闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
秘密の部屋について調べよう、と言い出したのはハーマイオニーだった。
もちろん、ハーマイオニーのすることなので、図書館でそれらしい本を片っ端から調べる程度のことならとっくに終わっている。秘密の部屋に関する記述、サラザール・スリザリンの伝承、過去に起きた校内事件。調べられるものはかなり調べたらしい。
それでも、結局分かったのは古い伝説と不確かな伝聞以上のものではなかった。だから今度は、本ではなく人から情報を取る必要がある、と判断したようだった。
「待てよ、ハーマイオニー。あれから何も起きてないじゃないか」
ロンが呆れたように言った。
たしかに、壁には秘密の部屋が開かれたと書かれていた。けれど、実際に起きた被害といえば、ミセス・ノリスに石化の呪いがかけられたことくらいだ。しかも、それすらセレフィナがその場で状態を見て、あっさり治してしまった。
ロンからすれば、学校の創設以来の秘密に関わるような大事件というより、性質の悪い悪戯が必要以上に騒がれているように見えるらしい。
実際、校内でもそう考える生徒は増えていた。
というより、その空気を率先して作っているのがセレフィナだった。
いつの間にか『継承者のお友達バッジ』だの『純血スカーフ』だのという怪しい品物が出回り、秘密の部屋という言葉そのものが、恐怖の対象というより半分くらい流行り物になっている。
リー・ジョーダンは、
「一年からここまでフレッドとジョージに歩調を合わせられるのは大したものだ」
と妙に感心していた。
しかし、ハーマイオニーの見方は違った。
「セレフィナはまだ一年生よ。フレッドとジョージに巻き込まれて、嫌だと言えずに付き合っているだけに決まってるわ。それに、私はフィナが疑われてること自体がすごく嫌なの」
そこだけは、今までよりはっきりと感情が表に出ていた。
「ミセス・ノリスが石化したとき、フィナは後から来たでしょう。私たちがその場にいて、ちゃんと見てた。それなのに、変わった魔法を使うからとか、蛇語が分かるからとか、闇の魔術に詳しいからとか、そんな理由だけで継承者なんじゃないかって言われてる。そんなのおかしいわ」
ハリーとロンは、そろって何とも言えない顔をした。
少なくとも二人が知る限り、セレフィナは被害者らしく大人しくしているどころか、かなり楽しそうに『継承者のお友達バッジ』を改良し、フレッドとジョージと一緒になって値段設定にまで口を出していた。本人が噂を打ち消す気をほとんど見せていないのだから、ハーマイオニーの擁護だけが妙に真剣なのも、少し不思議な光景だった。
けれど、ハーマイオニーにとっては、セレフィナ本人がどう振る舞っているかは別問題らしい。
「それに、事件が本当に終わったって証拠は何もないでしょう。犯人も分かってないし、秘密の部屋が本当にあるのかも分からない。このまま放っておいたら、また誰かが襲われるかもしれないし、フィナやあなたへの疑いだって残ったままになる。だったら、できることは全部やって真実を確かめるべきよ」
こうなったハーマイオニーを、ハリーもロンも止められなかった。
ロンが諦めたように椅子へ深く座り直す。
「で、どうするってんだよ。図書館はもう調べたんだろ?」
待ってましたとばかりに、ハーマイオニーが鞄へ手を伸ばした。取り出したのは、かなり分厚い一冊の本だった。
『最も強力な薬』
机の上へ置き、あらかじめ印をつけていたらしいページを開く。
ハリーとロンが覗き込む。
そこに書かれていたのは、ポリジュース薬という薬だった。ロンがしばらくページを見て、それからハーマイオニーを見る。
「これでスリザリンの生徒に化けるのよ」
ハーマイオニーは当然のように答えた。
「マルフォイが秘密の部屋や継承者について話しているのを聞いたでしょう。でも、あのとき肝心なところまでは話していなかった。だったら、本人から直接聞き出せばいいのよ」
ロンはしばらくそれを眺めていたが、やがて顔をしかめた。明らかに工程が多く、時間もかかる。ざっとした説明だけでも難しそうなのは明らかだった。
「でも、これ作るのに何週間もかかるんだろ? 材料だってかなり要るじゃないか」
「だから集めるのよ。ただ、その前に作る場所を決めないといけないわ。これだけ時間のかかる薬を談話室で煮るわけにはいかないでしょう」
ハーマイオニーは既にそこまで考えていたらしい。
本を閉じると、鞄へしまいながら立ち上がった。
