ダンジョン装備、直します   作:さくらもっちもち

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第4話 焼けた外套

 

ガラス戸の鍵を開け、扉を開く。

戸口のすぐ外を、下りたシャッターが塞いでいた。

下端へ手をかけ、内側から持ち上げる。

膝の高さを越えたところで、すぐ向こうに靴先が見えた。

 

「危ねぇから下がれ」

「す、すみませんっ」

 

靴先が半歩分遠ざかった。

シャッターを最後まで上げる。

外に立っていたのは、平たい装備ケースを背負った女だった。

 

「開店前でしたか?」

「今、開けた」

 

女は入口の上へ顔を向けた。

擦れてほとんど読めなくなった看板を見上げ、それから手にしていた端末を俺へ向ける。

画面には、見覚えのある作業台と俺の手が映っていた。

 

『【なおし屋切り抜き】修理した剣の実戦結果を知る【平常運転】』

 

「あの、この動画の修理屋の店で、合ってますか……?」

「知らん。用があるなら入れ」

 

返事を待たず、店内へ戻った。

カウンターの内側へ回っても、女はすぐには入ってこない。開いたガラス戸の前で、端末の画面と店内を見比べている。

一歩出しかけた足を戻し、もう一度看板を見上げた。

しばらくして、ようやく敷居をまたぐ。

端末の画面を消してからガラス戸を閉め、背負ったケースを両手で支えながらカウンターの前まで来た。

 

「で、物は?」

 

女は装備ケースを背中から下ろし、カウンターへ載せる。

 

「こ、これです」

 

ケースを引き寄せ、留め具を外した。

中に畳まれていたのは、暗い灰色の外套だった。

襟元には金属製のフックと受け輪がついている。右肩から背中にかけて、黒い焼け跡が広がっていた。

外套を取り出した途端、焦げた布の臭いが鼻につく。

カウンターへ広げ、焼けた場所を指で押した。硬く縮んだ表地が崩れ、細かな欠片になって落ちる。

裏返す。

内張りにも熱の跡は残っていたが、変色した範囲は表より狭い。

 

「着てたのはお前か?」

「……はい」

「火傷は?」

「か、軽いものでした。治療は済んでいます」

「後ろから焼かれてるな」

 

女が肩をすぼめ、外套へ視線を落とした。

 

「……仲間の火炎魔法が逸れました」

「逸れた先にお前がいたと」

「……そうなります」

「下手くそだな」

 

女の眉が寄る。

 

「ほ、本人も反省しています!」

「どっちもだよ」

 

眉間の皺が深くなった。

女は口を開いて俺を見たが、何も出てこない。そのまま唇を結び、視線を外套へ戻した。

 

焼けて裂けた表地の端を持ち上げる。

外側の耐火布と内張りの間には、細い金属糸を編んだ層が挟まれていた。

炎をまともに受けた場所では、網目が潰れて一枚の板のように縮んでいる。

こいつが熱を周囲へ逃がしたから、内側の被害がこの程度で済んだらしい。

焼け跡から離れた内張りをつまむ。

まだ弾力は残っている。

表の穴だけ取り繕っても意味がない。金属糸が潰れたままなら、次に熱を受けた時には役に立たない。

 

「他の店には?」

「は、はい。持っていきました。中の層まで傷んでいるので、買い替えた方がいいと」

「正しいな。どれくらいかかるって?」

「同じものは、届くまで一か月以上と」

「いつ使う?」

「できれば、四日後までに直していただきたいです」

「何がある?」

「お、同じ階層へ、もう一度入る予定です」

「また焼かれるのか?」

「……今度は、立ち位置を変えます」

 

声は小さいままだった。

言い切ったあとも、女は外套を見下ろしている。

 

焼けた範囲を指でなぞった。

表地の損傷が一番広い。金属糸はそれより狭く、内張りはさらに小さい。

三層とも手を入れる必要はあるが、失われた素材は多くない。

内張りの布と金属糸は、店にある補修材で足りる。

問題は表地だ。

内側の端に縫いつけられた素材表示を引き出す。

札は焼けていない。規格番号も残っていた。

 

