さらに翌日の閉店後。
黒い長弓のケースを開き、記録用紙の未処置部分を指でなぞってから配信を始めた。
《続き来た》
《今日は紙の残りか》
《もうほとんど印ついてるな》
《今日は何するんだ》
弦を外したまま弓を持ち上げる。
先端側を軽くしならせると、前日に整えた範囲は途中で引っかからずに戻った。
次に握りを支え、上半分と下半分を片方ずつ押す。
工場が直した下半分は、掛けた力に合わせて沈み、手を緩めればそのまま戻る。
上半分は、握りへ近づく手前でわずかに粘った。
さらに押せば沈むが、手を緩めると下半分より早く押し返してくる。
残っているのはここだ。
記録用紙の空いた範囲へ短い線を加える。
《弦は張らないのか》
《昨日と同じ確認?》
《上と下で比べてる?》
《根元で違うのかな》
弓を作業台へ置き、握りのすぐ上へ指を当てる。
黒い表面と接着層を退けた。
補強繊維はほとんど動かない。
先端側に残っていたような、互いに引き合うずれはなかった。
芯材の内側を指で押す。
外側より浅いところで止まり、強く押し返してくる。
形ではなく、硬さの差が残っている。
内側の硬さを少し落とし、外側を少し硬くする。
握り際の硬さは残したまま、両側が同時に沈み始めるよう整えた。
固体へ戻し、指で押し比べる。
内側が先に止まる感触は弱くなった。
接着層と表面を閉じ、弓を持ち上げる。
上半分と下半分をもう一度押した。
先ほどより近い。
それでも、上半分は手を緩めた時にわずかに早く戻った。
問題は開いた場所だけではない。
前日に直した範囲との境目へ指を移す。
表面と接着層を開く。
補強繊維も芯材も、押さえを外しただけでは動かなかった。
中ほど側から握り側へ、指で順に押していく。
修理済みの範囲では、押した分だけ滑らかに沈む。
だが境目を越えた途端、芯材が急に強く押し返してきた。
どちらの硬さも、それぞれの場所だけを見ればおかしくない。
ただ、柔らかい部分から硬い部分へ急に変わるせいで、その境目にしなりが止まり、力が集まっている。
境目をまたぐ細長い範囲を液体へ変える。
一か所の硬さを大きく変えず、柔らかさから硬さへ移る幅だけを広げた。
固体へ戻し、端から順に押す。
今度は途中で指が止まらない。
握りへ近づくにつれて、押し返す力が少しずつ強くなった。
「まずは一段落だな」
《終わりじゃないのか》
《次は試験?》
《やっと弦を張るのかな》
《まだ続くんだな》
接着層と表面を閉じる。
弓を持ち上げ、上下を片方ずつしならせた。
片方だけが遅れて沈むことはない。
手を緩めても、上半分だけが先に跳ね返ることはなかった。
押す位置を少しずつ変え、先端から握りまで確かめる。
前日に直した範囲から、今整えた場所まで、力の返り方は途切れずにつながっていた。
弓へ弦を張り、試験台へ運ぶ。
映像を試験台のカメラへ切り替える。
握りを中央へ固定し、弦へ引き具を掛けた。
引き具がゆっくりと弦を引く。
上半分と下半分が、それぞれの曲線を作りながらしなっていく。
引く深さが増えても、握りの近くで片方だけが遅れることはない。
途中で止める。
上下の曲線を見比べてから、弦を戻した。
上半分の戻りが、わずかに先行した。
「まだ上が早いな」
《えー、何が違うん?》
《全然わかんね》
《まだ駄目なのか》
《細かいな》
弦を緩め、弓を作業台へ戻す。
先ほど整えた境目を開く。
芯材の形は崩れていない。
補強繊維も動かなかった。
だが、境目はわずかに硬くしすぎていた。
指先ほどの範囲だけを液体へ変え、硬さの一部を握り側へ戻す。
境目の押し返しを弱め、上半分の戻りが下半分より先行しないよう整えた。
固体へ戻し、接着層と表面を閉じる。
再び弦を張り、試験台へ運んだ。
同じ位置まで引く。
上下がしなり、止まる。
引き具が弦を戻す。
今度は、上下の戻り始める時機にずれはなかった。
もう一度繰り返す。
結果は変わらない。
引く深さを増やす。
曲がりが大きくなっても、握り付近で片方だけが遅れることはない。
浅い位置、深い位置、その中間。
どこで止めても、戻り始める時機に差は出なかった。
《さっきから問題ないようにしか見えないんですが?》
《違いがわかんねーよ!》
《これで中は終わり?》
《三日かけてやっとか》
試験台から弓へ弱い魔力を通す。
導路を走った淡い光が、握りから上下へ分かれた。
途切れも漏れもない。
そのまま弦を引く。
魔力を通していない時より深くしなったが、片方だけが遅れることはなかった。
弦を戻す。
どちらか一方の戻りが先行することもない。
魔力を一段上げた。
弓全体の曲がりが深くなる。
握りのすぐ上にも、遅れて沈む場所はない。
止めた状態を保ち、少しずつ弦を戻す。
上下で曲がり方は違っても、戻り始める時機にずれはない。
同じ負荷でもう一度引く。
結果は変わらない。
さらに負荷を上げる。
弓が大きくしなり、試験台の固定具が低く鳴った。
戻りの釣り合いは崩れない。
記録用紙へ試験結果を書き足した。
「台の上はこれでいい」
《終わった?》
《今度こそ直った?》
《あとは試射とか?》
《店では撃てないか》
弓を試験台から外し、弦を緩める。
表面を先端から先端まで指でなぞった。
開いた境目は残っていない。
軽くしならせても、途中で引っかかる感触はなかった。
曲げても、魔力を通しても、店の試験では異常は出ない。
だが、この弓が散ったのは、柴崎が強い魔力を通して矢を射った時だ。
同じ条件を俺が作っても意味はない。
使う本人の引き方と魔力で確かめる必要がある。
「残りは本人の試射だな。今日はここまで」
《持ち主が撃つのか》
《試射も配信する?》
《結果が気になる》
《ここまでやってまだ終わりじゃないのか》
配信を切り、記録用紙をケースへ戻す。
柴崎へ試射の予定を確認する連絡を送った。
店でできる作業は終わった。