カイザーインダストリーに対する大規模な襲撃劇と、それに続く夜のDU市街地での狂気的なチェイス騒動から、さらに数日が経過した
騒乱の舞台となったDUシラトリ地区にあるネクストライスクールの高層管理ビル周辺は、以前よりも遥かに厳重で、かつ洗練された警備体制が敷かれていた。ビルの周囲では、防衛部所属の生徒たちと、その管理下でアグレッサーとして実戦的な巡回・指導を行っているRAVEN小隊の面々が、寸分の隙もないシフトで警戒にあたっている
その結果として、周辺地域の治安は目に見えて向上していた。かつてはアンダーグラウンドな輩や不法投棄、カイザー系のダミー企業が暗躍していた一帯はすっかり浄化され、近隣を管轄するヴァルキューレ警察学校の生活安全局長――御調トアからも、レイカの元へ直接連絡があり、「最近、シャーレ周辺やシラトリ地区での面倒なトラブルが激減して助かっている」と、どこか拍子抜けしたような、しかし感謝を含んだ声が届けられていたのだった
また、あの事件で一度は制圧・拘束されたRABBIT小隊の面々についても、その後の動向に変化があった
彼女たちはヴァルキューレへの不当な編入を頑なに拒み続け、相変わらず子ウサギ公園での野宿生活を続けてはいるものの、かつてのように周囲に危険な対人地雷を無造作にばらまくような真似はピタリとやめていた。その代わりに、地域の雑務や民間の警備バイトなどを自分たちの足でこなし、その正当な報酬で食費や滞在費を稼ぎながら自活する道を選んでいたのである
「……まあ、原作の『カルバノグの兎編』の初期みたいな、ガチガチのゲリラ戦状態から比べれば、だいぶ健全な自立生活を送ってるってわけか。地雷原で周辺住民を怯えさせてた頃に比べりゃ、千倍マシか……」
ネクストライビルの執務室で、レイカは報告書に目を通しながら苦笑いを浮かべ、内心でそう呟いていた。原作通りの展開からは少しずつズレ始めているものの、治安が良くなり、無用な流血や理不尽な衝突が回避されているのであれば、ネクストライが介入した意義は十分にある
さらに、防衛部の実戦テスターである志賀カエデからも、嬉しい報告がもたらされていた
「リーダー、報告します。RAVEN小隊の面々が防衛部のアグレッサーとして私たちの訓練に加わってくれたおかげで、部隊全体のCQB技術、および暗所・夜間戦闘における反応速度が文字通り桁違いに向上しました。特に相崎ツヨシが率いる防衛部の一般部隊員たちの生存率と制圧力は、既存のミレニアムやトリニティの標準部隊すら凌駕しつつあります」
カエデが淡々と述べるその成果は、ネクストライの防衛力が名実ともに「第四の学園」にふさわしい水準へと達しつつあることを証明していた
すべての状況が順調に回り始め、束の間の平穏と日常が戻ってきた――かに思われた、その矢先のことだった
その日の午後、レイカが自室のデスクで次の作戦やスケジュールを確認していると、スマートフォンの電子音が静かな室内に響いた
画面に表示されていた発信者の名前を見て、レイカは少しだけ眉をひそめる。それは、ミレニアムサイエンススクールのセミナー副会長でありながら、裏ではネクストライへ秘密裏に様々な情報提供や協力を行っている八金タチカからのものだった
「お、タチカからか。珍しいな、こんな時間に……」
レイカが通話ボタンをタップし、耳に当てると同時に、通信の向こうからはいつもの上品で格式高いセミナー副会長としてのトーンとは似ても似つかない、すっかり気の抜けたフランクな声が飛び込んできた
『あー、もしもしレイカさん? お疲れ様っす! いやぁ、こっちの書類仕事がようやく一段落ついてさ、ちょっと息抜きに電話しちゃったわけですよ!』
この裏表の激しすぎるテンションのギャップには、流石のレイカも慣れっこになっていた
「お疲れ様、タチカ。セミナーの仕事で忙殺されてるのかと思えば、随分気晴らしの余裕があるじゃないか。で、急にどうしたんだよ」
