ダンジョン装備、直します   作:さくらもっちもち

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第6話 黒い長弓

 

留め具を外し、カウンターに置かれたケースの蓋を開ける。

中に入っていたのは、弦を外した黒い長弓だった。中央に革を巻いただけの単純な形で、見える範囲に亀裂や剥がれはない。

弓の下には、何枚かの書類が挟まれていた。

 

「何が悪い?」

「強く魔力を通して射ると、矢が散る。方向も距離も一定しない」

 

弓をケースから取り出し、奥の作業台へ運ぶ。

壁際から作業灯を引き寄せ、白い光を斜めから当てた。

弓を両手で支えながら、光の下でゆっくり回す。

下半分だけ、周囲と光の返り方がわずかに違う。色は合わせてあるが、真新しい。

 

「修理済みか?」

「ああ」

 

弓を作業台へ置き、カウンターへ戻る。

ケースの底から書類を抜き取った。

 

「これは?」

「正規店の検査票と、製造元の修理報告書だ」

 

書類を持って作業台へ戻り、弓の横へ広げる。

報告書には、下半分の補強繊維と芯材を交換したこと、その後の曲げ試験、魔力を通した検査、試射で異常が出なかったことが記されていた。

 

「直しても変わらなかったのか?」

「ああ。工場では問題なかったようだが、俺が射つと狙いがそれる」

 

必要な切り分けは一通り済んでいる。

同じ検査を最初から繰り返す必要はなさそうだ。

書類を作業台の端へ寄せ、弓を持ち上げる。上下を順に軽くしならせ、手へ返る力を確かめた。

左右へねじれる感触はない。戻り方にも引っかかりはなく、修理された下半分にも目立った違和感はなかった。

 

「いつからだ?」

「ダンジョンで壁が崩れた時、石材を支えるのに使った。そのあとの戦闘からだ」

「弓をつっかえ棒にしたのか?」

「仲間の脚が下にあった」

「なら仕方ねぇな」

 

責められると思っていたのか、男がわずかに眉を上げた。

俺は返事を待たず、弓を作業灯の下へ戻す。

外から確認できる範囲では、工場が見落としたと断定できるものはない。

 

「正規店の保証は?」

「まだ残っている」

 

男の視線が、作業台の弓へ落ちた。

 

「……正規店でも直らなかった。もう一度送る前に、あんたの見立ても聞きたい」

「外から見て分かるのはここまでだ」

「開ければ分かるのか?」

「その可能性はある。ただ、俺が開けたら保証は切れるかもしれねぇぞ」

 

男は作業台の端に広げた書類を見た。

 

「工場からも、次は弓全体を開くと言われた」

「向こうへ戻すなら今だ」

 

しばらく返事はなかった。

男は黒い弓を見下ろし、やがて顔を上げた。

 

「いや。ここで頼む」

「あとで工場に戻すのは難しくなるぞ」

「承知している」

「なら、やるぞ」

 

作業台の上を空け、弓を横向きに置く。

修理報告書は、手を伸ばせる端へ残した。

まず確認するのは、工場が修理した下半分だ。

表面をまとめている樹脂の一部へ指を当てる。

黒い外側が音も熱もなく液体へ変わり、細い帯になって脇へ流れた。その下から、交換された補強繊維と芯材が現れる。

男が身を乗り出しかけた。

 

「触るなよ」

 

動きが止まった。

新しい芯材を指で押す。

硬さは周囲へ合わせてある。繊維も乱れなく通り、魔力導路も正しい位置に収まっている。素材の詰まり方にも不自然な偏りはない。

報告書に記された処置と、実物の状態も一致していた。

工場の修理に問題は見つからない。

液体にした樹脂を元の位置へ戻し、表面を閉じる。

 

次に、修理されていない上半分へ手を移した。

接着層を指先ほどの範囲だけ液体へ変える。

押さえを失った補強繊維が、わずかに横へ動いた。

 

「……動いたな」

「黙ってろ」

 

