闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
「なにこれ……ひどすぎない?」
私は愕然としていた。
作業台の上に置かれた、割れた円環のネックレス。その欠けた部分から、淡い光が細く伸び、空中にぼんやりとした光景を映し出している。
映っているのは、ハリー・ポッターが暮らしているらしいマグルの家だった。
先日、ハリー・ポッターが店を訪れた際、私は彼に小さなネックレスを贈っていた。もちろん、好意からではない。
ネックレスの中には、ごく小さな魂の欠片を仕込んである。
周囲の音や光景、持ち主の感情の揺れを記録し、本体の魂へ送り返すために調整したものだ。
子となる欠片はハリーのネックレスに。
その本体は、私が首から提げている割れた円環の中に収められている。
二つの欠片は元々一つの魂だったため、遠く離れていても互いの状態を伝え合う。魂同士の繋がりを利用した、簡単な送信器のようなものだ。
もっとも、試作品なので、映像は不鮮明だし、音も途切れる。受け取れる時間も限られている。
それでも、ハリー・ポッターがどんな場所で暮らしているのかを知るには十分だった。そして、送られてきた光景は、私の想像よりもはるかにひどいものだった。
怒鳴り声。乱暴に閉められる扉。食事の席から追い払われるハリー。
彼よりもずっと大きな少年に突き飛ばされても、周囲の大人は止めようともしない。それどころか、ハリーのほうが悪いと決めつけて叱りつけている。
どうやら、あれが彼の家族らしい。
ハリーが魔法を使えないことをいいことに、好き放題に扱っている。魔法界では、誰もが名前を知っているハリー・ポッターを。家では、物置のような狭い場所へ押し込み、まともな食事すら与えていない。
「たかがマグルが……」
思わず口から声が漏れた。
こともあろうに、魔法族を虐げるなんて。マグルが魔法使いを恐れるのは分かる。理解できないものを嫌うのも、まあ仕方がない。
けれど、何の力も持たないくせに、魔法を使えない子供だけを選んで威張り散らすのは許しがたい。卑怯にもほどがある。
映像の中で、太った少年がハリーの肩を強く突いた。ハリーはよろめいたが、何も言い返さなかった。言い返せば、後でもっとひどい目に遭うと分かっているのだろう。
それが一番、気に入らなかった。
「今すぐ全員殺してあげたい……」
そうすれば、少なくともハリーがあの家で虐げられることはなくなる。
記憶を抜き取ってから魂を砕けば、証拠もほとんど残らない。死体を蛙か何かに変えてしまえば、マグルの警察にも見つからないだろう。
事故に見せかける方法もある。家ごと消してしまうのが一番早いかもしれない。そこまで考えて、私は杖へ伸ばしかけた手を止めた。
お母様には、ハリー・ポッターへ関わるなと言われている。ただ観察するだけでも、知られればきっと怒られる。
「うう……今度の調達のときには、仕留めてあげるわ」
私は欠けた円環のネックレスを強く握り締めた。
直接ハリー・ポッターに関わるなとは言われたけれど、あのマグルたちは別だ。材料の調達先で偶然見つけて、偶然始末するだけなら、きっと問題にはならない。
たぶん。
「フィナ! フィナったら!」
突然、遠くからお母様の声が聞こえた。
「何をしているの? さっきから呼んでいるでしょう。あなたのお友達が来ているわよ」
「えっ?」
まったく気づかなかった。
円環から送られてくる映像に集中しすぎて、店からの呼び鈴も、お母様の声も聞き逃していたらしい。
私は杖に触れて、魔力を流し込んだ。髪が根元から銀色へ変わり、瞳も赤から紫へ染まる。鏡の前で顔を左右に向け、変身に乱れがないことを確かめてから、私は急いで店へ戻った。
「すみません、お母様。作業に集中していて……」
「やあ。急に呼びつけてすまないね」
店内にいたのは、赤い髪の少し痩せた男だった。
良く知った顔だ。
アーサー・ウィーズリーおじさん。
その隣には、揃って赤毛の少年が二人立っていた。顔つきも背丈もほとんど同じで、口元に浮かべている悪戯っぽい笑みまでそっくりだ。
フレッドとジョージ。
私より少し年上の双子で、ときどきアーサーおじさんに連れられて店へ来る。もっとも、今では単なる顔見知りではない。二人のいたずら道具作りに何度も手を貸しているので、仲間というより、共犯者と呼ぶほうが近かった。
「久しぶり、フィナ。この前のくすぐり呪い人形は最高だったぜ。」