「候補は見つけてあるわ。ほとんど誰も使わない場所だから、長い間大鍋を置いていても気づかれにくいと思う」
「もう見つけてるのかよ」
ロンが呆れたように言ったが、ハーマイオニーは気にも留めなかった。
こうして三人は、その場所を確認するために談話室を出た。
廊下を歩きながらも、ハーマイオニーは必要な材料について説明を続けていた。薬草店で手に入りそうなもの、学校の備品から借りられそうなもの、それから、どうしても自分たちで何とかしなければならないもの。
ロンは途中から明らかに聞いていなかった。ハリーも半分くらいしか頭に入っていない。
向かったのは三階の女子トイレだった。普段からほとんど生徒が近づかず、長いあいだ何かを置いておくには都合がいいらしい。ロンは女子トイレへ入ること自体に最後まで文句を言っていたが、ハーマイオニーは聞き流した。
「誰も使わないんだから問題ないわ。まず中を確認するだけよ」
そう言って、ハーマイオニーが扉を押し開けた。
そして、その場で止まった。後ろにいたハリーとロンも、何事かと中を覗き込む。
その中央に、セレフィナがいた。
壁にもたれかかり、顔色は悪く、髪も乱れている。手には杖を握っているが、その指は目に見えて震えていた。そして、その少し離れたところにはジニーがいた。
「……ジニー?」
ロンが呟く。
どう見ても、ただ二人で話をしていたような様子ではない。ハーマイオニーは一瞬だけ室内を見回してから、すぐにセレフィナへ歩み寄った。床には砕けた陶器の破片が散らばり、水が細く流れている。何かがここで起きたのは明らかだった。
「フィナ、どうしたの? 何があったの?」
問いかけられたセレフィナは、ほんのわずかに目を泳がせた。それから、いかにも今思いついたという顔で言った。
「えーっと……その前に、一応ここ、女子トイレですよ。ハリーとロンは普通に入ってきて大丈夫なんですか?」
ロンとほとんど同時に足を止めた。ここへ来るまで完全に忘れていた。ロンは一度周囲を見回し、それから急に居心地が悪そうな顔になった。
「あっ……悪い。そういえばそうだった」
「僕もごめん。でも、その……扉が開いてたし、ハーマイオニーが先に入ったから」
反射的に半歩ほど後ろへ下がったが、もう完全に中まで入ってしまっているので、今さら感が強かった。 ハーマイオニーはこちらを振り返りもしない。
「そんなことは今どうでもいいでしょう。誰も使っていないんだし、それよりフィナの方が問題よ。顔色も悪いし、手だって震えてるじゃない。いったい何があったの?」
誤魔化すために振った話題を一瞬で潰され、セレフィナは小さく息を吐いた。ハーマイオニーの視線はかなり鋭かった。
しかも、床に散らばった陶器の破片や、水浸しになった石床まで順番に見ている。適当な言い訳で押し切るのは、どう考えても難しそうだった。
それでも、全部を話すわけにはいかない。セレフィナは少しだけ考えてから、できるだけ何でもないことのように肩をすくめた。
「ジニーとちょっと相談してたんです。最近作ってる悪戯用品について、試してもらいながら調整してたんですけど……その途中で、試作品が思ってたよりずっと強く反応しちゃいまして。見ての通り、かなり派手な事故になったというか……」
「試作品の事故?」
ハーマイオニーがその言葉を繰り返しながら、ゆっくりと壊れた洗面台へ目を向けた。
陶器は一部が粉々になり、床には大小の破片が散っている。その周囲には水まで流れ、どう見ても「バッジの文字が変な表示になった」とか「髭が少し伸びすぎた」とか、そういう類の失敗ではなかった。
ハリーも同じことを思ったらしい。ロンにいたっては、砕けた洗面台とセレフィナを何度か見比べたあと、露骨に怪訝そうな顔をしていた。
セレフィナ自身も、さすがに説明として苦しいことは分かっているらしい。少し困ったように笑いながら、壊れた洗面台を振り返る。
「それで洗面台が壊れるの?」
ハーマイオニーの声には、疑っていることを隠そうとする気配すらなかった。
「いえ、洗面台まで壊れる予定ではなかったんですよ。そこは本当に想定外で 」
「予定の話をしてるんじゃないわ。何を作ってたら、こんなことになるのかって聞いてるの」
そこまで詰められて、セレフィナは少し黙った。それから、まるで秘密を守ることの方が当然だと言わんばかりに、首を横へ振った。
「それはちょっと話せなくて。まだ発売前の商品で、仕組みも効果も調整中なので…………フレッドとジョージの二人にも、試作品のことは勝手に喋らないって約束しています」
