濃密な化学スモークが夜のアスファルトを白く染め上げ、視界を完全に奪い去った市街地
カイザーインダストリーから強奪した異形の戦闘車両は、ミスティック・ジェネレーターの唸りを上げて、路面を引っ掴むように猛烈な勢いで疾走していた。後方では、追跡してきたヴァルキューレ警察学校のパトカーやカイザーの装甲車が、突然の濃霧と見通しの悪さに次々とスピンし、ガードレールや電柱へ激突して派手にクラッシュしていく
「ふう、まいたか……!」
レイカがハンドルを握りながら息をついた、そのコンマ数秒後だった
スモークの向こう側、白い煙を切り裂くようにして、数台の公安局制式パトカーと大型装甲車両が真正面から猛スピードで突っ込んできたのだ
「っ?! 正面から来たぞ……どうする、カエデ!」
目の前で迫り来る装甲車のヘッドライトの光を浴びながら、レイカが鋭く声を張り上げる。しかし、助手席に座る防衛部所属にしてアーティファクト研究部の実戦テスターである志賀カエデは微動だにせず、冷静に車載モニターの数値を一瞥した
「リーダー、ブレーキを踏む必要はありません。そのままアクセル全開で突っ込んでください」
「は……? 正面衝突する気か、正気かよ!」
「この車体のフロントノーズと下部フレームの構造データを思い出してください。鋭く尖ったクサビ状のノーズと、極限まで低く設計された車高――そして、ミスティック・ジェネレーターの出力がもたらす圧倒的な車体重量と高硬度装甲。あれの下に潜り込めば、物理的にひっくり返すことが可能です」
カエデの冷徹かつ実戦的な指示に、レイカは絶句しながらも、テスターとしての彼女の判断を信じてステアリングを固定した
避けることも、減速することも間に合わない
次の瞬間、レイカたちが乗るダークグレーの戦闘車両は、真正面から突っ込んできたヴァルキューレの大型装甲車のフロント下部へと、一切の躊躇なく突き刺さった
――ガキンッ!!! と、耳をつんざくような凄まじい金属音が響き渡る
レイカたちの車体の低く鋭いノーズが、装甲車の重いフロントバンパーの下へ潜り込み、絶大な運動エネルギーとジェネレーターの出力をそのまま持ち上げる力へと変換した
「なっ……!?」
正面衝突したはずの装甲車のドライバーであるヴァルキューレの生徒が悲鳴を上げる間もなく、数トンはあるはずの巨体がまるで玩具のようにふわりと浮き上がり、そのまま宙を回転しながら派手に道路へと転がっていった
だが、驚異的だったのはその一撃だけにとどまらなかった
後続で追従していた数台のパトカーや、左右から挟み込もうと陣形を敷いていた公安局の特殊車両の群れに対しても、この「動く鉄のクサビ」は容赦なく牙をむいた。レイカが車体の重量と絶対加速の感覚を応用して突進すると、低く構えた車体が次々と敵車両の足回りを抉り取り、体当たりされたパトカーやオフロード仕様の追跡車両は、まるでドミノ倒しのように次々と浮き上がり、派手な回転を描きながら宙を舞ってアスファルトへ叩きつけられていった
「ぐわっ……!?」
車内の激しい揺れに耐えながら、レイカは周囲で次々と空を飛ぶパトカーの群れを見て、あまりの光景に目を丸くして絶句した
「おいおい……! なんてめちゃくちゃな挙動だ。映画のスタントアクションでも、ここまで一網打尽に車を空中でダンスさせたりしねぇぞ!」
「いえ、防衛部の実戦テスターの視点から見ても、この車両の対車両突破能力の数値は規格外です。敵陣の車列のど真ん中に突っ込み、他の追従車両も含めて次々とひっくり返すことを前提に設計・調整されていたとしか思えませんね」
カエデは助手席でシートベルトを微調整しながら、極めて冷静に分析を述べた
「設計した奴の脳みそがどうかしちまってるだろ……!」
レイカが冷や汗を拭いながらアクセルを踏み直す。しかし、これだけの損害を与えてもなお、執念深く生き残った一団が背後に張り付いていた
「チッ、まだしつこく追ってくる奴らがいるか……! このままじゃキリがないな」
