その翌日の閉店後。
昨日直した範囲が動いていないことを確かめ、残った先端側から配信を始めた。
《続き来た》
《今日は先端側?》
《紙がだいぶ埋まってる》
《今日で終わるかな》
中ほどから先端へ向かい、記録と今の動きを比べながら区画を開いていく。
握り側へずれた補強繊維は、直した側から続く曲線へ沿わせる。芯材の片側へ残った偏りは、量を変えずに密度を移して整える。
昨日と同じ手順を、今の状態に合わせて繰り返す。
一つ閉じるたびに開き直し、接着層を外しても内部が動かないことを確かめてから次へ進んだ。
紙に残っていた空白が、先端へ向かって少しずつ減っていく。
《ちょっと手慣れてきた感ある》
《ずっと同じことしてる》
《紙の残りあと少し》
同じことはしている。
ただ、同じ場所は一つもない。
束全体が動いた区画もあれば、外寄りの数本しか動かない場所もある。一昨日は動かなかった繊維が、手前を直したことで初めてずれることもあった。
直すたび、次の区画で押さえ込まれていた力が表へ出る。
そのたびに紙へ現在の状態を書き足し、動いた素材だけを整えて先へ進んだ。
先端から一つ手前まで来た。
表面を退け、接着層を液体へ変える。
補強繊維がまとめて握り側へ動いた。
一昨日、診断で開いた時より動く量が大きい。外寄りだけでなく、束の中ほどまで引かれている。
繊維の下では、芯材の外側が薄く伸びていた。
「最後まで持ってきたか」
《めっちゃ動いた》
《前に見た時より増えてない?》
《残りが集約してる感じ?》
《急に派手》
握り側へ散っていた偏りを順に消し、逃げ場を先端側へ狭めてきた。
残った力が、この区画まで押し出されている。
ここでまとめて元の位置へ戻せば、内側の繊維を押しのける。
外寄りから一本ずつ分け、握り側から続く流れへ沿わせた。空いた場所へ内側の繊維を少しずつ移し、先端へ向かって狭くなる間隔へつなげる。
芯材の薄く伸びた場所だけを集めて厚くはしない。周囲から少しずつ密度を回し、外側だけが先に沈まない程度に支えを戻した。
接着層と表面を閉じ、もう一度開く。
押さえを失っても、繊維は動かなかった。
紙へ印をつける。
残った空白は、先端の一区画だけだ。
《最後の一マス》
《ラスボス》
《ここも動くのか》
《紙ほぼ真っ黒だな》
先端の表面を退ける。
接着層を外すと、外寄りの一本だけが周囲から離れ、わずかに浮いた。芯材には目立った動きも、内外の硬さの差もない。
浮いた一本を周囲と同じ曲線へ沿わせる。
ここは弓の中でも薄い。隙間を埋めるために芯材を増やせば、先端が重くなり、戻り方が変わる。
芯材には触れず、接着層が繊維を押さえる力だけを調整した。
《一本だけ?》
《中は触らないんだ》
黒い表面を閉じ、先端まで指を滑らせる。区画の境目は残っていない。
もう一度開いても、外寄りの一本は浮かなかった。
最後の空白へ印をつけた。
《全部埋まった》
《紙完成》
《やっと中終わり?》
《三日かかったな》
弓を持ち上げる。
工場が直した下半分から握りを越え、上半分の先端まで、押す位置を変えながら確かめた。
途中で指が止まる場所はない。押し返す力は握り際から先端へ向かって少しずつ弱くなり、途切れずにつながっている。
手を緩めても、一か所だけが先に跳ね返る感触はなかった。
「中はこれでいい」
《次は試験?》
《やっと弦張る》
《見た目ずっと一緒》
《まだ終わりじゃないんだな》
弦を張り、弓を試験台へ運んだ。
握りを中央へ固定し、弦へ引き具を掛ける。
浅く引いた範囲では、上下のしなりも戻りも崩れなかった。
次は中間まで引く。止めた状態で曲がり方を見比べ、弦を戻した。
上半分の先端が、わずかに先行した。
「先が早いな」
《今違った?》
《普通に戻ったように見えるけど》
《全然分からん》
《まだ駄目なのか》
引き具と弦を外し、弓を作業台へ戻す。
先端から一つ手前の区画を開いた。補強繊維は動かず、芯材の形も崩れていない。
先端の一本を押さえるために調整した接着層が、周囲よりわずかに硬かった。その差が先端だけを早く戻している。
押さえる力を落としすぎれば、繊維がまた浮く。
先端だけを柔らかくせず、一つ手前から続く細い範囲を液体へ変えた。握り側から先端へ向かって、押さえる力が少しずつ変わるよう密度をつなぎ直す。
固体へ戻して開き直しても、外寄りの一本は浮かなかった。
《修理したとこまた修理してる》
《細かすぎる》
再び弦を張り、試験台へ載せる。
浅い位置、中間、深い位置まで順に引いた。どこから戻しても、先端だけが先行することはない。
《さっきとの違い分からん》
《直ったらしい》
《本人にしか見えてないやつ》
《次は魔力?》
続けて弱い魔力を通す。
導路の淡い光が握りから上下へ分かれ、途切れも漏れもなく先端まで走った。
魔力を段階的に上げながら弦を引く。弓の曲がりが深くなり、試験台の固定具が低く鳴っても、途中でしなりが止まる場所はない。上下で曲がり方は違っても、戻り始める時機と全体の釣り合いは崩れなかった。
記録した紙へ試験結果を書き足す。
「台の上はこれでいい」
《終わった?》
《今度こそ直った?》
《試射しようぜ試射!》
弓を試験台から外し、弦を緩める。表面を端から端まで指でなぞった。
開いた境目は残っていない。軽くしならせても、途中で引っかかる感触はなかった。
曲げても、魔力を通しても、店でできる試験では異常は出ない。
だが、この弓が散ったのは、柴崎が強い魔力を通して矢を射った時だ。
使う本人の引き方と魔力で確かめるまでは、終わりにはできない。
「残りは本人の試射だな。今日はここまで」
《持ち主が撃つのか》
《試射も配信する?》
《結果が気になる》
《まだ納品じゃないんだな》
配信を切り、記録した紙をケースへ戻した。柴崎へ試射の予定を確認する連絡を送る。
店でできる作業は終わった。