを、『穢れた血』だって」
空気が変わった。私はもう一度ドラコを見る。
「ねえ、ドラコそれ本当?」
さっきまでの勢いはどこへやら、ドラコが一歩下がる。
「い、いや……そいつが生意気なこと言うから――」
「ここに座りなさい」
杖を振る。
「ちょ――うわっ!?」
ドラコの膝を折り曲げて、その場に強制的に座らせる。
「おい! おまえも杖でやってるじゃないか!」
ロンがすぐに声を上げた。
私はロンを見ると、それだけで、ロンは口をつぐんだ。
ドラコは立ち上がろうとするが、私は杖先を少し動かした。ドラコの身体が、見えない椅子に縫いつけられたように止まる。
「ねえ、ドラコ。さっき言った『穢れた血』って、どういう意味で言ったの?」
私は彼の前にしゃがんだ。
「分かってて言ったんでしょう? マグル生まれだからハーマイオニーの血は穢れている。魔法使いの家に生まれていないから、あなたたちより価値が低い。そういう意味ですよね?」
ドラコは答えない。
私は少しだけ杖先を持ち上げると、それだけでドラコの肩が強張る。
「でも、それって変じゃないですか。血なんて身体の一部でしょう。身体の中を流れて、酸素や栄養を運んでいるだけです。もちろん魔力との関係はあるかもしれない。でも、人間を人間にしているもの全部が血の中に入っているわけじゃない」
私はそこで少し考える。
「それより、もっと面白いものがあるんだけど。ねえドラコ、『穢れた魂』っていうのは、ちょっと興味深くない?」
ドラコの表情が固まった。
「な、何する気だよ」
私はにっこり笑った。
「そんなに穢れに興味があるなら、血なんかよりずっと本人に近いところを見てみればいいじゃない。記憶とか感情とか、それよりもっと深いところにある魂そのもの。そこへほんの少し別のものを混ぜたら、それは『穢れた魂』になるのかなって。もし血筋が少し違うだけで人間の価値まで変わるなら、魂のほうを変えたら、もっと大きく変わるはずでしょう?」
杖先に淡い光が灯る。
「そんなに気になるなら、あなたの魂まで少し『穢して』あげてもいいんだけど、どう?」
「…………」
ドラコの顔が完全に固まった。
クラッブとゴイルが揃って一歩後退する。ロンまで引いていた。
「お、おい……」
ハーマイオニーが慌てて私の腕を掴む。
「本当にそんな魔法あるの?」
「さあ?」
「さあ!?」
私はドラコを見る。
「い、いや! 絶対嫌だ!」
ドラコは必死に身体を引こうとする。もちろん、座らせたままなので動けない。
もちろん、そんなことをする気はない。
少なくとも、本当に魂をどうこうするつもりなんて欠片もなかった。
ただ、ドラコはどうにも口が悪すぎるし、魔法使い同士の対立を煽ってしまう。一度くらい、本気で怖い思いをさせておいた方がいいと思っただけだ。
私はそこで杖を下ろし、拘束を解いた。
ドラコはすぐに立ち上がると、今度は少し距離を取った。その様子を見ていたハーマイオニーが、隣で深いため息をつく。
「……あなた、説教の仕方が怖すぎるわ」
「ちゃんと伝わったからいいでしょう。少なくとも、もう『穢れた血』なんて言葉を軽々しく使おうとは思わないはずです」
今度ばかりは、ロンまで神妙な顔で頷いた。
私は杖をしまいながら続ける。
「そもそも、マグルと魔法使いを一緒にするようなことなんて、もっと許せないです」
私は小さくそう呟いた。その横で、ハーマイオニーはその言い回しに違和感を持ったかのように首を傾げていた。
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