「母さんに見つかるまで、ロンがずっと床を転げ回ってたな。」
二人は楽しそうに笑うと、わざとらしく同じ姿勢で並んだ。
「さて、問題です」
「どちらがフレッドで、どちらがジョージでしょう?」
声や仕草をよく見れば、大体の見当はつく。
けれど、二人は会うたびに立ち位置を入れ替えたり、互いの真似をしたりして、わざと私を混乱させようとする。
「うーん、どちらがどちらかは、まだ分かりませんね」
「僕がフレッド」
「僕もフレッド」
二人は同時に答えた。
「では、お二人ともフレッドですね」
「賢明な判断だ」
「名前を呼び間違える心配がなくなる」
お母様は呆れたように三人を見たあと、私へ向き直った。
「じゃあ、失礼のないようにね」
そういって、私たちを残してお母様は店の奥に引っ込んだ。
アーサーおじさんはマグル製品を集め、それに魔法をかけるのが趣味だった。
マグル製品に関する法律を扱う部署で働いているはずなのに、本人が一番怪しい使い方をしている気がする。
もっとも、私もマグル製品を魔法道具へ加工するのは嫌いではない。
魔法使いは一から魔法道具を作ろうとするけれど、マグルの道具には、最初から便利な機構が組み込まれている。
そこへ少し魔法を加えるだけで、普通の魔法使いでは思いつかないような、ずいぶん面白い道具になるのだ。
そのため、私はアーサーおじさんと、よくマグル製品の改造について相談していた。
一緒に考えたものの中には、うちの店で売る商品の原型になったものもある。
もちろん、マグル製品へそのまま魔法をかけて販売すれば、マグル製品不正使用の扱いになる。
だから、まず元の製品を部品に分解する。それぞれの部品へ別々に魔法をかけ、必要なら他の魔法道具の部品も加え、最後に新しい道具として組み上げる。そうすれば、完成したものは元のマグル製品とは形も用途も違う。
少なくとも、書類の上ではマグル製品ではない。
私はこれを「部品から作ったのだから、魔法道具に決まっているでしょう理論」と呼んでいる。
アーサーおじさんとの共同開発ということにして、売り上げの一部もきちんと渡している。そういうわけで、私とアーサーおじさんは、趣味仲間であり、共犯者であり、同時にビジネスパートナーでもあった。
「それで、今日は何を持ってきたんですか?」
私が尋ねると、アーサーおじさんは待ってましたとばかりに顔を輝かせた。
「ああ。こっちへ来てくれ」
商品を持ってきたのなら作業台へ出せばいいはずなのに、アーサーおじさんは店の奥を通り抜け、そのまま裏口へ向かっていく。
双子も、何かを隠している子供のような笑みを浮かべながら、その後についていった。
「見て驚くなよ、フィナ」
「いーや、きっと驚くぞ」
「そこまで言われると、あまり驚きたくなくなりますね」
裏口を開ける。
店の裏手には、荷物の搬入に使う細い路地と、小さな空き地がある。そして、その真ん中に、大きな物体が置かれていた。
白い車体に四つの黒い車輪があり、前後には透明な窓がついている。側面には扉があり、中には座席らしきものが並んでいた。
要するに車だ。
「車……ですか?」
魔法界では一般的な乗り物ではないが、取り立てて珍しいものでもない。
マグルの町へ出れば、道路を大量に走っている。轢かれると危ないので、魔法族の子供も、小さいうちに車というものの存在くらいは教えられる。
私が首を傾げると、アーサーおじさんは得意げに車体を叩いた。
「ただの車じゃないぞ、フィナ」
「空を飛べるんだ」
「透明にもなれる」
双子が左右から付け加える。
なるほど。それなら、わざわざ私を呼んだ理由も分かる。
「もう改造したんですか?」
「ああ。飛行呪文と姿隠しの術を施してみたんだ。ほら、このボタンで透明になる」
「だけど、すぐに止まる」
「運転するのも難しい」
先ほどまで自慢げだった双子が、今度は揃って不満を口にした。
アーサーおじさんも困ったように頬を掻く。
「地上では問題なく走るんだが、空へ上がると、どうも調子が悪くてね。しばらくすると力がなくなってしまうんだ。私はこの丸い…ハンドルというらしい…これが空を飛ぶのに向いていないと睨んでるんだ……。それから、あまり長くも走ってくれないんだ。」
「なるほど、ちょっと見てみますね」
私は車体へ近づき、モノクルを下ろした。
レンズ越しに見ると、エンジンの周囲へいくつもの魔法が無理やり巻きつけられているのが分かる。