「ちょっと待て」

 

女が小さくうなずく。

端末を取り出し、馴染みの生地屋へ規格番号を送った。

返事を待つ間に、焼け跡の端をもう一度めくる。表地の裏側まで焦げているが、同じ布さえあればつなぎ直せる。

端末が震えた。

同じ規格の在庫があり、明日の便で送れるらしい。

これなら間に合う。

 

「いくら出せる?」

 

女はすぐには答えなかった。

焼けた外套を見下ろしたまま、ケースの縁へ置いた指をゆっくり動かす。

唇を何度か動かしたあと、顔を上げた。

 

「……八万円、までなら」

「十五万。急ぐんだろ?」

 

女の肩が強張る。

 

「じゅ、十五万円ですか……!?」

「嫌なら他を当たれ」

 

視線が俺から外套へ戻った。

黒く焼けた表地を見つめ、ケースの縁を指先でつかむ。

そのまましばらく動かない。

やがて指から力が抜け、女が小さく息を吐いた。

 

「……十五万円で、お願いします」

「なら預かる」

 

受付票をカウンターへ出す。

女が連絡先と装備番号を書き込んだ。

受け取って記入漏れを確かめる。名字は森下だった。

受付票をしまい、配信同意書を渡す。

 

「これも、配信するんですか?」

「お前が可に丸をつけたらな」

「断った場合は?」

「映さずに直す。条件は同じだ」

 

森下は用紙を受け取ると、配信可否の欄を探した。

選ぶ場所だけを確かめ、配信可へ丸をつけて署名する。

同意書を受付票と一緒にしまい、配信先と確認用コードが記載された控えを返した。

 

「あのっ、店を探すのに、少し時間がかかりました……」

 

返事はせず、引き出しを閉める。

森下は控えを持ったまま、ガラス戸越しに入口の上へ目を向けた。店内から看板を見上げるように、少し顎を上げる。

 

「看板は、直さないんですか?」

「困ってねぇ」

 

森下は一度口を閉じた。

それでも控えを握ったまま、小さな声で続ける。

 

「……探す方は、困ります」

「見つけた奴に言われたくねぇよ」

 

また眉が寄った。

森下は言い返さず、控えを鞄へしまう。カウンターに残った外套を一度見てから、頭を下げた。

 

「……お願いします」

「できたら連絡する」

 

森下が店を出ていく。

ガラス戸が閉まってから、外套を畳んでケースへ戻し、ケースごと預かり品用の棚へ収めた。

 

 

外套を預かって二日後の夜。

先に入っていた作業を終え、生地屋から送られた耐火布の包みを開いた。

暗い灰色の布には、外套の札と同じ規格番号がついている。

預かり品用の棚から外套を取り出し、焼けていない裾を新しい布へ重ねた。

色と織り目は同じ。

指で押した時の沈み方にも、ほとんど差はない。

二枚の端を一緒に曲げて離す。戻り方もそろっていた。

問題ない。

必要な分を切り分け、残りは包みへ戻した。

外套の装備番号へ覆いをつけ、作業台のカメラを選ぶ。

配信タイトルへ『焼けた外套』と入れ、開始を押した。

 

《切り抜きから》

《今日は服?》

《肩が焦げてる》

《これ直るのか》

 

外套を裏返す。

内張りの縫い目を、焼けていないところからほどいていく。襟元のフックと受け輪を外し、取り外した順に作業台の右へ並べた。

表地、金属糸の層、内張りを、焼けた部分を中心に分けて広げる。

外側の耐火布は、右肩から背中まで黒く焼けていた。中心は繊維が崩れ、その周りも熱で硬くなっている。

金属糸の網目が潰れた範囲は、それより狭い。

内張りの変色はさらに小さかった。

表地を検査台へ運び、映像を切り替える。

表面の煤を落とす。

黒く見えていた場所の外側まで、指に返る感触が硬い。

見えている穴だけを塞げば、その周りから裂ける。

傷んだ範囲へ指を添え、魔力を流した。

焦げた繊維が音も熱もなく形を失い、黒い液体に変わる。

弾力の残っている繊維は残したまま、熱で性質が変わったところだけを抜き取っていった。

 