バックミラーに映る、なおも食い下がる残存車両の群れを睨みつけながら、レイカは脳裏をフル回転させ、この終わらない追走劇を完全に断ち切るための狂気的な作戦に行き着く
レイカは冷ややかに笑うと、インカムのスイッチを入れて遠隔地にいる味方へと通信を飛ばした
「――サトネ。聞こえているか?」
『……はい、レイカさん。こちらRAVEN小隊です。そちらの追跡がまだ続いているようですが……?』
無線越しに、夜月サトネの冷静で気品のある声が返ってくる
レイカは、これから口にする作戦があまりにもぶっ飛んでいることを自覚しつつ、臆面もなく言い放った
「あのさ、今からそっちのRAVEN小隊が持ってるヘリの武装を使って、俺たちの乗ってるこの車ごと、後ろの追手をまとめて吹き飛ばしてくれないか?」
『……は?』
無線機の向こうで、普段は冷静沈着なサトネが珍しく絶句し、息を呑む気配が伝わってきた
『いま、何とおっしゃいましたか……? 私たちの部隊が運用する航空支援のミサイルと砲撃を、今まさにレイカさんが乗っていらっしゃるその車両に直接撃ち込めと……? 正気ですか、レイカさん!?』
「おいおい、忘れてないかサトネ? 俺たちは普通の人間じゃなくて、このキヴォトスで理不尽なまでの耐久力とヘイローを持った『生徒』だぞ。それに、この車のミスティック・ジェネレーターの装甲なら、直撃を避けつつ衝撃をいなせば致命傷にはならない。……いや、なっても気合いで耐える!」
「エンジニアではなく実戦テスターとしての見解ですが、車体の装甲耐久値とジェネレーターの展開シールドであれば、理論上は耐えきれない数値ではありません。……まあ、衝撃で脳が揺れる覚悟は必要ですが」
助手席のカエデが、どこか淡々と専門的な補足を入れた
サトネはしばらく通信の向こうで絶句していたが、やがて頭痛を抑えるように小さく息をつくと、諦めたような、それでいて呆れたような声を漏らした
『……まったく、あなたという人は……。本当に常識外れですね。分かりました、そこまで言うならお付き合いしましょう。ですが、一歩間違えば本当にスクラップになりますからね』
「頼むぜ、SRT!」
レイカがニヤリと笑うと、サトネはすぐに作戦の指揮へと切り替えた
彼女は上空で待機するRAVEN小隊のヘリコプターへ向け、冷徹かつ的確な指示を飛ばす
『――各員へ通達。これより、ターゲット指定座標にいる私たちの車両、およびその周辺のヴァルキューレ部隊に対し、航空攻撃を開始します』
『えっ……!? 隊長、何を言ってるんですか! ターゲットのど真ん中にレイカさんたちが乗んですよ!? 誤射したら大惨事じゃすまないっすよ!』
通信機から、薄霧ハルの驚愕と焦燥に満ちた声が飛び込んできた
しかし、サトネの声には一寸の揺るぎもなかった
『隊長の私を信じなさい。リーダーであるレイカさん自身からの直接の提案であり、勝算があってのことです。……私たちの持てる最高の技術と火力で、あの追っ手どもをまとめて地平線の彼方に叩き出します』
『り、了解しました……! 隊長の命令なら、やりますっ!』
部隊員たちが息を呑み、それぞれの火器管制システムをロックオン状態へと移行させる
サトネは再びレイカとの通信回線を開き、冷徹なまでの正確さでカウントダウンを告げた
『――レイカさん。作戦を開始します。カウントダウンに入ります』
「いつでも来い、準備はできてる!」
『――5』
レイカはステアリングを握りしめ、アクセルを踏み込む足に力を込める
『――4』
背後から迫るヴァルキューレの残存パトカー群が、最後のあがきとばかりに銃撃の弾幕を浴びせてくる
『――3』
カエデは手元のコンソールでジェネレーターのエネルギー出力を最大値へと固定した
『――2』
「カエデ、しっかり捕まってろよ!」
「了解です、衝撃に備えます」
『――1』
カウントが『1』に達した瞬間、レイカは凄まじいテクニックでサイドブレーキを引き、ステアリングを限界まで切り返した
キキィィィィーーーッ!
