翌日の閉店後。
黒い長弓を作業台へ出し、昨日の記録を横へ広げて配信を始めた。
配信タイトルは、引き続き『弓の中』。
《続きだ》
《昨日の紙だ》
《今日は直す?》
《また全部開けるのか?》
弓を二つの受けへ載せる。
記録用紙には、先端から握りまで、向きの違う矢印と短い線が並んでいる。
最初に手を入れるのは、力の向きがぶつかっていた上半分の中ほどだ。
その両側へ、当て布を巻いた押さえを置く。弓の外形を変えない程度に固定し、昨日つけた印と位置が合っていることを確かめた。
黒い表面を液体へ変え、横へ退ける。
接着層はまだ残したまま、露出した補強繊維へ目盛り板を添えた。
昨日の記録とずれはない。
接着層だけを液体へ変える。
押さえを失った補強繊維が、両側から引かれて中央でわずかに浮いた。
芯材も左右から寄り、内側だけが詰まった形になる。
ここを起点に、ずれをほどいていく。
浮いた補強繊維を一本ずつ分ける。
先端側へ引かれているものと、握り側へ引かれているものが、同じ束の中で重なっていた。
無理に一列へそろえれば、どちらかの引きを残すことになる。
繊維の流れが隣の区画へ滑らかにつながるよう、外寄りと内寄りで位置をわずかに変える。
交差していた箇所をほどき、曲線に沿わせて並べ直した。
芯材へ指を当てる。
内側に寄っていた部分だけが、粘りのある液体へ変わった。
量を減らさず、外側の薄い場所へ回す。
芯材の左右を同じ厚さにするわけではない。
弓がしなる方向に合わせ、内側には受け止める密度を残し、外側へ向かうほど少しずつ軽くする。
隣の区画との境目に急な差ができないよう、詰まり方をなだらかにつないだ。
固体へ戻し、指で押す。
内側だけが先に押し返してくる感触は消えた。
並べ直した補強繊維を押さえ、接着層を元の位置へ流し込む。
位置が変わらないことを確かめて固め、黒い表面を閉じた。
両側の押さえを外す。
表面へ指を滑らせたあと、同じ区画をもう一度開いた。
接着層を外しても、補強繊維は浮かない。
芯材の左右も寄らず、整えた形を保っている。
《動かない》
《さっきまで浮いてたよな》
《これで直った?》
中央の区画を閉じる。
これで基準が一つできた。
次は、そこから先端側へ進む。
隣の区画を開くと、補強繊維が先端へ寄った。
中央側の端は、直した区画につながって動かない。先端側だけが、押さえを失った分だけ横へずれる。
繊維を元の位置へ押し戻すのではなく、直した中央から自然に続く流れへ合わせる。
芯材の内側には小さな沈みが残っていた。
沈んだ場所の周囲をわずかに緩め、押し返していた外側の密度を移す。
形を戻したあと、中央側から先端側へ、硬さが急に変わらないよう整えた。
接着層と表面を閉じ、もう一度開く。
今度は動かない。
次の区画へ移る。
外寄りの繊維だけが握り側へ引かれ、内寄りはその場に残った。
一本の束へまとめ直せば、外側の引きが内側へ伝わる。
分かれた流れを保ったまま、隣り合う繊維同士の間隔だけを整える。
芯材は外側へ偏っていた。
余分な場所を液体へ変え、内側へ少しずつ戻す。
元の形へ近づいても、先ほど直した区画と同じ硬さにはしない。
先端へ近づくほど、弓は細く、よくしなる。
中央と同じ詰まり方を持ち込めば、直した境目へ力が集まる。
「均せばいいってもんでもねぇからな」
《何が違うんだ》
《同じにしちゃ駄目なのか》
《見た目は同じ黒い弓》
《中だけ少しずつ変えてる?》
区画を閉じ、次へ進む。
先端へ近づくほど、補強繊維の動きは大きくなった。
押さえを外しただけで、外側の数本が弓の縁へ寄る場所もある。
その下では芯材の厚みが足りず、周囲から押されて薄く伸びていた。
繊維を一度に元へ戻せば、隣の束を押しのける。
外側から一本ずつ位置を整え、空いた間へ内側の繊維を移す。
芯材は薄く伸びた部分を寄せ集めず、周囲の密度を少しずつ動かして埋めた。
一か所だけを厚くせず、先端へ向かう細さを保つ。
閉じて開き、動かないことを確かめる。
その先も、記録用紙の矢印に沿って手を進めた。
握り側へ引かれた繊維は、中央から続く流れへ戻す。
内側が膨らんだ芯材は、外側へ密度を逃がす。
外側が持ち上がった場所では、内側から材料を回し、片側だけが先にしならない形へ整える。
一つ閉じるたび、直した区画を開き直す。
押さえを外しても動かないことを確認してから、次へ進んだ。
紙の上では、中ほどから先端へ向かう区画へ順に印が加わっていく。
《少しずつ進んでる》
《昨日よりは変化があっておもしろいな》
《毎回閉じるの大変そう》
《こりゃ気が遠くなるぜ》
最後に残った先端近くの区画を開く。
内部の補強繊維は大きくずれなかった。
ただし、外寄りの一本だけが周囲から離れ、わずかに浮いた。
ここは弓の中でも薄い。
隙間を埋めようとして芯材を増やせば、先端が重くなる。
浮いた繊維の位置だけを整え、周囲の繊維と同じ曲線へ沿わせる。
接着層の密度を少し上げ、繊維を押さえる力だけを戻した。
芯材の量と硬さには触れない。
黒い表面を閉じ、指先で先端までなぞる。
区画の境目は残っていない。
弓を受けから持ち上げる。
握りを片手で支え、上半分を軽くしならせた。
昨日まであった、途中で力が引っかかる感触は先端側から消えている。
中ほどから握りへ近い範囲には、まだわずかなずれが残っていた。
直した場所と、まだ手を入れていない場所の境目で、戻り方が変わる。
ここから先は、上半分だけを見て直せない。
握りに近い部分は、工場が直した下半分と合わせて、弓全体の戻りをそろえる必要がある。
作業台へ弓を戻す。
「先端側は終わり。今日はここまで」
《あとどれくらい?》
《残りは下と合わせるのか》
《見た目は全然変わらないな》
配信を切り、記録した紙へ今日直した範囲を書き足す。
弓をケースへ収めた。
残るのは、握りへつながる範囲と、弓全体の調整だ。