闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
翌朝、店を開けると、ダイアゴン横丁はいつもより少し騒がしかった。
どうやら昨晩、グリンゴッツに何者かが侵入したらしい。
「グリンゴッツに強盗なんて、本当にできるのかね」
「さあ。でも、ドラゴンが暴れたって話もあるぞ」
「それはさすがに嘘でしょう」
「いやいや、俺は銀行の下から咆哮が聞こえたって――」
店の前を通る魔法使いたちは、誰もが好き勝手な噂を口にしている。
金庫が破られた。何も盗まれていない。ゴブリンが気絶させられた。侵入者は黒いローブを着た老人だった。
話を聞くたびに内容が変わっているので、今のところ信用できる部分は、グリンゴッツで何か騒ぎがあった、ということだけだろう。
「グリンゴッツに強盗だなんて、物騒ですね」
私がそう言うと、商品棚を整理していたお母様が肩をすくめた。
「銀行に預ければ安全だと思っている人が多すぎるのよ。どんな金庫でも、開けるために作られた以上は開くわ」
目元を覆う仮面の下に呆れたような表情が見える。
「じゃあ、うちの金庫のほうが安全?」
「少なくとも、私の許可なく開けた者の魂が無事で帰れる可能性は低いわね」
それは安全というより、危険なのではないだろうか。一番被害を受けそうなのは私なので、勘弁願いたいところだ。
昼前になってお母様が屋敷に戻ったあと、一人の男が店に入ってきた。今日の騒ぎもあって、来る人も少なそうなので店を閉めようとしたところだった。
淡い金髪を背中へ流し、黒い外套を隙なく着こなしている。その人影に見覚えがあった。
「あっ、ルシウスさん。お久しぶりです」
「セレフィナ嬢か…久しいな」
ルシウス・マルフォイ……ルシウスさんは軽く顎を引くと、店の奥へ視線を向けた。
「母君はいるかね」
「薬の材料を仕入れに行っています。簡単な注文でしたら、私が伺いますけど」
「君が?」
値踏みするような目を向けられたので、私は胸を張った。
「これでも、正式に店番を任されていますので!任せてください!」
「なるほど」
ルシウスさんはそれ以上何も言わず、革鞄を机の上に置いた。
留め金を外し、中から取り出したのは、手のひらに収まるほどの小さな金庫だった。黒い金属でできており、扉にも側面にも鍵穴が見当たらない。
「これは…………小型金庫ですか?」
「ああ。許可なく触れると増殖する呪いと、内部の拡大呪文がかかっている」
「触るとめちゃくちゃに増殖するあれですか?」
双子呪文の亜種みたいなものだろうか。果たしてそれが防犯になるのかは分からないけど、起動したくないことだけは確かだ。
「あんなことがあっては、グリンゴッツをあまり信用しすぎるものでもないからな。」
流石は時流に乗ることにかけては右に出るものがいない(お母様談)のルシウスさんだ。グリンゴッツ以外の選択肢が必要だと睨んで動いたのだろう。
「あー、それもそうですね。じゃあ、少し確認させていただきますね!」
私は金庫に顔を近づけ、表面を走る魔法を観察した。
触れないように気をつけながら、モノクルを下ろす。薄い青色の光が、幾重にも重なって浮かび上がった。
「ずいぶん乱暴な魔法ですね」
見えたのは、繊細さの欠片もないものだった。防犯用という考え方なら間違っていないのかもしれないが、後から魔法を掛けたりするための余地が残っていない雑な仕事だった。
まあ、そんなことは魔法道具作りを生業にしているからかもしれないけど…………。
「魔法が有効であれば、それでよい」
「それで、今回は?」
「いつものように、不壊化を頼みたい」
まあ、それはそうだ。うちに金庫を持ち込んでくる人はほとんどこれが目的だ。
私はしばらく掛かっている魔法を眺めたあと、小さく首を振った。案の定、雑な魔法の掛け方のせいで、干渉せずにするのは難しい。おそらく、普通にやると防犯呪文が解けてしまう。
「うーん。この状態だと、外側に不壊化をかけるのは無理ですね」
「なぜだ」
「増殖する呪いは金庫の表面を起点にしています。不壊化で外殻を固定すると、魔力の流れを邪魔してしまいます。発動しないか……最悪、呪いが内側に暴発しますよ」
ルシウスさんの眉がわずかに動いた。
「中身ごと潰れるということか」
「潰れるだけなら、まだましですね。何が入っているか知りませんけど、金庫の中で無限に増殖するかもしれません」
