闇の魔術大好き少女が認められるまで 作:闇の魔術連盟名誉会員
九月に入ると、ホグワーツの新学期が始まったためか、ダイアゴン横丁の人通りも少し減った。
夏休みの間、教科書やローブを買い求めていた子供たちは姿を消し、店先で騒ぐ家族連れもほとんど見かけなくなった。
その代わり、時間を持て余した老魔法使いたちが増えた。
魔法道具の手入れを頼んだあと、受け取りまで何時間も店内で待っていたり、買う気もない商品を手に取っては、昔の品はもっと丈夫だったと延々語ったりする。
狭い店内に居座られると、こちらも無視し続けるわけにはいかない。適度に相槌を打ち、話を聞いているふりをしなければならないという点で、ものすごく面倒くさい。
こういう存在を、マグルの言葉では「老害」というらしい。
他ならぬ彼ら自身から教えてもらった言葉だった。
ただし、驚くべきことに、その言葉を使った老魔法使いは、
「マグルには老害が多いが、魔法使いにはおらん」
と謎の理屈で主張していた。
たぶん、自分の姿を鏡で見る魔法を知らないのだろう。鏡に魔法を掛け過ぎて肝心の機能が無くなっているのかもしれない。
マグルと比べるのもどうかと思うけれど、魔法使いは寿命が長い。面倒な老人が長く生き、そのうえ次々と新しい老人が加わってくるのだから、数が減らないのも当然だった。
長寿には、こういう弊害もあるらしい。きっと、あのダンブルドアもそういう類で、闇の魔術に対して嫌がらせを行っているに違いない。
ともかく、対策は簡単だ。さっさと店を閉めればいい。
私は午後三時を少し過ぎたところで、入口の札を裏返した。まだ店内にいた老人が、不満そうにこちらを見る。
「今日は随分と早いじゃないか」
私は咳払いをした。
「注文品の調整が溜まっているので」
「わしは別に邪魔をせんぞ。出来上がるまで待っておるだけじゃ」
会話を要求してくる時点で、十分に邪魔だった。
「店をあけ放ったままというわけにはいかないので」
「昔の職人は客に作業を見せたものじゃ。ここで作業すればよいではないか。」
「昔の職人は、事故でよく死んだそうですよ。作業中は危険ですから 。」
老人は何か言いたそうに口を開いたが、私はその背中を扉の外まで押し出した。
「では、また明日」
「まだ話の途中で――」
扉を閉め、鍵を掛ける。遮音呪文も忘れない。ようやく静かになった店内で、私は小さく息を吐いた。
これで、ようやく魂の処理に戻れる。私は屋敷の地下の作業室へ降り、台の上に浮魂器を並べた。
今日処理するのは十二個。うち一つは空飛ぶ車のエンジン用で、二つはお母様がとある特別性の杖の核にしたいとのことで、削り過ぎないようにするひつようがある。
一つ目の浮魂器の蓋を開けて固定を解除すると、半透明の塊が容器の縁から逃げるように膨らんだ。生前の形を思い出したのか、一瞬だけ人間の顔らしいものが浮かぶ。
私は魂用の銀の鉤でそれを引っかけ、洗浄槽へ落とした。
槽の中身は、薄めたバジリスクの毒とニガヨモギの抽出液だ。
魂を浸すと、液体が細かく泡立った。
バジリスクの毒は魂の表面を傷つけ、そこにこびりついた記憶の結び目を緩める。ニガヨモギは感情の癖を鈍らせる。嬉しかったこと、悲しかったこと、憎んでいた相手。そうした余計なものが、灰色の垢となって剥がれていく。
これを、うちでは「魂の洗濯」と呼んでいる。
もちろん最初に名づけたのはお母様だ。
洗浄槽の中で、魂が何度も身を捩った。
口らしい裂け目を作って叫んでいるが、まだ音は出ない。水中だからではなく、声を出すための身体がないからだ。それでも本人は叫んでいるつもりなのだろう。
洗い終えた魂を引き上げ、次の槽へ移す。
こちらには、山羊の脾臓、羊の副腎、牛の腎臓を満月の夜に抽出した液体が満たされている。もともと作り置きをして低温で保存しているので、少し火にかけて温めている。
濁った赤褐色の液体へ魂を浸すと、今度は表面に細かな模様が浮かび上がった。
幼い頃に呼ばれていた名前。母親の手の温かさ。初めて人を憎んだ日の記憶。何度も繰り返した癖。死ぬ直前まで捨てられなかった願い。
個人を個人たらしめていたものが、油膜のように魂の表面へ滲み出してくる。
ここからが選別だ。
すべてを削り取る必要はない。魂には、それぞれ味がある。
