闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
アルバス・ダンブルドアにとって、セレフィナ・ミッドナイトという少女は、ひどく掴みどころのない存在だった。
第一に、出自がよく分からない。
セレフィナの母親、ドルシラは、ヴォルデモートの脅威が去った直後、新大陸から英国へ移り住んできたという。
理由は、ミッドナイト家が英国に所有していた広大な土地と資産を、正式に相続し管理するためだった。
ミッドナイト家は古くから続く魔法使いの家系だが、同時にマグル社会においても地方の下級貴族として家名を残していた。そのため、土地や屋敷、その他の資産については、マグル側にも代々の所有記録と相続関係を示す書類が存在している。
書類上は何もおかしくない。
もっとも、新大陸へ渡った後の記録については、魔法省でも十分には確認できていない。残っている資料によれば、一族の一部は英国や欧州で続いた戦乱を避けるために海を渡り、その後は新大陸北部の人里離れた土地で暮らしていたらしい。もともと記録の残りにくい地域であり、移住の経緯にも特に不自然な点はなかった。
ドルシラの両親はそこで早くに亡くなっており、その後、英国に残っていた祖父が一族の土地と資産を管理していた。
そして最近、その祖父も亡くなった。
直系の相続人として残っていたのがドルシラだったため、彼女が英国の土地と資産を相続することになった……ただそれだけの話である。
土地の所有権にも不自然な点はない。魔法省が調べた範囲でも、ドルシラが闇の魔術に関与した記録は見つからなかった。
そして英国へ移住してほどなく、ドルシラは一人娘を産んだ。
セレフィナ・ミッドナイト。
ほぼ同じ時期に始めたのが、ダイアゴン横丁の『ミッドナイト魔法工房』だった。
新参の店でありながら、評判が広まるのは早かった。
既存の魔法具とは少し違う。
最初に売り出したのは壊れにくい食器。悪戯呪文を弾く衣類。特定の呪いに抵抗を持たせた装飾品。簡単な魔法であれば、身につけているだけで効果を大幅に弱める品さえある。
そのうち、既存の物を壊れないようにするというものまで始めて大評判になった。
その効果の特異さから、魔法省も内々に何度か調査した。他の魔法使いたちも興味を持って解析を試みた。
だが、結論はいつも同じだった。
奇妙ではある。独創的でもある。しかし、違法なものは何も見つからない。
そして、その店で幼い頃から客に囲まれて育ったのがセレフィナだった。
少女は早くから魔法族としての才能を示した。利発で、大人との受け答えにも慣れている。愛想もよく、物怖じしない。
最初は店のマスコットのような存在だった少女が、いつしか客から名前を覚えられ、商品の説明まで任される看板娘になるまで、そう時間はかからなかったらしい。
そして、セレフィナは人を選ばない。
純血の名家であろうと。半純血であろうと。マグル生まれであろうと。
態度がほとんど変わらない。新大陸育ちの母親の気風なのかもしれない。結果として、彼女は十一歳になる以前から、普通の子供では考えられないほど広い人間関係を持っていた。
そして魔法の習熟度も、同年代から明らかに逸脱している。
呪文学。変身術。魔法薬学。防衛術。どれか一つに突出しているというより、魔法そのものを扱うことに慣れすぎている。
だけど、単なる優等生でもない。
年相応に悪戯は好きだった。ウィーズリー家の双子と顔を合わせれば、ろくでもないことを思いつく。店の商品へ勝手に妙な機能を追加し、母親に叱られたことも一度や二度ではないという。
笑う。怒る。ふざける。拗ねる。
その辺りだけを見れば、ごく普通の少女に見える。
ホグワーツへ入学してからも、それは変わらなかった。
「今のところ、彼女について何か闇の魔術との関係を疑うような事実はありません」
マクゴナガルがそう言った。
校長室、ダンブルドアの机を挟み、マクゴナガルとスネイプが座っている。
「授業態度にも大きな問題はありません。多少、既に知っている内容では退屈そうにしていますが」
「多少?」
スネイプが鼻を鳴らした。
「魔法薬学では、なかなかの不遜さを見せておりますが」
「ほう」
ダンブルドアが目を細める。
「ただし」
スネイプは渋々と続けた。
「あの能力では、一年生向けの授業が退屈になるのも無理はありませんな」
これは、セブルス・スネイプにしては相当に高い評価だった。
「手順を暗記しているだけではありません。材料の代用、温度変化による薬効の変質、工程を省略した場合の結果まで理解している」
マクゴナガルが小さく息を吐いた。
「友人関係についても、今のところ問題はありません。まだ入学して数日ですが、グレンジャーとは特に気が合うようです。二人とも本を読むのが好きですから。ただ、ミス・ミッドナイトの方が多少……」
言葉を探す。
「多少?」
「悪戯好きです」
