ダンジョン装備、直します   作:さくらもっちもち

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第5話 散る矢

 

矢は的を外れ、その右上にある土壁へ突き刺さった。柴崎は弓を下ろさず、壁に残った矢を見た。狙ったのは的の中央だ。弦を放す瞬間まで、弓の傾きも手首の位置も崩していない。

 

「右か」

「ああ」

 

背後で見ていた仲間が腕を組み直す。

柴崎は矢筒から次の一本を抜いた。矢柄を指先で回し、曲がりがないことを確かめる。矢羽にも浮きはない。

黒い長弓へ矢をつがえ、魔力を通す。淡い光が革巻きの握りから上下へ伸びた。

耳元まで弦を引き、放つ。

矢は的へ届かなかった。半ばを過ぎたところで急に軌道を落とし、地面へ突き立つ。

 

「今度は手前か」

 

柴崎は返事をせず、三本目をつがえた。

立ち位置も、引く長さも、込める魔力も変えない。

放たれた矢は的の左を通り抜け、奥の土壁へ深く刺さった。

右上。手前。左奥。

同じ条件で射った三本が、まるでまとまっていない。

 

「ここまででいい」

「もう十分か?」

「続けても矢を無駄にするだけだ」

 

弓へ流していた魔力を止める。

中央に革を巻いただけの黒い長弓は、上から下まで滑らかな曲線を描いていた。表面に亀裂も剥がれもない。弦にも、見て分かる傷みはなかった。

 

「昨日も、あんな外れ方だったのか?」

「壁が崩れてからだ。そのあとは、まともに当たった方が少ない」

「……すまない」

「謝るな。あれが最善だった」

 

前日の探索で、通路脇の石壁が突然崩れた。

落ちてきた石材に仲間の脚が挟まり、柴崎は手にしていた長弓を床との隙間へ差し込んだ。横から押し潰されれば、弓が無事では済まないことは分かっていた。

それでも、ほかの道具を探している時間はなかった。

弓が石材を支えた数秒の間に、仲間は脚を引き抜いた。

直後に外側と弦を確かめ、軽く引いてもみた。異常は見つからず、そのまま使えると判断した。

矢が散り始めたのは、次の戦闘からだった。

 

「最初は俺が外したと思った。二射目は右へ抜けた。三射目は左手前に落ちた」

「それで予備へ替えたのか?」

「ああ。威力は足りなかったが、狙った方には飛んだ」

 

相手は硬い外皮を持つ魔物だった。仕留めるには、弓と矢へ魔力を通して威力を上げる必要がある。

一射だけなら、射手の失敗で済む。

同じ方向へ外れるなら、狙いをずらして補うこともできる。

だが、方向も飛距離も射るたびに変わるのでは、腕ではどうにもならない。

柴崎は新しい矢を三本取り、的の正面へ戻った。

 

「次は?」

「魔力を通さない」

 

一射目は中央からわずかに左へ刺さった。二射目はそのすぐ上。三射目も、先の二本から大きく離れない。

普段より少し広い。それでも、土壁へ散った三本とは比べるまでもなかった。

弦を予備へ替えても結果は同じだった。魔力を通さなければまとまり、強く通した途端に矢が散る。

柴崎は黒い長弓を置き、ケースから短い予備弓を取り出した。主武器が使えなくなった時、撤退までをしのぐためのものだ。柔らかく、握りも細い。手には馴染まないが、比較には使える。

耐えられる範囲まで魔力を通し、三本射る。

中央からは外れたものの、矢は同じ範囲へ集まった。

 

「弓だな」

「ああ」

 

矢でも、弦でも、射ち方でもない。

黒い長弓だけが、強い魔力を通した時に同じ射撃を返さなくなる。

表面には何も出ていない。

自分で確かめられるのは、ここまでだった。

 

 

購入した正規店で、柴崎は黒い長弓と二本の弦をカウンターへ載せた。

 

「強く魔力を通して射ると、矢が散る。方向も距離も一定しない」

「使用する矢は替えましたか?」

「替えた。弦も予備へ替えた。魔力を通さなければまとまる。予備弓では、魔力を通しても散らなかった」

「症状が出たのは、いつからですか?」

「昨日の探索中だ」

「それまでは問題なく使えていた?」

「ああ」

「では、症状が出るまでの状況を順に教えてください」

 

柴崎は石壁が崩れたところから説明した。

 

「仲間の脚が石材に挟まれた。ほかの道具を探す時間がなかったから、弓を隙間へ差し込んで支えた」

「どの辺りを使いましたか?」

「握りより下だ。数秒だけだった」

 

