ダンジョン装備、直します   作:さくらもっちもち

7 / 14
第7話 弓の中①

 

弓を預かった日の閉店後、先に入っていた仕事を片づけた。長いケースを棚から下ろし、黒い長弓を作業台へ出す。

配信タイトルは『弓の中』。配信を始めると、画面の端へコメントが流れ始めた。

 

《弓だ》

《傷なくない?》

《弓って中に何が入ってるんだ》

《今日は分解?》

 

弦を外した弓を、布を巻いた二つの受けへ載せる。

受付で上半分を何か所か開き、偏りが残っていることまでは確認した。今日は、その偏りがどこまで続いているかを調べる。

上半分へ細長い紙を沿わせ、先端から握りのすぐ上までを短い区画に分けた。

偏りを探すなら、動きの出やすい先端から戻る方が早い。弓は先へ行くほど薄く、押さえを外した時の変化も見えやすい。

先端に近い最初の区画へ指を当てる。黒い表面だけを液体へ変え、弓の脇へ退けた。下から補強繊維と芯材が現れる。

接着層は残したまま、補強繊維へ細い目盛り板を添えた。固定されている位置を紙へ写してから、その下の接着層だけを液体へ変える。

外寄りの補強繊維が周囲から離れ、わずかに浮いた。そのまま握り側へ寄ろうとする。内寄りの繊維はほとんど動かない。

芯材も大きく形を変えなかったが、外側だけが少し持ち上がった。

紙の最初の区画へ、繊維の動いた向きを矢印で書く。芯材の変化は短い線で添えた。

 

《今動いた?》

《外側だけ浮いた》

《中に糸みたいなの入ってる》

《何を書いてるんだ》

 

繊維と芯材を、開く前に写した位置へ戻す。接着層を流し込み、動かないことを確かめて固めた。黒い表面も元の位置へ戻して閉じる。

一つ下の区画を開く。

今度は外寄りだけでなく、補強繊維の束がまとめて握り側へ寄った。動く量は最初の区画より小さい。

芯材の外側には浅い沈みがあり、その周りだけが少し硬い。

紙へ記し、元へ戻して閉じる。

 

《場所で違う》

《一か所ずつ開けてる?》

《全部まとめて見ないのか》

《まだ直してないよな》

 

一度に開けば早い。その代わり、押さえを失った素材がまとめて動く。どの区画に、どの向きの偏りがあったのか分からなくなる。

今夜は直す日じゃない。固定された状態と、押さえを外した時の動きを一つずつ比べる。

次の区画を開く。

外寄りの繊維は握り側へ寄ったが、内寄りはその場に残った。同じ束の中で、引かれている向きがそろっていない。芯材は内側がわずかに膨らんでいる。

さらに一つ下では、補強繊維の横への動きはほとんどなかった。代わりに芯材の外側が持ち上がり、内側は沈んだまま残る。

開く前の位置。押さえを外したあとの動き。芯材の内外の詰まり方と、押した時の硬さ。

確認するたび、紙へ矢印と線が増えていく。終わった区画は必ず元の状態へ戻し、表面まで閉じた。

 

《矢印だらけになってきた》

《全部同じ方向じゃないんだな》

《開けて閉じての繰り返し》

《パズルっぽくてなんか好き。》

 

先端から離れるにつれ、繊維の動きは小さくなった。だが、偏りが消えたわけではない。

繊維が動かない区画では、芯材の内側と外側に差が残っている。外側が沈む場所。内側だけが先に押し返してくる場所。一本の繊維束でも、外寄りと内寄りで違う向きへ動く場所。

外からは同じ黒い弓にしか見えない。中では、場所ごとに違う力が押さえ込まれている。

上半分の中ほどに近い区画を開く。接着層を外すと、補強繊維が握り側へ寄った。

紙へ矢印を書き、隣の区画へ移る。

接着層を液体へ変えると、今度は補強繊維が先端側へ動いた。

紙を見る。一つ前の区画では握り側へ、今開いている区画では先端側へ。二本の矢印が、区画の境目へ向かい合っている。

芯材も両側から寄り、境目の内側だけが詰まっていた。

 

「ここでぶつかってるな」

 

《向きが変わった》

《矢印が向かい合ってる》

《ここに力が集まってる?》

《ここが原因か》

 

原因の一つではある。だが、ここだけを直しても意味はない。

先端側に残った偏りも、これから調べる握り側の偏りも、逃げ場を失ってまたここへ集まる。

動いた位置と芯材の状態を紙へ記す。元の位置へ戻して閉じ、握り側へ進んだ。

次の区画では、繊維が先端側へ寄った。その下も向きは同じだが、動く量は小さい。

さらに下では繊維がほとんど動かず、芯材の内側だけが膨らんだ。一つ進むと、今度は外側だけが硬く残っている。

握りへ近づくほど、繊維の横への動きは目立たなくなった。代わりに、芯材の詰まり方と硬さの差がはっきりしてくる。

 

《矢印が短くなった》

《今度は線が増えてる》

《まだ偏ってるのか》

《どこまで続くんだ》

 

握りのすぐ上を開く。

接着層を外しても、補強繊維はほとんど動かなかった。芯材の内側だけがわずかに持ち上がり、外側より先に押し返してくる。

最後の区画へ印をつけた。

その下は、工場が修理した範囲だ。受付で開いて確認した限り、補強繊維も芯材も正常な位置へ戻っている。

偏りは修理済みの下半分までは続いていない。上半分の握り際で止まっていた。

開いた場所を元へ戻して閉じる。紙の空いている区画はなくなった。

先端から順に見直す。

外寄りの繊維一本だけが浮く先端。束全体が握り側へ寄る区画。外寄りと内寄りで動きが分かれる場所。矢印の向きが反転し、力がぶつかっている中ほど。握りへ近づくほど小さくなる繊維の動きと、代わって目立つ芯材の詰まり方の差。

どこまで偏りが残り、どこで向きが変わっているかは拾えた。

弓の表面へ指を滑らせる。開いた跡は残っていない。

受けから持ち上げ、軽くしならせた。手へ返る感触も、始める前と変わらなかった。

今夜は何も直していない。押さえられていた力を一か所ずつ外へ出し、記録して、元へ戻しただけだ。

弓を作業台へ置き、紙を見る。

調べた順番と、直す順番は逆になる。

診断は、変化の大きい先端から握りへ辿った。修理は、正常な下半分を基準にする。握りのすぐ上から先端へ向かい、直した区画を次の基準にしながら、一つずつ偏りをほどいていく。

 

「今日はここまで」

 

《終わり?》

《本当にずっと調べてた》

《次は修理か》

 

配信を切る。記録した紙をケースへ入れ、弓も収めた。

本修理を始める順番は決まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。