ダンジョン装備、直します   作:さくらもっちもち

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第1話 折れた剣

 

シャッターを半分まで下ろしたところで、路地の向こうから足音が響いてきた。

 

「待ってください!」

 

細長い布包みを抱えた女が、閉まりかけたシャッターの前へ駆け込んでくる。探索用の上着には白っぽい砂が残り、額に張りついた髪もまだ乾ききっていない。

 

「閉店」

「見るだけでもお願いします」

「明日にしろ」

「明日では遅いんです」

 

女は息を整える暇もなく、布包みを抱え直した。

うちはダンジョン前の表通りから、脇道へ一本入ったところにある。ダンジョンから遠いわけじゃない。路地の入口が装備店の看板や幟に隠れていて、初見だと見落としやすいだけだ。

閉店間際に偶然迷い込むような場所でもない。わざわざ探してきたらしい。

 

「……入れ」

 

シャッターを押し上げて女を通し、俺はカウンターの内側へ戻った。

 

「で、物は?」

 

女が布包みをカウンターへ載せる。引き寄せて留め紐をほどくと、鞘に収まった剣と、別の布に巻かれた細長い塊が出てきた。

剣を鞘から抜く。刃は半ばから先を失っていた。もう一つの布には、折れた刃先が包まれている。持ち運ぶ間に互いを傷つけないよう、分けてきたらしい。

 

「派手に折ったな」

 

二つをカウンターへ並べる。

折れたのは刀身の中央より少し先。断面は斜めに裂け、片側が押し潰されていた。

折れ口の中心近くには、周囲より色の暗い筋が走っている。今回できた断面とは色が違う。折れる前から亀裂が入っていた可能性が高い。

 

「何に当てた?」

「鉄殻蜥蜴の角です。首を狙ったんですが、角で受けられて」

「いつ?」

「今日の昼です」

「そのあと店を回ってたのか?」

「はい。ここで六軒目です」

「全部、買い替えろって?」

「同じ型がまだ売られているから、その方が安くて安全だと」

「正しいな」

 

女の眉が寄った。

残った刀身の柄を握り、手首を返す。刃が折れて軽くなっているにしても、柄側へ重さが寄りすぎていた。

柄頭には削り直した跡がある。握り革も巻き直され、指の当たるところだけ厚みが変えられていた。鍔も片側がわずかに薄い。

 

「何年使ってる?」

「探索者になってから、ずっとです」

「柄も何度かいじってるな」

「最初は太さを変えてもらいました。そのあと、滑りにくいように巻き直してもらって。重心も調整しています」

「鍔も?」

「手に当たるので、削ってもらいました」

 

同じ型の新品を買っても、同じ感触にはならない。

剣に持ち主の手を合わせたんじゃない。使いながら、剣の方を持ち主へ寄せてきたものだ。

折れた刃先を残った刀身へ合わせる。断面はぴたりと重ならない。押し潰された分と、砕けて失われた分がある。

柄の奥まで亀裂が走っていなければ、どうとでもなる。

 

「いつ使う?」

「無理を承知で、可能なら明日の朝に」

「いくら出せる?」

「すぐ直るんですか?」

「金次第」

 

女はカウンターに並んだ剣へ目を落とした。

 

「十五万円までなら」

「十八万」

「高くなってませんか?」

「今夜やるからな」

「朝までに直りますか?」

「直せるから金の話をしてんだよ」

 

女の指が柄のそばまで伸び、触れる前に止まった。

 

「お願いします」

「なら預かる」

 

カウンター下の引き出しから、受付票を取り出す。

 

「連絡先と装備番号。分かるところだけ書け」

 

女が受付票へ書き込む。受け取って記入漏れを確かめると、名字は小峰とあった。

受付票をしまい、配信についての同意書を出す。

 

「次。修理を配信に出していいか駄目か、どっちかに丸」

「断ったら?」

「映さずに直す」

「修理内容は変わらないんですか?」

「変わらねぇ」

「配信に出した場合、値引きは?」

「ない」

「こちらにメリットはないんですね」

「ないな」

 

小峰は同意書へ目を落とした。上から下まで読み終えると、配信可へ丸をつけて署名する。

同意書を受付票と一緒にしまった。

 

