闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
階段を七つ下り、三つの鉄扉を抜け、最後に蛇語で合言葉を告げなければ開かない石扉の先。地下の”工場”のさらに下で、ハウスエルフたちすら立ち入れないようにしてある。
そこが、私のペットたちの部屋だった。
「ただいま。ご飯を持ってきたわよ」
私が蛇語で呼びかけると、暗い空間の奥から、鱗が石床を擦る重い音が返ってきた。
ずる、ずる、と。
やがて闇の中に、巨大な影が浮かび上がる。
《フィナ。おそい》
「三日前にもあげたでしょう?」
《ずっと、まっていた》
姿を現したのは、五メートルほどのバジリスクだった。
名前はセルペンス。
太い胴体を床に這わせ、私を見つけるなり、巨大な頭を甘えるように差し出してくる。
私は杖を振り、セルペンスの目を覆っている黒い眼鏡を確認した。
マグルのサングラスを、お母様と一緒に改造したものだ。
何重もの遮光魔法と視線封じの魔法を組み込み、バジリスクの魔眼を外へ漏らさないようにしてある。直接目を見ることができないのは少し残念だけれど、撫でるたびに石になっていては飼育できない。
「動かないでね」
眼鏡の留め具を締め直してから、私は大きな頭を両腕で抱えた。
セルペンスは満足そうに喉を鳴らし、私の肩へ鼻先を押しつけてくる。
《フィナ。すき》
「はいはい。私も好きよ」
《ごはんは、もっとすき》
「正直でよろしい」
セルペンスは、もともとは今ほど大きくなかった。卵から孵った時は本当に手の上に乗るサイズだったのだ。それが、持ち前の食い意地でどんどんと大きくなった。特に人間が好みなので、魂を抜いた後の抜け殻をおやつにと食べさせていたらこうなってしまった。
「ヒュドルスは?」
私が呼ぶと、部屋の隅に積まれた岩の陰から、小さな頭がそっと覗いた。
小さいといっても、二メートルほどはある。
《こわいもの、いない?》
「いないわ。私だけよ」
《ほんとう?》
「本当」
しばらく迷ったあと、ヒュドルスは慎重に岩陰から這い出してきた。こちらも目には小さなサングラスをつけている。
セルペンスのものより細く、顔に合わせて作った丸眼鏡のような形だ。以前、留め具が少し緩んだだけでしばらく岩陰から出てこなくなったので、今は首の後ろまで固いバンドでしっかりと固定している。
ヒュドルスは臆病だ。以前、反抗的になったセルペンスと私が戦った騒ぎのせいで、余計に酷くなっている。
扉が大きな音を立てただけで逃げるし、知らない人間の匂いがすれば、部屋の一番奥に隠れてしまう。
その代わり小食で、世話はあまりかからない。
《セルペンスが、ぼくのぶんもたべる》
「今日は分けて持ってきたから大丈夫よ」
《いつも、そういう》
《ヒュドルス、おそいから》
セルペンスが横から口を挟んだ。
「ヒュドルスの分を取ったら、今日は追加なしだからね」
《とらない》
「本当に?」
《すこししか、とらない》
「取る気でしょう」
私は杖を振り、持ってきた大きな木箱を開けた。
冷気とともに、保存魔法をかけておいた動物の死体が現れる。今日は山羊が二頭と、太った豚が一頭。セルペンスには豚と山羊を一頭。ヒュドルスには、細かく切った山羊の肉を与える。
《ごはん!》
セルペンスが勢いよく頭を伸ばしたので、私は杖先を鼻先へ向けた。
「待て」
セルペンスは豚を目の前にして、大きく口を開いたまま動きを止めている。
床を叩く尾の先だけが、待ちきれないように左右へ揺れていた。
すぐに食べさせてあげたいところだけれど、この「待て」の時間は必要だった。バジリスクは獲物を前にして噛みつくのを我慢しているときが、一番多く毒液を分泌する。口の端から透明な雫が膨らみ、長い牙の先へゆっくりと集まっていく。
私は壁際の棚から採取器具を取り出した。