《布が溶けた!?》

《!?》

《!?》

《穴広がってるけど!?》

《大丈夫なのかこれ……》

《焦げたところだけ取ってる?》

《何してるか分からん》

 

取り除いた繊維を容器へ移す。

表地には、最初の焼け跡より一回り大きな穴が空いた。

穴の周りに残った繊維は、切りそろえていない。糸の形を保ったまま、周囲へ向けてほどいてある。

届いた耐火布を検査台へ載せた。

穴より大きく切り分け、残った表地の下へ重ねる。

新しい布の端へ魔力を流す。

織られていた糸が一本ずつほどけ、元の表地から残した糸の間へ入っていく。

縦糸を先につなぎ、その間へ横糸を通す。

接合する場所が一本の線に並ばないよう、少しずつ位置をずらした。

新しい繊維だけが硬ければ、境目から裂ける。

柔らかすぎれば、肩を動かした時にそこだけ伸びる。

表面を指で押した。

周囲より沈みが浅い。

繊維の密度を少し落とし、もう一度押す。

今度は周りと同じだけ沈み、指を離すと同じ速さで戻った。

表面をなぞる。

わずかに盛り上がったところから繊維を動かし、厚みをそろえた。

 

《穴が消えてる》

《縫ってないよな?》

《横の布を使ったのか》

《境目どこ》

《お前おかしいよ》

 

表地を作業台の端へ移し、金属糸の層を検査台へ載せる。

炎を受けた中心では、網目が潰れ、糸同士が貼りついていた。

その周りにも、引き伸ばされて細くなった場所がある。

硬くなった部分を指で弾くと、鈍い音が返った。

 

《中も駄目になってる》

《この網みたいなの何?》

《熱を逃がすやつ?》

《これも直せるのか》

《交換じゃないんだ》

 

潰れた金属糸へ魔力を流す。

銀色の液体へ変わった金属が、無事な網目から離れて浮かんだ。

切れかけた糸も、傷のないところまでほどく。

棚から元のものと性質の近い細い金属線を取り出した。

必要な分だけ液体へ変え、残した網目の端へつなぐ。

交点は一つの塊にしない。

糸同士がわずかに動ける隙間を残し、外套が曲がった時に網全体で力を逃がせるよう組み直す。

固体へ戻し、両端を持って曲げた。

網目は手に合わせてたわみ、離すと元の形へ戻る。

強く引いても、つないだところだけが伸びることはなかった。

 

《網まで戻った》

《細かすぎて何してるか分からん》

《布もやばいけど、こっちもやばくね?》

 

内張りの損傷は軽い。

変色した繊維を取り除き、店に置いてある同じ種類の補修布を足す。肌へ触れる側だけが硬くならないよう、表地より柔らかく仕上げた。

三つの層を作業台へ並べる。

表地の裏へ金属糸を重ね、その上から内張りを戻した。

端を仮留めし、外套を持ち上げる。

肩に沿う形へ曲げても、修理したところだけが浮くことはない。

腕を前へ出す形に動かしても、背中側は引きつらなかった。

縫い目を閉じ、外していたフックと受け輪を元の位置へ戻す。

フックを受け輪へ掛け、襟元を左右へ引いた。

金具は外れず、縫いつけた場所にも浮きはない。

外套を試験用の人型へ着せた。

修理した場所の内側へ、熱の伝わり方を記録する試験片を挟む。

外側から試験用の熱源を当てた。

表地が熱を受け、その下の金属糸へ広がっていく。

一点に留まらず、周囲へ逃げていた。

熱源を止め、内側の試験片を引き抜く。

記録は規格の範囲に収まっている。

修理箇所から離れた、損傷のない部分にも、同じ距離から同じ時間だけ熱を当てた。

二枚の試験片を並べる。

大きな差はない。

外套の熱が引くのを待ってから人型から外し、修理した場所を曲げる。

表地に皺は残らない。

金属糸から異音もせず、内張りの縫い目にも浮きはなかった。

最後に全体を広げ、襟から裾まで確認する。

 