柴崎が示した場所を、技術員は端末へ記録した。

 

「分かりました。そこを含めて、弓側の異常として検査します」

 

技術員は弦を外し、弓を光へ向けた。中央の革巻きから両端まで表面を調べ、柴崎が示した場所は指で押し、角度を変えながら念入りに確認する。二本の弦も端から順に確かめていく。

次に店の検査用の弦を張り、弓を検査台へ固定した。装置が一定の幅まで弦を引き、しなり方と戻り方を測る。引く幅と負荷を変え、魔力も規定の上限まで流された。

何度か測定を繰り返したあと、技術員が表示された数値を見直す。

 

「何か見つかったか?」

「現時点では、異常は確認できません」

 

弓のしなり方も戻り方も規定の範囲内だった。石材を支えた箇所にも、表面から確認できる亀裂や剥がれはない。魔力の流れにも、検査で拾えるほどの乱れは出ていなかった。

 

「試射では、はっきり散った」

「こちらでも、伺った箇所を含めて負荷を変えながら調べました。ただ、検査台で弦を戻す場合と、実際に矢を放つ場合では、弓へかかる力の動きが違います」

「実射しないと出ない可能性があるのか?」

「あります。今の検査では、症状を再現できていません」

 

技術員は結果を見ながら、しばらく黙っていた。やがて検査票を印刷し、カウンターへ置く。

 

「衝撃を受けた以上、このまま使うことはお勧めできません。ただ、症状を確認できていない状態では、修理する箇所を決められません」

「どうすればいい?」

「症状が出る条件を記録してください。使用した矢、込めた魔力量、着弾位置。可能なら射撃時の映像もお願いします」

 

弓は直らなかった。

だが、症状を再現できていない相手へ、見つからない箇所を直せと言っても仕方がない。

柴崎は検査票を受け取り、店を出た。

 

 

翌日、柴崎は仲間に頼み、試射の様子を撮影させた。

矢へ番号を振り、魔力量と着弾位置を一射ごとに記録する。

魔力を通さなければ、矢はまとまった。少量を流しても変わらない。実戦で使う量へ近づいた途端、一射目は右上、二射目は左、三射目は的へ届く前に落ちた。

射撃位置を変えても、散り方に規則はない。

必要な記録が取れたところで、柴崎は弦を外した。

 

「これで店も確認できるか?」

「できなければ、向こうで俺が射つ」

 

柴崎は着弾位置の記録と撮影した映像をまとめた。

 

 

再び正規店を訪れると、前回と同じ技術員が検査票と映像を順に確認した。

通常射撃と魔力を抑えた射撃では矢がまとまり、それ以上では不規則に散っている。

 

「店の試射場でも確認させてください」

「ああ」

 

技術員に案内され、柴崎は店内の試射場へ移った。

矢も弦も店のものを使う。

通常射撃ではまとまった。少量の魔力でも変わらない。

実戦で使う量まで上げると、一射目は的の上を越え、二射目は右下へ外れ、三射目は途中で地面へ落ちた。

 

「もう一度射つか?」

「いえ。十分です」

 

技術員は着弾位置を記録し、柴崎へ頭を下げた。

 

「症状を確認しました。前回、確認できないままお返ししたことをお詫びします」

「検査台では出なかったんだろ」

「はい。実射時だけ、内部の状態が変わっている可能性があります」

 

外から調べられる範囲では、これ以上は難しい。

製造元の工場で外側を剥がし、芯材や補強繊維、魔力導路を順に確認する必要があるという。

 

「どれくらいかかる?」

「少なくとも三週間です。内部の状態によっては、さらにかかります」

「それで直るのか?」

「原因を特定し、損傷箇所をすべて修理できれば。ただ、開けるまでは断言できません」

 

確実とは言わなかった。

それでも、このままでは使えない。魔力を抑えれば射てるが、それでは黒い長弓を使う意味がなかった。

 

「頼む」

「お預かりします」

 

柴崎は受付票へ記入し、長弓を工場修理へ預けた。

 

 

正規店から連絡が来たのは、三週間を少し過ぎた頃だった。

カウンターへ運ばれた細長いケースの横には、数枚の修理報告書が置かれていた。

 

「石材を支えた辺りで、内部の芯材が一部潰れていました。補強用の繊維にもずれがあり、魔力導路の一本が本来の位置から外れていました」

 