少し上を開く。

今度は、先ほどとは反対側へ動いた。

芯材の形は崩れていない。押しても、そこだけ極端に硬いわけでも柔らかいわけでもない。

ただ、断面の内側と外側で、素材の詰まり方にわずかな偏りがある。さらに先では、その偏りが反対側へ移っていた。

 

どれも、そこだけ見れば規定から外れるほどではない。

接着された状態なら周囲の層に押さえられ、形もしなりも正常な範囲に収まる。

接着層を外したことで、押さえを失った素材が偏りに引かれて動いている。

その向きが、場所ごとに違っていた。

 

石材を支えた場所には、症状の原因として十分な損傷があった。

工場はそこを直し、弓全体を検査し、試射まで行っている。

それで異常が出なかったなら、正常な上半分まで剥がす理由は薄い。

 

全体を開けば、元の素材を傷める可能性がある。費用も納期も大きく変わる。

この手の修理なら、まず明確な損傷を直して試験へ回す。そこで異常が出なければ、最初から全分解まで進めないのは不自然ではない。

 

「工場では、なぜ分からなかった?」

 

男が、作業台の弓を見たまま聞いた。

 

「分からなかったんじゃねぇ。最初は、ここまでやる理由が薄かったんだよ」

「だが、直っていなかった」

「だから次は、全部開くって言われたんだろ?」

「……ああ」

「なら判断は間違ってねぇよ。最初の修理で足りなかっただけだ」

 

普通に開くなら、接着された層を一枚ずつ剥がすことになる。元の繊維や芯材をどこまで残せるかは、実際に剥がすまで分からない。

俺なら魔法で接着層だけを液体にして、部材を傷めずに押さえだけを外せる。工場とできるアプローチが反則的に違うだけだ。

 

さらに中央へ向け、範囲を少しずつ移しながら接着層を外していく。

押さえを失った内部は、場所によってわずかに形を変えた。

 

これで原因は見えた。

一か所の破損ではない。

石材を支えた時の力は、挟んだ下半分だけで止まらず、弓全体へ伝わっていた。

明確に壊れた下半分は、工場が直している。

残っているのは、上半分に散った小さな偏りだ。

固定されている間は、どこも目立って形を崩さない。

だが、強い魔力を通して弓全体をしならせると、上半分に残った力の抜け方が射るたびに変わる。

その違いが、一本につながった弓全体の戻りを狂わせる。

だから、矢の方向も飛距離もそろわない。

 

開いた部分を順に閉じる。

表面が元どおりに固まったことを確かめてから、弓を持ち上げた。

 

「直した場所は直ってる」

「では、何が悪い?」

「修理されてない上半分に、力の偏りが残ってる」

「上半分だけで、ここまで散るのか?」

「弓は上下で一本だ。上がばらばらに戻れば、全体の戻りも毎回変わる」

 

男は黒い弓を見る。

外から見れば、一本の滑らかな弓だ。だが、中では素材ごとに力のかかり方が変わっている。

 

「直せるのか?」

「直せる。次に使うのは?」

「……理想を言えば、六日後には使いたい」

「なら、四日だ。試射もしたいだろ?」

「……できる、のか……?」

「できるから言ってんだよ」

 

弓を持ってカウンターへ戻り、開いたケースの横へ置く。

男は弓へ目を落とした。

表面は閉じている。持ち込まれた時と見た目は変わらない。

 

「……頼みたい」

「いくら出せる?」

「三十五なら」

「はっ、舐めんな。五十。新品買うより手間も何も安いだろ」

「ぐっ……」

 

男は言葉を詰まらせた。

作業台に残された修理報告書へ目を向け、それから弓を見る。

しばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。

 

「……分かった。五十で頼む」

「まいど」

 

弓をケースへ戻し、受付票を出す。

男が書き終えたのを確認してから、配信同意書を渡した。受付票には柴崎とある。

 

柴崎が同意書へ目を落とす。

 

「報告書は映さねぇぞ。弓だけだ。弓も製造番号やら、特定できるものは映さねぇ」

「……なら、構わない」

 

柴崎は配信可へ丸をつけ、署名した。

 

「最後は試射してもらう。予定を空けとけ」

「分かった」

 

柴崎を見送り、書類を戻したケースを預かり品の棚へ収めた。

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