「それは困る」
何を入れるつもりなのだろう。まあ、想像がつかないわけじゃないが、おおかた中途半端な闇の物品でもいれて遊ぶ気なんだろう。気が合いそうで、少し趣味の方向性が違うのは残念だ。
私は金庫を横から覗き込み、内部の厚みを確かめた。
「外側ではなく、内壁だけに不壊化を施すしかありません。金庫そのものは膨らんでも、中の空間と収納物は守れるようにします」
「可能なのかね」
まあ、技術的には可能というやつで、実際にやるとなると結構面倒くさい。新鮮な材料で精神を研ぎ澄ましてやらないと失敗する可能性が高い。まあ、それは私がやるときの話で、お母様がやれば大丈夫だろう。
「できます。ただ、外側の魔法に干渉しないよう、一層ずつ内側から固定する必要があります。五百ガリオンほどかかりますね」
「よかろう」
即答だった。さすがはマルフォイ家だ。この程度の金額に頓着するはずもない。私は注文書を引き寄せ、羽根ペンを手に取った。
「では、こちらに依頼内容を記載します。私が触れている間だけ、増殖の呪いを止めていただけますか?」
ルシウスさんが金庫へ杖を向ける。
表面を覆っていた魔法の一部が緩み、金庫から漂っていた妙な圧迫感が薄れた。完全に解除したわけではなく、私だけを一時的に所有者として認識させたらしい。
私は金庫の寸法や施されている呪文、加工時の注意事項を書き込んでいく。
「仕上がりは四日後です。ご依頼ありがとうございます」
注文書を切り離して控えを渡そうとすると、ルシウスさんは受け取らず、杖の柄に両手を重ねた。
「それと、もう一つ頼みがある」
「追加のご注文ですか?」
「いや。母君に伝言を頼みたい」
お母様とルシウスさんは、私が小さいころから取引があるらしい。詳しい関係までは教えてもらっていないけれど、少なくとも単なる客と店主という間柄ではなさそうだった。おおかた良からぬ企みに違いない。
「この不壊化の魔術を、グリンゴッツにも提供できないかとね」
「グリンゴッツに?」
「ああ。今回の件で、魔法省も銀行の管理をゴブリンだけに任せておくことを問題視し始めている」
まだ新聞にも詳しいことは載っていないのに、ずいぶん話が早い。多分に推測が入っているだろう、というか、これからそういうことにできると言っているのかもしれない。
ルシウスさんは、まるで既に決まったことを説明するように続けた。
「金庫の防護に魔法使い側の技術を導入するとなれば、君たちの魔術は有力な候補になる。彼女にその意思があるのなら、私が魔法省へ話を通すことも可能だ」
つまり、グリンゴッツで起きた騒ぎに乗じて、お母様の魔術を銀行へ売り込みたいらしい。
もちろん、ただ親切で言っているわけではないだろう。
採用されれば、間に入ったルシウスさんの影響力も強まる。もしかすると、ゴブリンたちの権限を削るところまで考えているのかもしれない。
相変わらず、いろいろと企んでいるようだ。
「うーん。一応伝えますけど、グリンゴッツ全体の仕事を受けるつもりはないと思いますよ」
ルシウスさんの目がわずかに細くなった。
あまり露骨に断って、機嫌を損ねるのもよくない。
ルシウスさんは魔法省だけでなく、ホグワーツの運営にも深く関わっているやり手だという。お母様なら気にしないかもしれないけれど、商売をしている以上、わざわざ敵に回す必要もない。
「ただ、ルシウスさんのお知り合いの金庫が困っているのでしたら、優先してお引き受けします」
「個別の依頼であれば、ということかね」
「はい。銀行を守るのと、お客様の財産を守るのは別の仕事ですから」
グリンゴッツの仕組みに組み込まれてしまえば、魔法省やゴブリンと面倒な取り決めを結ばなければならない。掛けている魔法の開示を求められる可能性もある。そもそも、副業みたいな感じでやっているので、拡大する気もない。
それよりも、困っているお金持ちから一件ずつ依頼を受けるほうが、ずっと安全で儲かる。
そして、今ならこの技術がいろんなところに高く売り込めると教えてくれたルシウスさんに何もないというのは不義理というものだ。これから需要が上がっても、ルシウスさんからの紹介という形なら優先的に引き受けるというのは、高くも安くもなくちょうどいい。
ルシウスさんはしばらく私を見つめたあと、薄く笑った。
「なるほど。母君によく似ている」
褒められたのか、それとも警戒されたのかは分からない。