銀製の器と、先端を細く尖らせた受け瓶。それに、毒液が漏れないよう何重にも封印を施した黒いフラスコ。
餌を食べ終えてから無理に採取するよりも、こうして先に溜めさせておいたほうが、量も質もずっといい。
《もう、いい?》
「だーめ、言うこと聞かないとまた磔の呪文だからね」
《おなか、すいた》
「知ってるわ。上手に待てたら、あとで山羊もあげるから」
《やぎ》
セルペンスの喉が嬉しそうに鳴った。
その拍子に、牙の先から一滴の毒液が落ちる。
私はすかさず銀の受け器を差し入れた。
じゅっ、と音を立てて、器の表面に刻まれた紋様が黒く染まる。
「うん。今日はよく出てる」
《もう、いい?》
セルペンスの声が、さっきより切実になる。
牙には十分な量の毒液が溜まっていた。私は受け器を引き、黒いフラスコへ素早く移す。
「よし。食べていいわよ」
許可した瞬間、セルペンスは豚へ飛びついた。
骨の折れる鈍い音が、何度か腹の中から響く。続けて山羊にも噛みつき、そのまま頭から飲み込んでいった。
続いてヒュドルスの方からも採取を終えると、ヒュドルスはしばらく肉を見つめ、それから恐る恐る口へ入れた。
同じバジリスクなのに、どうしてここまで性格が違うのだろう。もっとも、どちらもかわいいことには変わりない。
私は、採取した毒液の入ったフラスコを、封印付きの箱へ慎重にしまった。
バジリスクの毒は、ただ肉体を腐らせるだけの毒ではない。
体内へ打ち込まれれば、血肉だけでなく魔力そのものへ食い込み、その奥にある魂まで傷つける。
その性質は、魂を物体へ定着させた魔法に対しても変わらない。魂と器との結びつきを内側から侵すため、分霊箱のようなものを破壊する際にも使えるのだ。
もっとも、分霊箱を壊すような機会は、そう多くない。
普段は、加工する魂の癖が強すぎるときに使うことのほうが多かった。
怒りや執着が強く残っている魂。
自我が濃すぎて、命令を受け入れようとしない魂。そうした扱いづらい魂へ、十分に薄めた毒液をほんの少し混ぜる。
すると、突出した感情や余分な自我だけが傷つき、魔法道具へ定着させやすい、素直な魂へと変わっていく。
そう、魂を締めるには、ちょうどいい毒液だ。
ただし、量の調整は難しい。
一滴でも多すぎれば、余計な部分だけでは済まず、魂そのものが崩れ始める。締めるつもりが、使い物にならない魂の滓を作ることになるのだ。
「フィナ、少し手伝ってくれる?」
お母様に呼ばれて作業場へ入ると、机の上には羊皮紙の束が積み上がっていた。
一番上の紙には、細かく震えるような字で、不壊化してほしい品物がびっしりと書き込まれている。
廊下の壁。扉の取っ手。燭台。鎧。肖像画の額縁。中には石像の鼻まであった。
「またフィルチさんですか?」
「ええ。毎年、この時期になると一度にどかっと送ってくるのよ」
ホグワーツの管理人、アーガス・フィルチ。
魔法を使えないのに、あれだけ広い城をほとんど一人で管理している、少し変わった人だ。そして、フレッドとジョージの良きライバルというか、おもちゃだ。
そうやっていろんなものを壊すせいで、夏休みに入ると、壊れた校内備品がまとめて運び込まれてくるのだった。
作業場の隅には、すでに修理品が山のように積まれている。
「壁そのものは持ってこられないから、壁に張り付けるための大理石の板が八十枚」
「八十枚……」
「それから、落書きに吹きかけると書いた本人の顔へ同じ文字を浮かべる塗料が十二缶」
「それは修理用品ですか?」
「フィルチさんは、再発防止用品だと言っているわ」
たしかに、同じ場所へ何度も落書きされるよりは効率がいい。ただ、私は双子経由で誰が書いてもフィルチさんの顔が浮かび上がる塗料を売っているのは秘密だ。
その後にも嫌というほどリストが続く。
マグルを使って実験するのも止めて、しばらくこれにかかりきりになりそうだ。