「装備番号と、持ち主が分かる印は隠す。形や傷で誰かに気づかれた分までは知らねぇ」

「分かりました」

 

配信先のサービス名とチャンネル名、確認用のコードが印刷された控えをカウンター越しに返す。

 

「明日、店が開いたら来い」

「分かりました。お願いします」

 

小峰は一度だけ剣を見て、店を出ていった。

シャッターを最後まで下ろし、入口へ鍵をかける。表通りでは、周囲の店も看板の明かりを落とし始めていた。

静かになったカウンターから剣を持ち上げる。

 

「十八万分、働くか」

 

 

作業場には、手元を映すためのカメラをいくつか置いている。

分解と加工に使う作業台の真上。細部を見る検査台の斜め上。強度を確かめる試験台の壁際。

作業する場所に合わせて映像を切り替えるためのもので、俺の顔は映らないようにしている。

装備番号と柄頭の印へ覆いをつけ、作業台のカメラを選ぶ。配信タイトルへ『折れた片手剣』と入れ、開始を押した。

画面の端をコメントが流れ始めたが、特に興味はない。

配信を始めた理由は、小遣い稼ぎだ。普段やっている仕事を映して、いくらか入ればそれでいい。視聴者を楽しませるために修理しているわけじゃない。

柄頭の固定具を外し、握りと鍔を順番に抜く。取り外した部品は、外した順に作業台の右へ並べた。

刀身を検査台へ運び、足元のスイッチで映像を切り替える。露出した刀身の根元を洗い、探傷液を塗った。

柄の奥まで亀裂は来ていない。

 

「柄は生きてるな」

 

折れた二つの刀身を並べ、断面にも探傷液を塗る。

細い線が、表から見えていた暗い筋よりも長く浮かび上がった。残った刀身にも、折れた刃先にも伸びている。

 

「折れたのは今日でも、壊れたのは今日じゃねぇな」

 

探傷液を拭き取り、折れ口へ手をかざす。

魔力を流すと、金属が音も熱もなく形を失った。

折れ口の周囲だけが銀色の液体に変わり、作業台へ落ちる前に宙へ浮かぶ。亀裂に沿って範囲を広げ、傷のない金属を残したまま、傷んだところだけをほどいていく。

液体になった金属の中に、黒い筋が浮かび上がった。古い亀裂へ入り込んでいた汚れだ。

汚れを含む部分だけを分け、不要なものを気体へ変えて吸引口へ送る。

俺の固有魔法は、あらゆる素材を固体、液体、気体へ変え、その状態のまま動かせる。金属だろうが木だろうが、布だろうが食い物だろうが変わらない。形も硬さも密度も、好きに動かせる。

折れたものをつなぐだけなら難しくない。

難しいのは、武器としてどう戻すかだ。

傷んだ部分を取り除いた分だけ、刀身の材料が足りなくなっている。棚から補修用の金属片を取り出し、液体へ変えた。

 

「とはいえ、なんでも混ぜりゃいいってもんでもないんだが」

 