ダンブルドアの目が楽しそうに細くなる。
「それは健全じゃな」
「程度によります」
マクゴナガルは真顔だった。
「飛行についても十分な才能があります。クィディッチの話となると上級生ともよく話していますし、寮の中でも既にかなり顔が広いようです」
「組み分けの件はどうじゃ?」
今度はダンブルドアの声から少し笑みが消えた。
マクゴナガルも表情を改める。
「あの時ですか……」
組み分け帽子が、妙な反応を示した。判断に迷うこと自体は珍しくない。
だが、あれほど長く、まるで少女の内側を探ることそのものに戸惑っているような反応は、他に例がなかった。
「少なくとも、彼女自身が何かを企んでホグワーツへ侵入したようには見えませんでした」
マクゴナガルははっきりと言った。
「彼女の表情にあったのは不安です。自分だけ組み分けが終わらない。何かおかしいのではないか。そういう、新入生なら誰でも感じる種類の不安のように見えました」
ダンブルドアは頷いた。
そこは、彼も同じ見解だった。セレフィナには不自然な点が多い。だが、不自然であることと悪意があることは同じではない。
むしろセレフィナは、人を傷つけることに対して妙なほど強い拒否感を示す。
友人同士の喧嘩。寮同士の小競り合い。そこまでは笑って見ている。多少の悪戯なら自分から参加することさえある。
しかし、杖が相手へ向けられ、本当に怪我をさせる可能性のある呪文が使われた途端、態度が変わる。
相手が友人だろうと関係ない。喧嘩になってでも止める。その点だけなら、むしろ好ましい少女だった。
そして彼女は、マグルを嫌ってもいない。マグル生まれを見下す様子もない。血統に異常な執着を示すこともない。それなのに、ダンブルドアには時折、彼女の中に別の誰かを思い起こさせる何かがあった。
トム・リドル。
もちろん、似ているわけではない。
トムは幼い頃から他人を支配することを好んだ。秘密を抱え。力を誇示し。自分を特別な存在だと確信していた。
セレフィナには、そうしたものがない。誰かの上に立とうともしていない。偉大になりたいとも言わない。大きな善を成したいと語ることすらない。英雄になりたいわけでもない。
それでも、時折見せる、魔法に対する異様なまでの確信。自分ならできる、と疑わないところ。常識や既存の境界を、最初から境界として認識していないようなところ。
そして何より…………。
大広間から出ていく時だった。強く踏み込んだわけではない。表層を撫でる程度の、ほんの軽い開心術だった。
――ばちり。
弾かれた。
ダンブルドアは、僅かに目を細めた。
偶然ではない。心が読みにくい、という程度でもない。明確に、開心術への対策が施されている。こちらが触れた瞬間、それを認識して遮断したのだ。
閉心術か。あるいは、防御魔法の掛かった魔法道具か。
いずれにせよ、十一歳の少女が身につけているものとしては、あまりにも不自然だった。
幼い頃から魔法に親しんでいる。それだけなら分かる。高度な魔法を使える。それも、家の環境と本人の才能で説明できなくはない。
だが……なぜ、開心術への対策までしている?
普通の十一歳の少女に、自分の心を覗かれることを警戒する理由などない。開心術など珍しい魔法だし、そもそも存在を知らないのが普通だ。
誰かに教えられたのか。母親が、娘の心を読まれることを警戒しているのか。それとも……セレフィナ自身に読まれては困るものがあるのか。
視線が重なる。ほんの一瞬。
少女の目から、いつもの愛嬌が完全に消えた。
冷たい…………あまりにも冷酷な目だった。
怒りとも違う。恐怖とも違う。侵入してきた存在を認識し。必要ならば排除する。
ただそれだけを考えている目。
ダンブルドアは、長い人生で何度か同じ種類の目を見たことがある。人を殺したことのある者。それも、殺すことそのものに躊躇を持たない者が見せる目だった。
それは、次の瞬間には消えていた。
セレフィナは、いつもの少女に戻っていた。
だからこそ………………気になった。
「あなたは、あの子を疑っているのですか?」
マクゴナガルの声で、ダンブルドアは思考から戻った。
「疑う、という言葉は少々強いのう。ただ、そう…………知りたいのじゃよ」
ダンブルドアは机の上でゆっくりと指を組み、しばらく何かを考えるように黙っていたが、やがて穏やかな声で口を開いた。
「わしは、知りたいのじゃよ」
「……何をです?」
問い返したスネイプに、ダンブルドアはすぐには答えなかった。窓の外へ一度だけ目を向け、それから静かに視線を戻す。
「あの子が、いったい何者なのかをじゃ」
部屋に短い沈黙が落ちた。スネイプは眉間にわずかに皺を寄せたまま、低い声で答える。
「ミッドナイト工房については、既に何度も調査が入っています。魔法省も、それ以外の機関も、可能な範囲では一通り調べているはずです」
「知っておるよ」
