闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
「うーん。そろそろ魂の在庫が減ってきたなぁ……」
倉庫の棚に並んだ浮魂器を、一つずつ指差しながら数える。
透明な硝子容器の中では、白い靄のような魂がゆっくりと揺れていた。蓋の裏側へ張りついているもの。容器の底で丸く縮こまっているもの。
けれど、中身の入った浮魂器は、もう棚の半分にも満たなかった。空になった容器ばかりが、やけに整然と並んでいる。
「そうね。フィナ、お願いできる?」
調合台の前に立っていたお母様が、こちらを振り返らずに言った。
大鍋の中では、黒紫色の液体が粘ついた音を立てて煮えている。お母様は長い銀の匙でそれを混ぜながら、ときおり表面に浮かぶ泡を小瓶へ掬い取っていた。
フィルチさんから届いた鬼のような量の注文に加えて、ルシウスさんと、そのお知り合いたちから持ち込まれた金庫の加工依頼。
そのせいで、ここ数日の魂の消費量は普段の何倍にも膨れ上がっていた。
工場からお母様が回収してくる魂には、まだ余裕がある。ただ、この調子で注文が続けば、そちらも増産しないといけない。基本的にはお母様とハウスエルフが管理しているけど、増産のための設備の確保は私がやることになっている。
「では、必要な魂の一覧を……」
私は注文台帳を開き、消費予定を確認していく。
金庫用の不壊化があと七件、追加もありそうだ。品質は問わないけど、量を消費する。今週来週くらいの普通の依頼で、十個分は必要だ。あとは、お母様が試作しているアイテム類と私の実験用。調整は効くけど消費量は一番多い。
「最低でも二十。余裕を見て三十くらいかなぁ」
私が台帳を見ながら呟くと、お母様は調合の手を止めた。
「そんなに必要なのね」
「フィルチさんの注文が多すぎるんです。金庫の依頼も、思っていたより魂を使いますし」
「そう……いつも面倒な仕事ばかり任せてしまって、ごめんなさいね」
お母様は杖を一振りして、煮立っていた大鍋の火を弱めた。それから私のところまで来ると、台帳を覗き込む。
「ほんとね。フィナがいてくれて、本当に助かっているわ」
「べつに、このくらいなら平気です」
そう答えたけれど、褒められると少しだけ頬が緩んでしまう。お母様はそんな私を見て微笑み、指折り数え始めた。
「帰ってきたら、ローストビーフを焼いておくわ。表面は香ばしく、中は赤みを残して」
「本当ですか?」
「ええ。ヨークシャー・プディングとローストポテトも添えましょう」
さっきまで魂の在庫について考えていた頭の中へ、急に肉の姿が浮かんだ。
厚く切られたローストビーフ。切り口から滲む肉汁。外側は香ばしく焼けているのに、中は柔らかい。
「グレイビーもたっぷり作るわ。それから、冷やしたバタービールも用意しておく」
「急いで帰ってきます」
「急いで、というのは雑に仕事をするという意味ではないわよ」
「分かっています」
魂の状態を確認せずに詰め込むと、帰宅後の処理が大変になる。そこは手を抜かない。
お母様は、錬霊術や呪物の製作については世界でも指折りの魔女だけれど、戦闘はあまり得意ではない。
もちろん、ただのマグルが相手なら負けることはないだろう。相手が杖を持たないのであれば、眠らせるなり、動きを封じるなり、服従させるなり、いくらでも方法はある。
けれど、万が一しくじって魔法省の追跡を受けたり、現場で闇祓いと鉢合わせたりしたら心配だ。
私は生まれつき、同年代の魔法使いよりもずっと魔力が多いらしい。自分では比較したことがないのでよく分からないけれど、お母様によれば、幼い頃から呪文へ流し込める魔力の量だけは、どんな大人の魔法使いにも引けを取らなかったという。