「では、そのように伝えておこう。近いうちに何人か紹介することになるかもしれん」
「ありがとうございます。内容と料金を確認してからになりますけど」
「無論だ」
ルシウスさんは注文書の控えを受け取ると、一礼してから店を出ていった。
扉が閉まるのを待ってから、私は預かった金庫へ視線を落とす。
グリンゴッツに強盗が入った翌日に、金庫の不壊化を頼みに来る。やはり、ルシウスさんは行動が早い。そして、その不安さえ商売と権力に変えようとするのだから、もっと恐ろしい。
ルシウスさんが帰ったあと、私は店の札を裏返した。
午前中だけで十分な売り上げになったし、グリンゴッツの騒ぎで横丁全体が落ち着かない。午後になれば、野次馬と新聞記者ばかり増えるだろう。それに、作業も溜まってきているので、ゆっくりしていられない。
「本日の営業は、これで終わりです」
扉に鍵をかけ、カーテンを閉める。
机の上では、預かった小さな金庫が、かすかに脈打つような音を立てていた。
「昨日のやつを進めないと……」
私は屋敷に戻って、作業場の扉に内側から鍵をかけた。
杖を振ると、天井から吊られたランプに青白い火が灯る。作業台の上には、銀の留め具、細い鎖、いくつかの空瓶、それから人の頭ほどもある透明なフラスコが並んでいた。
フラスコの内部には、白く濁った光が浮かんでいる。
光は煙のように揺らめきながら、逃げ道を探すようにガラスの内側を漂っていた。
一つ目の物品は鍵だ。持っていた他の金庫の鍵が折れたので、心配になったということだった。
私は杖を構える。
「ソールム・フランゴ…魂、砕け!」
私は杖を振り、目の前のフラスコ…浮魂器に収められた魂へ、破魂呪文を放った。
破魂呪文と浮魂器。どちらも、お母様が開発した錬霊術の基本セットだ。
破魂呪文は、その名のとおり対象の魂を砕く魔法。浮魂器は、肉体から取り出した魂や、細かく砕いた魂を一時的に保管しておくための器具である。
今回使うのは、どこかから捕まえてきた人間の魂…ではなく、うちの”工場”で作られた加工用の魂だ。少し魂のストックが少なくなってきている。
浮魂器の中で揺らめくそれを、必要な分だけ少し砕き、依頼品の鍵へ埋め込む。
魂を込められた物体は、生半可な呪文や攻撃では破壊されなくなる。魂そのものが、宿った物体の損壊に抵抗するからだ。
もっとも、砕いただけの魂を、そのまま鍵へ入れればいいわけではない。
「ソールム・デフォルマ――魂、変われ!」
砕けた魂が、浮魂器の中でぐにゃりと歪む。
魂というものは、何も加工していない状態だと扱いづらい。
元の持ち主の記憶や性格といった余計な情報を持ちすぎていたり、逆に小さく固まりすぎていて、物体全体へ行き渡らせることができなかったりする。
今回使っているのは”工場”製の魂なので、持ち主の人格が残っている心配はほとんどない。
ただし、使用量を抑えるために魂片を小さめにしている。工場でもそんなに大量に作れるわけじゃない。これだとそのままでは鍵の一部分しか覆えないので、液体のような状態へ変化させ、薄く引き延ばす必要があった。
粘り気のある半透明の魂が、浮魂器の中で細長く伸びていく。
私は依頼品の鍵を作業台の中央へ置き、その上に杖先を向けた。
「カルケル・ソーレム――魂、封じよ!」
浮魂器から魂が糸のように引き出され、鍵へ吸い込まれていく。
モノクルでみると、一瞬だけ鍵の表面に青白い光が走り、細かな紋様となって全体へ広がった。
これで完成だ。
封じ込められた魂の大部分は鍵の表面に留まり、物体が傷つけられたり、壊されたりすることへ抵抗してくれる。
今回使ったのは悪質な魂ではないので、夜中に呻いたり、持ち主へ囁きかけたり、勝手に鍵穴を選んだりすることもない。
単純に、壊れにくくなるだけだ。
私は鍵を持ち上げ、表面に魂が均等に行き渡っているか確かめた。魂を物へ入れるだけなら、そこまで難しい魔術ではない。
逆に、物体を傷つけず不壊化を解除するのは難しい。ある程度定着させた魂だけを破壊するというのは、大変だ。
物質と魂の結びつきを一本ずつ切り分け、物はそのままに魂だけを砕かなければならないので、ものすごく疲れる。
だから、魂だけを破壊する依頼は千ガリオンほどに設定している。全部まとめて壊していいなら、ずっと簡単なんだけれどなぁ……
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