「少なくとも、違法な闇の魔術が使われている証拠は見つかっていない。工房で扱われている術式も、分類上は既存の魔法から大きく逸脱したものではないと報告されています」
「それも承知しておる」
そこでスネイプは言葉を切り、怪訝そうにダンブルドアを見る。
「ならば、何をそこまで気にされるのです?」
「だからこそ、不思議なのじゃ」
ダンブルドアはそう言って、ほんの少しだけ笑った。
「あの工房で使われている魔法は、既存の魔法体系から完全に外れたものではない。使われている理屈も、材料も、術式も、調べればある程度までは理解できる。それなのに、誰も同じものを完全には再現できん」
ミッドナイト工房が得意としているのは、防護や耐性に関する魔法だった。ただし、一般的な防護呪文のように攻撃を受け止めるわけではなく、呪いを受けた後で解除するものでもない。
そもそも、魔法そのものを効きにくくする。
それは便利だった。非常に便利で、実用性も高い。だからこそ、長年さまざまな魔法使いが仕組みを調べてきたのだが、似たものを作ることはできても、同じ効果にはどうしても届かなかった。
「セブルス。彼女をもう少しよく見ていてほしいのじゃ」
スネイプの眉がわずかに動いた。
「監視しろ、と?」
「そこまで露骨なことを頼むつもりはない。そんなことをすれば、本人にもすぐ気づかれるじゃろう」
ダンブルドアは苦笑しながら首を振る。
「前にも話したように、週に一度の特別授業をそのまま続けてくれればよい」
それを聞いたスネイプは、明らかに嫌そうな顔をした。
「随分と気軽に言ってくださいますな」
スネイプは小さく息を吐いたが、ダンブルドアは特に気にした様子もなかった。
「どれほど優秀かを調べてほしいわけではない。むしろ、わしが知りたいのはその逆じゃよ。そうじゃ。何を好み、何を嫌うのか。どういうことに腹を立て、何ならば許すのか。何を守ろうとして、逆に何を切り捨てるのか。そういうところを知りたいのじゃ」
スネイプはその言葉の意味を考えるように、しばらく黙っていた。
「……闇の魔術に傾く兆候があるかどうかを見極めろ、ということですか」
「それも含めて、じゃな。もっとも、それだけを疑っているわけではない」
ダンブルドアの声から、先ほどまでの笑みがわずかに薄れる。
そのやり取りを聞いていたマクゴナガルが、不満そうに口を挟んだ。
「私は、あの子が危険な生徒だとは思いません。少なくとも、この学校へ来てからの彼女の行動を見ている限りでは」
「わしも、今のところはそう思っておらんよ」
ダンブルドアは迷うことなく答えた。それは慰めでも方便でもなく、本心だった。
セレフィナは友人を大切にしている。力の弱い者を面白半分に踏みにじるようなことをひどく嫌い、人を傷つけるための魔法については、むしろ他の生徒以上に厳しい態度を取ることさえある。
彼女の普段の行動だけを並べれば、危険人物と疑う理由などほとんどない。
「ただ、だから何も考えなくてよい、というわけでもないのじゃ」
そう言いながら、ダンブルドアは窓の外へ目を向けた。
夕暮れの光が校庭を淡く染める中、何人もの生徒たちが城へ戻ってくる。その中に、一人だけよく目立つ白髪の少女の姿があった。
セレフィナはハーマイオニーと何かを話しながら歩いている。その少し後ろでは、ウィーズリー家の双子が身振り手振りを交えて何やら悪巧みを持ちかけているらしく、途中で話を振られたセレフィナが呆れたように笑った。
どこにでもいる、ごく普通の少女の笑顔だった。
「力というものは、それ自体が善でも悪でもない。問題になるのは、その力を持った者が、何を正しいと考え、どんな時にそれを使うかじゃ」
スネイプは答えなかった。
ダンブルドアの脳裏には、以前ほんの一瞬だけ見た、セレフィナの表情が浮かんでいた。
冷たく、静かで、必要だと判断すれば何の迷いもなく目の前の障害を排除できる。そんな目だった。
だが、その一方で彼女は、ナメクジを吐かせる程度の呪文ですら、面白半分に他人へ向けることを本気で怒る少女でもある。
一見すれば矛盾しているように思える。
しかし、おそらくそうではない。
彼女の中には、彼女なりのはっきりとした基準があるのだ。何をしてよくて、何をしてはいけないのか。誰を守るべきで、誰に対してなら容赦する必要がないのか。
問題は、その境界線がどこに引かれているのかということだった。
「セブルス」
ダンブルドアは窓の外の少女を見たまま、静かな声で続けた。
「よく見極めるのじゃ。彼女が何を大切にして、何を失うことを恐れているのか。そして――」
そこで一度言葉を切り、今度はスネイプへ視線を戻した。
「どこから先を、自分の敵だと見なす人間なのかを」
スネイプはすぐには答えなかった。黒い瞳を窓の外へ向け、ハーマイオニーたちと笑いながら歩いている白髪の少女をしばらく見つめる。
やがて、小さく息を吐いた。
「……承知しました」
そう答えると、スネイプはわずかに頷いた。