車体は猛烈なスキール音を響かせながら、アスファルトの上で華麗に180度その向きを反転させる。逃走から一転、なおも追跡してくるヴァルキューレの警察車両群のまっただ中へ向かって、真正面から突撃を開始したのだ
突然の反転と突撃に、追う側のヴァルキューレの生徒たちは完全に意表を突かれた
「なっ……!? 止まれ、馬鹿な真似はやめろ……っ! 迎撃しろ!」
パトカーの窓から身を乗り出した公安局の生徒たちが、装甲車の上に備え付けられた機銃や銃器を一斉に構え、血相を変えて応戦の弾幕を浴びせかけてくる
そして――
『――《0》』
サトネの冷徹な声が、通信機越しに響き渡った
その瞬間
夜空を切り裂くような轟音とともに、上空のヘリから放たれた数発の対地ミサイルと高威力の砲撃が、夜の闇を真昼のように照らし出しながら、レイカたちの乗る車両めがけて一直線に降り注いだ
「――っははははっ、来やがった!!」
レイカは恐怖をねじ伏せるような豪快な笑い声を上げながら、アクセルペダルを床まで踏み抜く
自機に向かって飛んでくるミサイルと砲撃。その圧倒的な破壊力の中心点へ向かって、自らの車を突っ込ませるという狂気の突撃劇
数トンの車体がヴァルキューレの先頭パトカーに激突し、その下側へと強引に潜り込んで宙へと舞い上がる
まさにその空中で、上空から飛来したミサイルが、レイカたちの車両の頭上すれすれをかすめ――その直下を固めていたヴァルキューレの警察車両群のど真ん中に、凄まじい閃光とともに直撃した
ドカァァァーーー――ンッ!!!!!!
常軌を逸した大爆発が連鎖し、衝撃波が周囲のビル街を揺るがす
爆風と舞い上がる黒煙の中、レイカたちの乗るダークグレーの戦闘車両は、衝撃をミスティック・ジェネレーターのシールドで半ば無理やりいなしながら、爆心地を突っ切るようにして滑空し、再びアスファルトへと着地した
「ぐっ……! ……はは、すげえ衝撃だな……!」
レイカは強烈なGに身体を揺さぶりながらも、ステアリングをしっかり握りしめて車体を安定させる
背後では、追撃してきたはずのヴァルキューレの車両の群れが、自機を狙った空からの爆撃と、次々と跳ね飛ばされた衝撃によって文字通りスクラップの山となり、完全に沈黙していた
まさか味方の頭上から容赦なくミサイルが降ってくるとは夢にも思っていなかったのだろう。生き残ったヴァルキューレの生徒たちは、何が起きたかすら理解できず、言葉を失うしかなかった
少し離れた位置で、部隊の指揮を執っていたヴァルキューレ警察学校生活安全局長――尾刃カンナは、目の前で繰り広げられた信じがたい光景を前に、言葉を失って立ち尽くしていた
「……なっ……にを……して……る……?」
彼女の脳裏が、あまりの出来事に真っ白に染まる
敵対しているはずの侵入者たちが、自ら仲間のヘリからのミサイルや砲撃を誘導し、こともあろうに自分たちの部隊のど真ん中に突っ込んで、味方の車ごと敵陣を壊滅させていく――そんな狂気的かつ型破りな戦術など、キヴォトスの長い治安維持の歴史の中でも聞いたことがなかった
無線機から、部隊員の震える声が飛び込んでくる
『こ、こちら前線班! 敵の突撃と、上空からの謎の爆撃により……公安局の運用する車両が、ほぼ全滅……! 残存戦力は、カンナ局長の乗る指揮用装甲車を残して……すべて戦闘不能です……っ!』
「全滅、だと……? 一体のどこのどいつだ、あんな頭のネジが外れた真似をするバカは……!」
カンナが歯噛みしながら周囲を睨みつけようとした、その時
別の通信回線から、慌ただしい声で同じく生活安全局のトアからの緊急連絡が入った
『――カンナちゃん! 大変、本局の警察署に侵入者が出た! すぐに戻ってきてっ!』
「は? 警察署に侵入者……? 一体どういうことだ!」
『それが……私が現場に急行して、戻ったときにはもうすでに侵入者は何か持ち去って逃げた後だった……っ!』
「……っ!!」
二重の奇襲、そして完全に意表を突かれた二正面作戦
カンナは遠ざかっていくダークグレーの戦闘車両のテールランプと、上空で優雅に旋回する鹵獲されたヘリコプターの姿を横目に、唇を血が滲むほど強く噛み締めた
「くそっ……! また後手に回らされたか……! 全局員、これ以上の追撃は無駄だ! 撤退する――!!」
カンナの苦渋に満ちた号令のもと、残されたヴァルキューレの部隊は敗走を余儀なくされ、夜のDU市街地は、ネクストライとRAVEN小隊の完全な勝利によって静けさを取り戻していくのだった
あとがき
祝100話!!
これからも頑張っていこう!!