『いやさ、聞いてよレイカさん! 実はさ、私用でちょっと「百鬼夜行連合学院」に行く用味ができましてね!』
タチカは楽しげに鼻歌交じりの調子で語り続ける
『実は、エンジニア部が百鬼夜行のお祭りで使われる最新型の「大規模花火投影装置」を納品したんすよ。で、それが実際に現地でどんな風に夜空を彩るのか、開発者としてのプライベートな視察も兼ねて、今度ちょっと観光がてら遊びに行こうと思いまして! どうせなら、いつも忙しそうにしてるレイカも一緒にどうかなって思ってさ、誘ってみたわけっす!』
「百鬼夜行に、観光……?」
思いがけないワードに、レイカはわずかに手を止めた
ブルアカの作中や前世の記憶でも、百鬼夜行連合学院といえば、広大な自然と美しい和風の街並み、そして数々の奇抜な行事や美味しい露店が立ち並ぶ、観光地としても非常に魅力的なエリアだ。何より、いつかはネクストライの外交や息抜きを兼ねて視察に行きたいと考えていた場所の一つだった
「へぇ……花火投影装置の納品ね。タチカがそんな技術系の納品に関わってるのも意外だけど、百鬼夜行の祭りはちょっと興味あるな」
『でしょでしょ!? 向こうのお祭りの雰囲気は最高だし、美味しい和菓子や屋台の食べ物も盛りだくさんだしさ、息抜きには絶好のロケーションなんだって! レイカさんも最近ずっと裏のトラブル処理で動きっぱなしだったじゃないっすか? たまにはパーッと観光してリフレッシュしましょうよ!』
タチカの軽快で明るい誘いに、レイカはふっと小さく笑った
「そうだな……。言われてみれば、最近はカイザーの件やトリニティのゴタゴタで現場に缶詰だったし、少しスケジュールを調整すれば数日くらいの休みは作れそうだ。……よし、その誘いに乗るか。日程が決まったらまた連絡してくれ」
『マジ!? やった! じゃあ詳細なスケジュールと合流地点は後でメッセンジャーで送っとくからさ、よろしく! じゃあ仕事に戻る、バイバイっ!』
通話がプツリと切れる
レイカはスマホを机に置き、やれやれと肩をすくめながらも、どこか楽しみな予定ができたことに悪くない気分で息をついた
――だが
この時のレイカは、まだ知る由もなかった
「百鬼夜行への観光」という全く同じ目的を持った歯車が、この瞬間、DUシラトリ地区からトリニティ、そしてゲヘナに至るまで、驚くべきタイミングで同時多発的に回り始めているということに
同じ頃、場所は変わってDUシラトリ地区
ネクストライビルの一角にあるRAVEN小隊の専用休憩室では、静かな時間が流れていた
小隊の隊長である夜月サトネは、任務の合間のブレイクタイムとして、淹れたてのブラックコーヒーを静かに味わっていた。黒革の手袋を外し、アメジスト色の瞳を窓の外の青空に向け、部隊の今後の警備シフトについて頭の中で整理している、まさにその時だった
デスクの上に置かれていた彼女の私用端末が、突然心地よい着信音を鳴らした
画面を見ると、発信者の名前には「御調トア」と表示されている
「……トア局長、ですか」
サトネはわずかに首をかしげながらも通話に出た。子ウサギ公園での一件以降、ヴァルキューレの生活安全局長という立場でありながら転生者仲間として、トアとは何度か情報交換や軽口を交わす関係になっていたのだ
『はーい、サトネちゃん? お疲れ様! 今お仕事の邪魔してない?』
通信の向こうから、いつものように距離感が近く、フレンドリーで調子の良いトアの声が響いてきた
「ええ、ちょうど休憩時間ですので問題ありません。……それで、トア局長からこの時間に直接連絡が来るとは珍しいですね。何か、ヴァルキューレの業務上のトラブルでも起きましたか?」
サトネが少し警戒して問うと、トアは軽やかに笑い声を上げた