願いや想いは魔法の根源でもある。生まれつき魔力を持たないマグルの魂であっても、適切に加工すれば、そこに残された執着を燃料として魔力を抽出できる。
死にたくない。家へ帰りたい。誰かを守りたい。もう一度、あの人に会いたい。
そうした願いが強ければ強いほど、魂はよく足掻き、よく魔力を生む。
加工した魂を疑似的な魔法生物として扱い、あらかじめ呪文を封じ込めておく使い方も多い。
扉を開いた者を攻撃する。決められた名前を聞くと警報を鳴らす。所有者が死ねば記録を焼却する。一定量の魔力を受けると、周囲へ呪いを撒き散らす。
条件を理解させ、命令どおりに呪文を発動させるだけなら、元の個性は薄い方が扱いやすい。ただし、条件を込められる程度の核は残しておかなければならない。
削りすぎても駄目で、残しすぎても駄目だ。
一方、分霊箱に組み込む魂には、それほどの性能はいらない。
必要なのは、分割された魂の欠片を包み、外部からの衝撃を肩代わりすることだけだ。自分で考える必要も、命令を理解する必要もない。
むしろ、意志など残っていない方がいい。
周りに話しかけたり、持ち主の命令に逆らったり、勝手に容器から逃げようとしたりすると面倒だからだ。
私は洗浄を終えた魂を、隣の机に据えられた大型の浮魂器へ移した。
真鍮製の台座から、透明な球形容器が伸びている。側面には目盛りの付いたダイヤルがいくつも並び、その正面には太い観察筒と交換式のレンズが取り付けられていた。
マグルの顕微鏡を改造したような見た目だ。
もっとも、観察するのは細胞ではなく魂なので、構造はほとんど別物だけれど。
私は椅子へ腰掛け、レンズを覗き込んだ。
浮魂器の中では、魂が巨大な球体のように拡大されていた。
表面には細い筋や染み、瘤のような隆起が無数に浮かんでいる。
赤く脈打っているのは怒り。青白い膜は悲しみ。奥へ根を張っている黒い塊は執着。金色の細い糸は、生前に交わした約束だ。
装置の所定の位置へ杖を差し込む。
柄の部分を固定具で挟み、右手を感応板へ載せると、杖先が観察筒の動きと連動し始めた。
これなら、魂の表面を見ながら細かな魔法を掛けられる。
不要な記憶を壊す。必要な感情だけを抜き出す。結びついた二つの記憶を切り離す。逆に、ばらばらの恐怖を一つの命令へ結びつける。
魂用に調整した磔の呪文を使えば、特定の記憶へ痛みの鍵を掛けることもできる。
その記憶に触れようとするたび、魂自身が激痛を思い出すようにしておくのだ。
たとえば、自分の名前を思い出そうとすれば痛む。何度か繰り返せば、魂は自分からその記憶を避けるようになる。忘れさせるよりも確実なことがある。
まずは肩慣らしに、分霊箱用の魂から始めることにした。
こちらは細かな調整をする必要がない。
私は横のダイヤルを回した。
浮魂器の中で、魂がゆっくりと回転を始める。
「ソールム・フランゴ」
杖先から細い光が飛び、魂の表面を抉った。
家族の記憶らしい金色の塊が砕ける。
さらにダイヤルを回す。
今度は名前と生家。好物。友人。仕事。生きて帰りたいという願い。魂を回転させながら、目についた隆起を端から吹き飛ばしていく。
細かく切除するより、ずっと早い。
吹き飛ばされた後から他の記憶が浮かび上がってくる。
もう一発。
回転する魂へ一定間隔で光を撃ち込んでいると、作業というより、回転する的を狙う遊びに近くなってきた。
最後に残っていた自我を砕く。
魂は一度だけ大きく膨らみ、浮魂器の内壁へ張りついた。
逃げようとしたらしい。
「クルーシオ・ソレム」
そこに強めに磔の呪文を掛けて完了。分霊箱の緩衝材としては、これで十分だ。
「一つ目、終わり」
浮魂器に封入してラベルを張り、棚に戻す。
一度固定具から杖を外そうとしたところで、杖先が小さく震えた。
感応板へ魔力を流しても、反応しない。
「また?」
杖を振ってみる。
火花が一つ飛んだだけで、それ以上は何も起きなかった。
「いい加減にしてほしいな」
錬霊術は、杖の機嫌を損ねやすい。
特に、魂を壊す魔法を何度も連続して使うと、急に魔力の通りが悪くなる。杖に心があるとは思っていないけれど、少なくとも材質や芯には、得意な魔法と嫌いな魔法があるらしい。
全体的に、杖は魂を丸ごと削る作業が嫌いだった。気難しい道具だ。
私はその杖を机の端へ置き、引き出しから予備を取り出した。