もちろん、魔力が多ければ必ず強いわけではない。術式が雑なら魔力を無駄にするし、杖の扱いが下手なら狙いも外れる。けれど、相手の防御を正面から押し破ったり、複数の呪文を続けて撃ったりする場面では、魔力の多さはとても役に立った。
二年前、地下の訓練場で模擬戦をしたときには、純粋な戦闘能力なら、もう私の方がお母様を上回っていた。
一度目は杖を弾き飛ばし、二度目は囮に引っかけ、三度目には背後から首元へ杖を突きつけた。お母様は嬉しさと悔しさの混じった顔をしながらも、
「外での仕事は、もうフィナに任せた方がよさそうね」
と認めてくれた。それ以来、魂を集めに行く役目は、だいたい私が担当している。
日が沈むのを待って、私は出発の準備を始めた。
まずは変身魔法だ。
鏡の瞳前に立ち、髪の色、の色、顔立ち、身長、声を順番に変えていく。一つの変身を見破られても正体まで辿られないよう、その上から別の変身魔法を重ね、さらにもう一枚、偽の姿を被せた。最後に目くらまし呪文を自分にかけ、さらに目くらまし呪文を掛けたマントを羽織る。
二重、三重に変身しておけば、解除呪文を受けても、現れるのは別人の顔だ。本当の姿まで戻すには、少なくとも三回は見破ってもらわなければならない。
次に、囮として使う簡易形代を作る。
髪を一本抜いて、小さな蝋人形の胸へ埋め込む。そこへ今夜使う一番外側の変身姿と、薄い魔力の反応を写し取った。
本物の形代ほど精巧ではないけれど、追跡魔法や探知呪文を数時間ほど引きつけるには十分だ。見つかったときには、私とは反対方向へ走り続けるよう命令しておく。走るだけなら、簡易形代でも得意なのだ。私は完成した蝋人形を小箱に入れ、ローブの内ポケットへしまった。
あとは、姿隠しを見破るための小型の隠れん防止器に敵鏡。魂を保管するための拡張済みトランク。
予備の杖を三本。拘束用の銀糸。偽装用のマグルの薬。バジリスクの毒液。念のためのポートキー。最後に、帰り道で小腹が空いたときのパンプキン・パスティ。
杖を三本も持つのは、多すぎるように思われるかもしれない。
けれど、仕方がない。なぜか私は杖に嫌われやすいのだ。相性の悪い杖は、肝心なときに呪文を弱めたり、狙いを少しずらしたり、ひどいときには完全に沈黙したりする。
以前使っていた杖など、戦闘の途中で勝手に火花だけを出し始めた。完全なサボタージュである。
「今夜は、ちゃんと働いてくださいね」
腰に差した三本の杖へ言い聞かせる。
一本目は、聞こえないふりをした。二本目は、杖先から嫌そうに煙を出した。三本目だけが、微かに温かくなった。
私は黒いローブの留め具を締め、魂保管用のトランクを持ち上げた。
屋敷の扉を開くと、夜の冷たい空気が流れ込んでくる。
今夜は三十個。できれば状態のよい魂を、多めに。
それから、ローストビーフが冷める前には帰ってこよう。
ポートキーでノクターン横丁の路地にまで移動する。表通りには出ず、石塀に沿って裏道へ回る。人通りの途絶えた路地を抜け、最奥にある古びた扉を開いた。
店の裏口に見えるけれど、その先に横丁は続いていない。
扉をくぐると、湿った夜気と、崩れかけた煉瓦の匂いが鼻をついた。
ロンドン郊外の荒れ果てた古い廃墟だ。
昔は工場だったらしい大きな建物で、割れた窓から月明かりが差し込んでいる。魔法界とマグルの世界をひそかにつなぐ、いくつかある抜け道の一つだった。
私は扉を閉め、念のため周囲に誰もいないことを隠れん防止器で確認する。
問題なし。
今夜はここから南東へ向かう。
ついでに、アーサーおじさんから頼まれていた話も済ませよう。車好きなら、交通事故というとっておきの手段がある。
それから、ハリー・ポッターを虐めているというマグルたちも、様子を見ておいたほうがよさそうだ。
