『候補、見つけたかもしれない』
そこまで打って、男は送信ボタンの上で指を止めた。
〈稜線〉の見守りスレから流れてきた修理配信は、一通り見終えている。剣も外套も弓も、それ以前のも見た。何をしているのか分からない時間の方が長かったが、画面の中では最後まで太い腕が似合わない細かい動きを続けていた。
あの腕には、見覚えがあった。
以前、帰りを急いでいたとき、地図に出た近道を使おうと、ダンジョン前の通りから脇道へ入ったことがある。細い道を抜ける途中に古びた修理店らしき建物があり、店先では、よれたタンクトップ姿の男が箱を運んでいた。見たのはその一度きりだが、剥き出しの腕だけが妙に太く、印象に残っていた。
それだけなら、夏場の修理屋にいくらでもいそうだった。
男は登録修理店の一覧を開いた。〈稜線〉が普段使っているダンジョンの周辺を地図で拡大し、以前通った脇道を探す。細い道の途中に、修理店の印が一つあった。表示されるのは、店名と住所、固定電話番号だけだった。
『装備修理 なおし屋』
配信名の「タンクトップ店主」とつながるものはない。けれど、住所はあの古びた店と一致していた。
男は入力欄の文を直し、新しく立った〈稜線〉の見守りスレへ投稿した。
87:名無しの探索者
登録店一覧からそれっぽい店見つけたかも
88:名無しの探索者
どこ?
89:名無しの探索者
本当に店探してるやついたのか
90:名無しの探索者
店名も住所も出してないんだからやめとけよ
91:名無しの探索者
公開されてる登録店を見ただけだぞ
92:名無しの探索者
それっぽい根拠は?
93:名無しの探索者
店主がタンクトップだった
94:名無しの探索者
弱すぎて草
95:名無しの探索者
夏の修理屋なんてだいたい薄着だろ
96:名無しの探索者
せめて店の中が配信と同じとかないの?
97:名無しの探索者
まだ見に行ってない
98:名無しの探索者
見に行くな
99:名無しの探索者
釣りだろこれ
画面の更新が止まる。男は鼻を鳴らし、登録一覧の番号を押した。
呼び出し音が続くだけで、誰も出ない。時間を置いてもう一度かけても同じだった。
店に誰もいないのか、立て込み中で出られないのか、あるいはないとは思うが電話機の回線がつながっていないのか、それすら分からない。ただ、電話に出た声を録音して配信の声と比べるつもりだった男には、空振りだった。
104:名無しの探索者
電話も出ない
105:名無しの探索者
かけたのかよ
106:名無しの探索者
何て聞くつもりだったんだ
107:名無しの探索者
タンクトップ店主ですかって
108:名無しの探索者
違いますって言われて終わりだろ
109:名無しの探索者
声で分かる
110:名無しの探索者
怖
111:名無しの探索者
その行動力を別のことに使え
112:名無しの探索者
どうせ店もでっち上げだろ
その一行で、男の指が止まった。
店まで行けば済む。顔を撮り、配信の作業場と同じ店内が映れば、今度こそ誰も釣りとは言えない。店名と住所を出すのは、それからでいい。間違った店を晒して笑われるより、証拠を揃えて最初に出した方が反応も増える。
男は地図へ印をつけた。
◆
脇道へ入る前に、男は端末のカメラを起動した。
録画を始め、背面のレンズが外を向くよう端末を胸ポケットへ差し込み、ポケットの縁に隠れないところまで上端を出した。漫画で見た隠し撮りの真似だった。
両手も空いた。これなら修理を頼む客のふりをして店へ入っても不自然ではない、と男は考えた。
店主がいたら、そのまま店へ入り、黒い長弓を直した男かと聞くつもりだった。相手が否定しても、顔と声さえ撮れればあとで見比べられる。
脇道の入口を一度通り過ぎ、引き返した。表通りに並ぶ幟の陰へ細い道が隠れている。奥へ進むと、擦れた看板を掲げた店先が見えた。
シャッターは隙間なく下りていた。
中央に白い紙が一枚、四隅をガムテープで留められている。
臨時休業
書いてあるのは、それだけだった。
日付も、理由も、いつ開くのかもない。
男は胸ポケットから端末を抜き、録画を止めた。擦れた看板へカメラを向け、何枚か撮る。目を凝らせば上の段に「装備修理」と読めそうな跡はあるが、店名までは拾えなかった。
地図の印は、目の前の建物に重なっている。登録一覧に載っていた店であることは間違いない。だが、タンクトップ店主の店だと示すものは何もなかった。
固定電話へもう一度かけた。耳元では呼び出し音が鳴っているのに、シャッターの奥から音はしない。
男はシャッターへ近づき、床との境目に腰を屈めた。わずかでも中を覗けないか確かめたが、指先が入るほどの隙間もなかった。
立ち上がり、貼り紙と看板が一枚に収まるよう端末を構える。周りの建物が映らないところまで寄り、撮った写真をスレへ上げた。
136:名無しの探索者
来たけど臨時休業だった
[画像]
137:名無しの探索者
本当に行ったのかよ
138:名無しの探索者
臨時休業の圧が強い
139:名無しの探索者
いつまで?