次の杖は短く、太い。リンボクとセストラルの毛で繊細な操作には向かないが、破壊と拘束には比較的素直に応じる。
装置へ差し込み、軽く魔力を通す。
杖先に赤い光が灯った。
「よし」
次はアーサーおじさんの空飛ぶ車のエンジンにする魂だ。
分霊箱用のように、何も考えず削るわけにはいかない。自我はわずかに残しておく必要があるが、運転以外の執着は削っておく必要がある。
レンズの向こうに、一人の女の顔が浮かぶ。魂の中心から、二本の太い金色の糸が伸びていた。先端に見えるのは、二人の少女の顔だった。あの車の後部座席にいた姉妹だ。
なるほど。娘たちのところへ帰りたいという願いが、魂の中心に深く食い込んでいる。それを強さはそのまま漠然とした願いに変えていく。
そのつながりとなる記憶を一つ一つ潰していく。地味だけど、ここでの潰し方によって得られるものは全く異なる。最悪車の運転の仕方を忘れさせてしまえばなんの意味もない。
そこで最後に、ユニコーンの血から分離した血清を一滴垂らす。
本来、ユニコーンの血は命をつなぎ留める。けれど、正しく生きるためではなく、燃料として存在させ続けるために使えば、それは祝福ではなく呪いになる。
銀色の一滴が魂へ吸い込まれた。その瞬間、魂の表面に黒い亀裂が走る。
亀裂は枝分かれしながら全体へ広がり、その隙間から銀色の液体が染み込んでいく。直後に亀裂は癒着し、すぐに元の塊へ戻っていく。
これでもう、自分から消滅することはできない。ユニコーンの不死性を使ったことで、効率よく魔力を絞ることができる。
砕けても戻る。削られても塞がる。エンジンの中で魔力を絞り取られても、残った自分を材料にして欠けた部分を作り直す。そして再形成が終われば、また絞ることができる。
私は処理を終えた魂を、机の端に置いてあった円筒形の容器へ移した。
黒鉄と真鍮を組み合わせた、お母様特製の魂機関筒だ。
外側には何重ものルーン文字が刻まれ、内壁には細い金属の環が幾層にも並んでいる。一見すると、小さな籠を筒の中へ詰め込んだように見えた。
魂を押し込むと、内側の環がそれを囲む。蓋を閉じ、留め金を最後まで回した。
すると外周のルーンが淡く光り、容器の中から、爪で金属を引っかくような震えが伝わってきた。
まだエンジンへ接続してもいないのに、魂はこの容器が何をするためのものなのか察したらしい。けれど、理解したところで逃げる場所はない。
この容器は、エンジンの始動と連動している。
鍵を回すと小さく魔力が流れ、外周のルーンが起動する。
そうすると、内壁に並んだ環が一斉に縮まり、中の魂を中心へ締め上げる。肉体なら骨や内臓が邪魔をするけれど、魂には逃げ場がない。圧力は外側だけでなく、記憶や感情の隙間にまで入り込み、魂そのものを内側へ押し潰していく。
そのときに溢れ出した魔力を、底部の導管が吸い上げる仕組みだ。
魂が耐えきれず裂けると、締めつけはいったん緩む。
ユニコーンの血清で呪われた魂は、そこで消えることができない。残った欠片を寄せ集め、自分で自分を修復し始める。
再形成を検知すると、環がまた縮まる。
締める。裂ける。戻る。また締める。
エンジンが動いている間、それを何度でも繰り返す。
もちろん、再形成には魂自身の願いや執着が必要になる。消えたくない。帰りたい。助けてほしい。そんな願いが、自分を作り直す力になる。そして、作り直した分だけ、また魔力として絞り取られる。
よくできた循環だと思う。
私は筒の側面にある試験用のつまみを、ほんの少しだけ回した。ルーンが一列だけ点灯する。
内部の環が狭まり、魂が押し潰された。
筒が激しく震え、底の端子から紫色の火花が飛ぶ。十分な出力だった。それを一時的に貯め、エンジンの指令と共に飛行させればいい。
すぐにつまみを戻す。環が開くと、薄く引き伸ばされていた魂が、ゆっくりと元の厚みを取り戻していく。
試験は成功だ。
私は魂機関筒を持ち上げ、耳元で軽く振ってみた。
内側から、かすかな衝突音が返ってきた。叫んでいるのかもしれない。容器には遮音のルーンも入っているので、聞こえないけれど。
「うん、大丈夫そう」
これで空飛ぶ車がうまく動けば、アーサーおじさんも喜んでくれるだろう。私は少しうきうきしながら、便箋と羽根ペンを取り出した。