「終わり」

 

《焼け跡どこいった》

《修理した場所が分からん》

《服まで直せるのか》

《看板以外は直す店》

 

配信を停止した。

使った道具を元の場所へ戻し、検査台と作業台を順に拭く。

試験結果をまとめ、外套を畳んでケースへ収めた。

ケースを預かり品用の棚へ移し、受付票に書かれた連絡先へ修理が終わったことを送る。

返事はすぐに届いた。

 

 

森下が来たのは翌日、店を開けてしばらくしてからだった。

預かり品用の棚からケースを取り出し、試験結果と一緒にカウンターへ置く。

 

「直った」

 

森下は両手でケースを引き寄せ、留め具を外した。

外套を取り出し、カウンターへ広げる。

焼けていた右肩から背中へ目を走らせ、表地を光へ向けた。裏返し、内張りにも目を近づける。

 

「……新品みたいです」

 

右肩の辺りを指で押し、表地を曲げる。

視線が何度も同じ場所を行き来した。

 

「前と同じくらい、火を防げますか?」

「前がどうだったかは知らねぇ。規格の性能は出てる」

「前と同じように使える、ということですか?」

「使える状態には戻した。現場で毎回同じになる保証まではしねぇぞ」

 

試験結果を森下の方へ押し出す。

森下は紙へ目を落とした。

並んだ数字を上から追っていた目が、途中で止まる。同じ欄を何度か往復した。

 

「あの……これは、どこを見ればいいんでしょうか?」

「こっちが直したとこ。こっちが無事だったとこ」

 

二つの欄を順に指で叩く。

 

「数字が近けりゃ、通った熱も同じくらいだ」

「……なるほど」

 

森下はもう一度数字を見比べた。

分かったようには見えなかったが、試験結果を丁寧に折り、ケースの中へしまった。

外套をもう一度広げ、右肩から背中を眺める。

最後まで焼け跡を見つけられなかったらしく、そのまま畳んでケースへ戻した。

代金を受け取り、領収書をカウンター越しに渡す。

森下は領収書もケースへしまい、蓋を閉じた。

 

「ありがとうございました」

「たまには点検に持ってこい」

「外套も点検が必要なんですか?」

「中の網は、切れてても外から分かりにくい。今回みたいに潰れてることもある」

「何も起きていなくてもですか?」

「何も起きてねぇと思ってる時に持ってくるのが点検だろ」

 

森下は少し考え、小さくうなずいた。

 

「……次から、そうします」

 

ケースを抱え、入口へ向かう。

ガラス戸へ手をかけたところで足を止め、店内から入口の上を見上げた。

 

「あの看板も、直した方がいいと思います」

「直してほしけりゃ料金払え」

「えっ」

 

森下が振り返る。

 

「ご自分のお店の看板ですよね?」

「俺は困ってねぇ」

「探す方が困るんですが……」

「依頼なら受けるぞ」

 

森下は何か言いかけ、口を閉じた。

しばらく俺を見たあと、諦めたようにガラス戸を開ける。

 

「……失礼しました」

 

戸口の外には、長い弓のケースを肩に掛け、端末を持った男が立っていた。

男は森下が出られるよう脇へ避け、端末の画面と入口の上の看板を見比べる。

森下が路地へ出ると、男は端末を上着のポケットへしまい、閉まりかけたガラス戸を押さえた。

そのまま店へ入り、俺を見る。

 

「あんたが、修理屋か?」

「物は?」

 

男は一度口を閉じた。

肩に掛けていた弓のケースを下ろし、カウンターへ載せる。

俺はケースを引き寄せ、留め具へ手をかけた。

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