元の刀身と性質の近い素材を選び、先ほど残した金属へ混ぜる。

刀身には、柄から刃先まで魔力を通す細い導路が走っていた。折れ口で途切れた導路を先につなぎ、その周囲へ刀身の金属を流し込む。

銀色の液体が断面の細かな隙間を満たし、内部に残った空気を外へ押し出していく。

二つだった刀身が、一つにつながった。

まだ固めない。

先に導路の形と密度をそろえ、その周囲を内側から固体へ戻していく。

刀身の中心には粘りを残す。外側へ近づくほど硬くし、刃先は薄くても潰れない密度へ整える。

つないだ部分だけが硬くなれば、今度はその隣から折れる。前後の金属へなだらかになじませ、力を受けた時に刀身全体でしなるよう調整した。

刀身をすべて固体へ戻し、検査台へ載せる。

折れ目は消えたが、片側がわずかに高い。盛り上がった表面だけを液体へ戻し、余った金属を薄い側へ流す。刃線がそろったところで固め直す。

裏返すと、わずかに反りが残っていた。曲がった部分の硬さを落とし、真っすぐな位置へ動かしてから再び固める。

測り直す。

今度は問題ない。

表通りから聞こえていた声は、いつの間にか消えていた。換気扇の低い音だけが、閉め切った作業場に残っている。

刃へ指を滑らせ、密度の偏りを確かめる。接合した場所だけが重くならないよう、金属を刀身の前後へ薄く散らした。

刀身を作業台へ戻し、柄を仮組みする。

重心は元より少し前へ寄っていた。

柄頭の重りへ魔力を流し、形を変えないまま密度を上げる。組み直して確かめ、まだ残っているずれを調整する。

握り革の潰れ方と鍔の削れ方から割り出した位置へ、ようやく重心が戻った。

鍔と柄を本組みし、固定具を締める。

刀身を試験台へ運び、壁際のカメラへ切り替えた。

低い出力で魔力を流す。

柄から入った淡い光が、刀身の導路を刃先まで走った。つないだ場所で途切れない。出力を上げても、光に乱れは出なかった。

刀身を固定具へ挟み、横から圧をかける。

剣はゆっくりとしなり、圧を抜くと元の位置へ戻った。

次に硬質の試験材を固定し、剣を振り下ろす。

刃が食い込む。引き抜いて接合部を確かめる。

異常なし。

角度を変え、今度は硬い芯へわざと当てた。

鈍い衝撃が両腕へ返ってきたが、刃は欠けず、刀身にも歪みは残らない。

もう一度探傷液を塗る。

線は出なかった。

刃を拭き、薄く油を引く。柄を握って軽く振ると、手の中へ返ってくる重さにも引っかかりはない。

 

「終わり」

 

配信を停止した。

作業台の時計は、日付が変わってからしばらく経っていた。閉店間際から始めたにしては長引いたが、朝まで起きているほどじゃない。

剣を鞘へ収め、預かり品用の棚へ置く。使った道具を拭き、作業台を片づけてから住宅側へ戻った。

遅い夕食を腹へ入れ、風呂を済ませる。

目覚ましを合わせて布団へ入ると、眠るまで大してかからなかった。

 

 

翌朝、目覚ましに起こされ、いつもどおり店を開けた。

少し寝足りないが、シャッターを上げられないほどじゃない。表通りからダンジョンへ向かう探索者たちの声が流れ込み、脇道にも朝の光が差してくる。

小峰が来たのは、開店して間もなくだった。

鞘へ収めた剣と試験結果を、カウンターの上へ置く。

 

「直った」

 

小峰が両手で剣を受け取った。

 

「抜いてもいいですか?」

「振るなよ」

 

小峰は鞘から刀身を半分ほど抜き、店内の明かりへ向ける。

折れていた場所に継ぎ目はない。

 

「どこが折れていたか、分かりません」

「そらそうだろ」

「元どおりですか?」

「どうだろな? 悪かねぇと思うぜ?」

 

小峰の視線が刀身から俺へ移った。

 

「曖昧ですね」

「一回折れたもんに、元どおりも何もねぇよ。前から入ってた亀裂は消した。刃の硬さと中の粘りも整えてある」

「前より強くなったんですか?」

「少なくとも、持ってきた時よりはな」

「使えるんですよね?」

「使えねぇもんを渡すかよ」

 

小峰は刀身を鞘へ戻し、柄を握り直した。

親指と人差し指が、薄くなった握り革の位置へ収まる。

 

「持った感じも変わりません」

「重心も戻したからな」

「新品を持った時とは、全然違います」

「そりゃ柄も鍔も、お前が使ってきたままだからな」

 

小峰は柄を見下ろし、指の位置を確かめるように握り直した。

俺は試験結果を指で叩く。

 

「細かい確認は外でやれ。店の中で振るな」

「分かっています」

「次は折れる前に持ってこい」

「折れる前に分かるものなんですか?」

「点検に出せばな」

「次から、そうします」

 

代金を受け取り、領収書をカウンター越しに渡す。

小峰は剣を背負い、入口へ向かった。扉へ手をかけたところで、もう一度振り返る。

 

「ありがとうございました」

「次は閉店前に来い」

「努力します」

 

小峰が路地の向こうへ消える。

俺は欠伸を噛み殺し、カウンターの椅子へ腰を下ろした。

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