『もう、そんな堅苦しい仕事の話じゃないって! 実はね、こっちの書類仕事がやっと一段落ついて、上層部からも少しは休養を取るように言われたの。それでね、どこか遠出でもしようと思って色々調べてたら、「百鬼夜行連合学院」で近々盛大なお祭りがあるって聞いたの!』
「百鬼夜行の、お祭り……ですか?」
『そう! せっかくの長期休暇だし、一人のんびり観光するのも味気ないじゃない? だからさ、もし良ければサトネちゃんも一緒に、百鬼夜行へ観光がてら遊びに行かない? 美味しい屋台の団子とか、温泉とかも色々あるみたいだしさ!』
トアのあまりにもフランクで突拍子のないお誘いに、サトネは少しだけ言葉を詰まらせた
元SRTの副生徒会長として常に規律と冷静さを重んじてきた彼女にとって、現役の他校の警察署長から突然プライベートの観光旅行に誘われるというのは、なかなか刺激的な展開だった
「私を観光に……ですか。ですが、私は現在ネクストライの防衛部所属であり、この管理ビルの警備隊長という立場にあります。そう簡単に私情で持ち場を離れるわけには――」
サトネがやんわりと断りの言葉をかけようとした、その時
部屋の隅で装備のメンテナンスをしていたアサルト担当のルキが、ふと手を止めてサトネの方を振り返った
「……隊長」
「ルキ? どうしました?」
「お言葉ですが、私たちの警備シフトや周囲の警戒プランはすでに今週分まで完璧に組み上げられており、防衛部の一般部隊との連携も軌道に乗っています。私たちが数日間不在であっても、警備に致命的な穴が空くことはありません」
さらに、窓辺でスコープを拭いていたスナイパーのミセも、静かに頷きながら言葉を添える
「ルキの言う通りでございます、隊長。それに、先日のカイザー一件以来、隊長は休む間もなく指揮と管理を続けられていました。……たまには、外部の空気を吸ってリフレッシュしてくるのも、指揮官としての重要な任務の一環かと存じます」
先鋒のリネや、重火器担当のハルも「そうっすよ! 隊長、たまには息抜きしてくださいっす! 私たちが留守はしっかり守るっすから!」と、満面の笑みで背中を押してきた
部隊員全員からの温かく、そして絶対的な信頼に満ちた後押しを受けたサトネは、少しだけ目を丸くした後、観念したように小さく息をついて柔らかく微笑んだ
「……あなたたちは、本当に私に甘いですね。分かりました……そこまで言うなら、お言葉に甘えて少しだけ休暇をいただきましょう」
サトネがそう答えると、通信の向こうのトアは「やった! 話が早くて助かるわぁ、じゃあ詳しい日程は後で送るから、現地で美味しいもの食べ歩きましょ!」と大喜びで通話を終えたのだった
同じ頃、舞台はさらに遠く――聖地トリニティ総合学園の広大な敷地内へと移る
ティーパーティーの執務室
窓から差し込む柔らかな午後の光の中、サンクトゥム派の首長補佐――夢見チトは、山積みにされた行政書類の最後の1枚に優雅な万年筆でサインを書き終えると、ふうっと上品に息をついて背もたれに身体を預けた
「ふふ……これで今日の分のお仕事はすべておしまい、ですね」
呟いたその時、執務室の扉が軽くノックされ、同じくティーパーティーの一角を担う桐藤ナギサが、穏やかな笑みを浮かべながら部屋に入ってきた
「お疲れ様です、チトさん。相変わらず素晴らしい手際ですね。サンクトゥス派の代理としての膨大な事務仕事をここまで完璧にこなしてくださるおかげで、ティーパーティー全体の運営がどれほど助かっていることか」
ナギサはそう言いながら、チトのデスクの脇に淹れたての紅茶が注がれたカップをそっと置いた。
チトはそのカップを両手で丁寧に包み込み、ふわりと微笑んでお礼を述べる
「ありがとうございます、ナギサ様。ナギサ様も連日のエデン条約を巡る外交交渉や内部の調整で大変ではありませんか。お互い様、ですよ」
少しの間、優雅に紅茶の香りを楽しむ静かな時間が流れた後、ナギサはふと思い出したように、少しだけ悪戯っぽい、しかし気遣いに満ちた笑みを浮かべて切り出した