ああいう性質の魂も、それはそれで使い道がある。恨みや嫉妬が染みついた魂は、警報器や報復呪具との相性がよい。
とはいえ、まず必要なのは数だ。
私はロンドン南東部にあるマグルの介護施設や病院を順番に回り、死にそうな人を探していく。
死にかけの人間なら、魂が肉体から離れた瞬間を狙える。自然に抜けた直後の魂は傷が少なく、加工もしやすい。無理やり引き剝がすより、品質もずっとよい。
年を取ったからといって摩耗するわけでもないので、私は年寄りを狙っていた。
三軒目の施設で、よさげな候補を発見した。
薄暗い個室のベッドに、一人の老人が横たわっていた。枕元では小さな機械が規則的な音を立て、椅子に座った家族らしい女性が、老人の手を握ったまま眠っている。
魂は既に身体から浮きかけていた。
跳ね上げ式の眼鏡でいつものレンズに切り替えると、半透明の輪郭が、呼吸に合わせて胸元から現れたり沈んだりしている。
私は杖を抜いて、トランクから空の浮魂器だけを取り出した。
やさしく無言呪文で止めを刺し、逃げていきそうな魂を浮魂器に捕らえる。魂は一度だけ眠っている女性のほうを振り返り、それから細い光の糸となって浮魂器へ吸い込まれた。
蓋を閉めると、フラスコの中に白い靄が満ちる。
状態は良好だ。
記憶の残留は多そうだけれど、洗浄すれば問題ないだろう。私は浮魂器に番号を付け、トランクへ収めた。
これでやっと一つ目。状態はいいけれど、必要なのは、あと二十九だ。
「ついでだし、こっちももらっていこうかしら」
服従の呪文で老人のそばで眠る家族らしい女性を操り、持ってきていたマグルの薬を大量に飲ませる。
「アバダ・ケダブラ」
そして、私は闇の呪文で光を遮り、静音呪文で音を遮ってから、その女性を死の呪文で殺す。死にかけの相手と違って、それなりの威力で撃たないといけない。
そして、元気に暴れる魂にバジリスクの毒液を薄めたものを霧吹きで吹きかけて大人しくさせ、浮魂器へと閉じ込める。こちらもトランクに収めて、姿を消して施設を後にする。
その後も、病院で一度に五つの魂を回収したり、ちょうど校舎の屋上から飛び降りようとしていた学生を見つけたりして、魂は順調に集まっていった。
これで二十一個。
数だけなら悪くない。けれど、注文をすべて仕上げるには、ただ魂を集めればよいわけではなかった。
「そろそろ、車に必要な魂を探さないといけないわね」
私は魂保管用のトランクを閉じ、次の目的地を確認した。
人間の魂というものは不思議だ。
死の間際に強く念じていたことや、何度も繰り返してきた動作は、魂の表面に深く染みついている。そうした魂から、恐怖や記憶、人格といった余計な部分を丁寧に削り落とすと、一つの行動だけに特化した魂を作ることができる。
走り続けようとする魂。扉を守ろうとする魂。侵入者を見つけようとする魂。同じ場所へ帰ろうとする魂。
加工した魂は、宿った物体にも、生前の動作を繰り返させる。
ある意味では、ゴーストに近いのかもしれない。ゴーストが死者の記憶と執着から自然に生まれるものだとすれば、私たちの錬霊術は、必要な執着だけを切り出して人工的に作っているようなものだ。
さらに、マグルの魂にも、ごくわずかながら魔力に似た力が含まれている。そのままでは弱すぎて呪文には使えないけれど、絶え間ない苦痛で魂を搾り上げると、そこから逃れようとする反応で魔法道具を動かすための小さな火種くらいにはなる。
今回必要なのは、車を動かすことに執着した魂だった。
速く走りたい。道を外れたくない。目的地まで運びたい。そうした願いが強く残った魂なら、魔法自動車の操縦核に加工できる。
そう、次は運転手を狙いにいこう。
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