140:名無しの探索者
何も書いてない
141:名無しの探索者
これだけじゃ何の店かも分からん
142:名無しの探索者
看板に装備修理って書いてない?
143:名無しの探索者
画質上げて
144:名無しの探索者
元から擦れてる
145:名無しの探索者
で、タンクトップ店主の店って証拠は?
146:名無しの探索者
店主がいないからまだ
147:名無しの探索者
何を撮るつもりで行ったんだよ
148:名無しの探索者
店主
149:名無しの探索者
うわ
150:名無しの探索者
現地への押しかけ禁止って最初に書いてあるだろ
151:名無しの探索者
稜線のところに押しかけたわけじゃない
152:名無しの探索者
そういう問題じゃねえよ
153:名無しの探索者
店名も住所も絶対書くなよ
154:名無しの探索者
顔まで確認できたら出す
155:名無しの探索者
出すな
156:名無しの探索者
通報した
男が次の文を打っている間に、画像が消えた。続いて、店を探す行為や配信者が公開していない情報の投稿をやめるよう、注意の書き込みが入る。
少しして、男の書き込みにも削除済みの表示が並んだ。
住所も店名も出していない。そう反論しようとして、やめた。今書けば、また消されるだけだ。
男はシャッターを見上げた。
一時間も待てば帰ってくるかもしれない。だが、臨時休業の紙がある以上、今日一日ここで待っても現れないかもしれない。店先には日差しを避ける場所もなく、焼けた路面から熱が返ってきていた。
端末には、待てと書く者も、続報をせがむ者もいない。
男は撮った動画だけを残し、脇道を出た。
◆
翌日も、タンクトップ店主の配信は始まらなかった。
男は昼と夕方に固定電話へかけた。どちらも呼び出し音だけだった。仕事帰りにもう一度店へ寄ると、シャッターには同じ紙が貼られている。
その写真を撮っても、前の日と何も変わらない。今度は投稿しなかった。代わりに、店が今日も閉まっていたとだけ書き込んだ。
218:名無しの探索者
今日も閉まってた
219:名無しの探索者
まだ行ってんのか
220:名無しの探索者
次の攻略配信まだ告知ない?
221:名無しの探索者
まだ
それから何日か、タンクトップ店主の新しい配信はなかった。
男が店へ行ったことを匂わせても、返るのは「まだやってるのか」と「証拠は」の二つばかりになった。最初の画像は消え、店名も住所も書いていない。事情を知らずに後から来た者には、閉まっている店を一軒見つけたという話しか残っていなかった。
〈稜線〉が次の攻略配信を始めると、見守りスレは新しい階層の話で埋まった。タンクトップ店主の名が出ても、弓の修理をした者として触れられるだけで、店の場所を尋ねる書き込みは流れていく。
男は登録店一覧を開き、『装備修理 なおし屋』のページを表示した。
保存していた動画には、擦れた看板と閉じたシャッター、風に端を鳴らす「臨時休業」の紙しか映っていない。
投稿欄に「ここで間違いない」と打ち、指を止めた。「証拠は?」と返されたときに出せるものがない。
全文を消して一覧へ戻る。掲示板の通知は増えなかった。