浮遊、推進、重量軽減、姿隠し。魔法そのものに大きな間違いはない。それぞれの呪文が上手く両立されている。流石はアーサーおじさんだ。
問題は、それらをマグルのエンジンへ直接結びつけていることだった。
「うーん……」
私は車の前方を開き、中を覗き込んだ。
「エンジンは、そのままなんですね」
「マグルが車を動かすために使っている、一番重要な部分だからね」
「地面を走るなら、そうですけど」
エンジンは、車輪を回すための仕組みだ。その力を魔法で無理やり空中の推進へ変換しているから、エンジンに余計な負担がかかっている。
そして、一番の問題はエンジンに箒にかけるのと似た魔法が掛かっていることだ。
折角車のように走れるのに、浮き上がることと進むことが上手く分離できていない。
「空を飛ばすなら、空中を走るように動かさないと駄目です」
「走る?」
「はい。箒のように空中に浮かぶ魔法は車体に掛けて、エンジンは前に進むための別のものにした方が良いと思います。」
私は車体の下を覗き込んだ。
飛ぶために車輪を回す必要はない。むしろ、車体そのものに進む意思を持たせたほうがいい。車のように進むけど、車輪を回すのではなく、車の走り方をしっている存在に動かしてもらうのだ。
空中で傾きを調整し、障害物を避け、乗っている人間が望む方向へ自然に進む。それには、単純な魔法だけでなく、周囲の状況へ反応する仕組みが必要になる。
それなりの魂を使えばどうにかなりそうだ。調達は大変だけど、マグル製品を扱っても魔法省から何も言われないのは、アーサーおじさんのお陰だ。ここは恩を売っておいた方がいい。
「周囲を認識して、持ち主の意思に従い、自分で姿勢を調整できるエンジンが必要です。飛ぶことに慣れた生き物の性質が入っていると、もっといいですね。一から作るので少し時間が掛かりそうですけど、このエンジンを、丸ごと魔法用のものへ取り替えてあげれば、なんとかなりそうです」
うまく作れば、空を飛ぶ車ではなく、空を走る車になる。
「ただし、かなり手間がかかります」
「もちろん、礼はするよ」
「お金はいいです」
そう言うと、アーサーおじさんは意外そうに目を丸くした。
私は、最近ずっと行き詰まっている別の研究を思い出した。
作業台の上には、蛇の鳴き声を記録した水晶と、音を文字へ変換するための試作装置が置かれたままになっている。
元になったのは、犬の鳴き声をマグルの言葉へ翻訳するという、マグル製の機械だ。
犬の声を聞かせると、「お腹が空いた」とか「遊んでほしい」といった言葉が表示されるらしい。
実際にはかなり大雑把な仕組みのようで、何度試しても適当な言葉ばかり出てくる。犬が静かに座っているだけなのに「知らない人が来た」と表示されたり、欠伸をしただけで「怒っている」と判断されたりするのだ。
けれど、音の特徴をいくつかの型に分け、対応する言葉へ置き換えるという発想自体は悪くない。
私はその機械を分解し、蛇語の翻訳に使えるよう作り直していた。お母様は蛇語が分からないので、うちのペットと話せなくて困っているに違いないのだ。
今のところ、蛇の発する音を判別するところまではできている。
問題は、その音を安定して保存し、過去の記録と正確に聞き比べる仕組みだった。マグルの音声機器についての知識が足りず、そこで研究が止まってしまっている。
「代わりに、相談したいことがあります」
「もちろんだとも。何でも言ってくれ」
アーサーおじさんは、すぐに頷いた。
「ありがとうございます。マグルが音を記録する道具について、詳しく知りたいんです」
私は少し声を潜める。
「蛇語を普通の言葉へ訳す、翻訳機を作っています」
アーサーおじさんは数秒間、黙り込んだ。
それから、車を見せたとき以上に強く目を輝かせた。
「蛇の言葉を、機械で翻訳するのかい?」
「はい。マグルが作った犬語翻訳機を改造しているんですけど、今のままだと、蛇が何を話しても適当な言葉に置き換えてしまうんです」
「犬の言葉を翻訳する機械があるのか!」
どうやら、そちらにも興味を引かれたらしい。
「あとで現物を見せます。それより、同じ音を何度も聞き比べられるようにしたいんです。今使っている記録水晶だと、再生するたびに音が少し変わってしまって」
「それなら、テープレコーダーが使えるかもしれない!」
聞いたことのない名前だった。
「てえぷ……?」
「テープレコーダーだ。音を磁気テープに記録するマグルの機械だよ。記録した音を、何度でもほとんど同じように再生できる。蛇の声を分類するなら、きっと役に立つぞ!」