「ソールム・フランゴ――魂よ、砕け」
浮魂器の中で、白い魂が細かな欠片へ分かれる。それを変形させ、大理石の板に薄く延ばして定着させる。
作業を何度も続けていくと、だんだんと疲れてくる。体というよりも、その内側から。もっといえば魂の表面を、薄い布で何度も擦られているような疲れだ。
「フィナ、そろそろ飲んでおきなさい」
お母様が、小さな瓶をこちらへ滑らせた。
中には、淡い金色の液体が入っている。
瓶の内側で光がゆっくりと揺れ、まるで朝日を溶かしたように見えた。
元気魂ドリンク。
純粋な魂を材料に作られた、魂そのものを回復させる薬だ。
栓を開けると、甘い果物の香りがした。
一口飲む。
温かいものが喉から胸へ落ち、そこから全身へ広がっていく。頭の重さが消え、擦り減っていた魂の表面が、内側から少しずつ埋まっていくようだった。
「やっぱり、お母様のはよく効きますね」
次の瓶に手を伸ばす。
「まだ一気に飲んでは駄目よ。急に魂を膨らませると、身体との馴染みが悪くなるから」
私は瓶へ栓を戻した。
元気魂ドリンクは、ただ魔力を補う薬ではない。
錬霊術や強い呪いで傷ついた魂を少しずつ修復し、摩耗した部分をほんのわずかに補ってくれる。
私も作れるように練習しているけれど、まだ一人では完成させられない。
何しろ、魂を扱うのは難しい。
破魂呪文で砕き、魔法道具へ入れるだけなら、多少の混じり気があっても問題はない。記憶が残っていても、感情に癖があっても、不要な部分を削るか、バジリスクの毒で締めれば使える。
けれど、魂ドリンクは違う。
飲んだ者の魂と直接混ざり、失われた部分を埋めるものだ。余計な記憶や感情が残っていれば、それまで一緒に取り込んでしまう。だから、材料になる魂は、可能な限り純粋で、傷がなく、何色にも染まっていないものでなければならない。
そして、そういう魂を取り出すまでの工程が、とにかく多い。材料を鍋へ入れて終わり、というものではない。
肉体と魂の結びつきを一つずつ解き、記憶が定着している層を分け、感情の癖を濾し取り、人格になる前の核だけを傷つけないよう抽出する。
途中の順番を一つ間違えれば、魂は濁る。温度を少し上げすぎれば、自我の残滓が混ざる。逆に慎重になりすぎると、魂が肉体へ戻ろうとして定着し、取り出せなくなる。
全部で何十もの工程があった。
私は途中まではできるようになったけれど、最後の抽出だけは、まだお母様に任せている。
「純粋な魂って、どうしてこんなに扱いづらいんでしょう」
「何も混ざっていないからよ」
お母様は、別の浮魂器を確認しながら答えた。
「癖のある魂は、その癖を掴めば動かせるわ。怒りが強ければ怒りを引けばいいし、執着があればその対象を餌にできる。でも、純粋な魂には引っかける場所がないの」
「だから、少し触るだけで形が変わるんですね」
「ええ。もっとも、きちんと扱えれば、どんな魂にも馴染む。薬の材料としては最高よ」
お母様はそう言って、新しい羊皮紙を私の前へ置いた。そこには、元気魂ドリンクの工程が細かな図とともに書き込まれている。
「フィルチさんの注文が終わったら、抽出の練習もしましょうか」
「本当ですか?」
「最後の三工程だけね。最初からやらせたら、今月分の材料が全部駄目になりそうだもの」
「失敗しません」
「この前もそう言って、とんでもないものを作ったでしょう?」
「あれは温度計が壊れていたんです」
「温度計を逆さに見ていたのは誰かしら」
私は答えず、次の板を手に取った。まずは、フィルチさんの注文を片づけなければならない。
元気魂ドリンクをもう一口飲み、私は杖を構え直した。
「ソールム・フランゴ――魂よ、砕け」
今日も長い作業になりそうだった。
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