「それでね、チトさん。実はあなたにお伝えしなければならないことがあります。……これまでのあなたの多大な労苦と、補習授業部を巡る一連の騒動での働きに対する慰労を兼ねて、近々ティーパーティーの主要メンバーはしばらくの間、公式の執務を離れて『休暇』を取ることに決定いたしました」
「――休暇、ですか?」
チトは小首をかしげ、紅茶のカップをソーサーに置いた
「ええ。あなたも常に緊張感のある環境で動きっぱなしでしたし、この機会に少し羽を伸ばして、トリニティの外の空気を吸いに行ってきてはどうかと思いましてね」
ナギサが優しく勧める
「実は『百鬼夜行連合学院』にて、まもなく大規模な伝統のお祭りが開催されるという情報を耳にしました。情緒ある街並みや、美味しい和のスイーツなどもたくさんあるそうですし、観光地としても非常に素晴らしい場所だと聞いています。……どうでしょう、気分転換に少し、百鬼夜行へ行ってみてはいかがですか?」
百鬼夜行でのお祭り、そして観光
チトはその提案を聞きながら、頭の中で前世の記憶と現在のキヴォトスにおける地理的情報を素早く結びつけ、ふっと上品な笑みを深めた
「百鬼夜行のお祭り、ですか……ふふ、それはとても面白そうですね。ナギサ様の温かいご厚意、ありがたく受け取らせていただきます。それでは、少しの間だけ日常を離れて、のんびりと観光を楽しんでくるといたしましょうか」
こうして、トリニティの頭脳の一人であるチトもまた、百鬼夜行への観光旅行を正式に決意することになったのだった
そして、時を同じくして――暴力と混沌が支配する学園、ゲヘナ学園の一角
万魔殿の重厚な生徒会室では、万魔殿議長・羽沼マコトの甲高い高笑いが響き渡っていた
「キキッ……どうやらティーパーティーが休暇を取るという情報を手に入れたらしいな……」
高慢な態度でソファにふんぞり返るマコトの向かいで、呆れ顔を隠そうともせずに書類をめくっている生徒がいた
「そーらしっすね、マコト議長。でも、こっちには関係ないんじゃ……」
やる気なさそうに呟いたのは、万魔殿の副議長を務めるアキナだった。白髪に鮮やかな赤のメッシュが映えるツインテールを揺らし、面倒くさそうに溜め息をつく
マコトにそう聞くと、マコトは待ってましたとばかりに誇らしげに返した
「いや! これはあの羽根つきどもの弱みを握るチャンスだ! 本来ならサツキやチアキに頼もうと考えたが……別の用件があったからこそお前に頼むことにした!」
「えー……ただでさえ、エデン条約とかで大変なのに……というか、自分一応副議長ですよ?」
エデン条約を巡る各校の緊迫した情勢や、日常の雑務に追われる立場として即座に抗議するアキナだったが……
「流石にタダとは言わない! 今回百鬼夜行に行った際に使った金はマコト様が負担しよう!!」
「……はぁ、仕方ないですね……そこまで言われたら行きますよ」
「経費全額支給」という殺し文句を叩きつけられ、アキナはあっさりと折れて承諾の返事を口にした
「キキ……頼んだぞ、アキナ副議長……」
邪悪な笑みを浮かべるマコトに背を向け、アキナが部屋を出ようと歩き出す。その動作に合わせて、彼女の白髪に赤のメッシュのツインテールにまとめられた髪がふわリとなびいた
ミレニアムの外部協力者、ネクストライの現場責任者、元SRTの精鋭部隊長、ヴァルキューレの生活安全局長、トリニティのティーパーティー補佐、そしてゲヘナ万魔殿の副議長――
それぞれの思惑や偶然、あるいは上司の思いつきが複雑に絡み合い、目的地を同じくした者たちが、今まさに「百鬼夜行連合学院」という名の巨大な舞台へと吸い寄せられていく
波乱の予感を孕んだ観光旅行の幕が、静かに、そして盛大に上がろうとしていた――
次回 第4.5章 第4.5章 百鬼夜行珍道中
あとがき
さーて!最後に地雷、ゲヘナの転生者の開示です!
実は初期案では原作開始前かアビドス編にて登場予定でした