鉄殻蜥蜴が砂を蹴った。低い巨体が地面を抉るように突進し、鼻先の一本角が盾役の胸元へ突き上がる。
衝突の瞬間、鈍い衝突音が響いた。
盾役は真正面で受け止めない。半歩だけ角の軌道を外し、盾を斜めに滑らせて力を逃がす。だが完全には殺しきれず、足裏が砂をえぐり、身体ごと押し下げられた。
砂煙が跳ね、呼吸が一瞬詰まる。
その背後で、柴崎はすでに動いていた。
黒い長弓に矢をつがえ、呼吸を止める。弓身に淡い光が走り、張り詰めた空気が一段沈む。
鉄殻蜥蜴が盾を振り払おうと頭を振った瞬間、前脚の付け根がわずかに開いた。硬い鱗の継ぎ目が呼吸するようにずれる。
柴崎はその隙間だけを見て、放つ。
矢は風を裂く音すら残さず、開いた鱗の奥へ吸い込まれた。
次の瞬間、関節の内側で何かが断たれる。
鉄殻蜥蜴の前脚が崩れた。支えを失った肩が沈み、突き上げていた角の圧が一気に抜ける。
「今だ!」
剣士が盾の脇を弾かれるように抜けた。
砂を蹴り、角の死角へ飛び込む。狙いは最初から決まっている──残った前脚。
刃が振り下ろされると同時に、鱗が悲鳴のように弾けた。硬質な手応えのあと、重なっていた装甲が剥がれるように裂ける。
鉄殻蜥蜴が反射的に首を振る。だが剣士はもうそこにいない。砂を滑るように退き、攻撃圏から外れている。
残った前脚が必死に砂を掴む。体勢を立て直そうと肩が捩れた瞬間、露出した付け根が柴崎の正面に晒された。
柴崎は迷わない。二本目を放つ。
矢は空気を裂き、むき出しの関節へ深く突き刺さった。今度は抵抗すらない。
支えが完全に崩れた。
鉄殻蜥蜴の巨体が、前のめりに砂へ崩れ落ちる。
一本角が地面を抉り、砂が爆ぜるように跳ねた。
盾役が即座に距離を詰める。
鉄殻蜥蜴が頭を持ち上げた瞬間、盾がその軌道に割り込んだ。
「うるぁぁっ!」
盾役は踏み込みながら角を受け流す。砂が渦を巻くように舞い上がる。
その動きで、顎下の鱗が一瞬だけ開いた。
柴崎はすでに三本目をつがえていた。
狙いは喉。迷いなく放つ。
弦が鋭く鳴り、矢は吸い込まれるように顎下へ突き刺さった。
鉄殻蜥蜴の巨体が跳ねる。断末魔のような痙攣が走り、後ろ脚が空を掻く。
盾役は即座に盾を引き、距離を取った。剣士も跳ねる動きから離脱し、再び構え直す。
やがて動きが鈍り、鉄殻蜥蜴の顎が砂へ落ちた。尾が一度だけ大きく振れ、それきり止まる。
砂を打つ音が消える。
盾役が慎重に近づき、盾の縁で後ろ脚を突いた。
反応はない。
「終わった」
剣士は刃についた体液を布で拭いながら、柴崎を見る。
「三本とも、狙い通りか?」
「ああ。ここまで一本も逸れてない」
「完全復活だな。これなら次から背中を気にせず斬り込める」
「今も気にしてなかっただろ」
「いや、いつ射たれるか怖すぎて、気が気じゃなかったぜ」
「うそつけ」
剣士は笑いながら拭い終えた剣を鞘へ戻した。
盾役は二人を放って、盾についた砂を払った。
「そいつは重畳。予定通り進むぞ」
三人の背後では、追従カメラが戦闘の余韻を映し続けていた。盾役が補助端末を外すと、即座にコメントが流れ込む。
《討伐おつ》
《前脚潰してから顎下、綺麗すぎる》
《盾の押し上げも完璧だったな》
《復帰早々の安定感》
盾役は流れるコメントへ目を通し、柴崎へ顔を向けた。
「柴崎、間が空いた理由、話しておくか?」
「そうだな。いつも見てくれてる連中には話しておくか」
柴崎は黒い長弓に目を落とした。
「しばらく俺たちが休んでたのは、弓を修理に出してたからだ」
新しいコメントが流れ始める。
《あーね》
《把握》
《あんだけノーコン那須与一してたらさもありなん》
《黒弓の修理費とか想像したくねー》
《黒シリーズ愛用俺氏、自前武器の修理費思い出してぽんぽこペインなう》
《で、どこで直したん?》
《正規店?》
「正規店にも出してる。今回、追加で修理を頼んだのは別の店だ。店名は──」
そこまで言って柴崎は少しばかり悩んだ。
弓を預けた時、店主は作業を配信していいか確かめた。修理後には、手を入れた箇所も試験結果も隠さず説明している。
それでいて、柴崎の見た配信は、初期設定の人型アイコン。概要欄に店名も住所もなかった。客を呼ぶために配信しているとは、柴崎には思えなかった。
「店名は、出していいか店主に聞いてないから一応伏せる。気になるなら、作業配信を探してみてくれ。『弓の中』というタイトルだ。『タンクトップ店主』で探せ」
《タンクトップ店主?》
《アカウント名草》
《なんか見たことあるかも、折れた剣くっつけてた》
《なんやその雑そうな修理》
《修理配信見てみるか》
脱線していくコメントに盾役は端末を腰へ戻した。
柴崎は倒れた鉄殻蜥蜴へ歩み寄り、矢を一本ずつ抜く。抵抗のない肉から引き抜かれるたび、わずかな体液が砂に落ちる。
剣士は鉄殻蜥蜴に回収札を貼る。札が光ると同時に、巨体は輪郭を崩しながら沈むように消えていった。
残った札を回収し、収納する。
盾役が先へ向き直る。
剣士が続き、柴崎が黒い長弓を握り直す。
三人は何事もなかったように、通路の奥へ進んでいった。