妙にもっともらしい理由までついてきた。ハーマイオニーはしばらく無言でセレフィナを見つめていた。
たぶん、まったく信じてはいない。けれどセレフィナの方も、これ以上詳しく説明するつもりはないらしく、何食わぬ顔でローブについた細かな埃を払い始めた。
セレフィナはそう答えてから、今度はこちらを見るように首を傾げた。
「それより、三人はどうしてここに来たの?」
ハーマイオニーの表情が固まった。
一瞬だけだった。
「私たちは、その……」
珍しく言葉を探している。
何となく嫌な予感がしてロンを見る。ロンも同じことを考えていたらしい。
そして、ハーマイオニーが何とかもっともらしい理由を作り上げるより先に、ロンが口を開いた。
「あー、そのポリジュース薬っていう薬を作る場所を探してたんだ」
ハーマイオニーが鋭く振り返る。
「だって、もう隠す必要ないだろ。フィナなんだからいいじゃないか」
二人のやり取りを見ながら、セレフィナは何度か瞬きをした。
「ポリジュース薬?」
そこまで言われてしまえば、もう誤魔化す意味もなかった。
ハーマイオニーは諦めたように息を吐いた。
「秘密の部屋について調べようと思ってるの。マルフォイが何か知っているみたいだから、スリザリンの生徒に化けて直接聞き出すつもりだったのよ」
セレフィナは黙ってこちらを見る。ハーマイオニーは少し身構えた。
噂のせいで秘密の部屋について調べていると知れば、セレフィナ自身が疑われていることを気にするかもしれない。けれど、返ってきたのはおそらくハーマイオニーにとっては予想よりずっと軽い反応だった。
「そういうことですか。私は別に気にしてませんよ。継承者だって言われるのも、フレッドたちと遊ぶにはちょうどいいですし、最近は商品名を考える手間まで省けてます」
そう言って、セレフィナは少し笑った。少なくとも、傷ついているのを無理に隠しているようには見えない。
ハーマイオニーは納得できないらしく、眉を寄せる。セレフィナは壁からゆっくり身体を起こした。まだ足元は少し不安定だったが、それを誤魔化すようにローブの裾を整える。
「調べたいのは分かりますけど、それなら先生たちに任せた方がいいと思います。本当に何か危ないものがいるなら、何なのかも分からないまま探し回る方が危ないですよ」
ロンが意外そうに眉を上げた。
「フィナがそれ言うのか? 普段は一番危なそうなものに首突っ込んでるじゃないか」
「私はある程度分かってるものに首を突っ込んでるんですよ。何も分からないものに近づくのとは違います」
それがどれほど大きな違いなのか、ロンにはいまひとつ分からなかった。セレフィナはそんなロンを気にせず、少し考えながら続ける。
「それより、身を守る魔法を覚える方がいいと思います。決闘クラブでやったようなものですね。武装解除でも、障害の呪文でも、防御でもいいですし、いざというときに逃げるための魔法でもいい。秘密の部屋の怪物が本当にいるなら役に立ちますし、結局ただの悪戯だったとしても、覚えた魔法は無駄にならないでしょう?」
その説明を聞いて、少し納得した。秘密の部屋について何週間調べても、結局何も分からないかもしれない。けれど、その時間で魔法を一つ覚えれば、それは事件とは関係なく残る。
セレフィナはさらに指を折りながら言った。
「相手が何なのか分からないなら、特定の怪物にしか効かない方法を探すより、まず何にでも使えるものを増やした方がいいですよ。攻撃を避ける、相手を止める、距離を取る。それくらいなら、蛇でも人間でも他の怪物でも使えますから。秘密の部屋がなくても損はしませんし」
ハーマイオニーはすぐには答えなかった。理屈そのものには反論しづらいらしい。
その横では、ジニーがずっと黙ったまま俯いていた。ロンもさすがに妹の様子が気になったらしく何度かそちらを見たが、セレフィナから「少し疲れてるだけなので、しばらく休めば大丈夫ですよ」と言われると、とりあえずそれ以上は追及しなかった。
結局、その場で秘密の部屋の調査について結論が出ることはなかった。
けれど一つだけ分かっていた。
床に散らばった陶器の破片も、青ざめたセレフィナの顔も、黙り込んだジニーの様子も、どう考えても「悪戯道具の試作品が少し失敗した」だけで済むものではない。
それでも、今ここで二人を問い詰めようとは思わなかった。ロンとハーマイオニーと顔を見合わせて頷き合った
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