工場では弓の下側を広く剥がし、潰れた芯材と傷んだ繊維を交換していた。ずれた魔力導路も新しいものへ通し直し、内部の層を積み直している。

曲げ試験、復元試験、魔力負荷試験。どの結果も規定内だった。

 

「確認できた損傷は、すべて修理しています。工場での試射でも異常はありませんでした」

「誰が射った?」

「試験担当者です。規定上限まで確認していますが、お客様とまったく同じ射ち方を再現できたわけではありません」

 

必要な工程を省いた形跡はなかった。

柴崎はその場で試射を求めた。

自分の弦を張り、店の矢を受け取る。

通常射撃はまとまった。少量の魔力を通した三本も、同じ範囲へ収まる。

ここまでは修理前と変わらない。

 

「次から実戦で使う量まで上げる」

「お願いします」

 

弓へ流す魔力を増やす。淡い光が両端まで届いた。

引き始めの重さも、手へ返る感触もおかしくない。

柴崎は中央を狙い、放った。

矢は的の左を大きく外れ、奥の壁へ刺さった。

二射目は的へ届く前に落ちる。

三射目は右上を通り過ぎた。

左奥。手前。右上。

方向も飛距離も、修理前と同じように散っている。

 

「直っていないな」

 

技術員は端末に残った着弾位置を見た。

 

「……はい。同じ症状が残っています」

「工場で直した場所が、また壊れたのか?」

「現時点では分かりません。見つけた損傷は原因の一部だったと思います。ただ、それだけではなかったということになります」

 

技術員は責任を否定しなかった。

再び工場へ送るなら、今度は前回剥がさなかった部分も含め、弓全体を調べることになる。元の素材をどこまで残せるかは保証できないという。

 

「今日は持ち帰る」

「よろしいのですか?」

「次を決めてから連絡する」

 

柴崎は弓と、二度分の検査票、工場の修理報告書を受け取った。

見つかった損傷をすべて直しても、弓は直らなかった。

 

 

その夜、柴崎は机へ修理報告書を広げた。

交換された芯材、補強繊維、魔力導路。工場で行われた試験。どの欄を見ても、工程に抜けはない。

もう一度送れば、次は弓全体を開くことになる。原因が見つかる保証はなく、元の素材を残せない可能性もある。

同じ仕様で作り直すにしても、今の弓と同じようには使えない。握りも、引き切る位置も、魔力を通した時の返りも、一から合わせ直す必要がある。

予備弓でも戦えないわけではない。

だが、硬い魔物を相手にするには威力が足りなかった。

机の端に置いた端末が震えた。

試射に付き合った仲間から、短い動画へのリンクが送られている。

 

『これ、見たか?』

 

前半では、作業台の上で折れた剣が直されていた。

後半へ切り替わると、同じものらしい剣が鉄殻蜥蜴の角を受け止めている。

装備番号も持ち主を示す印も隠されていた。攻略配信に映った剣の持ち主も、自分のものだとは言い切っていない。

同じ剣だと断定できる材料はなかった。

 

『確証がない』

『俺もそう思う。ただ、登録店らしい。元の配信も送る』

 

続けて届いたのは、剣の修理を最初から記録した配信だった。

作業者はほとんど喋らない。

折れた刀身を分解し、傷んだ部分を除き、失われた素材を補う。途切れた魔力導路を先につなぎ、その周囲へ刀身を戻していた。

作業後には魔力を通し、曲げ、硬い試験材へ打ちつけている。

折れた場所を接合しただけではない。

柴崎は配信履歴を開いた。

金属製の腕甲。焼けた外套。

外套では、焦げた布と内側の金属糸を分けて修理し、人型へ着せて熱を当て、傷んでいない側と比べている。

設備の整った工場には見えなかった。作業者も修理内容を説明しようとはしていない。

それでも、壊れた場所を探し、直し、試してから作業を終えている。

最初の動画を開き直す。

攻略配信では、剣の持ち主が修理店について話していた。ダンジョン前の脇道にあり、看板は擦れてほとんど読めなかったという。

柴崎は登録修理店の一覧を開き、周辺の住所を調べた。

該当する店は一軒だけだった。

 

装備修理 なおし屋。

 

配信に映った修理が本物でも、自分の弓を直せるとは限らない。

正規店と工場が三週間かけ、見つけた損傷をすべて修理しても直らなかった弓だ。

それでも、もう一度工場へ送る前に見せることはできる。

柴崎は黒い長弓をケースへ収めた。二度分の検査票と修理報告書も重ねて入れる。

直るとは思っていない。

翌朝、柴崎は登録住所を端末へ表示させ、弓のケースを肩へ掛けた。

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