アーサーおじさんは身振りを交えながら、その仕組みを説明し始めた。
細長い帯へ音を記録し、巻き取りながら保存するらしい。水晶と違って魔力を必要とせず、同じ箇所を何度も繰り返し聞くこともできるという。記録した音を切り分け、順番を変えてつなぎ合わせることまでできるらしい。
「それ、欲しいです」
「次にマグルの店を調査するとき、探しておこう。予備のテープも必要だな。いや、録音機だけでなく、音を大きくする装置もあったほうが――」
アーサーおじさんの話は、しばらく止まりそうになかった。
ともかく、これで止まっていた研究が前へ進みそうだ。
フォード・アングリアのエンジンを魔法用に作り替える代わりに、アーサーおじさんからマグルの録音技術を教えてもらう。
悪くない取引だった。
「それで、フィナ」
いつの間にか車から降りていた双子が、私の両側へ立った。
「新しいいたずら道具の相談なんだけど」
「僕たち、もうすぐホグワーツへ戻るだろう?」
「学校へ着いたら、詳しい案をフクロウ便で送るよ」
「今度は何を作るつもりですか?」
「それは、まだ秘密だ」
「手紙を読んでからのお楽しみ」
二人は顔を見合わせ、同じ笑みを浮かべた。おおかた、アーサーおじさんに秘密にしておきたいものだろう。
嫌な予感しかしない。もっとも、双子の持ち込む案は、いつもくだらない分だけ面白い。実用性を考える必要もなく、ただ相手を驚かせたり困らせたりすることだけを目指して魔法を組める。
普通の注文品とは違う、良い息抜きになるのだ。
「それから、これ」
片方……おそらくフレッドが、小さな革袋を差し出した。
受け取ると、中で硬貨の触れ合う音がした。
「何ですか?」
「フィナの分け前だ」
「この前のくすぐり呪い人形、思ったより高く売れたんだ」
袋を開くと、銀貨と銅貨に交じって、結構な数のガリオン金貨まで入っていた。
「こんなに売れたんですか?」
「試作品を見せたら、欲しいってやつが何人もいてさ」
「そいつと喧嘩してた相手にも売りつけたんだ」
「両方に?」
「もちろん」
「片方だけに売ったら不公平だろう?」
なるほど。
やはり、この二人にはいたずらの才能だけでなく、商才もあるらしい。
争っている両方へ同じ道具を売れば、一つの喧嘩から二つの利益が生まれる。しかも、使われた側が仕返しを求めれば、さらに次の商品が売れる。
ずいぶん効率のいい商売だ。
くすぐり呪い人形そのものは、それほど複雑な魔法道具ではない。
磔の呪文から、苦痛を生み出す部分だけを弱め、代わりに全身がむずむずするような刺激へと組み替えたものだ。
もっとも、単に人形へ触れた相手をくすぐるだけでは、いたずら道具としては面白くない。
体じゃなくて、魂を狙うように改良しているので、一端触れば手を放してもしばらく刺激が続くことになる。肉体へ直接呪文を飛ばしているわけではないので、壁や扉で遮ることもできない。
もちろん、磔の呪文を元にしている以上、出力を上げれば笑い事では済まなくなる。
けれど、これはあくまで、闇の魔術だと知らないまま楽しく使うためのおもちゃだ。
長くても数分で魔法は止まり、相手が気絶するほど強い刺激は与えられないよう制限してある。
使用者が力加減を誤っても、拷問道具にはならない。
見た目もただの布人形なので、まさか中に磔の呪文を組み替えた魔法が入っているとは、普通の魔法使いなら思わないだろう。
「それじゃあ、またな、フィナ」
「次の相談は、ホグワーツから送るよ」
双子はそう言うと、揃って車へ乗り込んだ。
アーサーおじさんは運転席の扉を開けながら、少し心配そうに車体を見回している。
「アーサーおじさん、出来上がったら連絡しますね」
「ああ、頼んだよ。テープレコーダーのほうも探しておこう」
「お願いします」
アーサーおじさんは嬉しそうに頷き、車の扉を閉めた。エンジンが不安定な音を立て、車体が小刻みに震える。そのまま地面を走り出すのかと思ったが、白い車はふわりと浮かび上がった。
けれど、すぐに右へ傾く。
「父さん、傾いてる!」
「分かってるとも!」
「壁が近いぞ!」
「それも分かっている!」
車は危なっかしく左右へ揺れながら高度を上げ、透明になってから建物の向こうへ消えていった。
うん、早めに良さげな魂を探してこよう。
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