腕甲から垂れた留め具を引くと、内側で何かが浮いた。
外から見える装甲に、大きな傷はない。前腕を覆う金属板も、縁に擦れた跡がある程度だ。
壊れているのは、腕へ固定する方だった。
作業台のカメラに手元が収まっていることを確かめる。装備番号には覆いをつけてある。
配信タイトルは『外れた腕甲』。
流れ始めたコメントを横目に、留め具の根元を押さえた。
取りつけ位置がわずかに沈む。
留め具そのものが切れたわけじゃない。土台が中で動いている。
固定ねじを外し、取り外した順に小皿へ入れる。腕甲を裏返して内張りの端をめくると、その下から薄い金属板が出てきた。
中央から割れている。
割れたまま留め具を締め直して使っていたらしい。引っ張られるたびに亀裂が広がり、ねじ穴まで楕円に歪んでいた。
これでは新しい留め具をつけても、土台ごと抜ける。
「壊れたまま使うから、余計なとこまで逝くんだよ」
《いつもの》
《言い方》
《でも正論》
《今日は流れ速くね?》
《今朝の攻略配信から来た》
《何の話?》
《剣のやつ》
《別配信の話はあとにしろ》
画面から目を離す。
割れた金属板を腕甲から抜き、検査台へ運んだ。足元のスイッチを踏み、映像を切り替える。
表面の汚れを落とすと、中央の割れ目からねじ穴へ向かって、細い亀裂が何本も伸びていた。
留め具を引いた時、この板が力を受ける。
まったく動かないほど硬くすれば、衝撃がねじ穴へ集まる。柔らかければ、留め具と一緒に板が持ち上がり、腕甲がずれる。
割れ目だけを塞いでも駄目だ。
歪んだねじ穴と、その周りまで戻す必要がある。
金属板へ指を添え、魔力を流した。
亀裂の周囲が音も熱もなく崩れ、銀色の液体へ変わる。
傷んで伸びた金属を分ける。失った分は、元の板と性質の近い補修材を足した。
液体を中央へ戻し、歪んだねじ穴を丸く整える。
留め具を支える部分は、元よりわずかに厚くする。ただし、ねじ穴の周囲には力を逃がす分の粘りを残した。
端から少しずつ固体へ戻していく。
形が崩れないところまで固め、裏返す。
厚みの偏りはない。
中央を親指で押すと、ほんの少し沈んだ。指を離せば元の位置へ戻る。
これならもつ。
金属板を作業台へ運び、映像を戻した。
腕甲の内側へ入れ、ねじ穴を合わせる。留め具を載せ、外したねじを順番に戻した。
内張りはまだ閉じない。
留め具を引き、緩め、もう一度引く。
金属板は浮かず、ねじも動かなかった。
《朝の剣って昨日の修理配信のやつ?》
《持ち主もおそらくって言ってた》
《確定してないのかよ》
《でも折れた剣を一晩で直したのは確定》
《店主あの攻略配信見た?》
《見てるわけないだろ》
《感想聞きたい》
留め具をもう一度締め、指を離す。
引っかかりはない。
俺は内張りを戻しながら、画面へ目を向けた。
「何の話だよ」
待っていたようにコメントが流れた。
《反応した》
《今朝の攻略配信》
《昨日折れた剣が出てた》
《昨夜の片手剣修理と時間が合う》
《持ち主もおそらくって》
《鉄殻蜥蜴の角を受けても無傷》
《お前が直したやつかも》
《知らんのか》
知らん。
預かった装備の持ち主が、返したあとでどこへ行くかまで追っていない。
昨日の剣かもしれないし、違う剣かもしれない。
どちらにせよ、作業中の腕甲には関係がなかった。
内張りの端を元の位置へ合わせ、浮かないよう固定する。
留め具を開いたまま、腕甲を試験台へ運んだ。
太さを合わせた試験棒へ通し、留め具を締める。
棒を持ち上げて振る。
腕甲は回らない。
上下にもずれなかった。
今度は装甲面を試験台へ打ち当てる。
鈍い音と一緒に、手へ衝撃が返ってきた。
留め具は外れていない。
腕甲を試験棒から外し、内張りをめくる。
ねじに緩みはなく、金属板にも新しい線は出ていなかった。
作業台へ戻し、装甲と内側を拭く。
「終わり」
《剣の感想は?》
《聞いてない》
《昨日の剣だとしたら実戦で無事だったぞ》
《角受けても傷なし》
《もう少し喜べ》
《まだお前の修理って確定してないけど》
《たぶんそう》
《おそらくな》
配信を止めようとして、指を止めた。
コメントへ答える必要はない。
ただ、同じ話がいつまでも流れている。
「直したもんが使えて、何を喜ぶんだよ」
コメントの流れが一瞬止まった。
すぐに、さっきまでより速く動き始める。
《それはそう》
《使えるのが前提》
《修理屋として強すぎる》
《切り抜きポイント》
《今のもう一回》
《言うわけないだろ》
配信を停止する。
静かになった画面から腕甲を外し、預かり品用の棚へ移した。
外した道具を元の場所へ戻す。小皿に残っているねじがないことを確かめ、検査台と作業台を順に拭いた。
使った布をまとめたところで、端末が震える。
配信を終えた直後は、コメントや反応の通知がしばらく続く。
画面の上には、今の配信だけでなく、昨夜の配信にも新しい反応がついていることが表示されていた。
開いて確かめるほどの興味はない。
端末を伏せ、布を持って洗い場へ向かう。
背後で、端末がもう一度震えた。